6錆取り
実は、ジャー坊と別れる前にある一つの場所を地図付きで教えて貰っていた。
【魔道機械館】
随分とまあ仰々しい名前の店だな、と思って聞いてみれば仰々しいのは名前だけで、その実中身は小さなプレイヤー運営のショップらしい。店長にあたる人も、まだ実用性のある魔道具を作るほどのスキルはまだ持ち合わせていないらしく、職業も工芸家だと教えてくれた。そして、どうやらその人が僕をタダで直してくれると言っているらしいのだ。こんな短い間でどうやってそんな人を募集したのかと聞いてみると、転移後に取ったトイレ休憩中に掲示板で話してくれたらしい。ありがたいことだ。
しかし、タダほど高いものはないのは世の定石だ。僕は何か裏があってはいけないので、いやらしくねちっこく問い詰める。
HEY!YO!君っちってば、何か隠してないッ!カーイ!FOO!イエー!
と言った感じだ。
タジタジになったジャー坊曰く、その人は、僕という素材をいじることで職業スキルのレベリングを企んでいるらしい。なんだ、そんなことか。と思いながらも、僕とその人の間にちゃんとした利害関係があることにホッとした。
さて、今いるのがそんな魔道機械館なんだが。
「おい、テメぇら。用事がないなら、というか道具買わねえならさっさと帰れ!営業妨害か!」
僕とコノカは会計口のカウンターの裏に隠れ、工芸家さんが僕たちのために怒鳴り散らしてくれるのを見ている。
不幸中の幸いとでも言おうか、追いかけてきたプレイヤーは僕たちが逃げたから追いかけた人がほとんどで、工芸家さんの怒鳴り声で散り散りに消えていく。一部の執念深いプレイヤーもそういった大多数のプレイヤー達の退店の勢いに押されて消えていった。
誰もいなくなったそのお店で僕らは、ふぅ、と殺していた息を吐き出す。
「……助かった」
「一体なんなんでしょうか?」
コノカはなぜ追いかけられたのかがわからない、といった様子だ。全力で走っていたので疲れたらしく、下駄をカランコロンと鳴らし床に足を放り出した。改造浴衣からチラリと見える太ももが眩しい。僕はそんな桃源郷から視線を背けると、何も見えないように立ち上がる。
「あのさあ……って痛っ!」
そして、それは僕がコノカになぜ追われたか教えようとした時だった。
脇腹から、バキイイイ!、とものすごい音がして体のバランスが取れなくなってしまったのだ。
ガシャン!!
僕は、バランスを持ち直すことなく物凄い音をたてて石畳の床に崩れ落ちることになる。
「きゃっ!だ、大丈夫ですか?!」
コノカが駆け寄ろうとするのを工芸家さんが手で制した。
「待ちな!下手に動かすんじゃねえ。今の倒れ方を見るに腰の中身が砕けたな」
「ああ……腰の中ががゴキっつって急に上半身が倒れた。名前も紹介しないうちに悪いな。この体、相当ガタがきていたみたいだ」
幸いにも上半身も下半身も起き上がれないだけで、動かそうと思えば全身動かせる。燕尾服がさらに傷つくな、と思いながら僕は床で引きずるようにして這い上がり、壁にもたれかかった。
ぎっくり腰になったことはないので、この感覚がそれに似ているのかは分からないが、腰の大事な部分がスポーンと抜けてしまったような感覚が続いている。
僕は強烈な違和感に顔をしかめながら工芸家さんに頼んだ。
「……早速だけど、直してくれないか?」
「勿論さ。……ただ、私もまだまだ発展途上なもんで、全てがうまくいくとはかぎらないよ?」
「うん。勿論承知の上だ。よろしくお願いします。……悪いなコノカ。ほんとはこの世界の常識とか教えてパーティも組んでもらいたかったんだけど……ちょっと無理そうだ」
「い、いえ?!寧ろ私の方がごめんなさいですよ!体を犠牲にしてまで助けてもらったんですから!!……助けてもらったんですよね?」
「……一応、な」
コノカは逡巡するように僕を見ると工芸家さんの方に向き直ると頭をさげる。ぺこり、と。
「あのっ!私もこの人の修理に付き合っていいですか?」
「ひゅ〜。よっ、色男。ゲーム早々こんなかわいい子を捕まえるなんてやるじゃないか」
「いや、この子が良い子すぎるんですよ。……本当にいいの?コノカ」
「はい!直ったらパーティですよ!約束です!」
ふんす、と胸の前で握りこぶしを作る様子は可愛らしかったが、会った時に思わず姫プレイヤーかと思ってしまったことを悪いな、と同時に思った。
「悪いな。……じゃあ、直してもらう間に色々教えるよ」
「?いえいえ。ありがとうございます」
なぜ謝られたのか分からないといった様子のコノカ。そりゃそうだ。
と、ここで工芸家さんが手を打った。
