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うじむし133

別視点ですが、続かないのでヒーローとかしでむしみたいにタイトルに追加はしません。やられ役って辛いなサム……




 ゴーバ=ディン族の陣営にて、戦士たちを指揮する立場にある戦長、赤爪のパラク=ダーは難しい顔で吹雪の向こうを睨んでいた。

 凍土の支配者として名乗りを上げた魔物が住まう場所へと送り込んだ斥候隊が予定帰投時間を越えても帰ってこないのだ。

 遅くとも日が三度沈むまでには帰ってくるはずだった。それが出来ていないということは、恐らく斥候隊は全滅したのだろう。

 ゴーバ=ディン族が狩りの一族として繁栄してきた要因の一つが、斥候による入念な下調べにある。それが通用しないとなると、今回の戦いは厳しいものになりそうだった。


「パラク=ダーよ、既に日は四度沈もうとしている。斥候隊は全滅したのだ。我々は進軍するぞ」


 同じく戦長である岩腕のジャナ=ビが苛々と告げる。

 斥候隊を中心に指揮するパラク=ダーと違い、実戦部隊を指揮するジャナ=ビは荒々しく気が短い。斥候隊の重要性を知っているからこそ三日という期間、飢えと渇き、そして寒さに耐えたが、もう限界なのだろう。

 戦士たちにも餓死者が出始めている。パラク=ダーも待つのはこれまでだということは充分に分かっていた。


「あぁ、ジャナ=ビ。長い間待たせてすまなかった。ただ、我々は集落から離れすぎた、補給に戻ることもままならん。慎重に進まねば本隊の全滅もあり得るぞ」

「多少腹が空いていようともゴーバ=ディンの戦士の勇猛さに陰りは見えぬわ」


 ジャナ=ビは笑い、栄養不足にも細る気配を見せない筋肉を盛り上げて見せる。

 岩腕の二つ名に恥じぬ強力を思わせる、束ねた荒縄のような立派な筋肉だ。

 だが、パラク=ダーの表情は晴れない。


「神の肉を食らい力を得た我らと他の戦士達を一緒にしてやるな。お前に合わせては他の者共は付いていけないのだぞ?」

「分かっているパラク=ダー、斥候隊の長の助言、しかと受け止めておこう」


 重々しく頷いたジャナ=ビにゴーバ=ディンの若者が近付いてくる。

 実戦部隊所属の伝令兵だった。彼は既に何日も満足に食事がとれていないので体の衰えが目立ち痩せ細っていたが、それでも目だけは爛々と光っていた。

 飢えたことで野生が呼び覚まされているのだろう。戦いの気配を感じとり、喜び輝いているのだ。


「戦長ジャナ=ビ様、戦長パラク=ダー様。戦長ウラフ=テイ様より伝令です。こちらが率いる第二部隊は既に敵集落の外壁に布陣した、とのことです」


 戦長ウラフ=テイとはジャナ=ビと同じく実戦部隊を指揮する戦長の一人である。パラク=ダー、ジャナ=ビ、ウラフ=テイの三人が、神の肉を食べたことにより力を得たゴーバ=ディンであった。

 彼らは通常の兵士と比べ力も知恵も遥かに高く、寒さや餓えに対する耐性まで備えている。強靭な戦士の集まりであるゴーバ=ディン族を束ねる立場の者として、相応しい強者達であった。


「俺も遅れてはいられぬな、石拳のウラフ=テイが戦場にいて岩腕のジャナ=ビはいない、などと言われては堪らぬ」

「逸るなよ、俺はお前達二人の墓を掘るなど後免だからな」

「ぬかせ、明日の夜には奴等の酒で宴を開いているわ」


 勇ましく笑うと、ジャナ=ビは自分の指揮する部隊の下へと向かっていった。


「斥候隊が戻らないなど……ここ数年は無かったことだ。素早く落とせればいいがな……」


 パラク=ダーの表情が晴れることは最後まで無かった。





「落ち着け、敵はこれ以上逃げることも出来ぬ、震えて閉じ籠るだけの臆病者を駆り出すのに、不要に焦ることもあるまい」


 敵地の前に布陣したウラフ=テイに合流したジャナ=ビは、今すぐにも突撃しそうな同僚を宥めていた。

 ウラフ=テイはジャナ=ビが合流するやいなや、陣地の防衛を押し付けて飛び出そうとしていたのだ。

 ジャナ=ビも本心から宥めてはいない。敵を目の前にしてたぎる闘争心を押さえ込んだまま、万が一の反撃に備えて陣地の防衛をするなど真っ平後免だったので、何とかウラフ=テイに押し付けたかったのだ。


「臆病者ならば、ゴーバ=ディンの戦士の威容を以て攻め込めばすぐにも降伏するだろうよ、それには迅速さこそ重要だ。俺はもう充分待ったぞ、次はお前が待てば良い、ジャナ=ビ」

