うじむし143 しでむし18
隠し通路を進んだ先で俺を待っていたのは、仲間からの熱烈な抱擁だった。
みんな、俺のことが心配で心配で堪らなかったみたいで、俺が無事なのを知ると感極まって御立派な顎で甲殻が割れる寸前にまるまでギリギリと抱き締めてくれたのだ。
ははは、愛されるって辛いな、白氏さん。
「「「ブォオオオオオオン!!?」」」
アッハイ調子に乗ってましたマジスンマセンッシタ!
分かってます! 俺が死んだら皆さんも問答無用でモンスターのまま昇天ですもんね、人として死ねませんもんね!
ホント反省してます! だから触角だけは勘弁して下さい! 昆虫型として触角失ったら詰みなんです、人間で言えば鼻と耳を両方失って平衡感覚を失うようなもんなんスよ!? それは皆さんもお分かりでってギャアアアアアアアア!
幸い、甲殻にヒビが入った程度の怪我は『HP自動再生』で回復できるので、結果的に俺は無傷であると言える。
仲間に迷惑と要らん心配をかけた罰として割られた甲殻なんて無かった。
反省はしている。もうしません。
隠し通路の先は、大きな部屋になっていた。
学校の教室一個分ってところだろうか?
その中心には、これまた巨大な石の棺が置かれていて、何本もの細長い杭が中身ごと貫いて、びっしりと刺さっていた。
当たりの無いまま刺し続けた“黒ひ○危機一髪”みたいだ。
執拗というか、狂的というか、この杭を刺した人は絶対にこの棺を開けて欲しくなかったんだろうな。
もしくは、絶対に棺の中身に出てきて欲しくなかった、とか?
「王家の墓……的な?」
「「「ブゥウン?」」」
さすがに隠し通路の先に安置されているものの詳細までは、元学生の仲間達でも分からないか。
もしかして、ここはダンジョンの中でも未踏破エリアってヤツなんじゃなかろうか?
そもそも隠し通路の存在に気付けるかって話だし、その通路も、途中からやけに狭くなったり細くなったりで、普通の人間にはまず通ることが出来ないようになっていたしな。
じゃあ誰がこんな所に石の棺を置いたんだよって疑問が浮かぶが、そういうのはきっとダンジョンを専門に研究している偉い人が調査しているんだろう。
俺にとって大事なのは、この石の棺がどうしてここにあるかじゃないな。石の棺の中に何が入っているか、だ。
「「「ブブブ……?」」」
「開けるのかって? いやぁ、どうしようかね? 中身はなんだと思う? 隠された財宝? 封印されたボス? それとも古代の王族のミイラ?」
個人的には、ボスでもいいかなーとか思ったり。
いや、自惚れている訳じゃあないぞ? 何度も言うが俺は、いや、俺たちはアンデッドに対して有利なスキルを持っているんだ。
そしてここは俺たちの旋回能力、回避能力が阻害されない広い空間。
相手がミイラキングとかなら、まぁ負けないんじゃないかな? 今なら強化ミイラとの戦闘が終わったばかりで心地いい緊張が維持できているし、そんな俺が指揮する群の能力は通常の2倍から3倍は強くなるだろう。
財宝とかだったらむしろ困る。
何故って、持って帰る手段が無ければ換金する伝もない。伝説級の武器が出ても誰も装備できないし。
「「「ブゥン……」」」
「そうあからさまにガッカリするなよ、だって剣とか有ったって使えないじゃんか……あー分かった、分かったよ、そう触角を萎れさせないでくれよ。じゃあ宝物だったら……そうだな、持って帰って学園長へのお土産にしようか?」
「「「ブブブゥン♪」」」
喜んでくれたようで何よりです。
まぁ、宝物を渡せば、少しは学生の魂を揺り起こして連れ出した怒りも解けるかなーという打算もコミコミなので、苦労に見合わないという訳でもないだろう。
できれば小さくて価値のある宝石とか、魔石の類いがいいなー。異世界だしあるだろ、魔石。
それじゃあまずは調べてみるかな、と石の棺の周りを飛んでみる。
ふむふむ。細長い杭はだいたい等間隔になっている。棺にはまるで基盤のような回路めいた模様がいくつも走っていて、杭はその回路を邪魔するように刺さっているようだ。回路は棺から伝って床や壁にまで伸びており、よくよく見ると、だんだん浅くなりながら隠し通路の奥にまで繋がっていた。
この回路めいた模様は、魔力を通すらしい。
気が付いたのは、よく調べるために全員で『発光』を使った時だ。
体から溢れた光が、そのまま回路に流れ込んでいったのだ。
部屋全体に張り巡らされた模様がうっすらと光ながら広がっていく光景は、なんとも幻想的で美しかった。
「「「ブブブウゥ?」」」
仲間達が『発光』するのを止めて俺の近くに飛んできた。
このまま魔力を供給してしまっていいのか、不安になったらしい。
確かにこのままじゃあ、封印が解けられた! 的な展開になるかもしれない可能性があるよな。
どうしよっか? なんか大掛かりな封印みたいな雰囲気だし、このまま俺が興味本意と成り行きで解放とかマズイだろう。
これじゃあまんま異世界転生DQNの行動だもんな。
よし、諸君。なんか怖いから今日はこれで撤退します!