「んじゃ、話はまとまったな!取り敢えずお前は石畳にいつまでも寝転がってないで、奥の畳の方へ来い。その後は自己紹介でもするか。どうやら、そこのかわい子ちゃんもお前の名前を知らないようだしな」
「……そういえば、そうでしたね。ありがとうございます。僕の体お願いします」
「ありがとうございます」
僕と工芸家の間に入り込み、ぴょこっと頭を下げるコノカに僕は吹き出した。
「お前は俺の母ちゃんか!」
「な、なにを〜!」
「いちゃついてないで早く来い!私は奥で準備して待ってるぞ」
笑いながら冗談めかす工芸家と頬を膨らませて抗議するコノカ。ほのぼのする光景の中、僕は1人。
このゲーム、なかなか萌えさせてくれんじゃないの。
と割と失礼だった。
この後、動くのを手伝おうとしてくれたコノカさんが僕の体の重さに耐えられなくて腰を砕きそうになるのは別の話。語る予定もないけどな。
ー・ー・ー
「さて、所変わってプライベートスペース、畳6畳の部屋なんだが」
今の状況は、僕が部屋の真ん中に寝転がることで鎮座していて、その右隣にコノカ、左隣に手をグニグニと空をくすぐるように手を動かしている工芸家さんがいる。
江戸時代の手術現場ってこんな感じなのかなぁ。
「自己紹介でもすかね。んじゃあ、私の名前から。……ごほん。えー、私の名前は然乍 時子。種族はエルフハーフ。ハーフエルフは父がエルフの場合だから、私は母がエルフということになるな。両親はどうやら、ありがちなエルフと人の物語のように、例に漏れず、寿命差でなかなかの悲恋だったらしいぞ。こんなしょうもないプレイヤーにマゾい運営がくれた設定手帳にそうやって書いてあった。職業は魔道具職人、を目指す工芸家だ」
なんだ、設定手帳って。僕そんなの見たことないぞ。僕とコノカは説明書にも載っていなかった初耳の情報に首を傾ける。なーに、それ?
「そりゃそうだ。だってそれを見つけたのって、このショップのプライベートエリア、つまりこの部屋のタンスの中だし。なんか知らないけど、家を購入するとその家は元から住んでいたものとみなすらしいんだよな。今は閉まっちまったけどテーブルの上には家族写真だってあったぞ」
私が5歳くらいの身長と顔のやつがな。
え、なにその(運営が)マゾ仕様。というか、恵まれたキャラなんですね。
「あ、今、恵まれたキャラだと思っただろう。ふふ。期待したなら残念だったな。私の残念ポイントはアナザーワンなんだ」
アナザーワン?
「アナザーワンってなんですか?」
説明書に載ってたっけ?と思い聞き返すと工芸家さんでなく、コノカがええ!知らないんですか?と声を上げて食いついてきた。その表情はドヤっていた。その表情すら可愛いというのだから、美少女というのはズルいと思う。
「え?アナザーワン知らないんですか?しょうがないですねぇ。不肖このコノカが教えてあげますよ。……あ、けどその前に名前教えてもらっていいですか?」
細い人差し指をピンと上に立てて演説モードのコノカさんだった。
「……ああ。僕の名前はギアリア・トゥカタリオ。種族は古代人形。といっても、型はプロトタイプだし、ステータスはゴミクズ以下の哀しいキャラクターだけどね。名前負けもいいとこだ。職業もハウスキーパーで戦闘スキルは殆どないし」
「ほぇぇ、大変なんですねー。あ、時子さんもいるし、さっきはうやむやになってしまったんで、私ももう一度自己紹介させてもらいますね……えっと、私の名前は艶風コノカです。種族は半半狐獣人です。職業は英霊だそうです。……英霊ってなにするんでしょうね?」
「ファッ?!」
「……これがここに駆け込んだ大きな理由です」
僕は未だなんで逃げたのかも、追いかけられたのかも分かっていないコノカと、なんの説明もしていなかった時子さんに教える。コノカはそれでもピンと来ていないようなので、アナザーワン?とかいうものの説明は一先ず隣に置き、もうちょっと詳しく説明する。
「コノカの見かけ、種族、職業、ステータの中で、明らかにおかしいだろって位低かったり変だったりするのってある?」
シュッとステータスウィンドウを開いたコノカが、軽く眉間にしわを寄せて、むむむ、と注意深くそれを見ながらしばらく止まる。
「……強いて言えばステータスですかね?初期値は20上限なのに、DEX以外全部14で固定されています」
「ファッ⁈」
「……DEXは?」
「18です」
「ファ───────ッ?!?!」
うるさいです。時子さん。煩わしいと言っても過言ではないです。
「それが理由だ」
「へ?どういうことです?」
「コノカが恵まれすぎているんだよ。可愛い容姿に可愛い格好。特別感のある職業に強い初期ステータス。それを私が持ってます、なんてあんな開けた場所で言えば注目の的になるのも当然だ」
