5街角にて
下山するにあたって、僕は一つの認識を変えることになった。
それは、ジャー坊、ことリメタナ・ジャバウォックというプレイヤーが僕が思っているよりも遥かに、はーるっかっに、高レベルで懐が大きい人だったということだ。
例えば、ジャー坊と下山する時に、僕はえっちらこっちら洞窟を歩くのかと思っていたのだが、ジャー坊はさも当然のように穴抜けの紐のようなアイテムで洞窟を抜けた。これだけならば、本当にそのアイテムが当然のものだったのかもしれない、で済むのだが、本当に凄いのはここからで、ジャー坊は『ちょっと捕まっててねー』と言うなり、自分の腰のポーチから虹色に輝く水晶玉を取り出したのだ。
恐る恐る『それ、なんですか?』と聞いてみると、友達に何気なく、本のタイトルを聞かれたかのように『ん?転移結晶だよ』と答える。
うそだ!絶対にそんな軽々しく答えるようなアイテムじゃないだろそれ!僕にはわかるぞ!少なくとも、初めて1日も経たないようなビギナーが目にして良いものじゃないって事くらい!
と思ったが、置いて行かれると困るのは僕なので、思わず歪む口を手で押さえて耐える。
その結晶は転移を4、5回繰り返したあたりでヒビがはいり、『最後の転移だよ』と宣言し、転移した後に、役目は終えた、と言わんばかりに見事に割れてしまった。
僕はその時の彼の一言が今でも忘れられない。
『あー、やっぱり2人だと負担が掛かっちゃったかー。うーん、また魔蠅王の討伐だなー』
そう言った彼の口調は、思わず漏れたといった調子だったが、僕の顔色がすーっと悪くなっていく。それを察したのか、彼は慌てて言ってくれた。
「あ!別に気にしなくても良いよ!そんなに強い敵じゃないし。僕がやりたくてやったことだし!」
「……いえ、私めは既に貴方様の奴隷です。薄汚い泥人形です……。どうぞ肉壁にしてください」
「ええー……何そのキャラ。……あ!じゃじゃあさ、君と会ったこと掲示板にのせていい?見たことない種族だし、良いアバターだし騒がれると思うよ!」
薄汚いサビと苔とヒビまみれの僕が良いアバター?ネタ的な意味だろうか?まあいいや。そんなことで大恩ジャバウォック様に報いられるなら安いものだろう。
その時の僕は、何でもいいから償わなければ、と友達のセーブデータに上書きした時さながらの心境だった。
「その話、ありがたく頂戴いたします。寧ろ私のステータスすべて開示するくらいでないと到底釣り合わないと思いますが……そこはジャバウォック様のマリアナ海溝よりも深く宇宙よりも広い懐に甘えさせてもらおうと思います」
「もしも、ボクに恩を感じているならそこ口調を止めて。いや、マジでさ。ジャー坊でお願いね?じゃないと、もっと(恩を)押し付けるよ?」
まさかの、恩を押し付ける宣言。学生ローンの営業並みに恩着せがましいセリフだが、実際に恩であることが、何よりも僕にダイレクトパンチだった。
結局、それはまずい、ということで、口調を戻すこと、僕ができることがあるならばなんでも行って欲しいことを伝える。
ジャー坊は気にしなくてもいいと言ってくれたが、僕の当面の目標は恩返しとなりそうだった。鶴の恩返しもびっくりの恩返しをしてやるぜ!
