29イベント初日2
聖骸都市アテネはハイファンタジーの世界だった。
建物は様々な色のレンガでできていて、道路のレンガはシメイヨツノと違ってアーチを描くように曲げて貼られている。
道行く人々はNPCが居ないのでなんともいえないが、それでもやはりこの世界観、ならぬこの都市感にあった装備をしている人が多い。
言ってしまえば、アテネ在住と思わしきプレイヤー達は総じてどこかに金属系の鎧を身につけていた。騎士の鎧のようなフルアーマーの人もいれば、5本のナイフを腰にさして胸を皮のプレートで覆い、靴と小手に金属の鎧を使っているプレイヤーもいる。
シメイヨツノにいるプレイヤーは大体初期装備もしくは初期装備をグレードアップさせたような、服に似た装備の人が多かったのでこの光景には少し驚かされた僕だった。
そして、そんな僕といえば珍しくシルルと2人きりになっている。
コノカを探す道中ではあるが、僕は仲を深めるべく気張って話しかけてみることにした。今までは話しかけようにもコノカがいつもシルルと話していたからな。今回ばかりは僕が話させてもらうぜ!
「なぁ、シルル」
「どうした、の?」
「シルルってなんでこのゲーム始めたんだ?友達に紹介してもらったとか?」
気合い入れてその話かよとか思ったみんな。それだからみんなは彼女ができないんだ(ブーメラン論法)。まずは世間話。ばっちゃが言ってたから間違いないゾ。
「……広告、で見たから」
「あぁ、広告か。あれ?このゲームって広告流してたっけ?」
聞くところによると、生体ナノマシン経由で送られてきた迷惑メールの中にヒッソリと混じっていた広告でこのゲームを知ったらしい。大抵の人は迷惑メールなんかいちいち見ず一斉削除してしまうので、シルルはこのゲームと随分と珍しい出会い方をしたようだ。
「……ギーギーは」
「ん?」
「ギーギーは、このゲーム、友達いる?」
「いるぞ。と言っても僕の友達は数えられるほどしか居ないけどな」
「……遊ばなくていいの?」
「あははは。遊ぼうにも格が違いすぎて遊べないよ。あいつらは第一陣だからな。とっくに僕らの三歩も四歩も先にいっちゃってるよ。それに僕はシルル達と遊んで居た方が楽しいしな」
現実の友達はどうしても仲悪くならないように、居なくならないように気を遣っちゃってたからな。友達曰く、最近はそれも薄れてきたそうだけど。というか、いまはそっちはどうでもいい。今はシルルのことだ。
「それよりも、だ。シルルはなんか好きな食べ物はあるのか?このイベントって食事に結構労力割いてるらしいからな。好きな食べ物あったら食いに行こうぜ」
例の二人組の番組で大々的にプッシュしてたから少し興味があるのだ。
「……お米?」
「なんつーか、欲がないのか変わっているのか、微妙なチョイスきたな。……ええと、米といえばカレーを再現したものがあるってさっき言ってたな。んじゃあ、コノカ見つけて予選クリアしたら食いに行くか?」
「いいの?」
「おう」
嬉しいそうにはにかんだシルルはおずおずと右手をゆるく握りこんだまま僕の前に持ってきた。手でも繋ぐのか?このゲームは手汗がないから大歓迎だぞ。
「指切り、げんまん?」
「はいよ」
そうきたか。指切りな、うん。
……あっそうだ。
美少女が滅多に見せない笑みを浮かべて上目遣いすると人間ってどうなるか知ってるか?
一周回って冷静になるんだ。
頭のなかは明らかに変な興奮物質が流れ込んできているのにな。あとまばたきが一切できなくなる。
何が言いたいのか、だって?
可愛すぎんだよこの野郎!!!
そんなこんなで指切りしたのがコノカを探し出して5分経った頃だった。
ー・ー・ー
それから更に20分経った。
今までなんでもないように歩いてはいたが、周りは相変わらず怒号と慌ただしく駆け回る人々で一杯だ。僕も走ったり叫んだりはしていないがかれこれ15分以上【気遣い】スキルを発動しっぱなしにしているので疲れ始めていた。つーか、この街でかすぎだろ。全貌が全く掴めないんだけど。
そこで、メインストリートのお店で少し休むべく大通りに出たところで、ある占い屋さんを見つける。
疲れていたので素通りしたものの、僕はそこでふとある問答を思い出した。試しに隣のシルルにしてみようか。
「なあ、もし目の前に沈みそうな二隻の船があったらさ」
「……知り合い」
「即答かよ」
家族1人か、知り合い2人を選ぶか。
そういう問いが世の中にはあるのだ。
「けど、そんな問いがあるってこと自体おかしな話だよな」
「なんで?」
「だってよ、あれって家族がいかに大切か聞くためだけの問題じゃんか。あまりにも問答としてはナンセンスすぎる」
「……ギーギーなら、どうするの?」
「二つのチョコレートケーキと一つのチョコパイどちらが食べたいか、そんな感じだな」
「……それじゃあ、何も、分かんなくなくなくない?」
「あの質問だってそうだろ?そもそも数が違うんだ。比べることができるわけないんだよ。だったら、好きな食べ物聞いた方が何倍も有意義だ」
「じゃあ……俺とコノカ……どっちが、好き?」
少し考えたが答えはすぐ出た。
「そうだな、コノカだと思うぞ」
「……ふーん……なんで?」
「なんでと言われてもなぁ……シルルの言う好き嫌いはアンパンとメロンパン、どっちが好きか聞いてるようなもんだろう?」
