42本線③幕間、そして幕開け
次の更新はげつようです。
「──なぁ、時子さんや」
「どうしたんだい?」
「僕さ、最近キャラとして薄くなったと思うんだ。昔はボケてセクハラしてカッコつけてさ。良い時代もあったもんだよね」
「そうね。誰が言おうと欲望ダダ漏れだったわね。ダダ漏れ過ぎて逆に無垢なんじゃないかと思うくらいには、ダダ漏れだったわね」
「そんなに、ダダ漏れダダ漏れ言わないでおくれよ。揉むぞ」
「ぶっ殺すぞ」
おお、怖い。大怖い。
しかし、こちらもそんな軽口を言ってなきゃやってられないのだ。
「軽口なら他にも話題があるでしょうに」
「すみません、頭がピンク一色なんで」
「それはやっぱり、あれかい?」
「……はい」
「それは、なんというか、ご愁傷様というか、なんというか、うんとかすんとか……」
時子さんは同情の目線でこちらをみてくる。
さっきまで妹の奇行をポツリポツリと意味深に話していたウタウタさんはおどおどとこちらを見ては、アワアワと口に手を当ててオロオロしている。
「───さて、君達」
僕は紳士。
だから、この程度問題ないのだ。
なんのことかって?
───なんでも。
「離れなさい」
「やだーー!」
「ややー!」
ー・ー・ー
順を追って説明しよう。
ウタウタさんの話の途中。あかふじさん、いや、あかふじちゃんが目を覚ました。大きな音を立てて布団をどかしたものだから僕らは、ウタウタさんが話しているにも関わらず後ろを振り向いた。
「あななさ!」
ガシィ!!!
刹那の迷いもなく、紛れもなく。
あかふじちゃんは僕とドッキングした。
コアラ抱っこの姿勢だ。彼女を覆う絹のような髪がツルツルと気持ちいい。ついつい撫でそうになる。
「コラ!離れなさい!」
ウタウタさんが状況を把握しきれないながらも注意をしてくれようとしてくれたらしい。ウタウタさんはあかふじちゃんに手をかける。
「かなたさ!!」
ぎゅう、と一層きつく僕に抱きつくあかふじちゃん。
「あ、あかふじちゃん?ちょっと離れてくれないかい?」
「あか」
「はい?」
「あかって呼んで」
「あかちゃん」
「……ん」
顔を僕のローブに埋めてしまった。
本当に赤ちゃんみたいだな、と思うと同時になんだか初邂逅の時とは随分雰囲気が違うなぁとも思う。途切れ途切れの言葉と必死な表情が彼女の見た目の年齢をあげたのだろうか?もしくは、まだ日本語に慣れていないとか?
そういえば、このゲームにおける日本語はどのような立ち位置なのだろうか。
なんとかしてくれよ、の想いも込めて時子さんとウタウタさんを見る。奏はなんでか分からないが睨んでくるので放置。もう僕に抱きつく隙はないのだ。
「え、えっと。ウタウタさん?ギアくんが困っちゃってるんですけど」
「……ですよね。けどこの子、こうなったらテコでも動かないんですよ。髪も切らせてくれないからあんなに伸びちゃってるし……」
「あぁそれであんなに。ギアくん我慢できそう?」
「まぁ、小さい子供みたいなものなんで。ってイタタタ!つねんないで!」
あかちゃんにつねられた左腕を右手でさする。そうすると必然的にあかちゃんを抱くような姿勢になってしまったが、彼女はまんざらでもなさそうだった。なんでこんなに好感度が振り切れているのかは謎だが、まあいっかと開き直ることにする。
「まあ、いいでしょう。赤ちゃん……じゃなくてあかちゃんは何歳なのでしょうか?」
「17歳位だったかなぁ?」
「タメ!!」
衝撃の事実だった。
つまり僕は今、同い年の女子にコアラ抱っこをされている……だと!?
あゝ、興奮してきた。
「まあ見た目からわかると思うけど、精神年齢は人間でいう5〜10歳くらいのものだからそんなに慄かなくても大丈夫ですよ」
嗚呼……興奮してきた。
いや、ゲフンゲフン。なんでもないです。興奮が残ってただけです……ええ、本当ですよ?