後日、回路発光現象が落ち着いた頃を見計らってまた来ましょう!
「「「ブブブブ」」」
良かった。仲間達も概ね賛成してくれるようだ。
では何か取り返しが付かないことが起こる前にさっさと退散しよう!
うっすらと嫌な予感がし始めていた俺は、現状を放置して逃げることを決めた。
何かが起こってからじゃあどうしようもないしな。
だが、すでに事態は動き始めており、俺の呆れるほど浅慮な脳みそは、どうしようもない段階になってしまったことを未だ気付けずにいたのだった。
カチカチカチカチ……。キチキチキチキチ……。
キチン質のハサミやアゴを打ち鳴らすかのような……。
リーン……リーン……リーン……リーン……。
羽を擦り合わせて歌っているかのような……。
そんな音が響く。
とても遠くから聞こえたような、それでいて真後ろで聞かされたような、そんな不 思議 な感覚が
あ
れ ?
な 。に
?
おれ
いま
とん でる
? 。
おちて
おち
お?
る
「…………………………」
『ねぇ、そこに誰かいるの……?』
一瞬足を止めてしまった俺の背中に、何処からか声が掛けられた。
無視してそのまま飛び去れば良かったのだが、その声には泣きそうなまでに切実な響きが込められていて、到底聞かなかったことには出来なかった。
『いるわけない、よね……また頭の中の錯覚……間抜けな私』
「…………あー、その、そこの御方っていうのは、俺でしょうか?」
『……えっ? 嘘…………、本当? 本当に誰かいるの? ね、ねぇ! 貴方、誰? ううん、誰でもいい、お願い、まだ行かないで! 少しでいいから、言葉を聞かせて! 話をさせて! もう、もう独りぼっちは嫌なの…………』
なんかヤバイ。
声が必死すぎて、俺が危機感を抱いてしまう。なんかこのままでは逃げ場の無い泥沼に引き込まれるような、果てしなく面倒な事態に巻き込まれてしまうかのような。
だけど、この声。女の子で、その上、幼いんだよなぁ……。
こんな所で、しかも恐らく石の棺の中に串刺しにされてインしてるんっだろうから、声音通りの小さな女の子じゃあないだろう。
だけど、それでも、声色だけでもあどけない女の子
聞こえてしまうと、無視することに激しい罪悪感が生まれてしまう。
仕方ない。
石の棺に近寄り、声を掛ける。
「えーっと、少し話をするくらいなら全然構いませんよ」
後から思い返せば、囚われの少女を助けるという状況に浮かれていた自分がいたのも確かだった。
荒唐無稽な昆虫型モンスター転生を果たした俺に、まるで本当の物語の主人公のような展開が巡ってくるなんて、と。
『ほ、ほんとう……? いいの? あの、私、あぁ、なんて言ったらいいんだろ……? あ、あれ、どうしよう、言いたいこと、全部吹っ飛んじゃった』
「あはは、じゃあまず自己紹介しますか? 俺は虹川 颯太っていいます。しがないソウルビートル・スウォームです」
『ソータ、ソータっていうのね。私、貴方の名前覚えたわ。嬉しい。どれくらい振りだろ、私とお話ししてくれる人が来たなんて……!』
淡く光る部屋の中で、俺と棺の中の少女(暫定)は、しばらく語り合った。
少女の名前を聞いたんだけど、最初は何かカチカチキチキチという音とブゥゥゥゥンという音が邪魔して聞こえなかった。何でも、彼女はこの世界において神様の一柱らしく、その名前は地上の生物には発音できないらしい。
こんな所で串刺し封印されている以上ただ者ではないと思ったけど、まさか神様とは……。
