37イベント本戦の前に
「運無き者には開拓を。運溢れし者には試練を」
彼の言葉はそんな所から始まった。
ー・ー・ー
3日目。僕達は広場の前で時が来るのを待っていた。装備は【詐称する私は彼方】と【好奇心の貌】を着込んだ不審者ファッション。周りのパーティも軽装備だったり鎧だったりとコミケにも負けず劣らずなコスプレの様相だけど、正直僕達には敵わない。敵わない、と言ってもそれは決して良いことではなく、有り体に言えば目立っていた。
「……目立ってますね」
「そりゃそうだろ。仮面にローブってどこの秘密結社だよ、って話だしな」
「変な宗教だと思われていませんでしょうか?」
「なんだったら、コノカLOVEとでもローブに刺繍しておこうか?」
「やめて下さい」
思わずコノカもこの調子である。しかしジャー坊はまだこの服装に何か物足りなさを感じているようで小声で「鈍色指輪……煙管……数字入り武器……刺青……」などと恐ろしいことを呟いている。その言葉にいくらかワクワクする単語があることは否定しないが実際にするかと言われればノーという危うさのあるワード群である。げに恐ろしや。
向こうでは、シルルは時子さんとリリーに弄ばれておりなんだかほんわかとした雰囲気が漂っているような気がする(実際は仮面とローブのせいで怪しい儀式の途中のようだが)。
それはさておき時間はもう良い頃合いだった。イベント本戦【4国対抗!陣取りゲーム、ならぬ陣殺りゲーム!!】開始の時刻だった。既に、僕たちのパーティを含めた総勢500組2800人のプレイヤーがイベント用聖骸都市アテネのギルド前に集まっていた。尚、イベント参加者以外は全員イベント用自由国家連合に転移済みである。
ピコン!
適当なSEが頭の中に響く。一瞬空耳かモスキートーンの類かと思ったがざわつく2800の周りの様子を見るにしかりと自分の脳に刻まれた音らしい。
「モスキートーンではなくモスキート音じゃないのですか?」
「モスキートトーンを略してモスキートーンだと思ってた」
一見クソどうでも良い与太話である。
しかし、これはまた状況説明のために必要な会話であった。
なぜならこの会話、コノカと僕のものではなくコノカと、目の前に突然現れた謎の男との会話であったのだから。
先ほどの音を聞いてから今に至るまで、目くらましを食らったわけでもない僕は瞬きを一切していなかった。しかし、その男は突然、前触れもなく、違和感もなく現れた。僕とコノカのちょうど間に現れた。
男の容姿はいたって淡麗。160程の身長にすっとした体型。髪型は女性でいうショートボブといった風貌であった。白髪隻眼という、いかにも狙ったような姿形をした少年とも言えそうな男は、にこりと僕に笑いかけると未だ脳内に響いた音でざわつくプレイヤーを尻目に宙高く飛び上がった。
「おい!なんだあいつは!!」
周りのプレイヤーも謎の男に気づきはじめる。向けられた声にも応えず悠然と空中に立った彼は指をパチンと一つ鳴らした。その後の変化は劇的である。
第一に多数のマイク、そして演説台が彼を取り囲むように出現した。第二に、彼の隣に二人の女性が現れた。どちらもどこかで見たことのあるような女性だ。
そして、最後に。
僕らは宇宙に立っていた。
比喩でも誇張でもなく、そのままの意味で宇宙に僕たちはいた。
瞬間、観衆のざわつきは最高潮に達した。
宇宙ステージ。VRの終着点の一つに数えられる幻のステージ。
サーバー容量の問題か技術の問題か、或いはあらゆる観点で。ここから数世紀は実現不可能とされていた未体験が今まさに目の前に、いや、自身に降り注がれていた。
僕の心境は冷静なこのモノローグに反して荒れに荒れている。感動から言い表せない感情まですべてぶち込まれた気分だった。それでも未だ周りと同じように訳のわからない叫び声をあげない理由は一重にぼくの手を握るコノカの手の温もりによる。人の暖かさと言うのはこうも落ち着くものなのか。乱れた思考が飛び交う中ふとそう思った。
いまいち宇宙ステージの凄さが伝わらないと思うからここでは二次元のゲームで例えるとしよう。モンハンとポケモンの融合。或いはドラクエとキングダムハーツのクロスオーバー。さらに言えばFF1のリメイク。
宇宙ステージの実現とは届きそうで絶対に届かない領域の話だったのだ。だったはずだったのだ。
端的に言おう。
今、僕は興奮していた。
「おいおい、マジかよ……」
近くに来たリリーが呟く。
