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19時の時子さん

ブクマ1500件突破しました。


数が全てではないのはわかっていますがやっぱり嬉しいですね。







 席替えをして女子3人と男子3人に別れた後のこと。ガールズがフローラルの香り漂う雰囲気でスイーツを可憐な様相で食べている隣、僕とジャー坊とリリーはコソコソと打ち合わせの続きをしていた。




「ジャー坊、本当に大丈夫なのか?その集塵胎土ってプレイヤーっていうのは。さっきっから嫌な予感がしてならないんだけど」

「うん。今のところ負けなしだよ。今ならアナザーワンを使わなくてもスキルだけで十分撃退できると思う」

「……ただ、今回のイベントは」

「分かってるよ。イベントではボクも彼もレベルが75に統一される。彼が75レベルの時にどんなスキルを持っているか、どんな職業・種族であるか、アナザーワンはどのようなのかは一切僕はわからない。仮に、彼がとてつもない早熟型のアバターだったら万が一もあり得るだろうね」

「おい、そいつは結構やべえんじゃねえのか?俺もイベントまでには75レベルまで上げるつもりだけどよ。多分、その体に慣れるまでは持っていけねえぞ?」

「……それは困るね。けど、おそらく今回のイベントの鍵はボクらじゃない。ギーくん達だ」



 慣れる?何の話だろうか。

 ジャー坊もリリーも当然の知識のように話しを進めるので聞くに聞けない。僕は誤魔化すように、疑問を飲み込むように注文したお茶を口に含む。


 ジャー坊は先ほどの疑問に答えるべく、システムウィンドウから白紙のアイテムを取り出し推測を話し始めた。


「今回のイベントは陣取り合戦。漢字が違えどそのベースは崩してくることはない思う。その前提を基に、ここに来るまで少しルールの予想といくつか作戦を立ててみたんだ」

「おいおい、親睦目的っつっといて、随分と用意周到じゃねえか」

「まあ、後輩に勝利の味を教えてあげたいからね。それに、ボクは以外と負けず嫌いなんだよ」


「……で、そのルールと作戦ってなんなんだ?」


 ジャー坊が白紙に指で文字を書く。ジャー坊の指先から紫の光が漏れ出し文字となって型作っていく。男らしかぬ流麗で、やや文字がつながっている女性文字が白紙に現れた。


「お知らせ文から察するに今回のイベントは閉鎖空間、別空間で行われるはずだ。つまり今回のイベントで『僕らの町』が取られることはない、と予測できる」


「ちょっと待て、町が取られるってどういうことだよ」

「そのままの意味さ。まだ深い意味はないよ」


 ジャー坊は呟いた。

 その煙に巻くような言い回しにあー、とリリーは呻くと自分の後頭部をトントンと叩くと意識を切り替えたようにジャーへと向き直る。彼も僕と同様に深く切込むのはよそうという結論に至ったようだった。ジャー坊は第一線プレイヤーっぽいしね、何か知っていてもしょうがないよね。


「それは、まだ出せないだけで後々知ることになるって事か?リメたん」

「そう捉えてもらっても構わない。ただの推測に過剰に付き合わせるわけにはいかないからね」

「と、なると今回のイベントは、別世界で何を行おうってんだ?」


 当然の疑問にあっけらかんと帰ってきた答えは、


「わからない」


 だった。


「けど、別世界を用意するってことは、そのまんま戦国の世のような互いの領地を取り合う陣地取りかもしれないし、決められた範囲の場所を我先に取り合うのかもしれない。何せ人殺りだ、取るものは場所から人までなんだって考えられる。

「だから、ボクは考えた。何を取るにしたって必要なものとは何かをね」


「……なんだよ、それは」




「プレイヤーキルさ」




 白紙の真ん中に大きく書かれたPKの文字。周りを取り囲むようにしていかにPKを取り巻く要素が円を描くように浮かび上がっていく。


『覚悟』『思い切り』『プレイヤースキル』『レベル』といったそれに必要なものから、『躊躇』『常識』『罪悪感』『相手との会話』と切り捨てるべきものまで。


「なにもここにいる全員ができるなんてボクは思っちゃいないよ。流石に女性陣にはやって欲しくないしね」

「俺らだったらいいってのかよ」

「あはは、そんなことはないさ。ただ、これはゲームだよ。こちらがこうやって考えるように向こうだって同じ様に考えるってことさ。……無用心で無知の内に挑むと、もっと悲惨なことになる」


