うじむし109
私がホスヴラークの群を壊滅させたことを伝えると、地下に避難していたイェク=ワチ族の皆さんが歓声を上げて飛び出してきた。
そして悲鳴を上げた。
地面から生える鋭い氷柱のお陰で何もかもが滅茶苦茶になってしまったからね……。
いや、私だって鬼じゃないんだから、こんな惨状を好き好んで見せている訳じゃないんだよ?
ただ、『氷獄魔法』で作った氷って、すごく頑固でねぇ、呼ぶ前に何とか直そうとしたんだけど、なかなか溶けないのよ。雪車みたいにぶっ壊せばすぐなんだけど、壊せば大量の氷塊で溢れ返っちゃうから、どうしたもんかと……。
「こ、これは瑠璃様、いったいどうしたことでしょうか?」
仲間に支えられながらグッさんがふらふらと私の前にやって来た。
明らかにまだ絶不調みたいです。わざわざ私に挨拶しに来ないで、ゆっくりしてればいいのに。
『そうもいきませんよ。これから支配者になる瑠璃様が直々に一族の危機を救ったのです。一族の長として礼を尽くさねばならないのでしょう。だと言うのに、第一声が“いったいどうしたことでしょう”とは……』
まぁまぁ、怒らず怒らず。私がヤっちまってるだけだから。
外敵を撃退したことで新たな問題が発生してしまったんだから、驚くのも無理はないよ。
「あー、ごめん。ノミダニの奴等を一掃する為に魔法を使ったんだけど、家とか巻き込んじゃった」
「ホスヴラークを倒したのですか!? なんと……、アヤツ等には何人もの同胞が食われていたのです。これで彼らの無念も晴れましょう。死者の御霊が安らいだことを思えば、地上の家の一つや二つ、安いものでございます」
グッさんが装飾品をじゃらじゃら鳴らしながらひざまづくと、イェク=ワチの皆さんもそれに倣い、一斉に土下座した。
は、はは……、なんというか、過剰な感謝をされている気がする。
モンスター撃退の代償に村ひとつ潰してしまったんだけどなぁ。
それに、守りきれなかった人たちもいた。ノミダニに吸血された死んだ村人もいたのだ。
イェク=ワチ族を支配する者としては敗北だと思う。
『それは決して彼らに言ってはなりませんよ、瑠璃様。支配者足らんとするならば、民に優しくあれど甘さと弱さは見せないことです』
うん。私がこのことで落ち込んでるのを知られても、イェク=ワチの皆さんは不安に思うだけだろうからね。我慢します。
「外に出ていた男衆達は残念でございましたが、彼らも勇敢に戦ったのでしょう」
「魔法には巻き込まないようにしてあるから、生きている者もいるよ。後で確認してあげて」
「おぉ、格別の配慮、痛み入ります」
「それと、ノミダニ達は氷漬けにしてあるから、好きに使っていいよ。色々使い道があるみたい」
私の言葉に、グッさんは顔を上げると嬉しそうに微笑んだ。
「は、直ぐにそのように致します。おい、お前たち、生きている者を探しだしなさい。瑠璃様がお優しくも魔法の影響を受けないようにしてくださったようじゃ。それと、ホスヴラーク共の死体を回収して地下に運ぶんじゃ。部位毎に解体しておくように」
グッさんの指示でイェク=ワチ族は救助組と回収解体組に素早く分かれ、廃墟と化した集落に散っていった。
さすが凍土で生きる一族、雪と寒風の中でも行動が素早いわ。
子供や老人までササッと動くもんなぁ。
『瑠璃様、ホスヴラークですが、群が一つとは思えません。恐らく幾つものホスヴラークの群がこの凍土には存在するでしょう』
そうだろうね。群がこれだけとか絶滅を危惧する間もなく種が消え去ってしまうだろうからね。
イェク=ワチ族も少ないけど。これで種として成立しているんだろうか?
『彼らはツンドラコングの部族の一つですから。イェク=ワチ族が滅んでもツンドラコング全体から見れば微々たる数字です』
やっぱりグッさん達はゴリラなんじゃないか!