「あっ!そ、そうですよね。私ついステータスが開けた嬉しさでどうかしてました。今も時子さんは驚いていますし、相当恵まれているってことでしょうか?……どうしましょう?」
しょんぼりするコノカさん。耳はしょんぼりと垂れていて、尻尾は残念ながらないけれどもしあったなら、ぺたんと床についていたんだろうな。
「どうしましょうって言われてもな。取り敢えず一緒に逃げたり追い払ったりしてくれる人と遊ぶしかないよ。人の噂は75日。我慢あるのみ、だな」
「ギアリアさん〜〜」
「わかったわかった。一緒にいるから!揺らすのはやめてくれえええ。腰に響くからあああ!……ってか時子さんもいつまで惚けているんですか!」
「はっ!いかんいかん!何の話だったっけ?アナザーワンだっけ?」
「それもそうですけど、早く治してくださいいいいあがががが!コノカ、ステイ!」
「はいっ!」
しゅばっと正座するコノカ。不安なのは分かるけどあんな勢いで揺さぶられ続けると、俺の腰が直るものも直らなくなってしまう。
「じゃあお願いします。服脱ぎますから」
「おしきた」
「きゃ、きゃあ」
「おい、そこの狐娘。人形相手に恥ずかしがるな。なんか変態みたいだろう。僕が」
一思いに上半身裸になり、白い手袋を外す。
初めて見る自分の生の手は、関節が円形のパーツでできており、思いの外人形っぽかった。
「なんかあれですね。漫画家さんが使ってるポージングの人形みたいです」
「しっかり腰のところにネジ穴があるしな……。じゃあ始めるぞ。背中の方が開ける場所っぽいからうつ伏せになってくれ」
はいはいー、返事してひっくり返る。
こうして修理が始まったのだった。
ー・ー・ー
修理中は時子さんが黙ってしまったため、コノカと僕でこの世界の常識の擦り合わせや情報の出しあいをした。
まずは可能性の領域について。
どうやらこれは個人個人が持つ特殊技能みたいなもので、僕の場合は《展開:断罪の歯車》がそれに当てはまるようだ。何の消費もリスクもなく発動できるらしく、アナザーワンの存在を知った僕は一刻もギア・ギアを早く出したくてしょうがなくなってしまった。やたらかっこいい名前なので期待がどんどん膨らんでいく。コノカの場合、二つの刀がアナザーワンであるらしく、見してくれとお願いしたら、コノカがアナザーワンの名前を唱えた途端に二振りの刀が、それぞれオオカミとタヌキに変わった。
コノカも初めて発動したらしく、今は2匹をもふるので忙しいそうだ。
時子さんは何やら時々感嘆の声を上げながらガチャガチャと僕の体内を弄っている。音が立つたびに僕はビビってしまい、その度に今は何しているのか聞くのだが、「錆取りしてるだけだ」とハエを追い払うように言われてしまう。しょうがないじゃん!自分の体に何かあったら困るしさ!
今は上半身が終わったので下半身の太ももあたりの錆取りをしているようだ。下半身と聞いてエロい想像をした君達、僕も期待したけど思った以上に僕の体が人形人形し過ぎて、なにも起こらなかったよ。うつ伏せだからというのもあるけどね。そうであって欲しいな。
「おし、終わったぞ。後は顔だけど、どうする? 流石に頭をいじるのは怖いんだけど」
「ありがとうございます。頭ん中を見るのは結構なので、表面の錆取りと苔落としだけ頼めますか?どうも触った感じから考えると、随分凸凹してて醜い顔ですけど、お願いできますか?」
「そんなことはありません!ギアリーはかっこいいです!」
「ありがとう、コノカ。でも、そのギアリーって呼び方は女っぽいから別ので頼むな」
「……まぁ、自分の顔を見たことがない中で触った感触が凸凹だったら、そう思うのも普通か?」
時子さんが何か呟いた。
「?」
「ちょっと待ってろ、鏡持ってくる。私は錆取りとヒビ埋めはやってやるけど苔落としは自分でやってくれ」
そう言うと鏡台をとりに奥へ行ってしまった。
「……あぁ、ついにこの顔を見るのか。蛇が出るか、竜がでるか」
「どっちもダメじゃないですか。大丈夫ですって、よく分かんないですけど、ギアリーは誤解してるだけですから。かっこいいですから!」
ああ、なんて優しい人達なんだ。ジャー坊もかっこいいと言ってくれたし。そうだよな。これも自分なんだ。おとなしく受け入れよう。
丁度、時子さんも戻ってきた。僕は上裸のまま起き上がりイヤイヤする本能を押さえつけ鏡を向いた。
……。
「やだイケメン!」
そこには、イケメンがいた。
イケメンにするかはちょっと迷いましたが、二次元世界のブサイクや凡顔は大体イケメンなので、どっちでもいいかなと思いイケメンにしました。