うじむし60 ヒーロー08
「何の騒ぎだい?」
俺たちがダンジョンに入る入らないで守衛さんやグロッセ達と押し問答していると、鈴を転がしたような可愛らしい声が地下に響いた。
その声の主は、金髪おかっぱにくりくりの目をした幼女だった。やばい、服装が下着も同然のベビードールじゃないか……!
不味い、これにどんな反応をしても変態紳士のレッテルを貼られる未来しか見えない!
俺は咄嗟に目を逸らした。
が、その行動が既に露骨だったらしく、鈴音や彩華からの視線が刺すように鋭かった。
なんでだ! どんな対応が相応しかったというんだ!?
あれ、というか、この子、今ダンジョンから出てきたよな?
「学園長、調査はもう終わったのですか?」
グロッセがそんなことを言った。
何言ってんだ? 学園長だなんて偉い感じの人、どこにもいないぞ?
きょろきょろと辺りを見回すが、俺と同じように困惑している鈴音と、何かを察したような鉄男の姿が目に入った。
孝介、義人、春彦、彩華の転生小説知識アリ組は、何故か満足げに頷いている。
「あぁ、偉いヤツがロリババア、ある意味定番だよな――――」
春彦、それが誰を指す言葉なのかは置いておくが、ババアなどと言って良い結果になるわけが……。
次の瞬間、春彦の体がくの字じなって壁にめり込んだ。
強化された反射神経と視覚があって、認識するのがやっとの速度だったぞ、今の……。
春彦をギャグ漫画ように壁にめり込ませたのは、金髪おかっぱの女の子だ。下から抉り込むように拳を打ち上げた姿勢のまま、養豚場の豚を見るような目で春彦を見ていた。
あの角度は肝臓だな……。春彦、安らかに眠れ……。
「……英雄学園が出来た頃からのルールでね、僕をロリババアと呼んだヤツには例外なく地獄を見せることにしている」
同じことを思ったのであろう孝介達は顔を青ざめさせていた。
そして恐らくだが、俺たちと同じ異世界人は何人もこの運命を辿ったのだろうな。
俺らは素早く視線を交わし合い、このルールを徹底することを誓った。
なんだか見せ付けられる形になりましたが、どうやらこの少女が英雄学園の学園長らしい。
かなり幼く見えるが、学園が出来た頃とかサラッと言ってるし、かなり力があって偉い人なんだろうな。
「あ、あの、学園長……、彼らは……」
「知ってるよ、マキシマの奴から押し付けられた異世界人だね。あぁ、それとダンジョンの調査は終わった。なんか色々あって疲れたよ……」
幼女が深い哀愁を纏いながら肩を落とした。
いったいダンジョンの中で何があったというのか……。
調査は終わったらしいけど、まだ危険っぽいな。
「丁度いいや、君はグロッセだったね。グロッセ、ダンジョンは第2階層までなら解禁だって伝えといて。でも第3階層には絶対に降りないこと。もしも第3階層に降りたら死ぬと思っていいよ」
「え!? 入って良いんですか!?」
学園長の言葉に死霊術師の女性が飛び付く。
あ、そういやヴェリさんとジョナスさん、居たね。
彼女らを手伝うって名目で同行しようとしてたのに、幼女学園長登場のインパクトで全部持っていかれてたわ。
「ヴェリ、聞いてなかったのか? まだ危険は有るっぽいじゃねぇか」
「アンタこそ聞いてないでしょジョナス、危ないのは3階層だって話じゃない!」
「うん、3階層に君たちではまだ勝てない程度の虫型モンスターが2体、徘徊しているのを確認したよ。ついでに、3階層から4階層に至る階段が破損して使えない」
「それは、解禁できないのと同じではないですか?」
「ずっとダンジョンが使えなくて、そこの『剣と骨』みたいに不満が溜まる方が問題なんだよ。2階層までは安全を確認したから、ダイジョブダイジョブ」
幼女学園長はそう言うと、眠そうに頭を揺らしながら地下を出ていった。
