うじむし01
『レベルアップしました』
柔らかな声が脳裏に響き、そこで私は目が覚めた。
いや、少し違う。
この声を切っ掛けに、意識がはっきりした。
それまでは夢の中にいるような、ぼんやりとした心地で自分が何をしているのかも分からなかった。
自分が誰であるのかも、何処にいるのかも。
不思議な声が切っ掛けとなって、頭がスッキリした。
私は白氏 瑠璃。
地区で真ん中程度のレベルの高校に通う、中の下程度の学力の女子高生だ。
加えて言うならば、窓際族である。
群れることを好まぬ孤高の鯱。常に本を片手に日々を過ごす窓際の君。
それが私だ。
嘘だ。
友達のいない本だけが慰めのオタク女子、それが真実の私だ。
漫画も小説も何でも読むし、ゲームだって乙女ゲーから格ゲー、オンラインまで手を出している。
そしてそれを隠していない。
こんな私が苛められない訳がない。
まぁ、実家がそれなりに力があったので、精々が無視程度だったのだが。
うん、自分のことについては覚えている、オーケー、頭はマトモらしい。
しかし、私は何故こんな所にいるのだろうか?
最後に記憶しているのは、完徹二日でオンライン格闘ゲームの勝ち抜きをしたあとベッドに飛び込んだ所までなのだが。
私が今いる場所は、焦げ茶色の硬い芝が一面に生えた場所で、何かが発酵したようないい匂いが漂っている。
リラックス系ではなく、食欲を誘う系。
なぜこんな香りが私の寝ていた場所から……?
こんな芳香剤も香水も使っとらんぞ。
そもそもウチのベッドはこんなにごわごわじゃないし。ベッドカバーに焦げ茶色チョイスするほど女やめてないわ。
というか、戸外だよここ。完全に外。
足元がべちょべちょ。
しかも赤黒くてねっとりもしてる。
匂いに反して感触は気持ち悪い。
もしかして、誘拐?
半分勘当されてるようなもんだけど、実家はそれなりに金持ってるし、誘拐されてもおかしくない。
いざという時の為にスタン警棒を持っていたはずなんだけど……。
二夜連続完徹格ゲー三昧の後死んだように眠っていた私が気付かなかった、ということなのか……?
さっきから手も足も動かせない、簀巻きにされているようだし、これは誘拐の線が濃厚だろうか?
だったら誰かを呼んでみるべきだろうか?
物語だったら物音や起きた気配、呼ぶ声なんかに見張りが気付いて何らかのアクションを起こしてくるはず。現実でもその対応でいいと思うんだけど。
おーい。誰かいませんかー?
ん?
今、声出てた?
なんか出てない気がする。
あれ? 私、喉が潰れた?
いやいやいや、まさか、痛みは無いし、違和感も無いよ?
ん"ん"ッ!
おーい!誰かー!
あ、やば、声出てないわ。
これ喉死んでるわ。
寝起き? 寝起きだから?
乾燥して声が出てないとかそんな感じ?
取り敢えず目は生きてる。視界は確保出来ている。
音は聞こえている。
体の感触もある。
口は、声は出ないけど、動かすことはできる。
首が回らず体を目視出来ない。
手足は動かない。
そして声が出ない。
つまり五月蝿くするなってこと?
体を捩って起き上がろうとする。
うぅむ、しんどい。
なんとかぐるりと振り向くと、変なモノと目が合った。
ソレに目は無かったんだけど、何でか目が合った感覚がした。
ソイツは、人間サイズのバカデカく、青白いイモムシだった。
ヒ、ヒェエエエッッ!
色んなゲームや漫画に触れてグロにも耐性がある私だけど、至近距離ビッグイモムシは無理!
しかも顔が何処にあるのかも分からないのっぺりしたタイプ。
いわゆるウジムシ。
うぉぇええ、キモイ。
イモムシから離れるよう、体を捩り、反動を付けてごろごろと転がる。
こんな所にいられるか! 私は帰るぞ!
焦げ茶色の芝はどうやら丘のようになっていたようで、私は坂道を勢いのままに転げ落ちた。
体に伝わる衝撃と水の感触。
溺れる!?
必死で体をくねらせるが、沈む様子はない。
ただの水溜まりみたいなものか……。焦ったわぁ。
視界が真っ赤に染まる。
水溜まりの水は、赤く、ねっとりとしていた。
そして、妙に鉄臭い。
これって、もしかしなくても、血?
いや、そもそも人間よりもデカいウジムシって何よ?
SUN値直葬ってレベルじゃねーぞ。
訳の分からない環境。
巨大なウジムシ。
血の池地獄。
目覚めてから理解の出来ないことの連続で頭がおかしくなりそうだ。
目覚めたというか、もしかして私、永眠した? ここは地獄ですと言われた方がしっくりくるよ。
だが、ちょっと待って欲しい。
少し落ち着こう。
私が意識を取り戻した切っ掛けになったのが『レベルアップしました』という魅惑の低音ボイス。
脳みそがゲームと漫画に浸かりすぎて腐った?
いえ、もともと女が腐って……って喧しいわ!
そうで無ければ、アレはいったい何だったのか?
血の池地獄に広がっていた波紋がゆっくりと収まり、水面に静けさが戻っていく。
恐ろしい予感を感じながら、私はそっと水鏡を覗き込んだ。
あぁ、これは悪夢だ。
そこに映っていたのは、私をビビらせたヤツとまったく同じ、青白いイモムシだった。
私、イモムシになってる。




