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40本戦①

「ふん、ふんふふーん!お兄ちゃん〜ふふ〜」



 本『戦』と銘打つイベント中に呑気に草原を歩く3人組。左から奏、僕、時子さんだ。両手に花のようでいてその実誰ともそこまで親交がないため、奏の鼻歌以外に音が鳴ることはほとんどない。いや、これはそもそも鼻歌なのか?『お兄ちゃん〜』とか言っちゃてるんだけど。

 それはさておき、僕はこの沈黙感は授業での共同作業を思い出して嫌なので、何か話さなきゃとない頭を必死に働かすも本来そこまで喋る方でもないためここまで沈黙を貫いていた。沈黙を貫ける男、鎌方虚である。


「あ、そうだ。お兄ちゃんって時の魔女とどういう関係なの?」

「その呼び方やめてくれないかしら?」


 素っ気なく時子さんが突っ込む。


「なんで?かっこいいじゃん」

「あなたは【ごま油】と呼ばれて嬉しいかしら?」

「それは嬉しくないけど」

「でしょ?なら呼ばないでよ」

「?どういうこと?お兄ちゃん分かる?」

「時子さんにとってそのあだ名は油と大して変わらないちっぽけなものだから、もっと仰々しい名前で呼べということだよ」

「ギーくん!?」

「わかったよ!【叛逆少女(パラドキシア)】!」

「いやぁ!!」



 叛逆少女(パラドキシア)……。少女……。


「……あ、あの、時子さん」

「言わないで、決して言わないで。分かってるから。叛逆でも少女でもない事くらい分かってるから……」

「あ、いえ、それはまあ気になりましたけどそうじゃなくて……こういうの苦手だったんですね」

「掲示板で見るくらいなら別に良いのよ。中二ちっくなカッコいいの作るのも好きだし……。ただ、面と向かって言われると、ねえ?」

「まあ人それぞれですよね」


 僕なんかはリアルの方のバイトでそういうのは慣れちゃってるけど、耐性のない人からすればそんなもんなのだろう。

 奏は、ふーん、とよくわかんないといった顔で相槌を打っていた。


「奏に聞きたい事あったの忘れてたわ」

「なんでも聞いてよ!」


 抱きつく、というよりはタックルに近いくっつきをしてくる。もう敵チームとかそんな意識は無いようだった。今更だけどこいつらのチームと当たる確率なんてほとんどなかったはずなんだよな。


「お前らのチームのリーダーのことなんだけどさ」

「あ、先生のこと?」

「そう、それ。奏ってあいつの一番弟子なんだろ?聞いた時もどういうことなのか聞こうとおもってたんだけどなんか流れちゃったからさ」

「先生ねぇー。別にリアルで知り合いってわけじゃないんだけどさ。先生のリアルな仕事と私のここでのロールが被るとかがあって色々教えてもらってんだぁ」

「ロール?」

「お兄ちゃんも手帳読んだでしょ?」

「横から失礼するけど、私だったらエルフと人間の娘の工芸店を営むハーフってところね」


 手帳か……。


「僕それ貰ってないんだよね……」

「え!なんで!?そんなのおかしいよ!」


 奏でが目を大きく開けて手をぶんぶんと振り回す。


「おかしいって別にそんなにおかしいことじゃないだろ。コノカだって持ってなかったし」

「コノカっていうのはあの金髪おかっぱケモ耳娘のことだよね?」

「そうだ」

「……そんなはずはないんだけどなぁ。……じゃあもしかしてムゲンのほう?それともシンコウ?タイワってことはないでしょうし……」



 目のハイライトを消してブツブツと何かを呟く奏。時子さんを見るとあんた手帳なかったんだと驚かれた。そんな変なことなんですか。



「といいますか、【手帳】って何のことなんですか?僕その辺よく分かってないんですが」

「なんだったかしらね。私もいまいちわからないわ」

「えぇ……」

「あ、あの!お兄ちゃん!お兄ちゃんのアナザーワン見してくれない?」


 目に光が戻っている。


「お、戻ってきたな。だけど、何を考えていたのかは分からないけどアナザーワンは少なくてもイベント終了まで明かすつもりはないよ。ここでやすやすと見せて負けました、なんてことになったらどうなるか分かったものじゃないしね」

