第七十八話 世界一の魔法使い
――翌日。
実験棟の広間の隅に衝立で区切って作られている、ちょっとした控室にこもったレオは、申しわけ程度に置かれている木製のベンチに顔をうつむけて腰かけていた。
広間には、エレノアを含めた教員たちや、大勢の学府の学生たちが自分たちの門出を祝うために詰めかけてくれている。
かつてないほどの人口密度でがやがやしている広間を横目に、レオはひとりでじっと目を閉じて、体を丸めて椅子に座り込んでいた。
(……集中しろ。俺の魔法の成功に、すべてがかかっているんだ……)
勇者の魔法使いに抜擢されてから今まで、今日のこの日のために研鑽を積んできた。
勇者の魔法使い最大の役目は、勇者パーティを無事に魔王城に転移させること。つまり、ここが自分の正念場なのだ。
(――……大丈夫だ、俺ならできる)
――だってあんなに、努力してきたじゃねぇか。
さきほどからそう何度も自分に言い聞かせているのに、どうしても手の震えが止まらないのだ。
もしも、失敗したら……。不発に終わるならまだしも、もしもエリアスやアキ、ヨハンを取り返しのつかないような場所に飛ばして、あいつらを危険な目に遭わせてしまったら――。
考えれば考えるほど最悪の事態が思い浮かんでしまって、レオは動揺を抑え込むために大丈夫だからと自分に言い聞かせては、頭を抱えて深いため息をついていた。
(……ちくしょう、こんなに焦ってちゃ、成功するもんもしねぇだろ……!)
絶対に失敗できないというプレッシャーを前に、怖気づいてしまう自分が情けなくて膝を叩いたそのとき――衝立を少し開いて、その間からアキが心配そうに顔を覗かせた。
「……レオ、どうしたの?」
「アキ……」
はっとして顔をあげたレオに、アキが驚いた様子で駆け寄る。
「――レオ、顏、真っ青じゃないですか! 本当にどうしたんですか? 具合悪い?」
足もとに膝をついて顏を見上げてくるアキを見た途端、レオはこらえていた力が一気に抜けていくようで、ぐったりとうなだれて弱々しく首を振った。
「……いや、違う、そうじゃなくて、俺……」
「レオ……?」
心配げに先をうながしてくれるアキに、レオはすがる思いで、ぽつりと本音を口にする。
「……情けねぇんだけどさ、俺、怖くて……」
ああ、言っちまった、って思った。
一番弱いところを見せたくなかった、いつだって頼りになる男だと思っていてほしかったのが、彼女だったから。
けれど、彼女のやさしさに甘えて、すがりたかったのも事実で。
一度弱音が口をついて出てしまうと止まらなくなってしまって、レオは唇をかみしめながら、ぽつらぽつらと思いの丈を吐露していく。
「……もしも今回の転移魔法が上手くいかなかったら、俺、あいつに……エリアスに、俺を勇者の魔法使いに選んだことを後悔させちまうだろ。だから、今回ばかりは絶対に失敗できねぇって思うと、なんでか、手の震えが止まらねぇんだ……」
いままでだって、さんざんここ一番の大勝負をむかえてきて、そのたびに自分の力を信じて無我夢中で突っ込んでいけたのに。
(俺、どうしちまったんだよ……)
くやしくて、歯を食いしばりながらぐっと右手の拳を握っていると、おもむろにアキが自分の両手を伸ばして、膝の上に置かれたレオの手をやさしく包み込んだ。
「アキ……?」
「――レオは、やさしいですね」
「え……?」
訊きかえしたレオに、アキは手もとをおだやかに見つめながら言う。
「怖いっていうことは、それだけ、私たちみんなのために転移魔法を絶対成功させようって思ってくれてるからだと思うんです。レオは、前からそうですけど、すごく仲間思いですよね! もう駄目だって思ったとき、いつだって駆けつけてくれて、大きな背中で守ってくれて――」
遺跡で自我を失ってしまったエリアスから助けてくれたときも、港町に魔物の大群がやってきて全体魔法で一掃してくれたときもすごかった、とアキが言い添える。
レオはアキと同じように、つながれた手もとに視線を落としながら、ぽつりと言う。
「そう、かな……。あのときは、なんとかできるのは俺しかいねぇって思って必死だったから、かっこ悪ぃくらい余裕なかった気もするけどな」
とくに対エリアス戦のときは本気でもう駄目だと思ったわ、と笑えば、アキがレオの手に添えた自分の手にきゅっと力を込めた。
「そんなことないですよ。私の知ってるレオは、いつも自信満々で、すごい魔法を余裕で唱えて、いつだって私たちのことを助けてくれる天才魔法使いさんじゃないですか! 今日だって、いつもどおりのレオの力を出してくれれば、絶対大丈夫だって思います!」
両の拳を握ってにこりと笑って言うアキに、いつも自分のことを励ましてくれる彼女の笑顔を前にしたからか、強張っていた体の力が抜けて、自分でもびっくりするほどに急に気持ちが落ち着きを取り戻してくる。
