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うじむし128




 これから人が増えていくにあたって、一番困るのが食料とトイレ事情かな、と思ったんだけど、そんなことは無かった。

 現在の食料はイェク=ワチが畑で育てている野菜や穀物に頼りきっているんだけど、サスティ=ウー秘蔵の呪印である『豊穣の呪印』にて成長促進され、種を撒いてから数日で収穫が可能になるのです。

 野菜が常識を越えた速度でにょきにょきと成長していく様子は、イェク=ワチの農家をしてドン引きするくらい不気味な光景だったけど、味や品質は変わらないらしい。

 

 本来ならば、成長が早い分地力を吸い上げてしまうので、『豊穣の呪印』の連続使用はご法度らしい。

 だけど、私とシステムさんが問題をそのままにしておく訳がない。特に食料事情に関することであれば、無い知恵を搾ることも吝かではないのです。

 呪印の効果はあくまで成長促進であり、地力を吸うのは野菜や穀物が大きくなるのに必要だから。美味しく栄養がある食べ物になってもらうためには、栄養豊富な土地が必要。つまり地面に栄養があれば解決。


『折角どんどん住民が増えているのですから、それを利用しない手は無いでしょう』


 そう言ってシステムさんが一晩でやってくれました。

 構築したのは、各家庭のトイレ。ビノスの職人にも手伝ってもらって、簡単な排泄物運搬路……いわゆる下水道を地中に設置したのです。まぁ、水が流れていないので厳密には下水道じゃないんだけどね。

 毎日3部族が出す排泄物は大量で、処理にも困る。それを有効利用できるということで、グッさんも大喜びだった。


 上下水道の概念はビノス職人軍団にうまく伝えられなかったけども、システムさんの発案により、呪印を利用することで各家から出た排泄物をトイレを通じて回収、一つの場所に場所に集めて発酵させ畑に送る、という流れが出来上がっている。


 流石に肥料としては排泄物だけでは足りないので、私が氷付けにしたホスヴラークを解凍し、取り出した内臓を『加熱の呪印』で発酵を促進させて腐らせたものを試験的に追加した。

 思い付きで作った腐った内臓肥料は、恐ろしいほど野菜に栄養を与えているらしく、撒いた畑とそうじゃない畑では収穫した野菜のサイズが2倍から3倍近く違った。当然、撒いた畑の野菜のサイズが大きくなっているのだ。異世界米に至っては急激に実りすぎて茎がへし折れたくらいだ。その上、味は濃縮されており旨味が増している。


 このホスヴラーク肥料は、システムさん曰く『チート肥料』。なんでも、土地に栄養を与え、作物の病気を防ぎ、土を改良していく効果があるとのことだ。

 まぁ、私に畑や肥料のことはよく分からないのだけど。要はホスヴラーク肥料は凄いということなのだ。加えて言うなら臭いも凄い。畑に撒いてから急いで土に混ぜ込まないと失神するイェク農夫が居たくらいだ。私は全く気にならないどころか、いい臭いに感じてしまうんだけどね。腐った内臓に魅力を感じる生物だからね、仕方ないね。

 

「という訳なので、実りに実った凍土育ち異世界米を実食していきたいと思います! 本日のコックはこの方、グ=ドーリャンさんです! よろしくお願いします」

「ほっほっほ、以前はホスヴラークの襲撃で食べられず仕舞いでしたからの、瑠璃様の御為に今度こそ腕によりをかけて作らせて頂きまする」


 先程異世界米の茎がへし折れたと言ったが、安心して欲しい、稲穂は無事だ。米粒のサイズが炊いていないのに大豆くらいまでに育ってしまったからね、そりゃ茎も折れるってもんです。

 そこはシステムさんのサポートの下、イェク=ワチ族の総力を挙げて品種改良していく。決定事項です。


「我等が普段食べているもの、というご希望でしたの。ではまずこんなものはどうでしょうかの?」


 グッさんは熱を溜め込む『加熱の呪印』の上に鉄製の深鍋を置いた。 

 続いて薬味を取り出す。これは地下野菜の中でも一般的なものではない。グッさんが祭事用に育てているものであり、お祝い事の時の料理にしか使わないものらしい。しかし、今回私は無理を言ってそれを使用してもらった。何故なら、その薬味とはまんまにんにくだったからだ。私、元女子高生なんですけどね、にんにく好きなんですよ。絶対周囲には言わなかったけどね。だってにんにくをばくばく食える女子とか引くじゃない。


『周囲にそれを伝える方がいないのは幸いでしたね』


 システムさん? それは私に友達がいなかったと言いたいのかい? 私にも友達くらいいたよ? ほら……、あの……、保育園時代とか? そこらへんには、うん。多分。

 はい、この話は早くも終了ですね!