「うん」
「それだったらどちらがより好きかに理由なんてないさ。なんとなくコノカの方が好きだってだけで。勿論人間性とか話しやすさとか居心地とかは抜きにした話だぞ?」
「……それ入れたら?」
「それでもコノカだな、うん」
「じゃあ俺のこと、嫌い?」
「はっはっは」
くしゃり、とシルルの頭をフード越しに撫でる。シルルは突然の行動にびっくりしたらしく足を止めてしまった。それでも構わず撫で続ける。
「んなわけないだろ?そもそもお前とコノカのいる位置がどれだけ高いか分かってんのか?肉親であるおかんやパパんに迫る勢いだぞ。血の繋がってない人なら1、2を締めることはまず間違いない!」
「……?つまり?」
「どっちも好きだってこと」
「……そう」
「……もし、一番になりたいなら僕に告白でもするといいよ。僕は案外、いや、普通にちょろいからすぐ順位なんてひっくり返るぞ」
「分かった」
「分かっちゃうのかよ」
「うん」
こうもあっさりと流されると今更ながら恥ずかしくなってくるな。
コノカを探さなきゃイベントの予定がパーになるっていうのになんでことを僕は言っているのか。あーヤダヤダ。何が楽しくて会って一週間足らずの女の子にこんなこと言わなきゃいけないんだよ。
恥ずかしさから足早になりそうなのをぐっと抑えてシルルに歩幅を合わせながらそんなことを考えている時だった。
「えへへ、あそぼうよ!」
「あ……いえ、連れがいますから」
「……しょぼん……ほんとうに、だめ?」
遠くの方からコノカと幼い男の子の声が聞こえた。しかも聞くところによるとコノカが無理な勧誘を受けているらしい。
「……!シルル!!」
「うん!」
僕らは声が聞こえる方へ駆け出した。
ー・ー・ー
どうやらこのゲームにおいてはシルルの方が僕よりも速いらしい。
情けないと思いつつシルルよりワンテンポ遅れて着いた先には人だかりができていた。またかよ、と今週の一枚事件を思い出さずにいられない光景に、連鎖的にコノカのアワアワとしている姿が思わず頭に浮かんでくる。
「……ギーギー」
シルルにもそれが想像できたようだ。裾をくいくいと引っ張ってなんとかしろと訴えてくる。
「……。あー、うん。よし、閃いた。悪いけどシルルにはさっきの占い屋さんに戻ってもらう」
「どうして……?」
「この一週間で僕も少しばかり腕を上げたからね。ここは任せて欲しい。その代わりと言ってはなんだけど、避難経路を確保しておいて欲しいんだ。ベストなのはさっきのメインストリートに入った路地かな。……お願いできる?」
「……わかった。俺、頑張る」
「おう頑張れ。あとシルルの前まで使ってた羽織物貸してよ。コノカを隠すのに使うからさ」
こうして、僕はシルルのデニム柄の羽織物を手にしてシルルと別れるのだった。
念のため本戦で使う装備は避けて、服装は元の執事服にコートに帽子に仮面、と。
よし、いきますか。
ー・ー・ー
かっちょよく意気込んだはずった。
「……あそぼーよー」
え?なにこれ。
できる限りの速さと気遣いスキルで巧みに人混みを避けた先にいたのはタヌキだった。
死んだ目をしてベンチにヘタリ込むコノカとベンチ前でコノカの靴をペタペタと叩くタヌキ。そんな景色が目に入ってきたのだ。
テンションの差が激しいとか、アワアワしすぎて何が何だかわかんなくなったんだなとか、色々言いたいことはあったけどその全てが吹っ飛ぶ程のシュールさがそこにはあった。
デフォルメされたぽんぽこたぬきと悟りきった表情で曖昧に返事を返す美少女。
一文にまとまるその状況は、一目ではまとまらない状況としてそこに存在していたのだ。まるで意味が分からんぞ!
周りの人も無理な勧誘をしているのが可愛らしいタヌキなのでやめろよ、と言い辛いらしくただ遠巻きに見ている。いや、ただ単にコノカを見てるだけなのかもしれないけど。
あ、コノカと目があった。
と思ったその瞬間コノカが物凄い安堵の表情を浮かべて、ベンチを立ち上がるとかつかつとこちらへ駆け足気味に寄ってくる。どんだけ荒んでたんだよ。砂漠からニョキニョキオアシスが生えてきたかのような身代わりの速さだったぞ。
「ギア!あ、いえ……と、時計屋さん!!遅いですよ!!」
コノカはギアリーと言おうとしてすんでのところで飲み込んだ。どうやらコノカは僕ごと正体を隠したいらしいようだ。……なんだも思うけど、コノカの容姿が可愛すぎる時点で無理なきがするんだけどなあ。
まあ、喜んで付き合うけども。
「ええ、お迎えにあがりました。お嬢様」
できるだけ、執事のように振る舞う。
お辞儀を90度の角度で行い。腕にかけておいたシルルの羽織物をコノカに流れる動作で着せる。
そしてフードを被せると僕は一言「しっかりおつかまりください、お嬢様」と言った。
「へっ?」
コノカが声をあげるがもう遅い。僕はこれまた流れるようにコノカを抱きかかえた。所謂お姫様だっこである。「うひゃう!」なんて言って足をばたつかせようとするがなんとか腕で包み込む。
ごめん、もうちょっと辛抱してくれ。なんか楽しくなってきちゃったから。
「それでは皆様、御機嫌よう」
心の中でコノカに謝りながら僕はコートを翻す様にしてはためかし、周りの人々から身を隠した。
そしてその直後、僕とコノカは文字通り、人前から『消え去った』のだった。




