うじむし129
イェク=ワチが畑作。ビノス=モックが建築を担当してくれている傍ら、白いオランウータンっぽいサスティ=ウー族は私と合同で呪印の改良研究を行っている。
私と言うよりシステムさんだけど。
呪印に優れた一族というだけあって、サスティ=ウー達は他の部族にはない多種多様な呪印を知っていた。
『豊穣の呪印』のように一族の秘伝の呪印というのもあれば、各家が密かに開発していた呪印や、より便利に改良した呪印などもあり、知れば知るほど面白い。
各家の改造なんか主婦の知恵程度の改造なんだけど、これが馬鹿にできないのよね。
複雑すぎて私には描けそうに無いというのが残念でならない。
せめて手があればなぁ。いくら『氷獄魔法』で氷を自在に作り出せると言っても、ミリ単位で細かい繊細な図形を描くことは出来ない。書いてもらった図面をなぞることは出来るので、これはもう私のセンスの問題だ。
システムさんは私の『氷獄魔法』を使って呪印を描けるというのに……。解せぬ。
呪印というのは、魔法を機械の回路のように描き表したもので、ひとつの円の中に象形文字や楔型文字がビッシリ詰まって迷路を形成しているような形をしている。
位置や形が少しでも違うと、望む効果が得られないのだ。例え得られたとしても、出力が弱かったり、変に負荷がかかって暴発したりするらしい。ちなみに私が独力で製作してみた呪印はすべて爆発した。
湿気を吸い取って溜め込む呪印でも、風を一定量吸っては吐き出す呪印でも、明かりを日中に取り込んで、夜間に発光する呪印でも、全て爆発した。ある意味『火魔法』を習得したと言えなくもない。
ちなみに、これで呪印爆弾を作ろうと提案したらやんわりと拒絶された。
マトモに機能してないから爆発するのであって、それを武器として加工するのは危険極まる、とのことだそうです。いつ爆発するかも分からないのに安定して生産なんか出来るわけがない。
それでも諦めきれずに作ろうと頑張ったんだけど、システムさんに『よくてイタリア製の手投げ弾ですよ?』と言われ即座に断念した。敵よりも味方を殺傷する武器は流石に作れないわ。
そんな訳で呪印に対する適正がまるで無いと判断できた私ができるとことは、防衛用に作った呪印迷宮に設置する罠の考案くらいだったりする。
「へーい、ジルばあちゃん」
「おやおや、瑠璃様はまた呪印のアイデアを考えて来てくれたのですかの」
「いや今日は組合わせくらいかなー」
グ=ドーリャンのことをグッさんと呼び、ヘイユァン=ラオのことはヘイさんと呼んでいる中で、ジルデ=ナイだけジルばあちゃん呼びである。
ジルばあちゃんたっての希望だったので、まぁそれくらいはいいかなぁと了承したしだいです。なんでも、息子夫婦や孫に先立たれて寂しい思いをしていたそうな。
私は孫や娘って柄じゃあないけど、喜んでくれているようなのでこれで良いのだ。
「組合わせですかの、この前は熱と水を溜め込む呪印を合わせて爆発させましたがの」
「あれね、踏んづけたら熱い蒸気が吹き出して大火傷! とかやりたかったんだけどなー」
「呪印は書き記すだけでは強度が弱いですからの、武器になるほど強力なものはなかなかですの」
「それができたらサスティ=ウーがとっくに実用化してるだろうしね」
「ほっほっほ、確かにその自信がありますのぉ」
しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして笑うジルばあちゃん。勝手なイメージだけど、おはぎが似合いそう。
あ、思い出したらあんこ食べたくなっちゃう。
基本的に呪印とは地面や紙に書くか、板や石に刻んで使うもの。強度は言わずもがな弱いし、使えば使うだけ損耗する。便利だが定期的なメンテナンスが欠かせないのだ。
特に難しいのが紙や布に呪印を記す場合、くしゃくしゃになっていたり破れていたりするだけで使用できなくなる。
例外はウチの呪印迷宮だけど、あれは結局掘る代わりに浮き上がらせただけの呪印だ。呪印としてのデメリットはしっかり持っている。なにもしないで放置していれば、集めたエネルギーの余波で僅かながらも確実に削れていくだろう。そしてその内機能しなくなる。
これらのチェックやメンテナンスもサスティ=ウー族達の重要な仕事である。
サスティ=ウーからすればイェク=ワチ族が苦心して作った巨大立体型呪印も歪で不安定な代物に過ぎす、いつ暴発してもおかしくない、見ているだけで不安になると言われた。
今ではジルデ=ナイばあちゃんの指揮の下に大幅改修を行い、暴発の危険は無い。
「それで、今日考えて来たのは“積層型呪印”というものなんだけど」
「ほほ、また難しそうな響きですのぉ」
「いやいや実際は簡単よ? 同じ呪印を書いた物を重ねて効果を増やせないかっていうことだから」
「ふむ……、出来なくはない、と思いますのぉ。ですが、木片や石板では駄目でしょうな、同じ大きさ、厚さの板が必要になりますの」
「あ、やっぱり?」
システムさんにも同じ点を指摘されていたから間違いないね。規格の合わない物を重ねても意味がない、きっちり同じ大きさ同じ厚みの物で作った同じ呪印でなければ歪みが発生して暴発する恐れがある、と。
自然物で呪印を作っている限り、全く同じ規格で呪印を作り続けることは不可能でしょうが、私には『氷獄魔法』の建材作成魔法“模造氷晶”があるのよ!