ー・ー・ー
余りにも受けた恩の価値が大きすぎたショックで、周りを見る余裕がなかったが、ここで改めて周りを見てみると、そこには紅葉満開といった様子の木々が立ち並び、今立っている道から見える池は豊かな自然を水面いっぱいに映し出していた。
「驚いた?今から行く街はシメイヨツノという町なんだ」
「え?それって王都の?」
「そう、雅燗櫻町シメイヨツノ。名前からしてわかるけど、所謂、日本町といった街並みでね。入ってみれば分かるけど、ファンタジー世界に京があったらこんな感じなんだろーなーって感覚に襲われるよ。まあ、住民は貧困状態じゃないし、道もレンガで舗装されてるから古都と言うには幾分違うけどね」
ということは、僕はシメイヨツノ所属のプレイヤーになるのか。『雅燗櫻町の住人にして古代人形のギアリアだ!』なんて名乗りをあげることが今後あるのかぁ。
やべえ、超かっけー。
オラワクワクしてきたぞ。そうと決まったら早く行こうぜ!
「楽しそうで何より。けどこっからは少し歩くよ?鉱山からここまで歩けば1ヶ月の道のりを飛ばして来たんだ。1時間歩く位なんともないよね?」
「勿論ですとも、大将!」
「だからジャー坊でいいって」
僕らは出会って1、2時間とは思えない位の親しさで紅葉と新しい世界を楽しむのだった。
時間は経過してシメイヨツノに着いてから1時間後。
余りにもリアル過ぎるグラフィックに呆然として上京したての田舎民のようにキョロキョロとしてた僕は、ようやく落ち着き、街路の端のベンチに座っていた。
既にジャー坊とはお別れをし、次に何をしようかと考えているのである。
ジャー坊に聞いたところによるとこの町は数多くの階段と、伽藍風の家々によって成り立っている町で、町の名前に名前に相応しく、桜が所々に生えているらしい。確かに見てみれば街路樹は大体紅葉樹と桜だし、伽藍風の家には大体立派な木が立っている。
どういう仕組みなのか知らないが、そこにある花満開の桜と紅葉絶頂の広葉樹は、風に吹かれ、それは見事な葉花風吹を街全体に吹かせていた。
そして、町行く人々はなんというか、個性的だった。
侍のような格好をしたトカゲが通り過ぎたと思ったら、ベンチの真横にある家の壁から突然半透明のプレイヤーが現れ通り抜けてく。空も地面も関係なく様々な種のプレイヤーが闊歩する様子はまさにファンタジーだった。
ファンタジーな日本町、言い得て妙じゃないか。
「……あの?」
景色と雰囲気だけでワクワクしてると突然隣から話しかけられる。
「……あの?ちょっといいですか?」
「いいっすよー。なんでしょう?」
「初心者プレイヤーさんですか?」
はぁーと、見とれていた風景から視線を隣に持っていくと、そこにいたのは可愛らしい女性プレイヤーでした。
「そうですよ。なのでたかっても何も出ませんので、そこんところよろしく」
「……たかる?ああ!いえ、そうでなくてですね!ちょっと調べ不足な点があったので質問をしたかっただけです!」
そうはいっても薄汚れた機械人形に話しかけるのは無理があるだろう。と訝しげに彼女の全身を不躾ながら観察させてもらう。
和服をベースとした衣装に、タヌキの尻尾のようなモフモフした鞘に収まった刀とオオカミの尻尾のようなふさふさの鞘に収まった刀の2振りを腰から提げている。戦闘できんのか、と言いたくなるような高い下駄を履いているにもかかわらず、俺の身長に届かないところを見ると、彼女の身長ら150あるのかも怪しいだろう。
顔は、APP高そうな可愛らしい顔で、頭にちょこんと垂れる狐耳が金髪の中に溶け込んでいます。この調和力、俺じゃなかったら見逃してたね。
まあ、彼女の顔が飛び抜けて可愛いと言っても、周りを見た限りそう醜い顔はないので、システムさんは現実に近づけると言いつつも仕事をしているのだろう。もしくは、醜い顔は総じてリアル獣人にされているのか。だとしたら嫌すぎるな。
と、話が逸れた。
少女は立ったまま不安そうに僕を見ている。
……まあ、こんなとこに来てまでいちいち人の善悪を疑うのもどうかと思うし、いいタイミングだ。仲良くなって、あわよくばパーティを組んでもらおう。
「まあ、とりあえず座んなよ。いくらゲームとはいえ、女の子を立たせておくのはどうも決まり悪いからね」
ー・ー・ー
「あ、ありがとうございます」
そう言うと少女はカランと下駄の音を立てて隣に座った。
金髪のショートボブに艶やかな赤い和装は彼女をよく引き立てている。座った拍子に浮き上がった髪の束を僕は自然と目で追ってしまった。その行動になんとなく気恥ずかしいと思った僕は、目を反らし問い直す。
「それで一体、なんの質問があったの?僕はまだこのゲームを始めてから時間も経ってないし、あんまり力になれないよ?」
「あ、はい。私も初心者なのでそれはお互い様です。もしも分からないことがあったら私にもどしどし聞いて下さい!頑張って考えますので!」
「考えるって知らないの前提かいな。……まあいいや、で何が知りたいの?」
「私って、なんの種族に見えますか……?」
ん?