どうしても彼女を名前で呼びたかったから、無理を言って地上の言語に名前を当て嵌めて貰ったんだけど、彼女は最初、教えることを渋っていた。
なんでも、響きが可愛く聞こえないんだとか。
「約束する。君の名前を聞いて笑ったりしない」
安心させるように言うと、彼女は拗ねたような疑うような事を言ったり、唸ったりしていたけど、俺が君の名前を呼びたいんだ、と何度かお願いすると観念して教えてくれた。
『絶対に笑わないでよ……? あのね……、私の名前は、ズスティルゼムグニ、っていうのよ』
「ズスティ……? ず、ずいぶん難しい名前なんだね……」
『可愛くないって言いたいんでしょ? フン、分かってるわよ』
「そんなことないよ。そうだ、フルネームが嫌なら、愛称を付ければいいんだよ」
『愛称?』
「そう、君の名前がズスティル……だから、スティル、なんてどうかな?」
『……あ、ま、まぁ、良いんじゃないかしら? その……可愛いと思うわ。…………何より、貴方が決めてくれたし、ね』
「ん? 最後の方が小さくて聞き取れなかったんだけど……」
『なっ、何でもないわよ!』
「そっか、俺が決めたってこと喜んでくれるなんて、嬉しいな」
『聞こえてたんじゃないッ!』
何というか、異世界でこんなにもテンプレなツンデレを見る(聞く)ことになるとは思わなかったなぁ。
そりゃ俺だってラノベやアニメを人並みに嗜んで来たけども、そういうのは現実に起こり得ないものだと思っていたのに。
なんというか、思い描いていた憧れがそのまま目の前に現れたみたいで、呆れるやら嬉しいやらだ。
スティルは神様なのに、ずっと地下墓所のダンジョンに閉じ込められていたせいか、偉ぶったところが全くなくて、とても親しみやすかった。
話も面白いし、聞いてくれるのも上手い。
リアクションや感情表現が大袈裟で、それなのに一緒にいて全然疲れない。
何というか、出会って一時間経ったか経たないかなのに、もう親友って感じだ。
もっとスティルと話していたい。一緒にいたい、なんて考えてしまう程に。
「それで、スティルはどうしてこんな所に閉じ込められているんだ?」
『あー……アレよ、簡単に言えば、ケンカに負けたってところかしらね……』
「……人間と戦って負けた?」
『違うわよ! これでも神様なんだからね、貴方、あんまり私のこと敬ってないみたいだけど、私、結構偉いのよ?』
「じゃあ神様同士のケンカかぁ」
『……まぁ、そうね。神様のケンカって、陣取り合戦みたいなものなんだけど、私って陣取り合戦すごく得意なのよ』
「へぇ、じゃあなんで負けたのさ?」
俺が思わずそう聞いてしまうと、スティルは一瞬口を噤んだ。
デリカシーの無い質問をしてしまったな、と思ったけど、吐いた言葉は飲み込めない。
うぐぐ、可愛い女の子と話せて浮かれていたみたいだ、もう少し考えて発言すれば良かった。
『……卑怯な手で陥れられたのよ。それで、強すぎる私と二度とケンカしたくないから、こんな所に押し込めたってワケ』
「ごめん、嫌なこと聞いたよね」
『別に、気にすることじゃ無いわ。でも、謝るって言うなら、そうねぇ、じゃあ次はソータのことを聞かせてよ』
「俺のこと? あぁ、いいよ」
俺は語った。
日本で学生として生活していたこと。
気が付いたら、この世界で死肉を漁る甲虫として生まれ落ちており、生きるために腐肉を食らったこと。
家族のように思っていた甲虫の仲間達が、不気味な白い怪物に襲われ、氷付けになって死んだこと。
