38新要素のお話
『さて、それでは新要素の紹介を少ししよう』
僕らはいつの間にか宇宙ステージから戻っていたアテネのギルド前で耳をすませる。ゲームマスターの口調はさっきとは打って変わって静かで事務的だ。
『先ずは新スキル。従来の修得マホウである【赤】【青】【緑】【黒】【憂】の五つのマホウに加えて、新しく【白】【黄】マホウを追加した。また生産スキルの改善、及びに戦闘スキル【剣】【杖】【歯】の調整をした』
『新アイテムについては開拓の民に紹介を任せよう。流石に30分で全てのアイテムの紹介を終わらせる自信がないからね』
何がおかしいのかクスクスと笑うゲームマスター。ビギナーとしての避けられないサガか、何を言っているのか全くわからないというのが正直な感想だ。マホウ?魔法?……というか戦闘スキルに【歯】なんてあったのか。ネットで幾らか情報を集めているとはいえ、僕の知識はそんなレベルなのだ。
首を傾げる僕を他所にゲームマスターは新要素についての説明を再開する。
『次は蓮団制度についてだね。あ、そうそう、さっきから僕が既に蓮団第零席に着いていることに文句を言う人がいるから予め言っておこうと思うけど、蓮団ナンバーは所属している国によって別々なんだよね。僕たちの所属している国はシステム上【運営】だから、各都市のNo.0は未だ空席だよ。やったね。それにナンバーの数え方もナンバーの意味も都市のよって違ってくるし……まあ、詳しく言っちゃうと楽しみを奪うことになると思うから共通事項だけここで発表しようと思う』
彼は手を軽く振ってスクリーンを切り替えた。
『蓮団について』
スクリーンに浮かぶ文字は箇条書きで蓮団制度を説明していた。
・結成条件は両者による証明書及びに結成願いをギルドに提出し、了承されること。
・蓮団所属可能人数は所属する蓮団によって異なる。
・結成によるメリットは、大型ハウスの購入が可能になる。共通倉庫を持つことができる。金庫の所持が可能になる。など。
・デメリットは、例外を除き納税義務を課せられる。定期的にギルドによる適性検査を受けなければならない。など。
なんだかまとめ方が会議などのプレゼンのそれに似ている画面は最終的に、『分からないことはヘルプにて可能な限りお応えいたします』と締められていた。
『分からないことがあったらギルドに聞いてくれたまえ』
加えてゲームマスターは言う。要はどちらかに聞けと言うことなのだろう。
『さて、残る新要素は称号制度と公式運営掲示板だが、これに関しては実装までに少々複雑な経緯があったためその説明と要素の説明共々公式ホームページに特設ページを設けたいと思う』
『最後に、先程のステージについてはリアルの方で明日記者会見を開く予定だからよろしく』
ゲームマスターは自分の仕事は終わったとばかりにマイクと演説台から退いて行った。
記者会見って……最後にものすごい爆弾を置いて言ったな。本当に宇宙の再現ステージだったのか。すごい体験をしてたんだな。
実感があまり湧いてこないが、この体験がいずれ教科書に載ることはまず間違いないだろう。なんせ異次元論発表とほぼ同時期に出た三大机上の空論のうちの1つだったのだ。これがたかだかゲームの一イベントで終わるはずがない。
わなわなと空いていた右手を興奮で震わせていると普段ではまずないであろう程の近い距離から声がした。
「あの……もう大丈夫ですけど……」
隣に立っていたコノカが不意に囁いたのだ。ぞわぞわとした感覚を左耳に覚えながら声を絞り出す。
「何の話?」
「何のって、それはこの手のことですよ。いつまで握っているのです?……ま、まさか手に異様な執着を持ってる人だったりしますですか?」
ぶんぶんと握っていた手を上下に振る。
そういえば握ったままだったな。あと僕は手フェチではない。
「しますですかってなんだよ……はいよ。握ってくれてありがとな」
「いえ、お互い様ですから」
「ギーギー!コノカ!」
「もう!私のことはコノカちゃん、と親しく読んでくれて構いませんって何回言ったらわかるんですか!」
駆け寄ってきたシルルにコノカが抱きつく。
美しき友情かな。ただし、一方通行の気が少しあるけど。もちろんトゥ、シルルだ。
「いやぁ、びっくりしたね……」
シルルに続いてジャー坊が話しかけてくる。いつも余裕な表情を浮かべる彼にしては珍しく画面越しでも伝わる同様具合を上手く解けないでいるようだ。
「びっくり所じゃないよ。今までの常識がひっくり返っちゃったんだから」
「遂に宇宙ステージ実現か……。これで何が可能になるんだっけ?」
「ええと……ちょっと待てよ。少し前の授業で丁度やった所だ」
