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第八十七話 昔日(2)


 魔物の群れの中に飛びこんだエリアスは、圧倒的な力で魔物たちを次々となぎ倒していった。


 あまりにも動きが速すぎて、俺には、エリアスが斬り結ぶ短剣の閃きだけが光の瞬きみたいにキラキラと輝いているところしか見えなかったくらいだ。


 襲いくる魔物を有無を言わさずに切り伏せて、そのたびに魔物特有の黒い鮮血を辺りにまき散らしていくエリアスは、ぞっとするほどに強く――そして、子どもだった俺には恐ろしかった。


 自分の知っている、いつもののんびり屋のエリアスとは別人みたいだったから……。


 おもわず目を奪われてしまっていた俺は、エリアスを牽制するように鳴いた魔物の咆哮ではっと我に返って、魔法の詠唱に意識を戻す。


 俺だって、じいちゃんに習って何度も魔法を練習してきたんだ。


 ――ここで役立てなくて、どうする……!


「――震えろ、うつろう風よ刃となってここへ集え、魔を引き裂く刃――」


 魔導書を片手に詠唱を呟きながら、前方の狼たちを見据えて必死に宙に魔法陣を描いていく。


 震える指先で紡がれていく陣は、無骨ではあったけれど、たしかな魔力をもって風の力を帯びて緑色の光を放ちはじめる。


 よし、いけるっ……!


 俺はそう確信すると、自信満々に唇を持ち上げて、完成した魔法陣を片手で薙ぎ払った。月系魔法は、描き終えた魔法陣を片手で払うことで発動するのだ。


「――その身に刻め! これでもくらえや――っ!」


 俺が魔導書を小脇に抱えて両手を前に突きだすと、無数のかまいたちが一気に魔物たちを切り刻んでいく。


 ぶしゃぶしゃぶしゃぶしゃっと、効果音をつけるならまさにそんな感じで、風の疾走によって魔物が木っ端みじんに刻まれていく壮絶な光景が繰り広げられる。


 木へと草むらへと次々に飛び散って付着していく魔物のどす黒い肉片を前に、俺は両手を突き出した体勢のままがくがくと小刻みに震えていた。


(……これ、本当に俺がやってんだよな……?)


 正直、ここまでの殺傷力が出るとは思わなかった。


 俺の村は優秀な魔法使いの才を持つ者が多い。


 だから俺も魔法に向いているんだろうか……、それにしたってこの威力は――……。


 俺が自分自身の力に恐れおののいている間に、場内はあっという間に怖いほどの静寂に包まれた。


 辺りには、エリアスが斬り飛ばした魔物と俺が切り刻んだ魔物の残骸が、生々しい肉塊となって散乱している。


 初めて魔法で魔物を倒したという高揚感と、自分たちは助かったのだという安堵感で、俺はへなへなとその場に座り込みそうになる。すると、すかさず足を踏みだしたエリアスが俺の腕をとって立たせてくれた。


「レオ、大丈夫!? どこか怪我はない!?」


 顔を覗きこんで必死に聞くエリアスに、俺はまだどこか呆然としたまま首を振る。


「ああ、大丈夫――……。ちょっと、気が抜けただけ……」


 言いながら少しだけ表情をほころばせると、エリアスがほっとしたように微笑んだ。


「そっか、よかった! それにしても、レオの魔法すごかったね! 一撃必殺って感じだった! やっぱりレオはすごいよ」


 無邪気に笑うエリアスに、俺はまんざらでもなく嬉しくて、いたずらっぽく笑う。


「ま、まあな、これでもじいちゃんにスパルタ教育受けてんだよ。それより、俺なんかよりもさ、おまえのほうがすごかったじゃん! 魔物ん中に突っ込んでってさ、剣でどんどん倒していっちまって、俺、おまえの動きが速すぎて見えなかったもんよ」


「そう? それなら嬉しいな。母さんから、剣は人を傷つけるためのものじゃなく人を守るためのものだから、いざというときに誰かを守れるように強くなりなさい、って言われてたんだ。俺は、いつかたくさんの人たちを守らなきゃいけなくなる日がくるからって」


「……ふうん? なんかよくわかんねぇけど、剣はなにかを守るために使うものってのはそのとおりだと思うわ。むやみやたらに振りまわしていいもんじゃねぇだろうしな。きっと魔法もそうなんだろうな」


