うじむし117 ヒーロー25
本日9話連続投稿 こちらEight話目になります。読む際はお気を付けください 8/9
『強制限定神化機構……開始』
ベルトから起動を告げる音声が流れる。
体が光に包まれ、全身を蛇を模した戦闘スーツが覆う。
だが、今回はそれで終わりではなかった。
戦闘スーツの上を更に光が走り、全身からエネルギーが迸る。
強かった力が、より強靭に。
堅かった防御が、より堅固に。
速かった速度が、より迅速に。
そしてスーツのフォルムは、無数の蛇が絡み付いたような、勇ましくも禍々しいデザインに。
『――――――覚醒完了』
それが変身の新たな段階。自分の心の成長に合わせ、自己改造が行われ、進化する能力。ネクスト・ステージ。
ちょっと外見が怖くなったけども、分かる。全身から伝わってくる、この姿の強さが。
「さぁ、行くよ」
「小賢シイワァアアッ!」
指揮官ゴブリンが吠え、飛び掛かってきた。
指揮官と言えば後ろに控えて命令を飛ばすイメージだけど、強さが絶対であるゴブリンの中ではそうじゃない。
部族の中でも最も強い王たるゴブリンが指揮官なのだ。つまり、ゴブ子のお父さん。
彼に勝たない限り、ゴブ吉とゴブ子は安心して暮らせない。ヴェッチも狩猟を制限し、襲撃に怯え続ける生活を続けなければならない。
だから、勝つ!
彼の持つ武器は長剣。おそらく人間から奪ったものなのだろうが、それを握る姿は洗練されていた。
ゴブリンとはいえ上位個体。その大きさは軽く僕を越えている。
体格、筋力、武器の技術。それらは今の僕では勝てないものだ。いくら1段階上の変身が出来たといっても、性能をろくに把握してないままでは、真っ向勝負では不安が残る。
何より、いつまで変身していられるかが分からない。これが何より怖い。
勝負は急いで着けないと!
繰り出される長剣を籠手で弾く。僕のスーツの中では最も堅く、盾代わりになる場所だ。
力比べに持ち込まれたら勝ち目がないので、あくまで逸らすように、滑らせるように長剣を促していく。
こんな達人めいたことが出来るのも、スーツのアシストあってこそ。変身してなければ到底できないことだ。
「ヌゥ!」
力を流されるという感覚に、指揮官ゴブリンが呻く。
それでも体幹を崩したりはしない。逸らされた力の流れに逆らわず、逆に剣腹で籠手を引っ掻けて僕を引き摺り倒そうとしてくる。
「うわッ」
僅かに上体が傾いだ僕に向かって、器用にも後ろ蹴りが飛んでくる。
バランスを崩されていた僕は逆らえず、防御も出来ずに後ろ蹴りで腹部を蹴り抜かれた。
「オごォ!」
内臓の位置がバラバラにされ、宙に浮き、押し潰される。
いくら頑丈な戦闘スーツを着ていようとも、緩和できる衝撃には限界がある。戦闘の熟練者であるゴブリンの蹴りは、スーツの防御を貫くには充分だった。
「変ワッタノハ 姿ダケ 中身ハ変ワラズ 弱イ人間ノママダ」
「うっぐ、まだまだ!」
周囲の小石を操作、整形、弾丸のようにして指揮官ゴブリンに発射。
速度は拳銃に匹敵する。これで倒せるとは思わないけどまずは距離を取らないと……!
「下ラン」
長剣を数度振るだけで礫弾の殆どが弾かれた。
獣程度ならば致命傷を与える石の弾丸も、指揮官ゴブリンとっては鬱陶しい程度の効果しかなかったようだった。
ダメージが少なければ数で押しても効果は低い。
岩や土によって物理的なダメージ与える自分の攻撃では、指揮官ゴブリンに通用する威力を出そうとするとバレバレになるだろう。
大きさや重さが威力に直結する土系能力は、どうしても“目視できる”というデメリットから逃れられない。
「じゃあ、視界を奪ってみる……!」
礫弾と同じ要領で、今度は砂を操作する。
イメージは砂漠の竜巻。砂嵐。纏わりつくように渦巻き、指揮官ゴブリンの目を潰せ!
ゴゥッ! と激しい音を起てて砂の竜巻が指揮官ゴブリンを包む。
発生に予備動作はほぼ無い。完璧な形の奇襲となった。
「グァ!? 小細工ヲ!」
「人間らしいでしょ、ついでにどうぞ!」
激しく暴れる砂嵐の中へ、黒い破片を投げ込む。黒曜石の欠片だ。鋭く剥離した黒曜石の破片は、ちょっと押し当てるだけで指をざっくり斬ってしまうほど切れ味が鋭い。
それを暴れ狂う風と砂の渦の中へ放り込むのだ。
その威力は計り知れない。
ていうか、思い付きでやったけどこの組合せ強い。今度は最初から組み合わせて、必殺技として出そう。
だが、気を抜くのは早い。
あの指揮官ゴブリンが皮膚を裂く黒曜石の嵐の中でなおも闘志を衰えさせていないことが感じられる。
じっと堪え忍んで反撃の機会を待っているのが分かる。
そんなチャンス、あげるつもりはないけど。
「はぁぁああ……ッ!」
ヒーローには必殺技がある。
僕はそれに憧れて自分で開発してたけど、そうじゃなかった。新たに変身した姿には、必殺技が既にある。
それを実行するトリガーは、強い想い。
意識を集中すると、僕の属性である地面には膨大なエネルギーが渦巻いていることが感じ取れた。それを、借り受ける。
地属性のエネルギーが地面から全身へ、全身から右足へ集中していく。
「ハァッ!」
飛び上がれば、地面がそれをアシストしてくれるかのようだ。
一跳びで砂嵐の上、砂嵐の中心、竜巻の目に到達する。
見下ろすと、指揮官ゴブリンが僕を睨み上げていた。
指揮官ゴブリンも僕を迎え撃つつもりなのだろう。全身の筋肉をたぎらせ、長剣を腰だめに構えていた。
長剣は魔力が通っているのか、段々と発光していく。
「来テミロ! 打チ砕イテクレルワ!」
砂嵐を踏みつけ分断するかのような勢いで、僕は指揮官ゴブリンに向けて一直線に、隕石のような勢いで蹴りを放った。
僕を打ち返そうとするかのように、指揮官ゴブリンは剣を振り上げる。
「ゼイッハァアアッ!」
「ヌゥァアア!」
僕の蹴りとゴブリンの剣が衝突する。
拮抗は数瞬。ゴブリンの剣が砕け、蹴り足に込められたエネルギーが炸裂した。
解き放たれた威力はゴブリンを貫き、砂嵐を吹き飛ばす。
威力の余波はそのまま地まで貫き、深い穴を穿った。
着地した姿勢から、僕はゆっくりと立ち上がった。
ゴブリンは僕に蹴り貫かれたまま呆然と立っていた。
砕けた剣の柄がその手から落ちる。
「我ガ野望、ココニ潰エル……カ、無念……」
「貴方の想いが実るかは分からない。けど、ゴブリンの次世代はきっと貴方の娘と、彼女が愛した人が作っていってくれるよ」
夢を潰してしまった相手に何か言わなくちゃ、と僕は口を開く。
でも、必死に紡いだ言葉は、指揮官ゴブリンには何の価値もないものだった。
「フハハ……弱キ ゴブリンニ 生キル価値ナド 無イワ……!」
最後に叫ぶと、指揮官ゴブリンは血を吐いて倒れた。
僕は死んだゴブリンを見下ろして、やりきれない想いを抱えるのだった。