うじむし93
飛び込んだ“彼方側の世界”とやら。
床も壁も天井もなく上下左右すら曖昧であり、毒電波のように自意識を掻き乱す思念感情が溢れている。
ついでに言うなら、空気がない。
生物のための空間じゃないならそれも有りかも知れないけど、かなり排他的な場所なようだ。限定神化していなければ即死だった。いや、冗談じゃなく。
そんな場所にシステムさんがいる。
目には映らない。システムさんとは概念的な存在? まさか、目に映らないことで此処にはシステムさんが存在する可能性と存在しない可能性が同時に発生しているというのか!? シュレディンガーのシステムさん?
阿呆な頭で無理に理解しようとするよりも、直感で信じて動いた方がいい。
限定神化モードの私の目にはシステムさん達と本体が繋がっている『紐』のようなものが見える。
見えすぎて周囲が紐でわっさわさに覆われているけど、この中にシステムさんの物もあるはず。
そして、システムさんの声が聞こえた。私の名前を呼ぶ声が。
聞き間違えるはずがない。
誰のものかも分からん思念が私の体に入り込んでガヤガヤザワザワ騒いでいるけども、その程度の雑音でシステムさんの声を私が聞き逃すと思うなよ?
この白氏瑠璃、システムさんの声であれば例え遠くに離れていようとも聞き分けることが可能! な気がする!
強化された今なら吐息一つで距離、角度、健康状態&心理状態まで測定してみせよう!
つまり視界を塞ごうが耳元で騒ごうが私がシステムさんに到達するのを防ぐことは出来ないってことだ!
ざんねんだったな うじむしからは のがれらない!
探知完了、『氷寒魔法』にて足場を形成、宙に浮いた氷の塊を踏み切り台代わりに一気に駆け抜ける。
最初の踏み切りから二回目の踏み切りで更に加速。二回目のよりその次、その次より更に次と加速を重ねていく。
システムさんの声が聞こえた地点まで、3……2……1……
目標補足! 『紐』の群の中に今にも千切れそうな一本を発見! 他の『紐』に比べて明らかに細く頼りない。
まずい、既にやられた後なの!?
いや、まだ間に合う!
うぉおおおお! 切除処分なぞさせるかァ!!
最後の一本が千切れた瞬間、私は本体とシステムさんの間に割り込み、千切れた『紐』と『紐』を握りしめた。
『紐』が千切れるなら、私が『紐』となることだ!
勢い任せで考え無しの行動じゃないよ。紐を通して限定神化するまでに貯まった私のカルマ値や今まで溜め込んだ経験値をシステムさんに送るんだ。
そんなことが出来るか? 出来る出来ないじゃない、やるんだよ!
勝手な想像だけど、この紐は、例えて言うなら赤ちゃんのヘソの緒や病人の点滴チューブのようなものに近いと思う。
なら経験値たっぷりの私をた・べ・て? って感じで経験値供給すればシステムさんは助かる!
それで無理なら……、えぇい、無理ならなんて考えない! 魔法の力は信じる力! 疑う余地もなく思い込めば実現するものだ!
99%疑っていても1%信じていれば影響からは逃れられず、99%信じていても1%疑っていれば完全には発動しない。それが魔法。
100%心の底からシステムさんが復活すること信じていれば、魔法は叶う!
ほらほらシステムさん、あんまりノンビリしてるとお腹がウジムシエキスではち切れるよ!
『…………』
気配で確信する。私が繋いでいる人こそが私の求めていたシステムさんなのだと。
だけど凄く弱々しい。私が送る経験値も殆ど垂れ流しだ。受けとる力すら残っていないのだ。
悪い方向には考えない。考えないぞ!
殆ど垂れ流しってことは裏を返せば僅かには受け取れてるってことなんだ。助けられる可能性はゼロではない。否、助けられる可能性しかない!
「んむっ!?」
突如体を襲う浮遊感。上も下も無いこの場所で浮遊感を覚えるということは、いま私は持ち上げられている?