やった授業の名は未来学。発展数学とも言われる授業だ。主に多次元・多異次元学、空間学、時空学、そして時間学をまとめて学ぶ。正直かれこれもう小学三年生から10年位やっているが終わる気配のない授業だ。10年学ぶということは思考加速を入れれば30年学んだということなのに。厳密には年齢によって加速制限があるので30年よりは少ない期間だけどね。
「宇宙ステージは九次元振動を仮想現実で再現する必要があるからナンタラカンタラってやつだよな」
うんうん唸って授業内容をひねり出そうとしていると隣からリリーが横から口を出す。
「おしいけどそれは発展超弦理論の話だろうが。宇宙ステージは関係ない。……0から9異次元の高度操作が必要なんだっけ?」
脳みその活動時間にして約四日前の出来事をなんとかひねり出す。初めてバイトが突然なくなった日なので覚えている。夜は祝賀会を同僚と開いたよ。
「そう、それだよギーくん」
「私もそこ習いましたよ。永久機関作成が仮想現実で可能になるって話ですよね」
「永久加速装置じゃなかったっけ?」
「同じ話だろ?ただ発生するエネルギーが高次関数的に上昇するってだけで」
「全然違うんですがそれは。というかリアルでの技術革新は何かって話だっただろうが」
「むぅ……それはどういうことですか?」
「だから仮想現実で可能になったって現実世界で再現できなきゃ意味ないじゃん。未来学で言うところの瓶に入った林檎ってやつだよ」
「絵に描いた餅、机上の空論でもあるね」
ジャー坊は呟くようにそう言った。瓶詰めリンゴはすでに販売されているから言葉としてどうなんだというのはあらゆる先生が一度は言うジョークの1つだ。
話は移り変わって行き、時計の長針が45度程傾いた頃、今までコノカに抱きつかれていたシルルは頭だけこちらに向けてそういえば、と問うた。
「この時間、何?」
言われてみればその通り。あんなことがあったからクールダウンとしてちょうど良いと思っていたが、よく考えたら本戦前の演説中のはずである。ゲームマスターも演説台から席を外し近くで控えていた女性と談笑している。
「なんの時間なんでしょうね?」
「状況整理の時間?」
「休憩?」
説明のないことが分かるはずもなく、文殊の知恵を用いても分からない。参加者達は宇宙ステージの話題を中心として各々仲間との会話に花を咲かせていた。
ふと見渡すとジャー坊がちょいちょいと手を振って僕らを集めていたので、みんなでぞろぞろと彼に寄っていくと、彼はか小声で話し始めた。
「まあ、再開するまでは待つしかなさそうだし、少し気になったことを今のうちに伝えとくね」
ジャー坊はフード越しに頭を書きながらこちらを見る。仮面の模様が薄く反射で光る。
「伝えたいこと?」
「そう。特に魔法職の皆にね。あ、いや、このゲームにおいて魔法一辺倒なプレイヤーは僅かしかいないから魔法を使える人に、と言い直そうかな。大して変わりはないんだけど、一応ね。えっと、『【赤】【青】【緑】【黒】【憂】の四つのマホウに加えて、新しく【白】【黄】マホウを追加した』……覚えてる?さっきゲームマスターが言ってた新要素の話なんだけどね。これって僕らの魔法の認識が間違っていたこと他ならないよね?って思ったんだ」
「ん?どう言うことだ?」
マホウ、と妙なアクセントで魔法の事を読んでいたのが印象に残っている程度で特に変なことはないような気がするんだけど。僕とリリーが考え込んでいることに気づいたジャー坊が例えばの話だけど、と解説を始めてくれる。
「例えばシルルちゃんの水魔法だったり、工芸家の時魔法だったり。僕はこれがただの魔法だと思っていたんだ」
「いや、俺らもそう思ってたぞ。……なあ?工芸家」
「いや、確かに私もそう思っていたさ。けど今回のゲームマスターの話を聞くとどうも違うらしい」
「そう、違うんだ。だからこそ──」
「はーい、話を再開するぞー」
ジャー坊の話を狙ったかのように遮る声。声の主の方を向くとニヤリと笑った美少年、ゲームマスターがいた。どうやらこちらの話を聞いていたようで口元でバッテン印を作っている。ジャー坊は少し驚いたような気配を醸し出したが直ぐに普段通りの笑みを浮かべた。
両者で何か分かりあっているようだが、僕の気持ちとしてはこんな風に下手な話の切られ方をされると腹が立つというのが正直なところだ。欲しくもなかったビーフジャーキーを目の前に垂らされ、興味が湧いた頃に芸を求められた犬のような気分だ。
「そんなふくれっ面しないでよ。なんて言いたいところだけど君達は仮面被ってるから全く表情が見えないんだよね。ああ!そんなに怒んないで、感情が高まってるよ!」
感情が高まるってなんだよ。僕の気持ちを数値化でもしてるのか?