 ある種の確信を得たような口調でジャー坊は話す。いつの間にか飲み干し終えたお茶を空飲みした僕はジョッキを静かにおろした。


 ゲーム内で行われるキルは犯罪に入るのかどうか。2Dグラフィック時代では論議の話題にすら上がらなかったこの問題が、電脳世界が出来て以降、度々取り上げられてきたのを僕は知っている。


 感触がある。人間味がある。興奮がある。


 たったそれだけの違いが、今だけはたったでは済まない違いになっていた。


 それは対人対抗戦というゲームにおける古くからのイベント故に気にも留めなかった盲点。言い方はきつかったがジャー坊が遠慮なく敵を倒すことを人を殺すと置き換えてくれたことがありがたかった。


 それは、予めの覚悟にもなり、意識の優越へと繋がるからだ。


「なんというか、『ゲーム(あそび)』で考えることじゃないよね」

「俺もそう思うぜ。けど、全力で楽しむためには必要な話なのかもしれねえな」


 なんだか沈として暗い雰囲気になってしまう。当たり前のことだが、僕らが人を殺すことを意識したことなんてこれまでの人生で一回もない。突然そんなものを目の前に出されたところで、はいともいいえとも言えるわけがないのだ。


 リリーも空になったジョッキを黙ってテーブルに置き、肉を皿に取り食べ始める。女性陣は僕らの話に気付かず、わいわいとリアルのファッションとゲーム内のファッションの流行の違いを語り合っている。


 右半分と左半分でテーブルの雰囲気が二極化してきて、いよいよ僕がこの沈鬱として重苦しい空気に耐えきれなくなってきた頃だった。





「人を殺すことを楽しむのかい?ボクにはむりだなぁ」





 ジャー坊が空気を読まない発言をした。いつにもない、煽り口調だった。


 リリーの耳に血管が浮き出るのを僕は見た。



「……てめえが言い出したことだろうが」

「蔵やん。君はなにを言っているのかい?話をちゃんと聞いていてくれよ。ボクは取るため必要なことは『PK』と言っただけさ。つまり、取らなければいいだけの話さ」

「ジャー坊、どういうことだよ」


 話の雲行きが怪しくなる。ジャー坊が、なにを考えているのか分からない。

 しかし、ジャー坊はこちらなど気にすることはない。



「なんてことない、取らずに勝つ。さっきからボクはその話がしたかっただけだよ。ボクがいつPKをしろなんて言ったのさ」



 ドヤ、とこちらを見ながらジャー坊は言葉を紡ぐのだが、いかんせんかれと僕らの間には度し難い温度差がある。

 ちょっと騙してやろう、程度では済まないほどにこちらは悩んでいたのだ。


 こいつ……。いつかぶっ飛ばしてやる。


 リリーも同じことを思ったのか僕と視線を交差させた後、熱く固い握手をする。ジャバヴォック討伐隊の結成だった。



「なんか怖い握手だなぁ。まあ、そういうわけだから。また今度イベント近くなったら作戦会議でもしようね。今度は向こうの三人も混ぜてさ」

「なんだよ、作戦は今言わねえのかよ」

「各々に考えて欲しいからね。今ボクがある1つの案を言ってギーくん達の考えが固執すると良くないでしょ?」


 ぷーくすくす。



 こいつ、確信犯じゃねえか。ドチクショウ。


 というわけで、僕らのチームの方針はPKをせずにイベントを勝つというなんとも滑稽なものとなったのだった。





 ー・ー・ー





 1時間も話しただろうか。話題はやがて僕とコノカのアナザーワンのものとなり、僕らはまだ一回、シルルに至ってはまだ一回も実戦を経験していないことが先輩達に知れ渡るとアレヨアレヨの内に森へと繰り出すことになった。


 時子さん曰く、『そんなんでイベントの話をしてたの?話にならない』とのこと。


 そこで僕らが向かったのは昨日コノカと一緒に行った例のゴブリンの森だったのだが、森は相変わらずプレイヤー達がうじゃうじゃといるせいで下手に武器すら出せない状態だ。敵が湧いた瞬間に多くのプレイヤーが駆け寄って袋叩きだ。まさに、ドラゴンフラーイ!という奴だな。


