うじむし113 ヒーロー21
本日9話連続投稿 こちらⅣ話目になります。読む際はお気を付けください 4/9
結局、僕はゴブリンを殺さなかった。
愛の逃避行中とか言われたら、いくら畑を荒らした犯人でも攻撃できないよ。
ヴェッチの通訳の下で話を聞いてみたら、狩りも満足に出来ないから人間の畑から盗むしかなかった、すまなかった、と謝っていたし。
その傷、僕が付けた傷だよね、なんか、僕の方こそ、その……、ごめんなさい。
ゴブリン曰く、今の農園が広がっている辺りは元々は森で、ゴブリンの棲みかになっていたらしい。そこを人間が切り拓き、ゴブリンを追い出してしまったそうだ。
その時の族長がゴブ吉のお父さんで、棲みかを追われた責任を取って処刑されてしまい、代わりに当時戦士一人だったゴブ子のお父さんが族長になった。
ゴブ吉とゴブ子は元々相思相愛で付き合っていたのだが、ゴブ子の父が没落した元族長の息子よりも、もっと条件のいい男をゴブ子の結婚相手にしたいらしく、ゴブ吉を脅して別れさせようとしたり、闇討ちまで仕掛けてきたらしい。
命の危険を感じたゴブ吉は夜こっそり群を離れようとしたのだが、ゴブ子に見つかり、泣いてすがられ、一緒に逃げることにしたそうだ。
それからずっと二人で逃げ続けているが、現族長の追っては執拗にゴブ子を連れ戻そうとしている。ゴブ吉が深い傷を負う時も少なからずあった。だがそれを乗り越える度に二人の愛の夜は熱く燃え上がり……。
……って、話が長いよッ! そんなお約束のドラマを聞かされてもどうすればいいのさ!? お涙頂戴して味方になってもらおうとか考えてる? いや、考えてないよね、ゴブリンだもんね。
だいたい、胸焼けするようなコテコテのドラマだけど、キャストが全員ゴブリンで、ギャーとかグェエエとか言ってるだけなんだよ!? ラブシーンはゴブリンの交尾だし!
なんでヴェッチが理解できて訳せるのか全く分からないけど、僕は全然共感できないわ!
はぁ、はぁ……、頭の中でツッコムだけでもう大分疲れた……。
「本当に怪我の治療だけして帰すんだ……」
話し終えると、ゴブリン達はヴェッチに頭を下げて森の中に消えていった。
ヴェッチと僕はそれを見送っていた。
「なんだ、やっぱり討伐したかったのか?」
「いや、それはもういいよ。逆に、あんな話を聞かされたら、何だか守ってあげたくなっちゃうじゃないか」
「プッ、ハハハッハッハッハ! 随分優しいんだな! アンタ、やっぱ良いところの御坊っちゃんだわ。そんなこと言ったら何にも狩れなくなっちゃうだろ?」
「……うん、それは少し思ったよ……」
ヴェッチ何ということを僕に教えてくれたんだ。
今まで殺してきた相手、これから殺すかもしれない相手にも心が有る、だなんて。
みんな、そのことを考えながら戦っているんだろうか?
例えば相手が町を襲っているモンスターでも、そのモンスターには町を襲わざるを得ない事情が有るのかもしれない。自分の子供を奪われ、町に運び込まれた、とか。
例えば墓場でゾンビが大量発生したとして、その背後には誰かを蘇らせてでも会いたいという切実な思いがあるのかもしれない。最愛の人を失ったネクロマンサー、とか。
そんなことを考えながら、僕は相手を攻撃できるだろうか?
むしろ、今まで何で相手のことを考えずに殴りかかれていたんだろうか?
もしかしたらこの依頼で殺したゴブリンの中にも、ゴブ吉とゴブ子のような二人がいたかもしれないのに。
「そうか……。でもな、そこら辺は割りきらなきゃな。殺さなきゃ殺されるような時だってあるし、動物狩らなきゃ肉が食えないんだぞ?」
「うん、分かるんだけど、一度考えちゃうと、なかなか、ね……」
「ふーん、真面目だな、真面目ちゃんだよ、アンタは」
「知ってる。よく言われてたから」
この場合の真面目は誉め言葉じゃないよね、馬鹿にしている言葉だ。うん、言われなれてるさ。
「僕、実はさ、ヴェッチのいう通り、それなりに強いんだ。だから相手の都合も思いも関係なく、戦えば大体は勝てるんだよ。でもさ、だからこそ、相手の気持ちが分からないまま踏みにじるような真似はしちゃいけないと……、その、考えたんだけど……」
「何で最後に自信を失うんだよ? それでいいじゃんか。誰だって何か理由があって戦ってるもんだろ? 相手にことを考えずに勝つだけなら楽かもしれないけど、敢えて辛い選択するってのも、まぁアリなんじゃないか? ただ、お前はなぁ……」
「僕が何さ?」
「何のために戦ってるんだ? なんだかさ、見てて、コイツ何の為に戦おうとしてるんだろう? って思うよ。あたしも動物もゴブリンも生きるため食べるために戦ってる。お前はどうなの?」
「僕が、戦う理由……」
僕が戦っていた理由は、この世界で力を得て、仲間と一緒に戦い始めて……。いや、そこだ。僕はどうして戦い始めた?