同じ大きさ? 同じ厚み? ビノス=モックの職人に頼まれて寝ても覚めても作りまくってたわ! お陰様で今まで攻撃用に作った氷よりも、建材用に作った氷の方が多くなってしまったよ!
「つまり、同じ規格の板は簡単に手に入るのですかの!?」
「ふっふっふ、驚くようなことじゃないよジルばあちゃん。私の魔法に不可能なことはあんまり無いのさ! だけど、予め呪印を刻んで作り出すことは出来ないのよね」
「そこは我らの腕の見せどころですの。お任せください、素材さえあれば“積層型呪印”をすぐに実用化して見せますのぉ」
「うん、ジルばあちゃんの……、いや、サスティ=ウー族の呪印技術を頼りにしているよ!」
こうして発明された“積層型呪印”の効果は素晴らしく、呪印迷宮に凶悪な罠を仕掛けるだけでなく、地下街の生活水準を向上させることになったのだった。
イェク=ワチの農産業、ビノス=モックの建築業、サスティ= ウーの呪印技術、これらが合わさり、ついに地下街はツンドラコング達が安心、満足して暮らせる土地になったのだ。
私も頑張った! 主に建材生産マシーンとしてだけど。本当はもっといろいろ手伝えたら良かったんだけどねぇ、手伝うために必要な手足が無いもんだから、基本邪魔にしかならないんだよねぇ。
それに、私が積極的に働こうとすると、システムさんが嫌がるのよね。
『瑠璃様、本来貴女はツンドラコング達を支配する立場なのですから、自ら身を粉にして働く必要は無かったのです』
と、建材生産マシーンをしたことにもあまり納得がいっていないご様子。それでも私の気持ちを汲んで色々やることを応援してくれたのよ。やはり、さすがシステムさんであるのです。
『瑠璃様の居城に使う模造氷晶を作り出すことは分かりますが、何も住民全員分は要らなかったのではないでしょうか』
まぁまぁ、これは保険でもあるのよ。
『保険ですか』
模造氷晶は溶けず冷えず、その上加工しやすいの魔法の氷。触った感じはプラスチックみたいなものだよねー。
しかし、溶けず冷えずとはいえ私が作り出したものなんだから、私の魔法で簡単に干渉できる。もしも呪印とかくっつけた影響で干渉出来なくなっても、今度は干渉する為の魔法を『氷獄魔法』で編み出しちゃえば万事オーケー。
何が言いたいかというと、全ての建造物が私の魔法の氷で造られた地下街。私の意思一つであっという間に全部溶かしてしまえるのよ。
『街を作りながらも、今後のことを見据えて反乱の対策までされていたのですね。お見事です瑠璃様』
はっはっは、そう誉めてくれるなシステムさん。
ぶっちゃけ、この一斉崩壊トラップを仕込みながら自己嫌悪したものよ。結局私は慕ってくれているツンドラコングの皆のことを信用してないんだなってね。
でもまぁ、将来どうなるか分からないしね。もしかしたら地下街に巨大なモンスターとか攻め込んでくることがあったりして、どうしようもなくて地下街ごと生き埋めにしてやることしか出来ない、なんて事態が起こり得るかもだし。
私は基本臆病だからさ、何事にも対策をしておきたいのよ。
『慎重さは美徳です。無策や蛮勇よりも余程大事なものですよ』
ふふ、ありがとシステムさん。
こんなトラップ、使わないのが一番なんだけどね。
外は本格的な冬を迎え、自分の指先が見えないほどの吹雪が吹き荒れていた。
しかし、私とシステムさん、それにツンドラコングの皆には何の問題もない。
呪印と家屋のお陰で、地上で凍てつく吹雪が猛威を振るおうとも私たちは暖かな場所で寛ぐことができ、食料の備蓄もたっぷり。『アリとキリギリス』のアリのように寒い冬を快適に過ごすことが出来たのだった。
やがて吹雪は止み、分厚い雪雲が晴れて、春の気配が近づいてきた頃……。
凍土の向こうに人影が見えた。
一つや二つ出はない。数えきれないほど幾つも幾つも。白い雪煙を上げながら此方へ向かってくる。
私の凍土支配を良しとしないツンドラコングの一族、ゴーバ=ディン族が進軍してきたのだった。