「座標固定されているが、立っている感覚はまさに無重力。体が張り裂けんばかりの自由な感覚がするよ」
ジャー坊も頰に一筋の汗を伝わせる。
ピコン。あの適当な音が再び頭に響いた。瞬間観衆は鳴りを潜める。何かが起こると誰もが確信していた。
待つこと数秒。確かにその時はやってくる。
『あーあー、マイクテス、マイクテス』
『音量異常なーし。スクリーン、オン』
おそらく言葉を発しているであろう彼の男の声が聞こえて来た。どうやらマイクを通して僕たちに何かを伝えようとしたいらしい。ご丁寧にも自身の姿を2800人に見せるため空間に巨大スクリーンを浮かび上がらせた。写っている映像は160そこそこの白髪の男だった。
『あー、えーー、聞こえますかー?』
彼の問いに呼応するようにイエス、ノーのウィンドウが手元に浮かび出る。状況は未だ飲み込み切れていないがイエスをタップする。しばらくしてみんなが返答し終わったのだろう。何やら調整を挟んだ後、男による奇妙な演説が始まった。
ー・ー・ー
『運無き者には開拓を。運溢れし者には試練を』
『と、突然言ってみたものの、君たちからしたら一体なんのこったいと言いたいだろう。初めから説明しよう』
『ボクの名前は【灰φ・シーピックจึX・フォンカー】。所謂このゲームのメイカーチーム日本代表。つまり、日本サーバーのゲームマスターというやつだ。ハイファイでもシーピックでもシーピクロスでもフォンカーでもなんでもいい。適当に呼び慕ってくれ』
『そして、第零蓮団【運営】の団長でもある。以後、よろしく』
演説の途中だったが、思わずにはいられない。
「なんとまあ、越権行為甚だしいことで」
優れた容姿に始まりプレイヤーより先に、というか実装前に蓮団を作るところまでまるでなっていない。ランダムが売りのゲームであってはならない類の越権行為筆頭である。
同じように感じたプレイヤー(特に男性)は多かったようで、彼、ゲームマスターの演説をちょん切ってブーブーと遠慮なく文句を言い始めた。
『んなっ!ボクがズルをしていると言うのか!!』
すると意外な事に向こうも向こうで怒り始める。
『大体な!自由に容姿を弄れるなら真っ先に身長を170、いや180まで伸ばしてるわ!こんなヘンテコな名前に甘んじるかっ!!そして何より、こんな面倒な運営をやり続けるわけないだろうが!!』
こちらの言い分はゲームマスターに対する嫉妬と恨みがこもっている分割と無茶苦茶なものも多かったが、ゲームマスターもそれと同レベルの言論だ。目くそ鼻くそ。まさかの堂々とゲームマスターやめたい宣言である。仮にも栄えある第一回イベントにしてこの発言。中々にファンキーだ。
『ええぃ!黙れエィ!!話が進まんだろうが!!』
キーン!とハウリングがする。
生じた一瞬の静寂を見逃す事なくゲームマスターは仕切り直しの言葉を言い、挨拶を本筋に戻す。
『今回ゲームマスターが出っ張ってきた理由は二つある。一つは本戦について。……こちらは後にする。もう一つは、【アップデート】だ』
『───運無き者には開拓を。今回、ボク達運営チームはこのイベントを機にあるシステムを導入しようと考えている。それはイベント最後に発表するつもりなので言えないが、そのことを踏まえて聖骸都市にいる皆と、自由国家にいる皆に一つ聞きたい事がある』
ゲームマスターはサプライズ前の少年のような笑みを浮かべ一つ息をついた。
『君達、このイベントを抜けないか?』
ー・ー・ー
『なあに、心配はいらない』
ゲームマスターの言葉は戸惑いの声を無視して続く。爽やかな口調で、ねっとりと。
『今から本戦ルールを説明する間の約30分。ログアウトした君達は通常世界に戻ることを許す。普段は窮屈な狩場も、人がいっぱいのレストランも、ゆっくり話す事ができなかった憧れのギルド受付嬢も独り占めできるぞ』
『なあに、心配する事ない』
『君達は自由なんだ。冒険とはそうあるべきだし、狭い自由だけど、ここは楽しい場所だ。イベントは十分楽しんだだろう?』
何を言っているのだ!ギルドに集まったプレイヤーの一人が声を荒げる。予選を勝ち抜いてたどり着いた本戦をどうしてわざわざ辞退しなければならないのだ。聞きたかった当然の疑問だった。
コノカはならない宇宙空間にもどかしさを感じたのか先ほどよりも強く僕の手を握っている。慣れない空間にいるせいで迂闊に動けない僕らは声を上げることしかできない。もし運営チームがこれを狙ってやっているとしたら大したモノだった。