 昨日も来ていて、この現状を知っている僕とコノカはまあ、こんなものかといった表情で静観しているが、シルルは素の性格もあって、がくがくぶるぶるとコノカの外套の裾を掴みながら震えていた。一方、第一陣プレイヤーは懐かしいなぁといった表情でその光景を見つめている。昔もこんなんだったんですね。分かります。


「やっぱりか。ということは王道な他の場所も同じような感じなんだろうね」

「なんつーか、人は同じ過ちを繰り返すってことが身にしみてわかったぜ」


 やはり、昔もこんな混雑が起こったそうだ。

 聞けば、第一陣プレイヤーの時は、この混雑のせいで起こったポーションの供給問題やNPC間での諍いの結果、街そのものが崩壊一歩寸前まで行ったそうだ。今回の場合は第一陣プレイヤーの生産組や、先輩プレイヤーからの指導のおかげで問題はそこまで大きくなることはまだないそうだ。


 けど、それにしたって窮屈だ。


「これは、帰った方がいいのかもしれませんね」

「……俺、ここ……む、り」


 コノカ達からも悲鳴が上がる。

 ジャー坊はその様子を見て、『あぁ!』と手をポン!とするとある提案をした。


「パワーレベリング、するかい?」

「僕は嫌だ」


 即答で返事する。パワーレベリング、チート能力。妄想はすれどやってはいけないことの二大巨塔だ。下には四天王、三人集と続いていくがそれは別の話。


「ってのは冗談だったんだけどね……。それはともかく、狩場を移るくらいはしようよ。幸いにもここには工芸家もいるしね」


 時子さん?なんで彼女がここで出てくるんだ?

 ばっと、コノカ達と一緒に振り向くと、時子さんは苦虫を噛んだような顔でジャー坊を睨んでいる。


「そいつは言うなっつっただろうが、考古学者。ぬらりくらりとしやがって、しまいにゃ、固めて砕き潰すぞ」


 怖いよ、時子さん。この話題はどうやら時子さんの逆鱗だったらしく、ジャー坊は時子さんに小突かれまくっていた。16ビートを肩に刻まれている。


「いたた……ごめんごめん。けど、今はそれ以外に方法はないでしょう?」

「……それもそうだけどさぁ!……う〜、やりたくないよぅ」


 時子さんがイヤイヤと首を振って頭を抱えてしまった。突然の幼児退行に僕を含めコノカとシルルはア然としてしまう。森の奥の方でひときわ大きな歓声が上がった。中ボスみたいのが倒されたようだ。

 コノカがうーうー唸る時子さんに話しかける。どうやら女子三人集の1人としてもミカ寝るものがあっとようだ。


「あの……時子さん?どうしたのですか?」

「コノカちゃん。ごめんね、情けない女で」

「いえ、謝らなくていいです。話が全くわからないので事情を説明してください。今の時子さん、ちょっとした事故ですよ?」


 ちっちゃい子に様子が事故だと言われた時子さんは頭をかき回していた手を下ろすと、ぽつりぽつりと事情を白状し出す。なお、シルルは僕と大きな木の間にすっぽりはまっていた。


「実はね、私、《時魔法》を使えるの」

「はあ」

「だからね、嫌がってたの」


 以上、終わり!閉廷!


 と、言うわけにはいかないので、言葉に詰まってしまった時子さんの代わりに男2人が小声で僕らに注釈を入れてくれた。


 どうやら、その時魔法。色々と便利なスキルならしいのだが、そのメリットに対するデメリットとしてなのか、ランダムで術者本人にバッドステータス与えるらしいのだ。ジャー坊はその検証に立ち会ったことがあり、リリーもある縁があってそのデメリットの壮絶さを身を以て体験したことがあるのだという。


 その状態とは何か。


 一部を教えてもらったが、視界逆転、聴覚逆転、感覚超鋭敏化など、どれも一筋縄ではいかないもののオンパレードだった。勿論ただの一回の使用で起こるというわけではないのらしいのだが、


「その、デメリットのトリガーってのが、完全に運なんだよね。前の検証で分かったのが、大体3分の1から5分の1くらいの確率だったね」


 ということだった。


 というわけで、彼女はあそこまで時魔法の使用を嫌がっていたのだ。まあ、彼女曰く、それだけではないらしいのだが、この理由が大きなウェイトを占めているのも事実らしいのでその認識で良さそうだった。



