うじむし106
白ゴリラ達のリーダーであるグッさんに案内されて、やって来ましたゴリラの里。
えーっと、何て種族だっけ? サスカッチ族だっけ?
『イェク=ワチ族ですね。彼らを支配下に置く以上、名前を覚えて上げた方が良いですよ』
う……、名前ね。うん、中々覚えられないのよねぇ。
人間時代からあんまり周囲と交流しなかった私の頭は、人の名前を覚えるという機能が衰退しているのですよ。
多分そろそろ虹川くんの名前も消えるわ。
システムさんの名前は絶対に忘れないけどね!
『私の名前、ですか……?』
そうそう、もう毎分最低一回はシステムさんについて考えてるからね、システムさんが私の中から消えることはないよ!
『そうですか、ありがとうございます』
そういえばシステムさんって呼んでたけど、システムっていうのも種族名みたいなもんなんだよね?
私がウジムシって呼ばれるようなもの。なんだか罵倒に聞こえる。
これはいけません! システムさんに本名があるのならば、私はその名を呼ばなければなりませんよ、えぇ、本当に!
『ありがたいお申し出ですが、私はシステムですよ』
んっんー? 私のシステムセンサーが異常を関知している? システムさん、嘘とは言わないまでも、私に隠していることがあるな?
だけど、システムさんが隠すってことはそうする理由があるってこと。信じて待つのも嫁の務め。私はシステムさんが名乗ってくれるまで待ちますよ。
『ご配慮有り難く存じます、瑠璃様』
うっふふ、私、システムさん至上主義ですから。
「瑠璃様、こちらが我らの里になりまする。儂の家に来てくだされ。大したものは有りませぬが、ささやかな料理を用意させていただきます」
料理! 私、興味あります。
美味しいものを食べたいってのもそうだけど、ここで何を主食にしているのか、タンパク質、ビタミン、脂質、糖等は何から摂っているのか、これを知りたいのです。
彼らイェク=ワチ族 (だったよね?)が、この最北の凍った大地で狩猟と農耕を主に生活を営んでいる、ということは此処に来るまでに聞いていた。
仲間の中でも一番賢いというグッさんの説明は丁寧でとても有り難かったんだけど、聞いたことがない単語が多すぎてチンプンカンプンだったのです。やっぱり実物をみないとね。
イェク=ワチ族の住居は雪と氷を煉瓦のように固めて、積み重ねられて作られていた。おっきなカマクラだね。そこに魔物の毛皮を被せて、ドロッとした塗料で模様を描いている。
「この模様が気になりますかな? これは熱の呪印になりまする。これそのものは熱を発しませんが、家の中の熱を逃がさぬ程度の効果はあるのです」
「ふーん、家の中を過ごしやすくするためのものなんだね」
「はい、他にも明かりを溜め込む光の呪印、水を綺麗にする水の呪印、風向きを変える風の呪印などがありまする。イェク=ワチ族の生活には欠かせぬものですな」
「それってさ、他の種族も使えたりするの?」
「知っていれば使えるでしょうな。私が知っているものは先代から伝えられたもの。先代は更にその先代から……、呪印はイェク=ワチに代々受け継がれてきたものなのです」
ほほぅ、それは良いことを聞いた。つまり、彼らは北方で生活する為に呪印なるものの力を使っているのね。限定的な効果を持つ魔法の効果を再現した魔方陣ってところだろうか。
これから国を作るにあたって、この呪印は役に立ちそうだ。
『呪印は何かを発生させるものではない、ということはお忘れなきよう。溜め込んだり、取り除いたり、というのが主な効果のようです』
そうだね、つまり自然エネルギー電池だと思えば良いわけよ。そう考えると夢が広がらない?
『電池というのは……なるほど、瑠璃様のイメージで分かりました。そうですね、それならば様々なことに応用が利きそうです』
充電する手間がかかるけどねー。課題があるとしたらそこをどうするか、かなー。
『領域支配』と『建築』で簡易的なダンジョンが作れるなら、火のトラップとか利用できないかなって思っているんだけど。
『それは良い考えです。呪印とダメージトラップをどう組み合わせていくか、こちらでも検討してみますね』
うん、難しそうなことはシステムさんに任せておけば問題ないと信じております!