まだ書類仕事や確認事項が山のように残っているらしい。背中から漂う哀愁はさらに濃くなっていた……。
外見が幼いとはいえ、そこは学園長。忙しさは俺には想像もつかないんだろうな……。
やべぇ、なんか異世界なのに働くことに希望が持てない……。
日本でも、やりたいことなんか特になくて、流れ作業みたいに大学進学決めてって感じだったもんなぁ……。
そんな奴等が集まった七人なんだけどさ。
もしも、何の戦う力も持ってなくて、ただの異世界人として此所に来ていたら、俺たちもあの疲れた背中の大人の仲間入りだったのか……。
変身がいいものに思えてきたな……。
「ねぇ、いま僕、変身できて良かったと、心から思っているよ」
「奇遇だな義人、俺もだよ」
「私もですね……、正直、働くと言うことを甘く見ていました」
「……あれもあれで、戦いなんだな」
「鉄男、渋いこと言うじゃん」
「彩華、茶化すな、真面目な話じゃないか」
「孝介は真面目過ぎるんだよ、その未来があれじゃやってられなくない?」
全員、何か思うところはあったみたいだった。
あれ、そういえば春彦が居ないな……。
いつもならここで皮肉言ったり混ぜっ返したりするんだけど……。
あ、まだ壁にめり込んだままだった。
「ごめん、みんな。案内が途中だけど、学園長から言われた用件が用件だから、すぐに取りかからなきゃいけないんだ」
グロッセが申し訳なさそうに頭を下げた。
そんなに気にしなくてもいいんだけどな。
今回は最初から最後まで全部グロッセの好意に依るものだった。何の不満も文句もないよ。
壁から春彦を引っ張り出しながら、みんなで気にしないでくれ伝え、お礼を言ってその場で別れた。
ヴェリとジョナス、チーム『剣と骨』の二人は、許可が出たのだからとダンジョンに突進していってしまった。
突進したのはヴェリで、ジョナスは嫌々付いていった感じだったけど。
「がぁ……、くそ、あのババァ、次あったらぶっ殺す……」
ようやく春彦を壁から掘り起こした。
これがギャグならさっさと取り出せると言うのに。
それと、また言ったな。どうなってもしらんぞ、本当に。
「あー……、君たちはどうするんだい? 学園長からは許可が出た訳だから、ダンジョンに入ること自体は構わなくなったんだけど……」
守衛さんがわざわざ教えてくれた。
この学園、本当にいい人多いな。一番偉い人はさっきリバーブロー放ってたけど。
「君たち、異世界人なんだろうけど、1階層なら、余程運が悪くなければ死ぬことはまず無いと思うよ。体験だけでもしてきたらどうだい?」
ちなみに、その余程運が悪い、というのは隕石がたまたま直撃するくらいの確率らしい。
空から落ちてくる燃える石に当たるくらいだ、といってたから、多分合ってる。
「……体験程度なら、悪くないと思う」
「そうだな、今ならば中にいる人も少ないだろう。練習はしやすいと思う」
意外なことに鉄男と孝介が乗り気だった。
たしかに、人が多いところで変身の練習は嫌だよな。
「僕は勿論行くよ!」
「まぁ、いいイベントだよねー」
「特訓か……、悪くねぇな」
「今日はもう他にやることもありませんし……」
義人と彩華は安定の異世界テンション、春彦は学園長を意識しているのかね? 鈴音の参加理由が暇潰し、というのが凄いけど。
皆の変身も一度は見てみたいしな。俺も実はノリノリだったりする。
戦えない、魔力があるだけの役立たず。それがこの世界での異世界人の評価だ。
今まで多くの異世界人が、魔法や無双チートを夢見て散っていったという。
そして根付いた、異世界人=役立たずの厄介者という常識。
他の誰でもない俺たち七人が、その常識をぶっ壊す。
俺たちはこの世界初! 戦える異世界人なのだ!
こういうシチュエーションに憧れない男はいないだろ!




