2マスターさんとキャラメイク
「いらっしゃーい」
目を見開けば僕はバーの中にいた。
怪しげに光る電球が天井から吊り下がり、木でできたモダンな雰囲気の店内は薄暗い。バックにかかる音楽は、バーといえばこれ、という落ち着いたジャズが流れている。
そして、目の前に目を向けると、ポニーテールで黒髪の女性がいる。
はてさて、バーテンダー服の姿を見るにこちらの美人なマスターがこのゲームのキャラメイク担当の人かな?
「その通りですよ、お客さん」
「あ、心読む系のAIですか」
「なんかもう、やってられなくてね。心読んだ方が早いことって多いのよね」
「はあ」
たしかに、このゲームは海外プレイヤーも同時翻訳機能を使って遊んでいるらしいからな。何万と同じようなことを言い続けてきたらヤケにもなるってものか。
よく見れば疲れた様子がありありと浮かぶ彼女の目には、しっかりとクマができていました。
「なんといいますか、お疲れ様です?」
「あ、いえ、お気遣いありがとうございます。さて、そろそろキャラメイクでも始めますか?注文はありますか?」
注文?飲み物のことかな?
「お冷ください」
「あはは、遠慮しなくていいのに。……はい、どうぞ」
僕の座るカウンターの前に置かれたその水は、透明ではなく、青く透きとおっていた。まるで塩化銅のように。
「せめて、ブルーハワイって言ってよね。私が飲めそうにもないものを出したみたいじゃん」
「聞かれないように心で呟いているのに、それを勝手に読んでおいて文句を言うのは理不尽じゃないですか?そんなこと言うなら、マスターさんがなに考えてるか僕にも教えて下さいよ」
「あはは、ごめんごめん。……んー、私が考えてることねー。後ろがつっかえてるから早くキャラメイク終わらせて欲しいけど、こうやって私と雑談してくれる人は少ないから惜しいかな、って感じ」
意外と好印象でした。
そしてそれから数分後。このゲームの特徴などをマスターさんに再確認して、ほぼランダムのキャラメイクを始めることにした。
マスターさんにキャラメイクをそろそろしたい旨を伝えると、彼女は少し残念そうに店の奥に引っ込んでいく。
と、思ったらすぐ出てきた。
手に何かを持って。
「なにを持っているのですか?」
「……えっとね、クジ引き」
ランダムってそうやって決めるのかよ。もっとアンケートとかで、その人の性に合ったものを選ぶとかそういう系が良かったな。
「あ、そっちがいいですか?種族と職業ならできますよ?」
「是非とも!」
ー・ー・ー
面接官風のコスプレをしたマスターさんとバーの丸テーブルで対面する。
「え〜、ごほん、君のリアルネームを教えてくれるかね?」
「あ、はい。鎌方虚です」
「名前の由来はなにかね?」
「えっと……確か親が東洋哲学の方の教師でして、色即是空の《空》からとったそうです。全てのものを平等に見ることのできる冷静で優しい人になって欲しい、って言ってました」
「いい名前ですね。では、趣味はなにかね?」
「親の影響で思想学の本やハウツー本をよく読みます。あとは女々しいかもしれませんが風呂が好きです。……あとその口調なんですか?」
よくあるイメージの面接官なのかもしれないが、マスターのコスプレは威圧系というよりは胸元をやけに強調する痴女系キャリアウーマンに見えるので、あんまり似合っていない。
あと、僕の言葉にいちいち頷いて相槌を打ってくれるから、威厳も何もない偉ぶる子供のようにも見える。天然痴女系キャリアウーマン。需要ありそう。
「む、これでも頑張ったのですよ?虚くんは人の努力を馬鹿にするのですか」
「発想が短絡的ですね。ただの意見ですよ」
「あ、そうか。ごめんごめん。……って面接中なんだけど」
元の口調に戻ったのはマスターさんが先ですよ、とは言わなかった。思うのもなるべく一瞬にした。そしてどうやらその思考は精一杯キリッとして質問をしようとするマスターさんの姿を見るに、ばれてなさそうだった。
「はい、では面接を再開します。といってもあと3問しかないですけどね。では一つ目を。……あなたが好きな言葉と嫌いな言葉を教えて下さい」
「言葉って一言ですか?それとも名言みたいな文章ですか?」
「じゃあ、一言で」
「えっと、好きな言葉は努力と暇と唯一で、嫌いな言葉は不可能です」
ちなみに名言だったら某エンジニアの、常に腹ペコで貪欲であれ、という言葉を言ってた。彼もまた、東洋哲学の虜となり命を落とした1人だから東洋哲学の教師の親を持つ僕としては、幾らか親近感が勝手に湧くのです。もう、百何十年も前の人だけどね。
「ほうほう、いいですね。では2問目!じゃじゃん!あなたを人以外で例えると何ですか?勿論、動物でなくても構いませんよ」
「そうですね……。あ、マスターさんなら僕をどう例えますか?」
「そうだねー、ってこのお馬鹿さんが。それじゃ意味ないでしょ」
