うじむし107
凍土の地下で育った異世界米。私の元いた世界では有り得ない生態で育ったお米の味とはどんなものなんだろう?
うふふふ、本当に楽しみで楽しみで、ウキウキが止まらないね!
どんな料理になって出てくるのかな? やっぱりここは、最初は普通に炊いたものを食べる? それとも敢えて炊き込みご飯とかにしたり、煮込み雑炊とかにしちゃったり……。
うん、それも良いかもしれない!
私ってこんなに食いしん坊キャラだったっけ?
三度の飯より睡眠よりゲーム好きだったんだけどなー?
生活の大半を占めていたゲームが出来ないことにより、持て余された欲望が食欲に振りきっちゃったのかしら?
それならそれで不安なんですけど……。
二日三日完徹余裕な勢いでゲームに没頭していた私が、その意欲と集中力を食べることに向けてしまったら……。
ひぃい、震えが止まらない!
『最終進化してからあまり食事を取られていませんでしたから、体が求めているのでしょう。食べれば食べるだけ成長できる体なのですから、より多くの食事必要なのですよ』
え、でも白ゴリラ達に見つかる前にペンギンとか見つけて食べたよね? あれはノーカンなの?
『殆ど出してしまわれていたので、しっかりと摂取はできていなかと』
ぎゃああそうだったぁあ! あの恐ろしい雪車地獄のお陰でイート&リリースが続いていたんだったぁ!
システムさん、そのことは忘れてください。
『改善案をいくつか挙げたので、次は快適になるでしょう』
うぅ、忘れると言ってくれなかった。つまり忘その気は無いってことなんだ。うわぁああん。私の恥態を覚えて悦にはいるシステムさんの変態ッ!
『どんな瑠璃様でも覚えておきたいものですから。ですが、瑠璃様が嫌なのでしたら、記録から消しますよ』
うっ……、システムさんの純粋な心攻撃だ。これで陥落した白氏瑠璃は数知れず……。
恐らくシステムさんはこう言えば私が最終的に折れるということを経験から知っているはず。ここでこのカードを切ってくるということは、システムさん的にはやはり消したくないということ。
しかし、しかしだ! 如何にシステムさんがどんな私でも好きだと言ってくれようとも、さすがに口から未消化の肉肉しい乙女心が大地に還ろうとしているシーンを記憶されるのは耐え難いほど恥ずかしい。
システムさんには、どんな私も覚えておいて欲しいのではなく、綺麗だったり可愛かったり凛々しかったりと、良い私だけを覚えていて欲しいんです!
ここは心を鬼にして、告げましょう。
嫌なので記録から抹消して下さい。
『……分かりました。それが瑠璃様の望みであるならば、そう致します』
フッ、済まないねシステムさん。だけど、私にも譲れないものがあるのよ……。
『(記録から消しても私の記憶には残っておりますし、いずれ折を見てデータ復旧をかければ問題ないですね)』
ん? 今なにか言った?
『……もしかしたら悲しみの余り心の声が漏れてしまったのかもしれません』
えー……、そんなにぃ? システムさん、あんまり褒められた趣味じゃあないよ?
ていうか、これからご飯食べるのにこの話題は止めましょう! はい、おしまい!
グッさんが料理を作るために上に上がっちゃったから、私も追いかけるとしますかね。
グッさんはまだ畑を見ていていいって言ってくれたけど、私の移動速度じゃあ夜が明けても全部見きれないし、空腹に負けてそこらへんの野菜をたべちゃいそう。
そしたらもうウジムシじゃないよ、イモムシだよ。
イモムシ……。そうしたら蝶に進化するルートが開けたりして?
『有り得ません。既に瑠璃様は最終進化しておりますので』
分かってますよぉ、言ってみただけですって。
もう吹っ切れてるしね。私はこのまま白蛆で頑張っていきます。
さて、階段を上りきった。そしてグッさんの家に通じる床扉を開けようとして……ってどうやって?
今の私にどうやってドアを開けろと?
『これはグ・ドーリャンの失敗ですね。作りは簡単な扉ですし、ここは壊してしまいましょう』
えぇ!? システムさん過激なこと言うなあ!
人の家の備品だよ? 壊しちゃって良いものなの?