「けど、その、聞いた限りですとこの現状は時子さんの時魔法でどうにかなる問題じゃないと思うんですけど。どうするのですか?まさか、第二陣プレイヤーがくる前の時間まで時を戻らせるなんてことができてしまうわけではないでしょうし」

「いや、あながち間違いではないよ」

「へっ?!」


 コノカがジャー坊とそんな会話をしている。時子さんも僕らによる説得によって決心をしてくれたらしく、初めて会った時のような堂々とした姉御感を取り戻してくれた。


「コノカちゃん、あとそこに隠れるシルルちゃん。もし私が魔法を使ったあとに突然目が虚ろになっても嫌いにならないでね。……嫌わないでいてくれるなら、私は、もうそれだけで生きていけるから」


 なんか、最終回一歩手前なことを言い出す時子さんだった。案外まだ立ち直れていないのかもしれない。


 やがて、時子さんは腰から杖を取り出すと魔法を唱え始める。



 このゲームにおける魔法は、スキル名+イメージ補助の詠唱で発動する。スキル発動までの時間とイメージの凝固さとステータスで威力が決定すると言われているため、ファイアボール一つとっても様々な詠唱が考えられているらしい。異世界ものによくあるガスバーナー理論も可能との事。周りが臭くなるので嫌がられるらしいけれど。



 時子さんは、イメージ補助の1つなのか、無数の時計が埋め込まれている杖を使い、時に関連する単語で構成される詠唱を次々と奏でていく。その詠唱は無駄が省かれた結果、多くの意味が詰まる難単語が使用されており、必然的にオサレなものへと昇華していく。そしてその詠唱は、数十秒もの長い詠唱を経て、ラストスパートにかかっていった。



「|苟モ時ニ妬忌シ臣ニ鬨セヨ。命ズ、時間ト空間ノ祖素。渦・髄・導・歪。輪ノ果実喰ライ第五時魔法ヲ為果ツ《リトグレイド》」


 詠唱を唱えた瞬間だった。

 時子さんが崩れ落ち、コノカが慌てて駆け寄っていくのが見える。僕もすぐに駆けつけようと思ったのだが、思わず足を止めた。


 ゾゾゾ、と時子さんの手が真っ黒に染まっていき、パーティメンバー全員の足元に魔法陣が現れたのだ。


 多々に重なる円の隙間に所狭しと時計と目玉がギョロつく不気味だ魔法陣は僕らにまとわりつき、ギシギシと音を立てた。

 体に締め付けられる感覚は全くないのに、人体を引き絞るような音がたつというのは、それだけでメンタルにダメージを与えるものだったが、そんなことはおかまいなしに魔法陣の中の時計は僕の目の前に集まると視界を埋め尽くすほどに増殖して針は回転をする。


 めまぐるしく回るそれを目でなんとなく追いかけながら、足を止め、ぼーっとすると10秒近く。突然のギシィ!と大きい軋音が聞こえると同時に周りのプレイヤーの喧騒はピタッと止んだ。


 周りの時計は未だに視界をふさいでおり異変が起きたであろう目の前の現状が目に入ることはない。


 背中に伝わるシルルの感触は依然としてあるので、みんながどこかに行ってしまったということはないのだろうが何が起こるかわからないので念のため、ぼくは後ろを向きシルルを軽く抱くようにして支える。いざとなった時に庇えるようにするためだった。


 やがて、時計は薄れ消えていく。


 魔法陣が消えて、視界が自由を得て広がっていく。

 目の前には胸元で目をうるうるとさせて見上げて来るシルル。つい最近似たような光景を見たなと思いながら掴んでいた肩を離す。少し先にはキョロキョロ視線を右往左往させているリリーと、興味深そうに時計が消えていった跡を見つめるジャー坊がいた。コノカと時子さんは地面にヘタりこんでいる。



「なんだったんだ、今のは?」


 リリーは呟く。どうやらリリーも知らない魔法のようだ。


「ジャー坊はなんの魔法か分かったか?」

「うーん、僕も初めてみるかなぁ。僕が思ってたのとちょっと違うみたいだし。それに、周りを見てみなよ?」


 周りの光景。


 僕ら以外にパーティはなく、森は森に違いないのだが、生えている木の種類が全く違った。木の色は茶色ではなく灰色で、葉の色も燻んでいる。まるで元の森に灰霜雪(フロスト)を降らしたかのようだ。