「あかちゃんはこのままでいいですから、話を続けてください」
「……ごめんなさい。ええと、どこまで話したっけ?」
「妹の奇行についてです」
「はい、パン屋の前で逆立ち。世界樹の中で一人かくれんぼ。近所の子供のお菓子を食べる振りを五時間続ける、まではなしましたっけ?」
「ええと、そうですね。信じがたく、与太話と一笑にふしてしまいたいような奇行の数々ですけれど」
「私がその後始末にどれだけ苦労したかを考えて下されば同情などは結構です」
それは、同情を誘っているのでは?浮かんでも口に出さない。なぜなら紳士だから。
「それで、他にもまだまだ赤ちゃんの奇行があったりするのですか?」
「ええ───とっておきのが1つ」
それは、この状況ですね。
とは、もちろん言わない。だが、あかちゃんよ。素知らぬ顔でグリグリとみぞうちに頭突きをかますのはどうなんだ。泡吹きそうなんだけど。
「とっておきの1つ、それは最近あかふじが大声で町中を叫び回っているのです」
あかちゃんをめっ、とウタウタさんは睨んだ。叫び回るとな。それはいったいなんと言っているのだろうか。
「ええとですね……あかふじ、言ってみなさい」
「……や!嘘つきっていうから」
「はぁ……。昨日もいなくなるまでは散々叫んでいたのですけどね」
「それはいったい何と言ってたのですか?」
「『来る。地面がなくなる地震が来る』ですね。『逃げろ逃げろ!早く逃げろ!』こんな調子で村中を走り回るのです。叫び始めた当初は付き合ってゲートの外まで行ったものですが、今となっては狼少年です」
狼少年かぁ。僕もよく言われてたなあ。
頰に傷なんてないだろ、なんて言われて隠した右頬にかかる髪を無理矢理たくし上げられてさ。あの引きつった顔は忘れられない。
して、たいして傷について触れ回ったわけでもないのに狼少年と呼ばれたのは何故?それは結局わからなかったよ……。
あかちゃんの髪の毛を掬いながら奇行の真相を尋ねてみる。
「……嘘じゃないのに。嘘じゃないの」
彼女のクリクリとした目は涙こそ流れてはいなかったが、悲痛な感情を訴えていた。
……そうだな。
「……例えば、悪魔という言葉があるだろ?」
「ギアくん?」
「けど、良魔なんていない。つまり、魔っていうのは本来『良』というまでなく良いものなんだよ」
「それは屁理屈というやつじゃないかしら?魔に良いも悪いもないでしょ……っていうか何の話よこれ」
「───けど、これは逆にもなる」
昔から考えていた事だ。
良いも悪いもない。けれどグレーでもない。なんでもないけどなんとなくあるもの。そんなものがあってはならないのか。
「つまり、良いも悪いもないから、良し悪しをくっつけたパターンだ。言い訳だって弁明といえばそこそこ良いことに聞こえるし、反論だって詭弁だと言われれば悪者になってしまう」
要は、言い方。物言いに気をつけろと言われる所以だ。
「グレーを許す文化が栄えたのが日本文化だというけれど、日本文化ほど異文化に対して排他的な文化はない。それはキリスト教も真っ青だと言うのだから驚きだ。自分化思考の文化が栄えてしまっていたんだ」
「ギアくんの持論に口を出すつもりはないけれど、そろそろ一言にまとまらないかしら。あかちゃんが目をこすっているわよ」
「嘘だ嘘だと言うつもりはないからとりあえず言ってみなって」
「すごいまとまったわね」
良いこと言おうと思ったのに急かすから……。
あかちゃんはよくわかんなかったようで、それでもなんとなく察してくれたようで顔僕に埋めたままモゴモゴと声を出す。
「村がね……なくなっちゃうの。もうすぐ」
「それは、地震とか地面とかが関係あるの?」
「……うん」
ウタウタさんは困ったように眉をひそめる。
「ここ数十年地震などないのですけどねぇ……」
「それは逆にそろそろ来るぞという証拠になるのでは?」
「いえ、そうでもないのです。というのも、この地域は大きな地殻変動が起こらない限り地震など起こらないのです。地殻変動が起こるにしても、世界樹───村の中心に生えている大っきな木の葉っぱが全て枯れるので分かるのですが……」
窓から見ると確かに、その世界樹は青々と茂っていた。
「茂ってんなぁ……」
「茂ってる」
僕とあかちゃんはうんうんと頷きあう。
「けど、落ちるの」