最初の戦いは学園の迷宮の中。
学園に入ったのは蒔島さんに勧められたから。迷宮に入ったのは金谷くんたちに引っ張られて、勢いで。
変身したのは?
変身したのは、やっぱり、その場の勢い。そうする雰囲気だったから……。
僕が強くなろうと思っていた理由は、みんなに迷惑をかけた失敗を取り戻したくて、もう二度と失敗したくなくて、遮二無二になっていただけ。
今まで戦っていた理由なんて、そんなもんだった。
そうか、僕は、自分で決めて戦っていなかったんだ。
すべて周りに任せていた。
それは赤井くんや青山くん、緑屋さんや桃園さん、黒岩くんや金谷くんを信じていたから?
違う。それだけじゃない。それが100%じゃない。僕はそれよりも、決定することが怖かった。
決めてしまえば、それは僕の責任だ。決定の責任を取る勇気が、僕には無かった。
ただ、それだけの話。
僕が戦う理由も、変身する意味も、周囲の所為にしていたんだ……。
「まぁ、お前は強いし、金も持ってそうだし、暮らしには困ってないんだろ? 戦わなくちゃ生き残れないって訳じゃないんだから、そう焦って考えなくても良いんじゃないか?」
「そう、なのかな……?」
「いや、あたしはあたしの意見を言っただけ。後は自分で決めなよ」
「そうだよね……」
僕が変身して戦う理由……。
僕がそれを見つけることが出来れば、僕は、なにか変われるのだろうか?
優柔不断で、周囲に流されっぱなしを安全と考えて誰かにくっつくだけの僕から、自分の足で真っ直ぐ立てる僕に。
「さ、ここでウジウジ考えててもしょうがないだろ? まだ縄作りも途中だ。あとは手を動かしながら考えな。お前が頑張っている内に、あたしが夕飯を作ってやるよ」
「またあの塩スープ?」
「あ? 不満か?」
「うぅん、ありがたく頂きます」
最初は気付かなかったけど、あの味気も具もないスープは、ヴェッチが僕のために作ってくれたものなんだよね……。
不味いって思って文句まで口にしたけど、馬鹿だな僕は。僕のための暖かいスープ、悪くないじゃないか。
◆◆◆
足元に広がる森を見下ろす山の中腹。チーズの穴のようにいくつも空いた洞窟の一つに、それはあった。
ギブブギ族。人間の言葉に直訳すると犬食い族となるゴブリン達の棲みかだ。
洞窟の奥に座す族長のヅジョギ・ゴドボは苛立ちを隠せずにいた。
人間に棲みかを追われた弱い族長を廃し、自分が族長となったまではいい。強い戦士長であった自分が一族を支配するのは当然のことだからだ。何度か人間が数人で戦いを仕掛けてきたが、全て殺して食うことができた。
だが、その後が予想外だった。
一人娘であるグヅブ・ギギが弱い族長の息子であったゴグレギバ・ロボと一緒に逃げ出してしまったのだ。
一族を少しでも強くするために、弱い血を混ぜるわけにはいかない。前族長の血を引くゴグレギバの血は弱く薄い。強いヅジョギの血を引くグヅブの血が勿体ない。
弱いものは奴隷となり強き者に仕えるか、餌となり強き者の腹を満たすかしか役に立つ道はない。
僅かな仏心を出してゴグレギバを餌ではなく奴隷にしたのが間違いだった。アイツは幼い頃から小狡いことばかりに頭が回る卑怯者で、族長の息子には相応しくないと思っていたものだ。
ゴブリンは強くあらねばならない。
グヅブはもう嫁ぎ先が決まっている。同じ山の洞窟に棲むブソジャシ族の勇者と結婚するのだ。
ゴブリンの雌は数が少なく、他の一族からすれば財宝と同じ価値がある存在だ。
力だけでなく知恵も兼ね備えるヅジョギは、自分の娘は他の一族に嫁がせ、強い血を混ぜ合わせる器としてこそ自分の役に立つと気付いていた。
ブソジャシの血を取り入れたギブブギ族は更に強く大きくなるだろう。
そうなればブソジャシだけではない、この山のゴブリン全てを纏め上げ、地域一帯の王となることも夢ではない。
その為には、グヅブが必要なのだ。
ヅジョギは椅子に深く座り直し、にやりと醜悪に顔を歪めた。
今まではゴグレギバを追いかけては小細工や卑劣な罠で逃げられていたが、もうその手段は通用しない。
既にゴグレギバに協力する人間の家を突き止めている。ただ突撃するだけでなく、ゴブリンを斥候に使う柔軟さがヅジョギの恐ろしいところだ。
ギブブギの斥候部隊にかかれば、逃げ出したゴブリンの捕獲などただのゲームでしかない。今までは仕込みだったのだ、仕込みとは時間がかかるものなのだ。
次は作戦を変える。追いかけるゴブリンと待ち伏せするゴブリンで挟み撃ちにするのだ。
これこそ、ギブブギ族でヅジョギが戦士長に至るまでになった必勝の作戦である。
この秘中の秘は、一人娘であるグヅブにも教えていない。
もうゴグレギバは逃げ続けられない。
弱い血の雄はヅジョギのオヤツとなり、グヅブはブソジャシの血を受ける。
ようやく望んだ通りに事が進み始めるのだとヅジョギは期待を膨らませるのだった。