やがて興奮は冷め、まともな思考が戻ってくる。改めてゲームマスターを見上げると彼は相好を崩すことなく笑みを浮かべていた。笑っているのに笑っていない。笑っていないのに笑っている。一種のおぞましさすら感じる表情だった。
『何故、何故、何故。浮かぶ疑問はどれも当然な物ばかりだ。……応えよう。応えてあげよう、君たちの疑問に。【アップデート】の意味を、教えてあげよう』
パチン。ゲームマスターは指を鳴らした。彼の写っていた画面が切り替わり新しく映ったのはクジラのような形をした小さな島を中心とした巨大な海図。例えるなら日本列島しか浮かんでいない世界地図が映し出された。
『これは、君たちの住む通常世界だ』
小さな小さなクジラ島がアップで映し出される。よく見ると綺麗に山脈によって4分割された島だった。彼の指を鳴らす音に従って四つの区画が色分けされる。
『時計方向に聖骸都市アテネ、雅燗桜町シメイヨツノ、ウィンヤーニ、自由国家連合が分布されている』
地図に浮かび上がった名前は説明と違わない名前だ。
「……ジャー坊」
「正しいよ。フォンカー氏の言う事には間違いない。多少島の全体像が違うけどそれもこちらの地図が劣悪だっただけだと思う」
「しかし、そんな重大な情報言ってしまっても良いのでしょうか?」
コノカのその疑問に答えたのは他でもないゲームマスターだった。
『良い』
『寧ろ知ってもらわなければ困る』
どう言う事だ?
知らなければ困る。何故、知らなければ困るのか。
『【アップデート】』
『全てはこの為だ』
いつの間にか、プレイヤーの間には彼の話を聞こうという静寂が流れ始めていた。ふん、とそんな様子に鼻を鳴らした彼は尚一層声量を上げた。
『よかろう!知りたいか?知りたいか。知りたいか!』
『刮目せよ!!アップデート!体験せよ、未知を!愛せよ、隣人を!冒険を!自らを!』
『────【アップデート】』
突如、大きな揺れを感じた。
巨人の行進か?ドラゴンの着地か。
そんなものではない。今までのゲームでは体験したことのないような揺れだ。例えるならそれは、大地の胎動だった。
ただここは宇宙だ。どんな魔術を使ったって実際の宇宙では胎動も何もあったものではない。事実、周りのプレイヤーに揺れによって転ぶ人は誰一人いなかった。
つまり、この揺れは、僕の頭に直接入ってきているという事他ならない。VR故の芸当なのか、彼は君の悪い笑みを深めたまま僕らを眺めていた。
しかし、直接にしろなんにせよ、宇宙空間で揺れるというのはどういう事なのか。揺れる脳内で哲学に似た問いを浮かべた。
揺れは絶え間なく続く。
『世界は動く。地上も、地下も、海も大地も。無論、宇宙空間だった例外ではない。四異次元に逃げようとも、9次元の振動を止めようとも逃れられない。これは、鼓動だ。セカイの大いなる鼓動なのだ』
ゲームマスターは誰に語るわけでもなく呟いた。呟きはやがて消えゆき、成果は現れる。
魂魄の揺らぎはようやく止まった。
揺れが続いたのは一分にも満たないわずかな時間だった。揺れが収まった時、僕は気づいた。大地の胎動とセカイの鼓動は間違いなくアップデートをもたらしたという簡単な事実に。
『見たまえ、運無き人々よ。ボクは今一度問い詰める。未来の選択肢を』
パチン!
甲高い破裂音が音無き空間に響いた。浮かぶスクリーンの地図がジワリ、ジワリとうなり始める。うなりは緑色のクジラ島を取り囲むように広がるとクジラ島と同じ緑色に染まり始める。
気色の悪い光景だった。イベント不参加の通常世界にいるプレイヤーの眼前に広がる光景を思うと勝手に同情の念すら浮かんでくる。
大地胎動なんてものではない。天地変遷と言っても過言でもないその変化は終る。
唖然とした表情でその光景を見続けた2800人を満足げに見たゲームマスターはその変化を朗々と詠み上げる。
『新大陸【あ・ラぅーク】。始まりの島を今にも握りつぶさんとする左手の形をしたこの島は不穏と神秘の大陸だ。同時に、現時点をもって追加要素【公式掲示板】【称号制度】【新スキル】【新アイテム】【課金システム】の本格始動を宣言する』
バッ!と、スクリーンに再び映った彼は両手を広げた。
『さあさあ、運無き開拓者よ!開拓せよ!』
『無駄な時間はない。タイムリミットは30分だ!!』
『悩め!立ち去れ!遊び尽くせ!』
『ボクは阿呆とバカが大好物だ!』
『選択せよ!』




