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うじむし29




「本当にこっちに何かあるのかよ、ヴェリ」


 逞しい体に青銅の鎧を着込んだ青年が、胡散臭げに言った。その背には大きな両手剣が背負われている。

 彼は剣士なのだ。


 話しかけられたのは如何にも魔法使い、といったローブを着て、ネジくれた木の杖を持った少女だ。


「良いから着いてきなさいよジョナス、こっちで魔力が大きく動いたの! 絶対何かおかしい事が起こってるんだから!」

「とは言ってもなぁ……」


 ジョナス、と呼ばれた青年は、気乗りしないように顎を撫でた。

 最近ちょっぴり髭が生えてきたのだ。

 相棒のヴェリは嫌がるが、歴戦の戦士みたいでカッコいいから、ジョナスはこのまま伸ばそうと決意している。


 まったくやる気がない相棒の様子に、ヴェリは少し苛ついているようだった。


「アンタねぇ、ここでしっかり結果を出しておかないと、またあたし達のチームだけ得点が低くなるのよ?」

「だからって、閉鎖中のダンジョンに潜るなよ……、まぁ、二階層程度じゃ何もないだろうけどよ」

「学園も馬鹿よね、ちょっと強いゴブリンが出たからって、ダンジョンを調査する、とかいって閉鎖しちゃうんだもん」

「俺等みたいな奴等が、これ幸いと得点稼ごうとして無茶苦茶やるのを止めたいんだろ?」


 ジョナスが肩を竦めると、ヴェリは言葉に詰まり、ばつが悪そうに視線を逸らした。


「だって、ジョナスが頑張ってくれないからじゃない」

「頑張ってるじゃん、わざわざ一緒に学園迷宮に忍び込んでやってるだろ?」

「うぅ、でも、全然モンスター狩ってくれないし……」

「モンスターが出ないからな」

「探してもくれないし……」

「俺は探索役じゃねぇぞ? 前衛だ。だから探索に向いた奴をチームに入れようって言ってるじゃねぇか」

「それは嫌!」

「……じゃあ、しょうがねぇだろ」


 ヴェリは悔しげに唸っていたが、自分のワガママをジョナスが聞いてくれているのだという自覚はある。

 反論をぐっと飲み込み、むくれていた。


「おい」

「何よ!」

「そうトゲトゲするなって、ほら見ろよ、お前が言ってたの、あれじゃねぇの?」


 じっと下を向いていたヴェリが、ジョナスの言葉に釣られて顔を上げた。

 そして、ぽかん、と口を開けて固まった。


「なに、これ……?」


 目の前に、巨大な氷の塊が出現していたのだ。

 ここは森林階層であり、巨大な氷が自然発生するなどあり得ない。

 もしも、階層にそぐわない現象が起きているとすれば、考えられるのは、魔物の変異個体が現れたか、それとも、ダンジョンの改変が行われたか。


 だが、此処は初心者ダンジョンとして知られる、学園迷宮。

 冒険者を教育する『英雄学園』の地下に広がる、生徒が実践を積むためのダンジョンだ。


 学園では一定以上の実力があると認められると、ダンジョンに潜ることを許される。

 そして、そこで狩ったモンスター、採取した薬草などに応じて得点が加算される。

 得点が増えるからどうした、という話なのだが、登録した個人やチームは全員表示されるため、その中で誰が優れているのか一目で分かってしまう。

 つまり、生徒の中で競争を煽るいい材料なのだった。


 ジョナスとヴェリも学園の生徒であり、一緒にチームを組んでダンジョンに挑む仲だ。


 学園ダンジョンの、殆ど表層と言ってもいい二階層目で出現するモンスターなどたかが知れているし、改変が起こるのなら、あっという間に変異するため、ただ大きな氷が出現するだけ、というちぐはぐな状況にはならない。


 ヴェリの頭に、ちらりと噂のゴブリンが浮かぶ。

 異様に知能が高く、成長が早い様子を見せていたらしいが、まさかいきなりここまでの魔法を使えるほど進化するだろうか?


 だとするなら、学園が慌ててダンジョンを封鎖したのも頷ける。


「これ、報告には無かったよね?」

「あぁ、こんなデカイ氷のことは書いてなかったな。そこにゴブリンが氷漬けで死んでるけど、ソイツの仕業か? 魔法が暴発でもしたんかね?」

「……その可能性は、あるかも。『死体探査』してみるね」


 ヴェリが死んだゴブリンの体を丹念に調べていく。

 彼女は死霊術師だ。見習いの、が頭につくが。

 死体の検分、検視はお手のものだった。


「ううん、でも、死んだ原因は首を鋭利な刃物で切り落とされた事みたい。凄腕ね、骨と骨の隙間を綺麗に裂いているわ」

「じゃ、そのゴブリンが魔法を使ってる最中に、誰かに切られたってことか」

「…………それが一番、近い、と思うんだけど」

「何だよ、まだ何か引っ掛かってんのか?」

「うん」


 ヴェリがゴブリンの傷口にグリッとナイフを立てる。

 そして、ピンセットを取り出すと、大きくなった傷口の中に突き入れた。


「うわ、お前、ホントよくやるわ」

「こんなんで怯んでちゃ死霊術師出来ないわよ。ホラ、見て」


 ピンセットに挟んで取り出されたのは、一匹のウジ虫だった。


「うげぇ、だからそういうの見せるなって!」

「違うの。凍ったゴブリンの死体の中に、なんでもうウジが湧いてるの? 一匹しかいないのも奇妙だし……」


 ヴェリが興味深そうにウジ虫をじっくり観察している。

 ピンセットに挟まれて、ウジ虫は苦しそうに藻掻いていた。


 ヴェリの頬に、ひんやりと冷たい風が当たる。


「ヴェリ!」

「え?」


 いきなり大声でジョナスに名前を呼ばれ、驚く間も無く突き飛ばされた。


「ちょっと! 何するのよ!」


 酷く尻餅をついて、涙目になりながら抗議の声を上げる。

 立ち上がろうとして、違和感に気づいた。


 体を支えようとした、腕が……無い。


 右腕が、肩から先を綺麗に断ち切られていた。

 傷口が凍りついて乾いており、血は出ていない、あまりの冷たさに麻痺しているのか、痛みも感じない。


「え……? なにこれ…………」

「何だか分からねぇが、すげぇ殺気だ! 敵の姿が見えねぇ! ヴェリ、逃げるぞッ!」


 辺りが白く染まっていく。

 氷だ。

 どんどん凍っていく。

 追い付かれれば、きっとジョナスとヴェリも氷漬けになるだろう。


 ジョナスはまだ呆然としているヴェリを抱え上げると、脇目も振らず上層への階段を目指した。


 幸い、白い寒波は上層までは追ってこなかったようだった。


 ジョナスは学園の医務室に転がり込むと、治癒術師にヴェリの治療を懇願する。


 そこから騒ぎは広がり、『英雄学園』のダンジョンはしばらくの間、完全に封鎖されることになったのだった。


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