『あの者は配下になると言っていたのです。こんな安易に閉じ込められては――――いけません、瑠璃様、扉から離れてください!』
システムさんの切羽詰まった声! 了解! 考えるよりも早く体が反応し、階段の下へと身を投げ出した。
私が階段に体を打ち付けると同時に、グッさんの家の床の扉が音を立てて砕けた。
扉を砕いたのは、何かの足……、まるで蜘蛛、いやカニ? とにかく節足動物めいている。
地下の畑で作業をしていた白ゴリラの仲間たちが、そのクモカニの足を見て口々に悲鳴を上げた。
「ホスヴラーク!? うわぁああ!」
「ここが見つかったの!? 何で!?」
「だ、大丈夫だ! 奴はここには入って来られないよ」
「外の男どもを助けないと!」
「馬鹿、あたしらじゃ敵わないでしょうが!」
あのクモカニはホスヴラークというのか、言い辛い名前だな。
地下畑にいるのは女性と子供と老人。この人たちはこのままここに避難してもらおう。
グッさん達が危ないと言うなら、私が助ける。
配下になる約束してくれたし、ご飯作ってくれる所だったしね。彼等が私の国の住民になるなら、彼等を守るのは私の役目だ。
……それにさ、ご飯……。異世界米! せっかく食べられる所だったのに邪魔してくれやがって! おのれクモカニ、許さん!
「お前たちはここで待っていろ! 私がすぐに始末を付ける!」
『念話』で白ゴリラ達に指示を出すと、私はまだ扉から出っぱなしになっている足に目掛けて『氷獄魔法』を放った。
イメージはマル鋸、回転する氷の刃はクモカニのキチン質の足を綺麗に切り落とす。
「キュゥォオオオ!」
ガラスを引っ掻いたような甲高い悲鳴が上がった。
これがクモカニ……もといホスヴラークの鳴き声か。足しか見えないが絶対気持ち悪いヤツだな。
体液がびちゃびちゃ落ちてるし。あ、体液は酸性だったり腐食性立ったりしないんだね、ちょっと良心的。
足を切り落とされたクモカニは、慌てたように扉から去っていった。
ふははは、見たかねこの威力!
『氷獄魔法』まで成長したことで、今までとは違い空気中の水分だけじゃなくて、自分の魔力を凍らせることができるようになった私の魔法。使い勝手だけじゃなく威力も段違いに進化しているのだ!
フッ、クモカニの足など爪楊枝より脆いね。
「おぉ! 鋼鉄のようなホスヴラークの足をいとも簡単に!」
「いま何をしたんだい? まさか、あの虫みたいなのが魔法を!?」
「言葉に気を付けんか、あの方こそグ・ドーリャンが連れてきた凍土の支配者様じゃぞ」
「え~、嘘だぁ!」
女性、子供、老人が騒いでいるけども、嘘じゃないんだなこれが。凍土だけじゃなくて雪山も氷海も支配下に置く気満々だよ?
システムさんが、だけど。
さて、これからクモカニを狩るわけだが、聞いておかなくちゃならないことがあるな。
「この魔物……ホスヴラークは何かに使える?」
「へ?」
「使える? あの、支配者様、それはどういう意味でしょうか?」
「素材、建材、食料、その他諸々、使い道は無いのかな? 何かに使えるんだったら、出来るだけ傷付けないように倒すけど」
「ほ、ホスヴラークを前にして、そんな余裕が……!」
いや、戦った感じ、金髪おかっぱの所のゴーレムより弱いよ? たぶんヤマタノカタツムリと比べてもまだ弱い。
それでも、白ゴリラ……もといイェク=ワチ族の皆さんには手に余る魔物なんだろうな。
よっし、みんなの安全の為に、気合い入れて倒しちゃうぞ!
「私たちは、あの忌まわしい捕食者を狩ったことがありません。なので、どう使えるかも分からないのです」
「なるほど、じゃあ丸ごと凍らせてくるよ。それなら幾らでも試せるでしょ」
もたもたしてらんないので『氷獄魔法』でリフトみたいに体を一気に扉の上まで持ち上げる。
扉はクモカニが踏み抜いていたので簡単に地上に出ることが出来た。
だけど、出た場所はボロボロの廃墟だった。
グッさんの家だったものは、ホスヴラークに踏み荒らされ、壁も屋根もバラバラに破壊されていた。
「あんにゃろう、よくもやりやがったな……!」
『瑠璃様、生命反応があります、恐らくグ・ドーリャンのものでは?』
「くそっ、私、治癒系スキル持ってない!」
『打撲と複数の刺突痕……血を吸われています。致死量ではないですが、体が冷えていますね。増血剤を投与し、温めれば安心です』
「増血剤って、薬なんか無いよ?」
『地下畑には薬草もありました。イェク=ワチ族の方々にお願いしましょう』
「そっか! さすがシステムさん!」
扉の穴に氷で滑り台を作り、そこにグッさんを寝かせる。
心配そうに扉を見上げていたイェク=ワチの女性達にグッさんの容態を説明し、治療を任せると、私は『氷獄魔法』で道を作り出し、クモカニ野郎目掛けて滑走した。