「ノリツッコミもできるんですか。とんでもなく高性能なAIですね。……そうですね、何に例えるかはパッと思いつきませんが、空と猫と水が僕の憧れですね」
彼らの自由な感じが大好きです。勿論彼らには彼らなりの苦労があるのだろうけれど。
「面白い答えだね。ちなみに私は虚くんを例えるなら風かうさぎだったね」
「なんでですか」
「変わったところは表立ってないけれど、放っておくといつの間にかどっかに行っちゃいそうだから。……どうかしら?あたってる?」
「……言われてみればそうかもしれません。すごいっすね」
「まあねー、だてに15239人の面接を行ってきたわけではないのだよ!……っと、3問目に行こうか。じゃあ率直な意見を聞きます!貴方は何をしたい?」
「全てを知りたい。全てを見て、感じたい。今の僕はとても好奇心旺盛なんだ」
ふと、心に浮かんだその言葉は、僕が止める暇なく、思った以上にするっと口から飛び出した。マスターさんは嬉しそうに微笑んでいる。企みが成功した笑みにも見えるから、彼女が何かしたのかもしれないと僕は思った。
「ありがとうございました。それではステータスのくじ引きが終わったら名前とスキルはこっちでランダムに選ぶから、またカウンターにきてね!」
「了解です」
僕は椅子から立ちカウンターへと移り、身長の高い椅子に座った。気を利かせてくれたのか先ほどと同じ色をした水が置いてある。
(色に反して無味なんだよなぁ)
と思いつつ口をつけていると、面接の前に持っていたのと、同じ箱を取り出したマスターさんが目の前に来た。
「んじゃあ、中から出してってね。中に入ってる紙のカードには全部1〜20までの数字が書いてあるから、それがステータスとなるんだよ。やり直しは3回まで。ただしやり直す場合は高い数値のも全部だからね」
成る程、そういう仕組みになっているのか。けど、こちらはまだ種族も職業も知らされていない。だからどれを高めにすれば良いのかもわからない。これは意外と深い部分で運が絡んできそうですな。
ならば、と思い僕は一つ博打を打ってみた。
「あ、マスターさん」
「なんでしょう?」
「これって、一括でランダム決定できませんか?」
「あ、出来ますよー、その場合7枚一気に引いてもらって順に渡してもらう形になりますね。そしてそれをSTR、CON、DEX、APP、INT、POW、LUKの順に当てはめていく形になります」
「じゃあ、一発勝負でそれでいきます。ただ、後ろ髪引かれたくないので数値はキャラメイク終わるまで見せないでください」
「あー、なるほどー。唯一のまだランダムじゃない要素をランダムするのですね。男の子だね。了解しました。心を込めて数値を当てはめさせていただきます」
僕はその言葉を聞くと一世一代の大きな賭けを行うのかと言うくらいの気合を込めて手を箱に突っ込みカードを7枚取り、引き上げた。
「どりゃああああああああああ!!」
そしてそのカードを見ないようにマスターさんに渡す。マスターさんも気合を込めて数値をいれてくれる。
「ふぉおおおおおおおおい!!」
相変わらずノリがいいマスターさんだった。
ー・ー・ー
そうして、怒涛のキャラメイクは終わりマスターさんと青い水で乾杯しあった。
「「かんぱーい!!!」」
ごくごくと喉を通る水が叫んだ後の喉を心地よく潤してくれる。かー!こりゃ大人が酒にはまるわけだわ!
「いやー、マスターさんのおかげでいいキャラが出来た気がします。ありがとうございました」
「いえいえ、とんでもない。虚くんの気合のおかげですよ。まあ、私も数値は見てませんが」
「え?」
「だって悪かったら気まずいじゃないですか」
「いや、もう別れる関係でしょ」
マスターさんが絶望した顔をした。
「そんな!今までのは遊びだったの」
「……お前とは、遊ぶ気すらなかった……」
はっ!のってしまいました!やはりやりおる、このAI。
したり顔のマスターさんは、しかし、今度は本当に寂しそうに笑った。
「しかし、久し振りに楽しいキャラメイクでしたよ。他の皆様はくじ引きをしたらすぐに消えてしまうので。まあ、新しい世界にワクワクするのは自由だからいいのですが」
「……僕とフレンドになります?」
「私は受付AIですので、フレンドコードは持ってないのですよ。贔屓はいけませんからね」
「残念ですね。……じゃあ、また会えたらフレコの交換出来るように運営にメール送っと来ます」
「ありがとうございます!……では、時間ですね」
見れば殆どのキャラメイクがオートのはずなのにここにきてから既に2時間が経過している。……少しはしゃぎ過ぎたようだった。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。心ゆくまで楽しんで下さいね」
「はい!」
こうして、僕はキャラメイクを終えたのでした。
あ、バーの入り口から退店できました。