「ケチ!」


 ケチで結構。

 結構といえばそれなりの距離を歩いてきた筈なのに一向に草原に出る気配がないな。


「なんかもう他のプレイヤーと当たる気配もないし奏を殺すか」

「まさかの親族殺害事件!」

「血繋がってないし」

「そもそも敵だからなんの不思議もないわね」

「ちょ、私美味しくないですよ!」


 いつから食う話になったよ。親族殺害事件よりも猟奇的になっちゃったよ。

 語調からつい天真爛漫な表情を想像しがちだが奏は微表情系女子だ。シルルとはまた違った儚い表情を讃えるのだ。昔から大和撫子を体現したような女子に弱い僕はついどきっとする瞬間がある。例えば抱きつかれたした時とかな。僕の仮面の下の表情はどんなになっているのだろうか。心に毒だとバリバリと音がしそうな感じで奏をひっぺがえす。


「時子さん、ヘアスタイル変えたんですね」

「うん。セミロング系のダークブラウンにしてみたわ。まあフードかぶっちゃってるからあんまり分かんないんだけどね」

「可愛いですよ」

「そりゃどうも」

「私は私は!」

「いや、変わってないし」


 今となっては珍しい昔ながらの日本人らしい綺麗な黒髪だ。自称妹を宣言しながら身長が僕と同じ程度あるので(靴の底上げ含めて)抱きつかれると髪が鼻にあたってくすぐったいんだよな。


「褒めてよねー。全くお兄ちゃんはこれだからモテないんだよ」

「僕の何を知ってるんだよ」

「なんでもだよ」


 普通に怖いっす。


「あんた達仲良いわねぇ。敵同士なの分かってる?」

「もし敵になってもお兄ちゃんは死んでも守る自信がありますから!」

「それは妹としてどうなのかしら……」

「いや、妹じゃないですって」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだし!」


 そうですか。


「ちょっと、止まって貰ってもいいかしら」

「どうしました?」

「お兄ちゃんったら、分かってないなー。お花摘みに決まってんじゃん」

「決まってないわ。決まってたまるものですか。違うわよ、あそこを見て」


 そういって時子さんは進行方向から見て10時の方向を指差した。視線の誘導に則って目を向けるとかすかではあるが草が風によるものとは違った不自然な揺れ方をしている。


「なんですかね、あれ」

「分からないわ。モンスターかもしれないわね」

「僕魔法覚えてないに等しいですよ」


 あんな遠くてはギア・ギアも届かない。


「魔弾なら私打てるよ!」

「いえ、近づきましょう」


 そういってズカズカと臆することなく時子さんは揺れに近づいていった。僕達も遅れまいとついて行く。念の為アナザーワンをいつでも取れるように穴を開ける位置を決めておく。