「そうだよ」
してるのか。
平然と心を読んでくることから一切の隠し事や抵抗はできないと悟り、僕は大人しく心の中でゲームマスターに対する思いつく限りの悪口をぐちぐちと言うことにした。
「いや、それは……まあいいや。1プレイヤーにかける時間もないしね」
「皮肉言われてますよ」
「今は我慢の時なのだ」
コノカに呆れたように見られた。
ゲームマスターは自分の後ろに控えている二人のプレイヤーに声を掛けた。
「じゃあ、そろそろジントリゲームについての説明をしてもらおうかな。よろしくね、噓與さん、惡橤さん」
「「はい」」と弾んだ声で応える二人の女性に僕は強い既視感を覚える。そしてそれは決して気のせいではなく、その正体を既視感が止む前に知ることになる。
その二人は掲示板で宣伝アイドルをしばしば揶揄される二人、イベント初日から連日空中に浮かぶスクリーンでイベントを盛り上げ続けてきた二人。【愛上 額】と【尾下 窪】だった。
スクリーンに映ったことで判別した二人の登場に会場は湧き上がる。
「あははー、ありがとありがとー!」
「落ち着きなさいな、ヒタイ……じゃなくてツボミ」
「あいあいさー!」
びしっとポーズを決めたヒタイ改めツボミ。頭に手を当ててわざとらしく頭を振るクサカの顔には凡そわざとには見えないような気苦労の色が見え隠れしていた。お疲れ様です。
「さて、ファイさんからご紹介預かったけどもう一回名乗らせてもらおうかな?凸凹コンビこと『愛上 額』『尾下 窪』」
「そして、まーたーのーなーをー!」
「第零蓮団【運営】団員ナンバーその一【橤々 噓與 】!よろしくぅ!」
「同じく団員ナンバーその一【貮 惡橤】です。よろしくお願いします」
ババーン!腑抜けた効果音と共にスクリーンに名前が浮かぶ。いや、無茶苦茶な漢字の当て方してんな。連想ゲーム甚だしい名付け方だ。オーディエンスは生の二人の名乗り上げにさらに盛り上がりを見せ、気を良くしたツボミはクサカに突っ込まれていた。
「いやはや、まさかまさかですよー」
「何がまさかまさかなの?」
「いやいや、私たちがまさかプレイヤーになるなんて思いもしませんでしたよ!しかもですよ!こんなリアルとかと変わらないなりですけど、私達ランダムで容姿とか決めていますかね!」
「あー、そういえばそうだったね。驚いたスタッフからチェック入ったわ」
「ごめんね、容姿のすぐれないプレイヤーさん達」
「おい!止めなさい!!」
「台本に書いてあったこと読んでいるだけなんで文句は後ろの白髪男子に言ってね!」
「ダウト」
「えへへ」
運営チームの名前のコンセプトは『滅茶苦茶』です。
ご存知であること重々承知ですが、一応言わせていただきますと、ほぼあり得ない読みを振っていますので、知り合いにドヤ顔で教えることのないようお気をつけください。