――すげぇな、アキは……。
やっぱり、俺にとっちゃ、こいつの存在がなによりの支えなんだな。
彼女のやさしさに触れて、落ちついた気持ちがじわじわとあたたかくなっていくのを感じながら、レオは目を閉じて、彼女の手をつかみ直すようにして自分の両手を上から添えた。
「――……ありがとうな、アキ。俺、やれる気がしてきたわ。絶対に、おまえたちを魔王城まで連れていく。だから――」
エリアスに悪いと思いながらも、どうしても……どうしても彼女の力をわけてほしいという強い思いに駆られて、レオはアキの腕をぐいと引いて、上から覆い被さるように抱きしめる。
「レ、レオ……!」
「ごめんな、アキ、少しだけでいいんだ……――おまえの強さを、俺にわけてくれ。おまえに力をもらえたら、エリアスと戦ったあのときみてぇに、今回も、勝てる気がするんだ」
いや、今回だけじゃない、おまえがそばにいてくれたら、俺はなにがあってもずっと強くいられる気がするんだ。
あいつが――……エリアスが、そうであるように。
おろおろと戸惑って身を固くしていたアキだけれど、レオの必死の言葉を聞いてから、わかった、と耳もとで小さくうなずいて――まるで自分の力をレオに伝えるように、彼の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめ返した。
「――レオ、がんばって! かっこいいところ、見せてくださいね!」
レオは、アキに負けないくらい彼女のことを強く抱きしめる。
――エリアス、悪い、今だけアキのこと貸してくれ……!
そう親友に心の中で詫びながら、レオは、抱きしめた彼女の小さな体から伝わってくるあたたかさに力と自信を取り戻して、満面の笑顔でうなずいた。
「おう! しっかりおまえらを魔王城に連れてってやるから、任せろ!」
――そうだ、俺は、勇者エリアスに選ばれたこの世界最強の魔法使い。
どんなに高度な魔法だろうが、失敗の許されない場面だろうが、必ず成功させてみせる。
(アキが、いてくれてよかった……)
レオは、自分の腕の中にいる彼女の存在をたしかめながら、絶対に彼女やエリアスたちの信頼に応えてみせると心に誓う。
そうしてアキの体をそっと離すと、レオは長椅子から立ち上がって、自分の胸に片手を当てて一度深呼吸をした。
こちらの様子をうかがうように隣に立ってくれたアキに、レオは口角を持ち上げて自信満々にほほ笑んでみせる。
「ありがとな、アキ。もう、大丈夫だ。――さあ、行こうぜ」
いつも羽織っている黒いローブをひるがえして、レオは広間に出るために歩きだす。
――俺の魔法の集大成を、魔王に見せてやろうじゃねぇか。
この世界で最強を名のれる魔法使いは魔王だけじゃねぇってことを、証明してやる!
仲間たちの、そして世界の命運を背負った俺の一世一代の舞台が、始まろうとしていた――……。
いつもお読みくださりありがとうございます!
本編に入れられなかった、学府の創立記念パーティ前(第73話のあとくらい)の小ネタです。
『黒板の届かないヨハン先生』
――夜に催される創立記念パーティの時間まで太陽系魔法の臨時講師をすることになったヨハンは、学府の大講義室の壇上で教鞭を振るっていた。
ヨハン「はい、では次に、太陽系魔法の体系について黒板に図式を書いて説明しま――」
振り返って背中の黒板に板書しようとして、ふとチョークを持ったヨハンの手が止まる。
あ、あれ、どうしよう、黒板に手が届かないんですがっ……!?
ヨハン(さすが大講義室、黒板の位置が高い……じゃなくてっ、これじゃ板書できない、どうしたら……!)
チョークをかかげたまま、だらだらだらと冷や汗の流れる背中を学生に向けていると、客席の後ろのほうからよく聞き慣れた声がかけられた。
レオ「ヨハン先生――――! 板書、俺がやりましょうか?」
――レオっ!?
なんで貴方が僕の講義を聞いているんですかっ、と喉から言葉が出かかったけれどぐっと呑みこむ。
たしかに、レオに板書してもらえればこの危機を脱することができそうですが……!
羞恥から、うぐぐぐ、と拳を握ってぶるぶるしつつ、腹を決めたヨハンは講義室の一番後ろに陣取っているレオに体を向ける。
「そ、そうですね、誰かに代わりに書いていただけたほうが僕も講義がしやすいので、ではレオ、よろしくお願いします」
そうしてヨハンは、壇上に立つ自分の後ろで板書をするレオにからかわれながら、楽しく初講義を終えたのだった――。(完)
創立記念パーティまでの時間に、こんな一幕があったようななかったような(笑)
学府に黒板とチョークがあるのかは謎です^ ^
お読みくださりありがとうございました!