 グッさんが慣れた手つきで異世界にんにくを切り刻み、鍋に投入して炒め始める。食欲を誘うにんにくの香りと油の香ばしい匂いが混ざりあいふわりと漂った。


「グッさん、グッさん、これは何の油?」

「これはグランドセレニアンと呼ばれるモンスターの油でありまする。我らは恵みの海獣とも呼びますな」

「ほほぉ、獣油なのね。獣油って臭いって聞いたことあったけど、全然そんなことないね」

「グランドセレニアンの油はとても質が良く、何にでも使えるのです。それだけではなく肉や皮、骨や血、目玉や内臓まで無駄になる所がありませぬ。まさしく恵みの海獣なのでする」

「へー、そんなに都合のいいモンスターがいるんだねぇ」

「ほっほっほ、しかし彼の獣は巨大で力強く、その上常に群で行動します。グランドセレニアンの大移動の日などは遠くで山が動いているように見える程で」

「え、それじゃあどうやって狩るの?」

「それこそ恵みの海獣と呼ぶ所以でしてな。グランドセレニアンの中でも死期を悟った老いた個体は群を離れ、周囲のモンスターに己の身を分け与えるように横たわるのです」


 なにそれ滅私奉公すぎる。僕のお肉食べなよってか。新しいお肉は来ないというのに。

 つまり、その個体を上手いこと拾ってこれたら御馳走にありつけるという訳なのか。


「その死体が周囲のモンスターを呼ぶので、争いを呼んでいるとも言えるのですがの。我らからすれば新しく出来た死体も有用な訳でありまする」

「何でも利用する勿体無い精神、だね」

「ほっほっほ、凍土で生きるにはこれくらいしませんとな。さて、次はこれでございまする」


 次にグッさんが取り出したのは赤黒い獣の肉と、数々の凍土産異世界野菜達だった。

 野菜は私も畑を覗いているから分かる。インゲン豆っぽいやつに、ウドに似ているやつ、ニンジンやゴボウらしきもの。冬瓜トウガンみたいなものまである。


「野菜はお分かりでしょうが、この肉は初めてですかな? これもグランドセレニアンのものですございまるぞ」

「活躍しまくりだねぇグランドセレニアン」

「一度拾えれば一年は持ちますからな。我らには殆ど唯一の肉でございまする」

「え、魚は取らないの?」

「凍土から氷海は遠いですからなぁ」

「そっかー」


 それは残念なことを聞いたな……。つまりご飯のお供にタラコや塩鮭、アジの開きやホッケの塩焼きなんかは付かないということだ……。

 いいもん、私が氷海まで支配すればすぐに魚が食卓に並ぶもん。それまで首を洗って待っているがいい、氷海の魚介類達よ!


『ここの拠点化を一度放棄すれば、氷海支配までの時間を短縮出来ます』


 いやいや、さすがにシャケやホッケの為にツンドラコング全体を蔑ろにするわけにはいかないよ。瑠璃さんは頼れる女だからね。面倒を見ると決めたんだから、それなりに形になるまでは頑張るのよ。


『分かりました。拠点の要塞化に力を注ぎますね』


 うん、よろしくシステムさん。


 私がシステムさんとお話している間に、グッさんは手際よく肉と野菜を炒めていた。

 もう匂いが最高なんですけど? もう充分に美味しそうですよ? まだ駄目なの? 私はいつでもやる気だよ!?


「グッさん……」

「仰りたいことは分かりまする。ここで摘まんでしまう者は多いですからな。しかし、瑠璃様、異世界米の投入がまだですぞ?」

「なん、だと……!? 馬鹿な、炊くのではないのか?」

「普段ならば米は蒸かして食べまする。ですが今回は祝い事の料理。手間隙が少しかかりまする」


 ジャカジャカっと炒めた野菜達が、僕らを食べておくれよと呼んでいるというのに……。我慢しなきゃならないのか……ッ! これは酷です。酷というものです。


「ここにもう一つ新しい鍋がありまする。ここに米を入れ、油で炒めるのです」


 生米を、炒めるだと!? グッさん、貴様あの料理を作るつもりか! ならば許せる! 我慢しよう!

 米が油を吸い、キラキラと輝きを放つ。じれったいほどゆっくりと膨らんでいく粒の中には、熱で増した米の甘味と油のこくが凝縮されているのだ。

 いかん、匂いが、匂いが私を誘う……!


「瑠璃様、お手数ですがこちらをご覧ください」


 ん? すでに欲望に支配されそうな私に、グッさんが見せてきたのは、木製の箱だった。呪印が刻んである所からみて、ただの箱ではなさそう。なにかを保存する為のものかな?