「あの人……姉御ですね」

「よく分かってるじゃないか」


 奏は満開の微笑を浮かべてそう言った。





 ー・ー・ー





 揺れの下にいたのは言ってしまえば人だった。しかし、それは言いようによっては人ではなかった。


「アイコングリーン、NPCね」


【鑑定】か【看破】か【判断】か。スキルでそう判断した時子さんは草原に倒れ伏した少女を抱えるようにして支えながら起き上がらせる。

 草に隠れていたのかと思っていたが、どうやらそれは間違っていたらしい。背中まで流れる緑の髪で体を包むかのようにして倒れていたのは、耳の尖った少女だった。


「お兄ちゃん、この人……」

「ああ。エルフだな。しかも相当消耗している」

「外傷はないけれどお腹の凹み具合からいって何日も食事をとっていないのでしょうね。人の腕ってこんなに細くなるものなのね……」


 少女の口が震える。瞼に力を入れるほどの体力すらないのが見ていて痛々しい。小さく開いた口から漏れたのは『助けて』でも、『逃げて』でもなかった。


「村に……村が……」

「村?どこにあるのかしら?連れて言ったらいいのよね」

「村……」


 少女は繰り返す。しかしそれも数秒のことだった。少女は力尽きたかのように頭の力を抜いた。



「……死んじゃった?」


 奏が恐る恐る時子さんに聞く。苦しいとも悲しいとも取れぬ無表情に限りなく近い何かの表情を浮かべて倒れる少女はそれほどまでに生気がなかった。


「……死んではないようね。けど問題はこれからどうするか」

「そんなのこの子を村に届けるしかないじゃないですか」

「まあ、それが普通なのでしょうけど、というか私も普段なら迷うことなくそうしているわ。……ただ」

「ただ、今はイベントだから。しかもこの子はNPCだし何か裏があったら。それこそ誰かのアナザーワンで誘われていたらどうしよう……ってことだよ、お兄ちゃん」

「ええ、そういうことね」


 そうか、AOならそういうこともできかねんのか。奏ではともかく、時子さんはこのゲームに3年近くも関わっているからそういうことにも考えが及ぶ、いや及んじゃうのか。予想がつくことでゲームオーバーなんてプレイヤー的には最悪だからそこはしょうがないんだろうけど。


「まあ、いいんじゃないですか?この子がもしただの罠だったとしてもみんな許してくれますよ。きっとゲームだからと言って見捨てる方が怒られちゃいますし」

「えー、お兄ちゃん怒られるから助けるのー?」

「それは言葉の綾だ。しょうもない揚げ足取りをするな」

「ちぇー。けど、これで一つはっきりしたね」


 奏は悪戯前の子供、或いは安心した赤子のような微表情を作って言った。


「お兄ちゃんはやっぱり国民だよ!」

「どういうことだ?」

「シメイヨツノ民ってことだよ」

「まあ、実際そうだしな」


 なにを言っているんだこいつは。よく分からん主張をしたい奏はしかし、とまた考え込んだ。


「けど、ならなんで手帳を持ってないんだろ?確かに青リンゴさんがそうかと思ってたけど、これは私のAOだしなぁ……。あてにならないか」

「なんの話だ?」

「こっちの話。……ってことで、時の魔、じゃなくてトッキーもいいよね?」

「そうね。2人が反対しないなら喜んで行きましょう。ギアくんはこの子持ってくれないかしら?あと、トッキーってなに?」

「トッキーなんか年上って感じしないからさー」



 時子さんと交代してもらい、緑髪の少女を抱きかかえる。重軽石の話ではないが、思いの外軽く腰に無駄な負担を感じる。お腹が凹んでいると言っていたけどここまで軽いとはな……。

 抱きかかえて2人を見ると、時子さんと奏はなんだかんだ気があったのらしく、結局トッキー呼びが認められたようだった。


「んじゃあ行きますか」

「行こう行こう!」

「ちょっと待ちなさい」


 ストップをかけられる。


「ギアくん達、村がどっちか分かっているの?」

「あっ……」


 失念していた。そうか、見渡す限りの草原を何分もかけて歩いてきたと言うのに人一人しかみていないのだ。これは随分と時間がかかりそうだった。




「うん!知ってるよ!!わたし村の近くで目が覚めたし!」

「なに?それはどっち方向だ」

「今来たところ」



 別の意味で、しかし本来の意味で何分もかかりそうだった。









『ふむふむ、これはなかなかいい展開ですな』

『どういうことかしら?そもそもこの少女は一体誰なの?』

『あれ?クサカちゃん分かんないの?そんなんじゃ甘いよ?』

『全く意味がわからないわ……』

『それにしても怪しい二人だったね。一人は可愛い子だったけど』

『あの仮面にローブは挨拶の時にも見てびっくりしたけどね』

『うんうん。ネタかは分からないけど頑張ってほしいね。それじゃあさっきあの可愛い子が言ってた【国民】とか【武心】について話しちゃおっか?丁度いいし』

『そうね。意外と知られてないけれど、このゲームでは重要だものね』

『……いや、しようと思ったけどやっぱもうちょっと待って。やばいことに気づいちゃったから』

『どうしたの?ツボミちゃん』

『私ここ30分、一回もボケてない』

『あっ、映像切り替わりましたね〜』

『クサカちゃーん!!』

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