あかちゃんはうゆ、と妙な声を出した。彼女の真意を捉えることは叶わなかったけど、彼女はきっと本心から思っていることを言ってくれたのだろう。……だから。「ありがとね」僕は優しく彼女の頭をさらりと撫でた。
「……うんっ!」
ぎゅっと、あかちゃんの密着度が高まる。
「う、う〜」
「で、さっきから奏は何をやってんだ?」
「た、タイミングを少々……」
そんな様子をさっきから横目にチラチラと眺めては居住まいを正すを繰り返す奏はつぅっと目を逸らした。タイミング?とも思ったがおそらくあかちゃんを引き剥がすとかそんなことなのだろうと勝手に納得してウタウタさんに目線を戻す。
「僕からは何にもいうことはないのですが、やはりなんというか引っかかる所はありますね。……これは僕らが【プレイヤー】だからこそ会えることなのですが、恐らく、いや多分、いえ、必ず近か何か起こります」
「それは、」
「恐らく、僕たちが関わることだと思います。……もしかしたらその原因が僕たちになるのかもしれない」
「……風の噂」
「?」
「バァ様の伝え事です。【不思議な格好をした多様な人々による擬似予言】。そう聞いていますが、それがそうなのでしょうか?」
逡巡。時子さんとアイコンタクト。
時子さんも同じような考えを持ったようだ。
「ウタウタさん。それはつまり、私達がここに来ることは予見していたということかしら?それとも過去に同様のことが既にあったのかしら?」
「そうですね。これもバァ様に聞いたことなのですが、多様な人々──つまりあなた方の言う【プレイヤー】は確かにここにきたことがあらと思います。……既に、数世紀以上の前の出来事、年の数えが変わる【例の出来事】よりも前のことになります」
「例の出来事?」
「私の口からはなんとも……。あ、そうでした。お礼をしなくては!」
音を立てて立ち上がるウタウタさん。
「あ、いえお構いなく!!」
慌てて声をかけるがウタウタさんはスタスタと部屋の奥へといってしまった。と、同時にあかちゃんの何かのタガが外れたようで、今まですりすりと擦り付けていた頭を今度はグリグリと押し付けてくるようになった。うむ、可愛い痛い(物理)。
「……ぬわー!もうっ辛抱たまらん!!」
「うげぇっ!」
僕の背中に大きな衝撃が走る。後ろを振り向く必要などないくらいにその犯人は自明だった。奏である。
「離れなさい」
「むりー!!」
二人の頭のせいで僕の背中とお腹がピッタンコだ。僕の硬い背中と彼女の柔く温かい体が接するのはなんとも背徳的なところではあるのだが、そんな思考により僕には1つの疑問が生まれた。
推論、といっていいだろう。
「なぁ、奏。僕と君はもしかして、ここで兄妹だったのか?」
「───!」
「でも、それはおかしくないか?僕はこの通り人形で、君はれきっとした人間族だ」
「……」
「そんなむっとするなって。ただの疑問だよ。奏はなんで僕のことをそんなに慕ってくれるのかが分からないんだよ」
「お兄ちゃんは確かにマキさんが作ったよ。けど、それでも約束したんだもん」
「それは、【設定】か?」
「ううん、【記憶】だよ。私の中にある大切な記憶」
マキさん、つまりマキナ・アルカイドのことだろう。僕は彼女と設定的に親交があったのではないかと踏んでの推論だったのだけれど、記憶とはどういうことなのか。
どうも奏と僕の間に微妙でいて決定的なすれ違いがある気がしてならない。
「私、構うの!」
「痛いあかちゃん!入ってるから、本来圧迫されるべきじゃない場所が圧迫されちゃってるぅ!」
「む、ずるっこだよ!」
「ほげえええ!背骨が!僕のあるか分からない背骨が悲鳴をあげてりゅううう!」
「あぁ、ギアくんの背骨は木製だったわよ」
衝撃の事実!!いや、どうでもいいことだな!
そんなことに返答している隙に僕を助けて欲しいところだったよ。
「幸せの痛みというやつね」
「ちょっと違う。いやだいぶ違う」
ー・ー・ー
実際は違うの違うの違うで、僕は幸せを感じていたのだろう。日常となんら変わらない本戦に油断があったことは否定できない。
しかし、油断があれば付け入られるのは世の常だ。それが偶然であれ、必然であれ。
僕は、僕らは付け入られたのだ。
運命の女神に。あるいは、他のプレイヤーに。
「皆さん!!お願いします!!助けて下さい!!!!村が!!世界樹が!!」
「襲われています!!!!!!」
ウタウタさんが駆け込んできたのは僕らの先の会話から5分と経たない未来のことだった。