迷宮で生き延びるために足掻き、様々なモンスターと戦って辛勝を重ね、進化してきたこと。
ソウルビートル・スウォームになり、学生の魂を揺り起こしてしまい、彼らを成仏させる為にレベル上げをしていること。
こうして話してみると、俺も中々波瀾万丈な人生……と虫生を過ごしているよな。
俺の話聞いていたスティルは所々で驚いたり、自分のことのように怒ったり悲しんだりしていた。
たった一匹の虫型モンスターに起こった出来事に一喜一憂するなんて、本当に変な神様だ。
だけど、すごく嬉しかった。
音声だけのシステムや、結局打ち解けられなかった白氏さんとは違う。本当のパートナーを見付けられた気がした。
一方的かもしれないけど、この世界に来て初めての信頼を、俺はスティルに感じていた。
『ねぇ、ソータ。私さ、ずっとこのままで良いと思ってた……下手を打ったのは私だし、神稼業にも辟易してたし、もうここで朽ち果てても良いかなって……』
俺の話を聞き終わったスティルが、ぽつりと呟いた。
小さい声なのに、力強さを感じさせる。
“決意”が伝わってくるのだ。
「その割りには俺が来たときに必死になって呼び止めてたけど……」
『茶化さないで聞いて! あのね、私、貴方をこの世界に呼び寄せて、昆虫の体に押し込んだヤツを多分知ってるわ』
「…………誰?」
自分が思っていたよりも冷たい声が出た。
俺は、俺の想像以上にこの運命にぶちこんでくれたヤツを恨んでいるらしい。
そうだな、もしも復讐できるとしたら、そいつの口に腐肉を詰め込んで、家族が氷付けになる様を見せつけた上で食ってやる。そして群れに加えて、永久にこき使ってやる。ぼろ雑巾になってもまだ許さない。
命乞いをする度に、殺してくれと願う度に、頭を踏みつけて笑ってやる。
俺の怒りを感じたのか、スティルが息を飲む気配が伝わってきた。
『そ、そいつは、私たち神の中にあって更に“神”と呼ばれる者。身も心も、名さえなく、ただ世界の狭間に漂う知識欲の悪意……。貴方は、そいつの無聊をほんの少し慰めるためだけに呼ばれたのだわ』
「なるほどね。俺は玩具って訳か……。どうしたら会えるかな?」
『私が手伝う。私をここに幽閉したのもその名無しの神の一派なの。私もヤツ等には恨み骨髄よ。ソータ、私を解放して? 私がいれば、貴方のアゴは、貴方の爪は、名無しの神に届くわ』
「分かった。どうすればいい?」
『この杭を折れる? 刺さったままでもいい。杭が折れさえすれば、私を縛り付ける効果は弱まるわ』
「任せろ」
自分の中に溜まりに溜まった鬱憤を自覚した俺は、それをぶつけるように杭に噛みついた。
乗せるのは『無属性魔法』だけでいいだろう。ただ切れ味を上げるだけの魔法だけど、その分、効果は高いと自負している。
ぼきり、ぼきり、と杭が噛み切られ、乾いた音を起てて床に落ちていく。
杭は折れると効果を失うのか、石の棺に刺さったままの部分も、折れた端からずるりと落ちていく。
杭が無くなるにつれて、別の興奮が沸き上がってきた。
スティルに会える。
俺のことを分かってくれる。俺が分かって上げられる、封印された神様の女の子。
自分の可愛くない名前にコンプレックスのある、ツンデレな彼女。
スティルに会えるという一点だけにおいて、名無しの神とやらに感謝してもいいだろう。
最後の杭がずり落ちて、石の棺の蓋がゆっくりと開いていく。
俺の興奮は最高潮に達していた。
「スティル……」
名前を呼び、石の棺に近づき、そして――――――