うじむし61 ヒーロー09
結論から言うと、俺たちの基本スペックはやはり異常だった。
守衛さんから教えてもらい、貸し出し品の装備を借りた俺たちは、みんな一様に血と汗が染み込み、数多の傷が刻まれた革鎧を身に付け、粗鉄鋳造の剣と、木製の盾を持っていたのだが……。
ぶっちゃけ、いらなかったかもしれない。むしろ使い慣れなくて邪魔。
あの狂人蒔島は、くやしいが自分で言っていた通り天才で鬼才だったようだ。
一階層は広い平原、なんだか長閑で、このままピクニックでもしたくなるような環境だった。
不思議なことに、地下である筈なのに空があり、太陽があり、風が吹いている。
多分だけど、魔法的ななんやかんやでそうなっているんだろう。
死ぬ可能性なんか殆どなかった。
この一階層に限り、致命傷を負っても回復して入り口に戻されるという復活機能がついているらしいからだ。
一年に数回ほど、動作不良を起こすらしいので完全に信頼はできないのだが、やり直せる可能性が高いのは安心だ。
まぁ、体験するまでもないんだけどな……。
理由は俺らの性能……。うん、なんか、攻撃しているモンスター達に申し訳なくなってくる。
目の前に迫っているのは、野犬、としか言い様のないモンスターの群れ。
普通の犬と違うところは、サーベルタイガーのような牙が生えているということだろう。
そんなのが群れを成して襲ってくるのだ、以前までの俺なら確実に腰を抜かして漏らしていたかもしれない。
だが、そいつらの牙が目の前に迫っているというのに、俺は全く恐怖心を抱かなかった。
それは他の皆も同じだったらしい。
逆に平気すぎて困惑する始末だ。
流石に噛まれれば血が出て痛いので、サーベルドック(仮名)の横に回り込み避ける。そして首もとにチョップ。
パキン、と軽い音がして、サーベルドックは動かなくなっていた。チョップ一発で首の骨が折れたらしく、口から血の泡を吹いている。
俺はそれをみても、何の罪悪感も抱かなかった。むしろ、敵対してきたんだから、撃退して当然というか
、襲ってこなかったら、きっとこちらから襲っていたというか……。
戦うことに関して忌避感が無さすぎる。
これ、多分あの狂人にナニカサレタよな……。
恐怖感も、忌避感も、罪悪感もない。お陰で周囲を確認する余裕があるくらいだった。
孝介は的確に襲い来るサーベルドック達を捌いている。投げ飛ばしたサーベルドックが、今にも飛び掛かろうとしていた別のサーベルドックにぶつかり、挟撃しようとした筈がお互いでぶつかっていたりする。
相手を引っ掻き回したり、同士討ちさせたりという戦い方を好んでいるようだ。腹黒いからな、孝介は。
義人は以外にも肉体派だった。体が小さく童顔であり、侮られやすい義人だが、いざキレると春彦より怖かったりする。今も一匹のサーベルドックの首を抱え、そのままジャンプし、地面に叩きつけていた。プロレスかよ。
その威力に、周囲のサーベルドック達が怯えて後ずさっている。だが、テンションの上がった義人が獲物を逃がす訳もなかった。
鈴音の動きは軽やかだ。なのに鋭い。ふわりと跳んだかと思うと、着地した場所にいたサーベルドック達の足や首がするりと落ちていく。鈴音が空中にいる間に飛びかかったサーベルドック達も、地上にいた仲間と同じ運命を辿っていた。
暗殺者かなんかか、お前は。
鉄男は、少し危うい感じがする。体が改造によって頑丈だからいいものの、ダメージを負うことを厭わずに突貫するのだ。そして、雑魚には目もくれず、群れのリーダーを目指して駆け抜け接近、力任せに叩き潰した。お陰で群れの大半は逃げ出していた。
群れのリーダーを狙うのは定石であるけど、無理は禁物、後で相談しておこう。
この中で一番喧嘩慣れしているであろう春彦の動きは、以外にも一番堅実だった。いや、慣れているから堅実なのか。相手の攻勢に合わせて引き、カウンターを入れ、相手が怯めばその分攻め立てる。
サーベルドックよりも獣っぽい理詰めで執拗な戦い方だ。サーベルドック達は実にやり辛そうだった。
以外と言えば、彩華の戦い方も以外だった。彼女もまた、やけに武闘派だったのだ。攻撃方法は蹴りが主体。上に飛ぶ鈴音とは違い、縦横無尽に戦場を跳ね回っている。そして勢いが乗った膝が、踵が、サーベルドックの急所に吸い込まれるように炸裂していく。その死に様は正に爆散。彩華が殺したサーベルドックが一番グロかった。
結構な規模の群れだったから、戦っていた時間は凡そ10分強だったろうか。
辺りは50を越えるサーベルドックの死体で、噎せ返るような血の臭いが漂っていた。
初戦闘の緊張感、精神的、肉体的疲労、生き物を殺したことによる恐怖、この酸鼻極まる光景に対する忌避感……。