「人じゃないの?」
「いえ、分からないんです。それどころかステータスも職業もスキルも分からなくて……」
どうやら彼女はステータスの見方が分からなくて困っているようだった。
「……そう言うことか。えっと、じゃあ、金髪美少女さんに一つレクチャーとアドバイスを。……まずはアドバイス。説明書ちゃんと見たほうがいいよ?」
「うぅ……ごめんなさい」
「いや、僕に謝られても困るけどね。そんでもってレクチャーっていうのはステータスの見方だ」
しゅんと少女がしていたのは束の間で、僕の言葉を聞くと嬉しそうに目を輝かす。いくら電脳世界だと感情が漏れやすいとはいえ、ここまでダダ漏れなのは見ていて微笑ましい。なんだか、可愛い子犬を相手にしてるみたいですな。
「ほい、じゃあ教えるね。こうやって人差し指で空間を切り裂くイメージで手を動かして頭と心と口全部使って、ステータス、と言うんだ」
「……ス、ステータス!!」
フォン、と少女の目の前に薄紅色のウィンドウが開く。成功したようだな。
「……どう?名前とかわかった?」
少女はこくこくと頷き、じっとウィンドウを見つめると自己紹介をしてくれた。
……随分とクレイジーな自己紹介を。
「あ、えっと……わ、私【艶風コノカ】と申します!しゅじょくは【英霊】です!!」
ざわっ……!!
……は?と思うのと同時に周りにいた相当数のプレイヤーが騒めき出す。
恐らく、いや、絶対、理由はこの美少女の種族。
これまでの経験から察するに、このゲームにはまともな容姿とまともな名前とステータスがあり、まともな種族についているプレイヤーが極端に少ない。
つまり、苦労知らずのまともなアバターを、使っている人がほとんどいない。
そんな中でこの可愛らしい容姿と、聞いただけでわかる強キャラ感溢れる種族名。そりゃ、ざわめくというものだ。
なんやねん英霊って。こちらは生まれた時から試作モデルであることを運命付けられた劣等種だぞ。
しかしこれはまずい。この少女がいくらこのゲームで目立とうとどうでもいいが、俺まで奇異の目線に晒されている。今のボロボロの格好を考えたら注目の的になるのも当たり前だが、これ以上目立つのはまずい。何がまずいのかは分からないけど、目立って良いことは殆どない。
僕は艶風コノカの手を掴むと立ち上がり逃げるように走りだした。
「え?ちょっと?!」
「うるせえ!黙ってついてこいや!!」
まるで悪役。つい、言いたくなったのだ。
ああ〜^錆びた体内の機械がギシギシ言うんじゃ〜
ー・ー・ー
カランコロン
「おー、いらっしゃーい!よく来たな。考古学者から話は聞いているよ。私が工芸家の───」
「ごめんなさい!かくまって!!!」
主人公は自分の姿を未だに燕尾服と、触った顔の触感でしか確認してません。
燕尾服は切り裂かれた跡が何箇所かあります。