「我々は多少魔法も使えますので、魔法で火を起こして呪印に力を溜め込むのも、大切な仕事になっております」
グッさんの家のなかは仄かに温かかった。例の呪印が仕事をしているのだろう。
床には触り心地の良い毛皮が敷いてあり、天井からは何かの肉や魚、見たこともない葉や根を下げて干していた。
『床から熱源反応があります。恐らく呪印で保温しているのでしょう。この小屋の下に空洞があります。そこで野菜や薬草などを栽培しているのでしょうね』
システムさんがいつもよりテンション高い。何が利用できて何が取り入れられないのか、分析しているんだろうなぁ。
日に当てないで育てる野菜か……、モヤシ?
「小屋の下の畑に気が付かれましたか、流石ですな。ちょうど料理の材料を取りに行くところです、ご案内しましょう」
「凍土の地下の畑なんて、呪印以上に秘密っぽいんだけど良いの?」
「この畑のおかげでイェク=ワチ族は凍土で生き延びてこられたのです。新たな支配者にお見せすることは誇らしく、喜ばしいことです」
『領域支配』一つでこんなにも敬われるものなのか。
うぅ、なんだか、思っていたよりも『領域支配』って大変なことなんだなぁ……。
簡単にやっちゃってるけど、その後のことに責任を取らなきゃいけないんだもんね。
でも、システムさんが力になってくれるんだし、頑張んなきゃ!
床の一部を開けるとそこには階段があり、下っていくと広い地下農園が広がっていた。
所々に太い氷の柱が地下と天井を繋ぐようにたっているが、寒さはそれほど酷くない。氷の柱には恐らく光の呪印であろうものが描き込まれていて、ぼんやりと光っていた。
天井からは水が滴り落ちている。地上で溶けた氷が流れ込んでいるのだろう。それは地下農園の用水路にそのまま流れ、土を湿らせていた。
「ここはイェク=ワチの各家の床に繋がっており、狩に行けぬ女、子供、老人が畑の世話をしておりまする」
「育てているものは? 全部真っ白なんだけど」
いや白ゴリラだと思って侮ってたわ。
これ凄い、本物の畑じゃない。
グッさんの家は集落の真ん中だったから、丁度、畑の全部が見渡せる位置になっている。
パッと見ただけでもいろんなものを育てているのが分かる。
野菜では白菜っぽいものやアスパラガスみたいなもの、それにあれは……ウド? なんてマニアックな。根菜は少ないようだけど、それでもちらほら見える。
雪融け水が大量に流れ込んでいる所では……ウッソ、あれって田んぼじゃない!? 凍土の地下で凍りつくような冷たさの雪融け水が張った田んぼ!?
そんなところで育つ米があるの!?
「日の光を浴びぬと白くなるようです。日の光を取り込んだ呪印では、代わりにならぬようで」
「グッさん、グッさん! あれ、あれって、田んぼ? 米!?」
「グッさんとは儂のことですか、これはこれは可愛らしい渾名を付けて頂きましたな」
「気に入ってくれた? じゃあこれからグッさんって呼ぶね……ってそれはそうとして、あそこで育てているのはお米なんだよね!?」
異世界転生の定番といえば米が食べれなくて四苦八苦、という場面だけど、まさかこんな北方の地下で見つかるとは!
まぁ、まだ私は米禁断症状は出てないんだけどね。
そもそもこの世界は米って珍しいのかな? 人間社会と関わったことがないから全く分かりません。
ただ、異世界で米ってだけでテンション上がるわ!
なんか今まで食べてた米よりも美味しそうに見えるの!
「そうです、あれは田んぼでございまする。かつてイェク=ワチ族が凍土に移り棲む前、もっと暖かい場所に棲んでいたころ栽培していたものの子孫ですな」
「へぇぇ、ねぇ、食べてみてもいいかな?」
「そうですな、まだあれは時期ではありませんが、備蓄米が残っておりまする。そちらで宜しければ」
「うんうん、宜しいです。是非お米を食べさせて下さい」
「そこまで喜んでいただけるとは、このグ・ドーリャン、腕によりをかけて作らせて頂きましょうぞ」
ふふふ、異世界米を食べる体験なんてそうそうできるもんじゃないよ! 楽しみでお腹が空いてきたわ!
だけど、お米だけじゃ足りない! 米はそれを引き立たせるおかずがあれば10倍にも100倍にも輝けるものなのよ!
個人的にはタラコが大好き!
そうだ、ここ北方なら、海までいけば鱈いるんじゃないの? 異世界米があるんだし異世界鱈があったっておかしくない!
魚って冬の方が油が乗ってて美味しいものだしね、じゅるり。
あらやだ、ヨダレが、はしたない。
ふぅ、テンション上がったら余計にお腹空いちゃった。でもこれから異世界米だもんね、うっふふふ、楽しみ楽しみ。




