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第六十四話 追い求めた夢

 みんなの大活躍の甲斐あって、無事に町を守りきったその後――。


 アキたちは、お互いの功績をたたえ合う暇もなく、それぞれに割り当てられた次の仕事に駆り出されることになっていた。


 まずエリアスとルイスは、町に張られた結界に綻びがないかどうかを目で確認するため、二人で手分けして町中を見て回ることになり――次にヨハンは、『神殿』の港町支部に事の一部始終を報告するため颯爽と教会に足を向け、同じくレオは『学府』の港町支部に報告するため、まだ体が本調子でないのに無理を押して学府直属の魔法使いギルドへと出向いていった。


 そして、残されたアキは、この町に来たときにエリアスと立ち寄った冒険者ギルドへの報告担当となり、ただいまミーナと一緒にギルドの港町支部の長であるギルドマスターに挨拶をしに来ているのだけれど――。


「がーはっはっは! なるほどなるほど! 勇者殿たちの勇壮ぶりは、その場に居合わせたギルドの若い衆から聞いているぞ。この港町を守ってくれて本当にありがとうなあ!」


 ギルド中に響き渡るのではと思われるほどのしわがれた大声で言って、ギルドマスターは豪快にアキとミーナの肩をばっしばっしと叩いた。


(すごい、迫力っ……!)


 ギルドマスターには初めてお目にかかったのだけれど、灰色の無精ひげを無造作に伸ばした中年の男性で、マスター専用の個室にある皮張りの椅子にどっかりと腰かけ、筋肉隆々の足を組み、片手にはビールの入ったジョッキをこれまた節のある太い手で掴んでいる。


 その威圧感のある外見で陽気に笑う姿は、まさに冒険者の荒くれ者たちを束ねる父性あふれる親方、といった印象だった。無意識に人を従えてしまうようなカリスマオーラが、これでもかというくらい全身から滲み出ている。


「マスター、あたしも頑張ったわ! 結構活躍したんだから!」


「おう、ミーナ坊も頑張ったみてぇだな。ギルドマスターとして俺も鼻が高いよ」


 マスターとミーナはすでに顔見知りなのか、嬉しそうに彼に飛びつくミーナの頭を、大きな手でぐりぐりと慣れたように撫でている。


 そのマスターが、ミーナの体を離して、彼女を見上げて優しげに灰色の目を細めた。


「ミーナ、改めて言うが、勇者様のパーティに加入できてよかったな。おまえ、勇者に憧れて冒険者になったんだものな。おまえをスラムで拾ってから今まで、おまえが勇者の仲間になることだけを夢見て今まで頑張ってきた姿を見てきたから、なんだか感慨深いぜ。よく頑張ったな」


 しみじみと言うマスターに、ミーナもどこか目を潤ませて「……はい」と小さく頷く。


 そういえば、ミーナの生い立ちについては、ほとんど知らないのだったなあと思いだす。


 深入りしていいものではないので、彼女が話してくれるまではこちらからは聞かないでおこうと思っていたのだが、今のギルドマスターの発言からするに彼女はスラム出身であるのかもしれない。


 スラムというのは、いわゆる貧しい暮らしをしている人たちの住む一角を意味する言葉で、あまり治安の良い場所とはいえない町はずれのことだ。彼女は、もしかしたらとても大変な生活を強いられて生きてきたのだろうか……。


 いつも明るくて優しい彼女に隠された一面を見たようで、アキはマスターに笑いかけるミーナを見つめながら少し胸が痛くなった。




 そうしてギルドマスターへの報告を終えたアキたちは、いったん宿屋に戻ろうということになって連れ立って町中を歩いていた。


 さきほどのミーナの生い立ちが気になってつい無言になってしまうアキに、敏いミーナはこちらの内心に気づいたのか、申し訳なさそうに苦笑いをしてみせた。


「……ごめんねアキ。強引にあなたたちのパーティに入れてもらったくせに、あたし、自分のことはなんにも話さないで……」


「う、ううん、私、そんなつもりじゃなくて……! ただ、私の勝手な推測でしかないんですけど、ミーナ、いろいろ大変だったのかなって、心配になって……」


 この世界で、スラム街で生きてきてその後冒険者になるというのがどれほどの大変なのかわからないので、もごもごと口ごもってしまう。


 ただ、もし彼女が今まで大変な思いをして生きてきたのだとしたら、自分やエリアスたちと一緒にいる今は、少しでも楽しいなとか、幸せだなとか、そう思ってもらえていたら嬉しいと思うのだ。


 自分も、ミーナと笑い合っているときはとても楽しいし、彼女のことを大切な友だちだと思っているから。


「……だからミーナ、なにか辛いこととか、悲しいこととかあったら、私でよかったらいつでも話してね。私なんかじゃたいした役には立たないかもしれないけど、ミーナのこと、私、大好きだから」


 って、なんか恥ずかしいね、と照れ笑いをすれば、ミーナがぴたりと足を止めた。


「ミーナ? どうしたの?」


 突然立ち止まったミーナに反応できなくて、彼女よりも一歩前に出てしまって後ろを振り返ると、彼女は俯いたままなにかに耐えるように固く唇を引き結んでいた。やがてその頬を一筋の涙が零れ落ちて、ミーナは慌てて腕の甲でそれを拭う。