「俺とてパラク=ダーに待たされていたのだ。ウラフ=テイよ、抜け駆けは許さん」

「ぬぅぅ、埒が開かんな。ならばいっそ全部隊で攻め込めばいいだろう」

「それは出来ん。ホスヴラークは死にかけが一番怖いと言うだろう。万が一を考えてどちらかは此処に残らねば」

「そう言うならばお前が残ればいいのだジャナ=ビ!」

「陣地を張ったのはお前だぞウラフ=テイ! 責任を持ってここの防衛を――――いや、待て、なんだこの気配は?」

「これは……、上か!」


 こうして何十分も争っている二人だったが、不意に妙な気配を感じて空を見上げた。

 そして二人同時にポカンと口を開ける羽目になった。


『あっあー、どうだろこれ見えてるのかな? どう思う? え? もう映ってる? 始まってるってこと? それ早く言ってよぉ! って今のやり取りも映っちゃってるんだよね!? うわぁあ第一印象クールビューティにする作戦がががが!』


 灰色の雲に覆われた空に青白く発光する美しい平面。そこに一匹のウジ虫が映り、何やら意味の理解できない言葉を叫びながら奇妙に身悶えしているのだ。

 その姿を見ただけで、正気が削られるような思いさえ感じる程だった。


「なんなのだこれは? ……何が起こっているというのだ!?」

「これが魔法だと!? こんなの普通じゃ考えられん!」


 二人だけに見えている幻覚という訳ではないらしく、陣内は頭上に浮かぶ奇妙なウジ虫の姿に混乱状態に陥っていた。

 こちらの様子が見えているのか、身悶えを止めたウジ虫は頭を左右に振りながら兵士達の姿を観察している。

 白くのっぺりとした顔からは視線が読み取れないが、ウジ虫がゴーバ=ディンの戦士達を見て邪悪な考えを抱いていることだけは理解できる。

 ジャナ=ビとウラフ=テイは背骨に氷柱を打ち込まれたかのような悪寒を覚えた。

 あれは自分達が知っているモンスターの枠には収まらない。あのウジ虫は、もっと悪意と狂気に満ちた生命であり、自分達の理解の範疇を越えた化け物なのではないか?

 もしかして自分達はあのウジ虫とって、興味本意で突つかれる虫のような存在に過ぎないのではないか?

 知らない内に二人とも後退りしていた。 


『あーおほん、気を取り直して……。ゴーバ=ディンの勇敢なる戦士諸君、そうです私が凍土の支配者です』


 その言葉にジャナ=ビとウラフ=テイは我に返り、未だざわつく兵士達を一喝する。


「落ち着け! ヤツがこの凍土の支配者を僭称する魔物だ、この映像もまやかしに過ぎん!」

「所詮壁の向こうに閉じ籠る臆病者だ、真の戦士はこんなものに心を乱されはせん!」


 誰よりも自分達が混乱させられていたが、そんなことはおくびにも出さずこの言葉である。

 堂々とした戦長達の姿に、混乱していた戦士たちは次第に落ち着きを取り戻し、手に武器を持って上空のウジ虫を睨み上げた。


『ふむふむ、そちらの二人が指揮官ってとこかな? 一応言ってみるけど、素直に私の配下になるなら衣食住は保証するよ? 今より安定した暮らしと幸せな家庭、穏やかで不安の無い老後を約束しますが? 指揮官の二人だけじゃありません、戦士一人一人にです、幸せな暮らし、確かな未来を保証ゥ致します!』


 絶対嘘だろう。そんなもの信用できる訳がない。

 戦士達の中には揺れている者もいるかもしれないが、その程度だ。言葉で揺さぶろうとするなど力の無い弱い者の手段、先程の幻覚といいそんな手を用いようとする魔物が支配者になろうとするなど許される筈がない。


「惑わされるなよ戦士達、あれは弱者の命乞いに過ぎん、進軍し踏み潰してやれ! 奪い取ってこそのゴーバ=ディンだ!」

「応! 行くぞ! 」


 ジャナ=ビは部隊を鼓舞すると、壁の入り口に向かって進撃した。遅れてウラフ=テイも部隊を引き連れて駆け出す。

 なし崩しで陣地の防衛なしに攻め込むことになってしなったが、あの魔物が安全圏から出てくて戦うタイプには思えない。戦長二人で突撃しても問題はないだろう。


『ま、最初はそうなるよね。いきなりじゃ信用できないと思うので、配下になったらどんな暮らしが出来るか、参考までにモニターに地下街での宴の様子を映しておきます。…………それでいつまで士気が持つかね?』


 ウジ虫が最後に聞き取れないほど小さな声で何かを呟いた。

 だが、既に攻撃に移ったゴーバ=ディン族には関係ない。このまま一気に攻め上り、あの魔物を殺せばいいだけの話なのだ。実に簡単な話だった。



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