「そうだね。だから俺は剣でレオを守って、レオは魔法で俺を守ってくれたんだね」


 えへへ、とエリアスに嬉しそうに笑われて、なんだかこっぱずかしくて照れてしまう。


 俺は照れ隠しに一度咳払いすると、拳に握った手を差しだした。


「つまり、俺らふたりそろえば最強ってことだよな! これからもよろしくな、エリアス! ふたりで村を守っていこうぜ」


「うん。俺の剣とレオの魔法があれば、きっと誰にも負けないよ。こちらこそ、これからもよろしくね、レオ」


 ふたりで歯をみせて笑って、拳をぶつけ合う。



 俺たちの友情は、このときからかたい絆で結ばれていたんだ。


 このあと村に訪れる悲惨な出来事によって、エリアスと俺はこのころの記憶を失っちまうことになるけれど……。


 それでも、記憶を失ってもなお、将来、勇者とその魔法使いとなって再会して、エリアスの剣と俺の魔法でたくさんの人を守る約束を果たすことになるなんて――。


 やっぱり俺たちの出会いは運命的で、そして、最高の友だちだったんだと思う。



 俺たちが記憶を失うことになった凄惨な出来事――それは、なんの予兆もなくやってきたんだ……。






 エリアスと一緒に魔物を撃退したあの日から数か月後――それは突然、俺たちの身におとずれたんだ。


「……神官様が、いらっしゃる?」


 夜、村の人たちが夕食の時間を終えたころ、俺の家に、じいちゃん、俺の母さん、エリアス、そしてシェリーさんが集まっていた。


 何の前触れもなくじいちゃんから通達された話に、俺の母さんが表情を強張らせる。


 ただならぬ雰囲気に、俺は、エリアスとなんとなく身を寄せ合って、暖炉のあかりだけが揺れるほの暗い室内の端に座っていた。


 じいちゃんは、俺の母さんの言葉に頷いてから、シェリーさんに目を向けた。


「シェリー、気づいているとは思うが、『神殿』の神官様はエリアスを迎えにやってくるのだ。彼らにご命令されたら、エリアスを差しださねばならん」


 え……?


 となりのエリアスが、びくりと震えて顔を跳ね上げる。


 差しだすって、どういうことだ――……?


 じいちゃんの言葉を受けてよろめいたシェリーさんを、俺の母さんが支える。


 青ざめて震えているシェリーさんを気づかうように、じいちゃんは静かな声で言った。


「――いよいよ、エリアスに話すべきときがきたのではないか、シェリー? 時間はもう、あまり残されてはいないかもしれんぞ……」


「……――っ」


 シェリーさんは寂しさに耐えるようにわずかに唇を噛むと、意を決したふうに顔を上げて、俺のとなりで小さくなっているエリアスを見やった。


 心配げに俺の母さんがシェリーさんの背中を見つめるなか、シェリーさんはつかつかと俺たちに歩み寄って、エリアスのそばに屈みこむ。そうして、エリアスの手をぎゅっと握った。


「母さん……?」


 不安そうにつぶやくエリアスの目を見あげて、シェリーさんがやさしくほほ笑む。


「……エリアス、よく――ここまで立派に育ってくれたわ。母さん、とても嬉しい」


 シェリーさんは、エリアスになにを言おうとしているんだろう……?


 子どもながらにも、俺は、シェリーさんの寂しげな様子に胸騒ぎがしてならなかった。


 なにか、俺たちに知らされていなかった決定的なことを言われる気がして……。


 シェリーさんは小さく息を吸いこむと、エリアスの目をまっすぐに見つめた。


「母さん、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの。あなたにとっては、少し……つらい話になるかもしれないわ。でも、いつかあなたがかならず背負わなければいけない大切な話なの。母さんを信じて、落ちついて話を聞いてくれる、エリアス?」


 穏やかだけれど、有無を言わせないシェリーさんの語気に、エリアスは戸惑いながらも、健気な表情でこくりとうなずいた。


 俺も、その話を聞いていいんだろうか……。


 おろおろとシェリーさんとエリアスを交互に見つめていると、それに気づいたシェリーさんが俺にほほ笑みかけた。


「レオくんも、ぜひ私の話を聞いてほしいの。その話を聞いて、もしレオくんさえよければ、いまと変わらずにエリアスの力になってもらえたら嬉しいわ」


 俺は、シェリーさんに頼りにしてもらえたことと、エリアスの友だちとしてなにか大切なことを託してもらえたことが嬉しくて、となりのエリアスの手をぎゅっと握った。


「も、もちろんです! 俺にできることなら、なんだってやります! こいつは俺の大事な友だちですから!」


 エリアスの手を握る指に力を込めて言う。


 この言葉に嘘偽りはなかった。


 エリアスは俺の大切な幼なじみで、親友。


 小さいころからずっと一緒に育ってきたんだ。


 たとえこいつになにがあろうとも、かまいやしない。


 どんなことになっても、俺だけはこいつの味方でいてやるんだ――……!



 そうして俺は、エリアスの出生の秘密について知ることになるのだ。


 エリアスが処女懐胎で生まれたこと、そのため父親がいないこと。



 ……そして、彼がこの世界を魔王の支配から守る使命をもって生まれてきた、


 女神に選ばれし英雄、『勇者』だということを――……。




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挿絵(By みてみん)

(イメージイラスト:川野タニシ様)

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