誰に? 考えるまでもない。システムさんの紐を掴んだ反対側の手は、本体に繋がった紐を掴んでいる
いつまでもシステムさんを切れない状況に業を煮やしたのか、本体が私を釣り上げたのだ。
私ごとシステムさんを殺す気か? それともただの確認? 私の潜入にまだ気付いていない可能性もあるけど……望み薄だよね。
釣り上げられた先には、虹色に発光する巨大な球体があった。しかも一つじゃない。いくつもだ。紐はその球体から伸びている。
球体は常に蠕動しており、くっついたり離れたりしながらも一定の距離を保って浮いていた。
敢えて形容するなら、透明感の無いシャボン玉の群?
その中の一つが私の前に漂ってきた。
戦うか、と緊張する私の前でシャボン玉は一際大きく震え、中心からグバァっと裂けた。
そこから覗いたのは大きな瞳。細い触手まみれの虹色単眼シャボン玉の癖に、その目には知性の輝きがあった。
一瞬で理解した。コイツ、私より頭がいいな、と。
『さて……我の宮殿に何が入り込んだかと思えば、腐肉漁りの幼虫とは。実に興味深い』
うわ、好きになれない粘っこい話し方。私がコスト代わりに殺したっぽい新担当が優男っぽい粘っこさなら、本体のコイツは口の中にとろろ芋でも詰まってんのかって粘っこさだ。私は基本、ねっとり話す奴は苦手。
『我を前にして正気を保つどころか、怯えもせぬか。虫よ』
虫ですよ。成虫どころか蛹にもなってない正真正銘の幼虫ですともさ。
貴方がシステムさんの親玉だね。押し掛けて悪いんだけど、システムさんの切除処分なんて認められない。そんなことしたら経験値でもカルマ値でもなんでもいいから世界中から吸い上げて、こんな世界ぶち壊してやる。
『切除とは適当ではないな、虫よ。それは我が一部。我が源に還すだけのこと』
紐を握る手に力を込める。
つまり、システムさんを私から取り上げるってことでしょうが。
だったら何も変わらない。私は世界の敵になる。
人も魔物も関係なく死ぬまで荒らす。
好きな人を取り上げられて自暴自棄になって考えたことじゃあない。
好きな人を取り戻すためなら後には退かないっていう私の覚悟だ。
システムさんの親玉ならシステムさんの目的だった経験値・カルマ値の枯渇を止めたい筈。私に暴れられたら困るんじゃないの?
システムさんを助けてくれれば、私は暴れるのを止めるし、システムさんの目的に沿って動くよ。
『勇ましいな。だが、貴様が暴れた所でこの世界は揺るぎはせぬ。貴様の起こし得る未来の可能性全てが、それを物語っている』
スケールが大きい話だ、その言い分からすると、ほぼ確実な未来予知ができる訳だ。
だけど残念ながら未来は変えられるってのが定番なの。虫を甘く見てると後悔するよ?
『予知ではないのだ、虫よ。我は過去にも、現在にも、未来にも、連続して存在している。故に我にとっては全てが確定した過去とも言える』
コイツ、しゃべり方が粘っこいからいちいち会話ターンが長い。
そろそろ紐を掴んでいる手に感覚が無くなってきたんだけど……。
『その無礼な態度も、我には飽きたやりとりに過ぎぬ。お前は未来において、何度我に殺されたかすら理解できまい』
私が死んだら代わりはいないぞ、多分。
アレか、最近流行りの死に戻り巻き戻し系か。何度死んでも必ず君を助けるっていうストーリー。
多分違うな。よく分からないけど、私の理解できる範疇を越えた能力な気がする。
勢いで挑発したのは不味かったかな?
でも、システムさんをこのまま処分するって言うなら私は徹底抗戦する。
虫けらみたいに潰されようとも、それこそ何度死んでも復讐を果たすってストーリー。
私の死に戻りは血腥い。
もう手遅れかもしれないけど、少し冷静になろう。
相手はシステムさんの親玉。世界を管理している神様的な存在。むしろ神様でいいかもしれない。
私が喧嘩売って勝てる確率はゼロ。敵対することが死亡確定事項。
このままキレて暴れてもシステムさんを助けることにはならない。
私がもっと強ければ良かった。だけど、限定神化した今の私でさえ、この虹色単眼シャボン玉の前には赤子同然だろう。
勝てるわけがないってことが肌でわかる。
必要なのは怒ることじゃない。この親玉から如何にシステムさんの命を助けるかということだ。




