八番目の伝説
「八番目の伝説……か」
授業の終わった放課後。乱雑に意味不明なものがあちこちにばらまかれている部室で、城南高校ミステリーと超常現象を研究してるけど地球は平たい協会の会長である林賢二は、新聞部発行の新聞記事を眉間に皺を寄せて眺めていた。
「どうしたんですか? 林君」
元超常現象研究会の会長である佐々木三郎が、眼鏡の位置を右手の中指で直しながら歩いてきた。
眼鏡の奥からは何を考えているか分からない瞳がのぞいている。
「ハチ公……何?」
元地球は平たい協会の会長である田村奈津美が、「相対性理論は間違っている」と書かれたビラを片手に林の方へ近づいてくる。
城南高校ミステリーと超常現象を研究してるけど地球は(以下略)の紅一点。外見はショートカットで健康的な印象を与えるが、内面が少々不健康なのでいろいろと大変。
林の座っている席に三人が集まり、城南高校ミステリーと超常現象を研究して(以下略)のメンバーが全て揃った。彼らがいれば解けない謎は尽きない。
林は新聞記事から視線を外して机の上に置き、顔を上げて他の二人を見上げる。
「あのさ、前から思ってたんだけど、部の名前長すぎない?」
「ミステリー研究会と超常現象研究会と地球は平たい協会でどれにするか喧嘩になった時、もう面倒臭いから全部あわせちまえと言ったのは林君ですよ」
「イラクで超古代の電池が見つかったのに何言ってるの?」
早くもコミュニケーション不全に陥る城南高校ミステリーと超常現象を研(以下略)。
「いやさ、いちいち全部言うの面倒臭いから略称作るのはどうかなって」
林の言葉に佐々木が頷いた。
「それはいい考えですね。問題はどんな略称にするかですが」
佐々木の言葉に田村が動いた。
「狼煙が見える!」
林は人差し指を自分のおでこに当てて目を閉じた。
「そうだなー、頭文字をあわせるのが格好良くていいんじゃないか」
「なるほど、するとMTTになりますね」
「お、なんかかっこいいな、それにしよう。田村はどう思う?」
林の視線の先では、田村が窓の外に向かって発煙筒を振っていた。
「所で林君、さっき言っていたのは何です?」
佐々木が眼鏡の位置を直しながら何事もないかのように訊ねる。
「ああ、この記事を見てくれ」
林の差し出した学校新聞には、八番目の伝説と書かれた記事が載っていた。
「学校七不思議にあらたな謎が……八番目の伝説」
「ベントラベントラ!」
佐々木の記事を読む声が、田村の叩く太鼓と叫び声の合間に聞こえてくる。
「林君、これは」
「面白そうだろ。俺たちNTTの出番じゃないか?」
「MTTです」
「そう、それ」
「どれです」
「それだよ」
「それじゃわかりませんよ」
「じゃあ、あれ」
「八番目の伝説はどうしたのよ」
遠くの世界から戻ってきた田村の指摘で物語はようやく進み始める。
林は咳払いを一つすると、他の二人を見回した。
「まずはこの学校の七不思議を整理してみよう。俺が知っているのは……」
林は奥底から何かを引っ張り上げるように、少しづつ言葉を紡いだ。
「まず、深夜の13階段、理科実験室の怪、視聴覚室の鼠人間の三つだ」
次に佐々木が林の後に続いた。
「僕が知っているのは、体育倉庫の白い影、すりガラスの少女、西校舎の壁手形です」
最後に田村が口を開いた。
「私が聞いたのは、音楽室のベートーベン、東校舎の一階にある鏡に映る少女、四階トイレのキヨミちゃん、体育館の首吊り縄、校長室の隠し部屋、終わらない廊下」
一通り聞いた林が二人を見ながら話し始める。
「この新聞記事によると、これら七不思議に」
「すみません、ちょっといいですか」
佐々木の静かながら有無を言わせぬ声が林の言葉をさえぎる。
「どうした?」
「七つ以上あります」
「そうか?」
「数えていましたが、十二あります」
佐々木の言葉に林は腕を組んで少し考え込んだ。
「うーん……じゃあ、およそ七で」
「いや、さすがに無理がないですか」
「それじゃあ、四捨五入して七」
「四捨五入して七!?」
二人の間で熱のこもった馬鹿な議論が交わされる。
「そこだッ!」
二人の空しくも真剣なやりとりを聞きながら、田村は鞄から塩を取り出して辺りに撒き散らす。
「……分かりました。気になる事はありますが、それは置いておいて話を進めましょう」
いろいろな意味で根負けした佐々木が力なく呟いた。
「うん、まあ、だいたい七で」
なんとなくわかっていないような表情で林が頷く。
「臨、兵、闘、者」
田村はひたすら空中に九字を描いていた。
「えーとなんだっけ。そうそう、八番目の伝説ね」
林は机に置いたままの新聞に目を落とした。
「この記事によると……」
林がそこまで口にした所で、部室の隅から何かが破れるような音が聞こえてきた。
「……何?」
「あそこからです」
佐々木が指差した先には、お札とガムテープでぐるぐる巻にされたロッカーが、ガタガタ言わせながら少しづつ開こうとしていた。
「喝!」
田村の気合にあわせてロッカーの戒めは吹き飛び、開いた扉から黒い影が現れた。
暑苦しいマントにうざったい長髪、病的な青白い肌に不釣合いな赤い唇。その隙間からは白く鋭い犬歯が覗く。
その顔を見た林が驚きの声を上げた。
「あなたは……少し不思議研究会初代会長!」
初代会長と呼ばれた男は、にやりと笑ってその長い犬歯をことさらに見せつけた。
「ふふふ、八番目の伝説……謎が私を深い闇から呼び起こした……解決!」
ハイテンションの初代会長は勢いで世迷いごとを口走った。
「よし、後は私に任せろ! まるっと全部お見通しだ」
そう言うと、初代会長は呆気に取られる林と佐々木を無視して、新聞を手に取った。田村はこっそり初代会長のマントに次々と梵字を書き込んでいる。
「なになに? 八番目の伝説、それは新たに産まれた怪奇現象である」
初代会長は時々前に垂れてくる髪をかきあげながら新聞記事に没頭する。
「ええと、誰もいないはずの夜の校舎に、怪しげな長髪の男が彷徨う。ふむふむ」
田村の梵字はマントの三分の二を占め、初代会長の身体のあちこちから煙が立ち昇り始めた。
「放課後の廊下で、マントを纏った明らかに生徒ではない人物が一人歩くのが目撃される。ふーむ。その人物は夕日の差し込む窓に差し掛かったところで突然消え去っ……あちっ!」
突然炒った豆のように窓に向かって跳ねた初代会長は、差し込む夕日を浴びて灰になった。
しばらく固まったままだった三人は、お互い顔を見合わせると、ほうきとちりとりで灰を集めてロッカーに放り込んで扉を閉じた。
「それじゃ僕は予備校があるので」
「私はその予備校でビラを撒かないといけないから」
「ああ、お疲れ」
林を残して二人は部室から去る。林は部室を片付けた後、鞄を持って出て行った。
後に残されたのは新聞と……八番目の伝説。