そういった当たり前に来るであろうものが、無い。
俺たちは戸惑ったようにお互いを見つめていた。
「な、なぁ、やっぱ、おかしかったよな?」
「えぇ、自分がこんなにあっさり生き物を殺せるとは思いませんでした」
俺の疑問にいち早く鈴音が頷いた。
あんなにサクサク殺ってた割には、ちゃんと考えてたんだな。
「うん、闘っている時、気持ちが動かないみたいだった。テンションが上がりも下がりもしなかったよ」
「俺も最初は喧嘩の延長みたいなもんだって考えてたけどよ、いくら犬っぽいモンスターとはいえ、こうも自然に殺せるのはおかしいわ」
元の世界で動物を相手に虐待めいたことをしていたような外道ならば、なんの罪悪感もなく犬モンスターを殺してしまえるのだろうが、俺たちは良くも悪くも平凡な高校生だった。
それがいきなり戦いの場に放り込まれて、その場で順応できるのは異常なのだ。
「……傷を負うことに対しても、抵抗感は湧かなかったな。痛みも殆ど感じなかった。闘っているときは、興奮状態にあるからだと思っていたが……」
「ていうか、そもそも私なんか、あり得ない動きしてたんですけど? あんな蹴り方、知らないよ?」
「同感だ。どう動けばいいか、体が知ってるような感覚がしていた。体に勝手に動かされているような感じだ」
やっぱり、俺たちはナニカサレテいるな。
頭の中身を弄くり回されたりしてるのか? いつか抵抗しても対応できるように、爆弾が埋め込まれているとか?
少なくとも、価値観を狂わされ、戦う方法を焼き付けられている。これは確定だと思っていいだろう。
俺たちはあの狂人に命を救われた。
だけどアイツだって善意で救った訳じゃない。自分の研究の実験台として使うために再び動けるようにした、というだけなのだ。
もしも、蒔島がこの実験を終わりにすると決めた時、俺らはどうなる?
蒔島は信用できない。しちゃいけない。
この事は覚えておこう。
「……だが、これは好都合でもあるな」
鉄男が呟いた。
こいつ、何を言ってやがるんだ!? 頭の中を弄くり回されてんだぞ!?
「……そう睨むな。今までの俺たちの価値観、体の動かし方、日本人としての意識では、この先戦っていくことはできないだろ?」
「それはそうだけど、なんか不気味じゃないの?」
義人が不安そうに言うが、鉄男はそれが理解できないようだった。
「……お前達が言っていた“異世界転生”の話にはスキルや魔法があるんだろう? そしてそれは勝手に何処かから与えられるものなんだろう? 今の俺たちと何が違う?」
「鉄男の言うことも分かるけどさ、なんかスゲー存在から与えられてる感じのするスキルと、頭のおかしいジイサンに頭をカッ捌かれて植え付けられたモノじゃあ、安心感が違うと思わない?」
「逆に言えば、俺たちの力は誰かから与えられているのか知っている分、対処ができるということか」
孝介の言葉に鉄男が頷いた。
「……俺は物語のことなんか知らないからな、誰かから与えられようが信用はできない。だが、それでも相手が見えている分、取れる動きが定まってくる。これは大きいと思う」
「鉄男くんの言う通りですね。ならば私たちはこの力を早急に把握し違和感なく使えるようにすると共に、この力に頼らない戦い方を模索する必要があるでしょうね」
鈴音の言ったことが、まぁ、まとめみたいなものに、なるか。
俺たちの方針は定まった、ということだ。
まずは自分の力を把握し、その上で新しい力を獲得する。そして蒔島を吊し上げるのだ。
蒔島は俺たちが日本に帰るには神様とやらに会わなければならないと言っていたが、こうなるとそれを鵜呑みにするのも危険になってくるな。
自分達で帰る方法も探しておくに越したことはないだろう。
「……スキルや魔法を管理しているヤツがラスボスでしたってパターンかねぇ……?」
「春彦、まだそう決まった訳じゃないよ」
「義人、考えてみ? そうなったら、新たな管理者が俺らになる訳じゃん? そしたらもう進路に悩まなくてもいいじゃんってさ……」
「進路に悩みたくないからなんて理由で神様倒すなんて未だかつて聞いたことないよ!?」
「それもある意味就職活動と言えなくも……」
「言えないからね!?」
なんか春彦と義人が漫才しているが、放っておこう。そのうち彩華が蹴るか、鈴音が嗜めるかして収まるだろう。
さて、俺たちの目の前には階段。
地下二回への下り階段だ。ここから先は復活の保証がない。
だけど、1階層でこんなにヌルゲーなんだから、2階層でいきなり無理ゲーにはならんだろっていう。
さっさと降りるとしますか。
これでベリーイージーモードから抜けられなかったら、3階層に降りてみるのもいいかもな。