 グッさんが蓋を開くと、そこにはぷるぷるとした塊がぎっしりと詰まっていた。


「こちらはイェク=ワチ族伝統の料理の一つでございまする、グランドセレニアンの皮付き肉と沢山の野菜を煮込み、冷やしたものでございまする」

「煮凝り……?」


 そう、そこにあったのは確かに煮凝りだった。和風ブイヨンと言っても良いかもしれない。

 グッさんが木匙で掬い、私に差し出してくれる。

 じゃ遠慮なく、あむ……、おいしい! 野菜と肉の旨味がしっかり感じられるのにあっさりとしてて食べやすい、それにぷるぷるの食感が口の中でとろとろに溶けていくのもいい、そこから更に味わいが広がるのだ。


「もう一口、もう一口!」

「味見ですからな、これで終わりでございまする。これをたっぷりと米の鍋に入れるのです」


 熱せられた鍋に入れられた煮凝りはとろとろと溶けだし、米に馴染んでいく。更に既に炒められていた海獣肉が追加。溶けて出し汁となった煮凝りはグツグツと沸騰し、堪らない匂いを立ち上らせている。

 油を吸ってもまだ不十分だった米は、貪欲に出し汁を吸い上げ、柔らかく膨らんでいく。あの中にどれ程の味が詰まっているのかと思うと、寒気がするぜ……。

 グッさんが呪印に向かって手を翳すと、熱を放っていた呪印の輝きが弱まり、消えた。出汁と米は馴染んだ。あとは炒めた野菜達を米にドッキングさせ、蒸らすだけなのだ。私の胃袋は既に限界を越え、お腹と背中がくっつきかねない。早く、早く料理を! ハリー! ハリーハリーハリー!


「ふむ……、米に少し芯が残っとりますな。これは蒸らす時間を少々伸ばした方が良いかもしれませぬ」

「馬鹿なッ! この期に及んでまだ我慢せよと言うのか!」

「米粒が大きくなっておりますからの、時間もより多く必要ということでございまする」

「くぅぅ、そんなデメリットがあったなんて!」


『料理する時間が取られると言うのは小さいですが重要なデメリットですね。有事の際に調理に時間がかかる食料ばかりでは困ってしまいますから。これは瑠璃様の記憶にありました『圧力鍋』の開発を急がなければならないかもしれません』


 今あればこんなにも苦しい思いをしなくて良かったのに!

 私が空腹に悶えて暴れてもグッさんは料理に妥協せず、しっかりと食べ頃になるまで摘まみ食いを使用とする私を阻止し続けた。

 力尽くで止めたのではない。美味しいものを食べて頂きたかった……、残念でならない、とネチネチと呟くのだ。私の良心に訴えかける作戦だよ汚いさすが族長汚い。


 まぁ、我慢しただけあって、グッさん作『異世界風和風パエリア』はめちゃくちゃ美味しかった。

 油をたっぷりと吸っていた米だけど、出汁も沢山吸い込んでいたのでくどくなりすぎていない。一口で野菜と肉の濃厚な味がガツンと口の中で弾けるにも関わらずシメは出汁のさっぱりとした旨味が浚っていくのだ。故にいくらでも食べられる。久し振りに『過食成長』が大活躍だった。


 グランドセレニアンの肉は癖が少々あるものの、味わいとしては牛肉に近く、脂身がとろけるようだ。炒めた時間、煮込んだ時間共に短いというのに口の中ではらはらとほぐれていくのは驚愕するとしか言いようがない。料理の仕方次第では充分に主役になれるポテンシャルを秘めた肉だというのに、この和風パエリアでは慎ましやかに脇に控え、米の旨味にそっと花を添えている。なんていじましいお肉なんだ! さぁ全部食べちゃおうねぇ。


 米と肉が柔らかく旨味を弾き出している中で、その存在を強調しているのは真っ白な異世界野菜達だ。彼らは炒められ蒸されただけでは己を失うまいと、しゃきしゃき感を保ち、和風パエリアの上で誇らしげに佇んでいる。インゲン豆やウド、ゴボウが肉米同盟に徹底抗戦している間にニンジンと冬瓜が裏切りとろとろになるというドラマが繰り広げられ、和風パエリアの上は更なる展開を見せる。


 もっと、もっと食べたいと脳髄が命じるままに一心不乱に食べていた。グッさんの使っていた深鍋は、今の私から見れば風呂桶サイズだというのに、あっという間に完食していた。

 あぁ、食欲が美味しいもので満たされるって、快感……。ここまで美味しいと思える料理を食べたのは、前世も含めてこれが初めてだよ……。絶品でした。


 しばらく私は放心していたようで、気づいた頃にはグッさんが後片付け終えていた。

 あんな美味しい料理を作ってくれたんだから、後片付けくらい手伝おうと思ってたのに。


「ほっほっほ、随分と喜んで頂けた御様子。料理人冥利に尽きまする。そんなの楽しんでいただけたのであれば、祝いの席ではこれを振る舞うことにしましょうかの。まだまだレシピはありまする、楽しみにしていてくだされ」


 祝い、祝いの席……。つまりあれか、悪コング撃退記念とか、凍土全域支配記念とか、最北端域支配記念とかか。


『頑張る理由が増えましたね』


 おうさシステムさん! 俄然やる気が湧いてきたァ!


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