「……あー、辛い」


 よろよろとコノカに支えられて時子さんは立ち上がった。そしてそのまま僕らに近づいてくると、僕の背後の木に寄りかかる。


「今の私は【盲目】状態だ。あと、2分半はこの状態だとさ」

「なんかすみません」


 僕は憔悴しきった時子さんを見て謝罪する。そして、何の魔法かを聞いてみた。


「この魔法は、簡単に言うとランダム転移ね。時間も座標も全ておまかせ。MPがマックスまであることとか、クールタイムがやたら長いこととか、ランダム先でのデスルーラによるペナルティがやたら重いとか色々とデメリットは多い魔法だけど、かなり便利な魔法よ」

「……それ、ゲームバランス狂いませんか?」

「いや、そうとは限らないんじゃないかな?ボクのフレンドのスキルとアナザーワンは大体ゲームバランスが崩壊しそうな因子を孕んでいるしね」


 なにそれ怖い。なんて短命そうなゲームなんだ。まるで運営の労働時間と反比例してそうな話だった。


「で、ここはどこなんだよ。俺、あんまり店をほったらかしにできねえんだけど」

「分からないわ。だってランダムだもの。四大都市のどこの領地かも、いつの時代かも分からないわ」


「あ、私、ここ見たことありますよ!」


 コノカが手を上げていった。


 どうやら、ゲームサイトのトップページに貼られていた動画の中で出てきていたらしい。説明書は読まないくせに動画とかは見るんだな、とからかうとぽかりと一発無言の腹パンをもらった。


「確か、地名は【アランの慰留】だったような気がします」

「あー、思い出したわ。多分俺も同じ動画を体験しているぞ。確か、触れ込みは『怒濤たる鎮静』だったっけか?やけにでかいトカゲが出てきたのを覚えてる」

「今の魔法のクールタイムが6時間余り。まあ、これでプレイヤーはいなくなったわ。ここらでポップするモブがあなた達のレベリングに丁度いい敵かは分からないけど、死なないように頑張りましょう」


 姉御、レベリングに丁度いい敵かどうかは、1番重要な問題だと思います。


 リリーは、店を無人経営モードから店仕舞いモードにすると言って、ウィンドウを出すと操作を始めた。どうやら、購入した店は遠隔操作である程度のことは行えるらしい。店内を確認したら誰もいなかったと嘆いていたけれど、それはどうでもいいことだった。


 どうしたものか、と止まった会話と行動の糸口を探していると、シルルは誰も人がいなくなくなったことを確認したのかすごすごと僕の背後から出てきた。そのことによって、全員が一つの円を囲む形になる。


 フードを深くかぶった3人に、ピタッとした服に所々プロテクターを当てているエルフハーフ。服屋のくせに服に無頓着そうなオーバーオール姿のウサギにストライプシーツを巻きつけたフワ金(ふわふわ金髪イケメン野郎の略)。


 怪しさ満点で統一性もなにもないパーティの第一陣が始まった。




 ー・ー・ー






 始まった、とはいったものの。


「んで、こっからどうすんの?俺たちはまだこのエリアに入って3分も経ってないからまだモブも沸いてないからいいけど、あと7分もしたらうじゃうじゃ湧き出すぞ?」

「取り敢えず、みんなの戦力を確認し合う意味も込めてアナザーワンの紹介でもしないかい?なんならボクのアナザーワンから紹介したっていいよ?」


 薄暗い森の少し開けた場所で、時子さんの作ったという簡易薪を焚きながら取り敢えずやるべきことを確認する。


 僕はといえば、そう言えばシルルのアナザーワンを一回も確認してなかったなぁと考えながらジャー坊が発動するのを見守っていた。


「【生きよ(ライブ)】」


 一言唱えると、魔法陣がジャー坊の頭に出現する。

 にゅっとそこから──おてて、と形容するのが正しいだろう──僕の半分くらいのサイズの右手が出てきた。

 続いて左手が出てくる。その両手はがしっと魔法陣を掴むと、よいしょーと言った調子でその全体を魔法陣の中から持ち上げた。



「この子が、僕のアナザーワンの【ライズ】だ。一定の条件を満たさないと喋られないけど、ボク限定で念話をしてくるやかましい子だね。自称8歳。推定800歳の超老人妖精だ」


