うじむし09
そんな感じで、数日ほど変化もなく、MPを使って魔術大全を出したり仕舞ったりしながら肉を食べて過ごしていた。
本の内容は相変わらず理解できず、だからMPが増えることもない。
変わったのは、せいぜい私が少し大きくなったくらいだ。
決して食っちゃ寝生活の所為で太ったんじゃない。私の体はまだ幼虫、赤ちゃんだから、すぐに成長するのだ。
おかげでHPとSPは2ポイントほど増えた。
有り難い。少しでも死に難くなったと思えば1ポイントも馬鹿にできたものではない。
そうやって少しずつ成長していた、ある日のことだった。
私はその日は珍しく起きる時間が遅かったのだが……。
その時、ウジムシに電流走る――!
ヤバい。
『警戒』スキルが危険に反応し、私は飛び起きた。
このスキルは危険を察知する可能性があるが、確実というわけではないらしいし、どのような危険がどうやって近付いているかも知ることが出来ない。
ただ危険を知らせるだけ。
だけど雑魚の中の雑魚の私が生き残るには絶対に必要なスキル。
疑うなんてとんでもない。
慎重に肉の巣穴から顔を覗かせると、ネズミの体に群がる、黒や緑色に光る何かが見えた。
一目見て分かった。
アレが私の待ち望んでいたものだ。いや、待ち望んでいた奴等、だ。
自然界の掃除屋はウジムシだけじゃない。さまざまな生き物が動物などの死骸を餌としている。
だから待っていればきっと何か他の生き物が来るはずだった。
読みは当たったというわけだ。
私の視界に映っているのは雑多な昆虫の群。
ごそごそがさがさと騒がしくネズミさんの体を貪っている。
上手いことアイツ等を倒す、もしくは死んだアイツ等の死骸を掠め取ることが出来れば、晴れて私のレベルアップへの道が開ける。
問題は、どうやってそれを成すかだね。
あの昆虫達は当然肉食系。
柔らかジューシーな私がのこのこ前に這い出せば、我先にとかぶり付いてくるだろう。
というか、仲間のウジムシ達がかぶりつかれている。
……愛着なんて微塵も湧いちゃいないけど、それでも、同じ肉を食べて生きてきた、同じ姿の仲間が襲われているってのは気分が悪い。
なんだろうね……、ふざけんなよ、って気持ちになるわ。
私が今持っているスキルで攻撃に使えそうなのは、カウンター系っぽい『酸性血』。
でも、威力は低い。ネズミの肉を僅かに溶かして食べやすくする程度の力しかない。
それに、私のHPはたったの12ポイント。
もしも攻撃を受ければ『酸性血』の効果を確認する前に一撃死する恐れだってある。
戦って勝ち目はない。
かといって、ここでアイツ等が帰るのを待つという選択肢もあり得ない。
ネズミを食い尽くすまでアイツ等は何処にも行かないだろうし、そうなれば当然私は見つかる。
昆虫の食後のオヤツになる気は毛頭ないぞ、私は。
逃げるのも無理だな。
こっちがのたのた這いずっている間に、昆虫共はシャカシャカ走って追い付ける。
くそ、こうしている間にも仲間が食われていく。
せめてアイツ等を逃がしてやれる手段があれば……。
動けないままでいた時、頭に衝撃が走った。
モズッ、と籠った音を起てて私の頭にぶつかったのは、ネズミの体の上の方にいた仲間だった。
何やってんだコイツ……。
あ、HPが1減ったじゃないか! なんということを!
怒ってソイツを見るが、そのまま私は固まった。
そのウジムシには、体が半分無かったのだ。
昆虫の顎にかじり取られたのだろう、白い体液が流れ、微かに体を震わせていたが、やがて動かなくなった。
目の前に突き付けられる明確な死。
死体じゃない。コイツは今まさに死んだのだ。
私も、こんな風になっちゃうの?
食われて殺されるの?
嫌だ!
絶対に嫌だ! 死にたくない! 食われたくない!
殺されるなら、食われるなら、私が先に食ってやる!
でも、力が足りない。
どれだけ怒り怯えて暴れようとも、それだけでは勝てない。決して。
私はちらりと自分の傍らに倒れた仲間の死骸を見た。
一つ、思い付いた方法がある。
だけど、最低の手段だ。
私の中の“人間”を削り殺すような行為だ。
それをするか?
死にたくないために、外道に落ちる覚悟が、私にあるのだろうか?
強くなるために、兄弟姉妹を食らうという覚悟が。