というか、種としては成立していないくらい数が少ないんだね。イェク=ワチ族。
『この凍土ではかなり少数の方でしょう。だからこそ生き残りを賭けて、素早く瑠璃様に接触してきたのでしょうが。そこは英断であったと誉めるべきですね』
どうかねぇ、私に付くことが英断になるかどうかは、これから次第だよ思うよ。
私だって体は小さなうじむし。踏まれれば死んじゃうくらい非力なんだから、何かの拍子に、っていうのも有り得ない話じゃないんだしね。
『…………』
なんてね、死ぬつもりとか毛頭無いし、殺されそうになったら生汚く足掻くよ! もしも殺されたとしてもただでは死なない。凄まじく周囲に被害をもたらして相手と相手の所属する国を巻き込んで自爆するくらいはします!
それもシステムさんとの子供を3人以上生んだあとでならね!
『それを聞いて安心しました。子供の名前は考えておきますね』
システムさん、そこは二人で考えるんだよ? 画数とか感じとかちゃんと調べないと……。あ、それともシステムさんに合わせて横文字がいいかな? なるべくキラキラネームは避けたいよね。
小・中学生の時テストで自分の名前を漢字で書けなかったり、病院とかでキラキラネームで呼ばれたりしたら恥ずかしいだろうからね!
『なるほど、そういうものなのですね』
そういうものなのです。瑠璃の実体験ではそうでしたので。
「瑠璃様、少しよろしいでしょうか?」
あ、しまった、ついついグッさんのことを忘れていた。子供の名前について考えるのが楽しくてねぇ。
「どうしたの?」
「これからのことでございます。瑠璃様は『領域支配』を拡げるため、凍土の奥地、またその先の雪山、氷海まで向かわれるかと存じます」
『正確には雪山で充分ですがね。そこで『領域支配』を行えば効率がいいというだけの話です』
システムさんが説明してくれるけども、その声はグッさんには届かないんだなぁ。
でも、その通りなら氷海までには行かなくて済むね。いやぁありがたい。海とか怖いもん。ウジムシな私が海に落ちようものなら、飢えた魚達がバシャバシャと寄ってくるに違いないからね。
私、素敵な釣り餌になれると思うの。なりたくないけど。
「まぁ大体はそうなるけど、それがどうかしたの?」
「その行程に、我らイェク=ワチもお供させて欲しいのです」
「んぁ!?」
さっき、種として存続できないくらい数が少ないんじゃないかと思ったけど、それでもイェク=ワチの皆さんって100人は優に超えているんですけど。
彼らを連れてぞろぞろと雪山に向かうの?
現実的じゃあ無いね。
「無理でしょう。ここはどうするの? 家は壊れてしまったけど、地下の畑はまだあるじゃない。それに、旅するには向かない子供やお年寄りだっているよね?」
「全員とは言いませぬ。戦える者数名で良いのです。瑠璃様の偉大な旅路を共にする名誉を、我らにお与え下され」
いーや、最初は全員で付いてこようとしてたね。言い方がそんな感じだったもん。
それに私は雪車でサーっと行っちゃうから、イェク=ワチには追い付けないよ。
『グ=ドーリャンも必死なのでしょう。瑠璃様が雪山に向かう途中で自分達よりも有用な魔物を味方につけた場合、イェク=ワチがどうなるか分かりませんから』
どうなるって? 私はどうもしないけど?
『簡単に言えば、忘れられること、見捨てられることを恐れているのですよ』
記憶力は、そうですね、自信がないです……。
「グッさん、そう焦らないで。集落をまるごと壊してしまったし、せめて少しは復興のお手伝いをしてから行くつもりだから。旅の共とかは、その後に決めるよ」
「いえ、瑠璃様にそのようなことなど!」
「壊してまま知らんぷりするのは寝覚めが悪いってこと。嫌なら勝手に家だけ直すからさ」
「う、ぬ、それが瑠璃様のお望みであれば、従うのみでございます」
取り敢えず時間稼ぎはできました、と。問題の先送りとも言う。
私に見捨てられることを怖がる、かぁ。
もしも配下が増えてきたら、種族や部族毎、個人と個人の間でもこういう問題が起こってくるんだろうなぁ。
虹色単眼お義父さんの配下やってるお陰で、効率的な経験値集めの必要性から飛躍して建国を目指すところまで来たけど……。
将来のことを思うと、今から気が重いね……。