 てしてしと頭を叩かれながら説明するジャー坊。頭に乗っかっているのは、主張50センチくらいの可愛らしい幼児。背中からは透明な翅を羽ばたかせている。


「「……可愛い」」


 時子さんとコノカが釣れていた。2人はおそるおそるライズに近づくと指先でそっと触れる。不思議そうにくりっとした目を向けられた2人はそれだけで感極まったのか、『〜〜!!』と悶えていた。


「シルルはいいのか?」

「……恐い」


 相変わらずだった。



 しばらくして、取り敢えずは満足したのかほくほく顏で帰ってきた2人がアナザーワンを続けて説明する。コノカは二振りの刀を、時子さんは先ほども見せた魔法を紹介した。過半数も説明したとなると、僕らだけしないわけにはいかない。僕もギア・ギアを取り出してみせる。悪戯心でジャー坊の腹から取り出したらライズが泣いてしまい、時子さんとコノカに絶対零度の視線をもらった。なんでや。


 残るは2人、最後は嫌だといったシルルからの紹介になる。


「……《Undineswor(水妖霊の誓い)D》」


 そう言って手を叩くシルル。


 ここにいる全員が初めて見るアナザーワンということで、今日1番の注目が集まった。

 手を叩いた次の瞬間。シルルの手には140センチはありそうな長い木の棒が握られていた。シルルがその棒を振るうと柳の枝のようにビュンビュンと音を立てしなっている。シルルが持つ中心部には、縦長で、中身が辺に沿ってくり抜かれている六角形の形をしている。シルルは六角形の部分を軸に棒を回したりしていて楽しそうだ。


「……ギアリー、あれはなんなのでしょうか?」

「さあ?でも、武器ではあるようだ」

「いや、生産職の中では道具専門の私でも分かるわよ。あれに殺傷能力がない位は」


 鞭のようにしなっていて当たれば痛そうなそれは、言ってしまえばただ痛そうなだけで到底斬ることも、刺すこともできそうにないただの棒だった。僕のアナザーワンとは別の意味でよくわからない武器だ。

 僕らがしばらく彼女の演舞にも似た素振りを眺めている時だった。シルルが、「あい、わかった……」と呟いたのだ。


「シルル、どうしたんだ?」

「……合格、もらった。……これ、使える」


 理解させる気がないのか。そういうとシルルはもう一度《Undineswor(水妖霊の誓い)D》と唱えた。ただ、今度はその後に一言付け足す。


「【ver. ถาวร(ライオネット)の統治】」


 水球が空中に現れる。シルルは躊躇なく木の棒を水球を切るように叩きつけた。


 次の瞬間木の棒は、剣となる。


 水の刃を纏った双両刃(ダブル・メタ)に。


 シルルは重さの増加など無いかのようにそれを扱ってみせる。上の刃で斬りおろして、下の刃でまた斬りおろす。刀のように一片でしか切れないということがない上に、斬りおろした後もまた斬りおろせるので隙が見つかりにくいその武器はまた、美しい武器でもあった。


 周りの光源が濁った日光しかないのでそこまで透き通っては見えない水の刃だが、純粋な日の元ではどれだけ輝くのだろうか。妄想だけでも確信できる美麗さがそこにはあった。


「……私、シルるんが、貴族だって聞いていたのでてっきり万年筆とかがアナザーワンなんだと思ってました」

「まあ、貴族らしかぬ武闘派なアナザーワンだよな。アナザーワンは自分の可能性の体現だって触れ込みだから、シルルの本心はもしかしたらああなのかもしれないな」


 そう口にするのと同時にズバァン!とそこそこ太い木の幹を切り倒したシルルを見て頬を引きつらせる。もう迂闊にシルルのことを子供扱いできないなと思ったのでありました。ちゃんちゃん。



 あと、リリーのアナザーワンは【ロック】というものでした。




読んでくださりありがとうございます。

説明文が多くて申し訳なくなりますね。

なお、懲りずにもう1人だけ主要キャラクターを追加する予定です。



【おまけ】


────六角形────



シルルのアナザーワンはこんな感じですね。線の部分に水の刃をまといます。木の棒の色は茶色です。



・動画を体験……この時代の動画は入り込んで体験するのが基本です。

撮影にはグーグ・マップの作成に使われるカメラに似たものを使ってます。

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