「ご、ごめんね、アキ! なんだかあたし、感動しちゃって……! さっきギルドマスターも言ってたけど、あたし、孤児で、両親の顔も知らなくて……物心ついた頃から、この港町のスラム街で生活してたのよね。ほんとに、毎日食べるものにすら困る生活で……スラムのゴミ山の中で見つけた『勇者物語』の絵本を読むことだけが、あたしの唯一の楽しみだったの」


 ミーナの話によると、その『勇者物語』は、吟遊詩人たちが綴った代々の勇者たちの冒険譚を、誰もが読めるように易しい言葉で絵本形式にしたものだったらしい。ミーナは、スラム街の荒れた毎日の中で、その絵本を読むことがささやかな楽しみであったのだそうだ。


 そうして『勇者物語』に夢中になったミーナは、いつしか『勇者』という存在そのものに憧れを抱くようになり、冒険者になって、自分も勇者とともに世界を救済する旅に出たいと思うようになったらしい。


 その理由は、親に捨てられ、誰からも必要とされずに生きてきた自分が、世界中のみんなから必要とされて愛される勇者様の仲間になってみんなに必要とされたかった――その渇望が、勇者パーティへの憧れを生んだのだそうだ。


「……それで、冒険者になるにも資金が必要だから、日雇いの仕事をしてお金を貯めてたんだけど、そのお金を……スラムで信頼してた友だちに奪われちゃってね……。それ以来、誰のことも信じられなくなって、自暴自棄になって、盗みをしたり……場合によっては人を脅すような仕事もして……すさんでいったあたしは、もう、なにもかもがどうでもよくなっていたの」


 涙を拭ったミーナは、ぽつらぽつらと、彼女の今までの生い立ちを吐露してくれる。


「そんな毎日が続いて、もういつ死んでもいいな……なんて悲しいことを思いながら生活していたある日、冒険者ギルドの港町支部がスラムの一斉摘発に入ったの。国から要請があったらしくてね。それで、今のギルドマスター率いる冒険者たちがスラム街に乗り込んできて、自分がどうなろうがどうでもよくなってたあたしは、抵抗すらしなかったのね。たぶん、死んだような目でもして、スラムの隅っこにしゃがみ込んでた気がする……」


 昔を懐かしむように語るミーナは、いつもの光がきらきら輝くような瞳とは程遠い、ひどく暗く寂しそうな目をしていた。


 今のミーナからは想像もつかないような孤独な彼女が、そこにいる気がした。


「そんな中、今のギルドマスターがスラムの端っこにいたあたしを見つけてくれてね、声をかけてくれたのよ。そんな悲しそうな目をしてどうした、逃げないのか、ってね」


 そうして、行くところがない、とミーナが答えると、ギルドマスターは、無気力な彼女が唯一ポシェットに入れていた『勇者物語』に気づいたらしい。


 マスターに、「その物語が好きなのか」と聞かれたミーナは、毎日肌身離さず持ち歩いていながらも開かずにいたその物語のことを思いだして、当時、勇者に憧れて頑張っていた頃の懐かしい日々が思い起こされて、その絵本を両手で握りしめたまま泣きだしてしまったらしい。


 それで、ミーナの話を聞こうと隣にどっかりと腰かけてくれたギルドマスターに、勇者に憧れて冒険者になりたかったこと、そのために真面目に働いて貯めたお金を信頼していた友だちに盗られてしまったこと、それからはお決まりの奈落人生になってしまったことを話したのだそうだ。


「……今思えば、あたし、他人にそんな話したことなかったのに、ギルドマスターだけは、この人ならあたしの話を聞いてくれる、あたしのことをわかってくれるかもしれないって、なんかすごく勝手なんだけど、そう思ったのかもしれないわ。きっと、ずっと誰かに聞いてほしかったのね、あたし……」


 へへ、と恥ずかしそうに笑って、ミーナが後ろ頭を掻く。


 それで、ミーナの話を聞いたギルドマスターは、行くところがないのならば俺のところに来い、それで冒険者になって勇者の仲間に入っておまえの夢を叶えてみせろ、と彼女の手をとってくれたんだそうだ。


「――で、あたしはギルドマスターのもとで修行することになって、自分に向いてそうだなって思った『盗賊』のジョブを選んで、躍起になってクエストをこなしてレベルを上げてきたの。……けど、スラムのときに友だちに裏切られたことがどうしても忘れられなくって、特定の仲間を作ってひとつのパーティにずっといる、ってことができなかったのね。……たぶん、誰かを信頼してまた裏切られるのが怖かったんだと思う」


 それを聞いて思わず俯くと、とんとんとん、とミーナが軽快な足取りでアキを通り越して、優しげに目を細めて振り返った。


「でもね、あたし、アキと出会って変わったの。ずっと一匹狼でやってきたあたしが、サトクリフのことをきっかけにしてギルドでエリアスとアキと出会って、エリアスが勇者様ってことを知らないでパーティを組んでもらって、で、あのクエストに行ったじゃない? あたしが初めて声をかけたあのとき、アキは見ず知らずのあたしをすぐに信頼してくれて、一緒にクエストに行こう、って言ってくれたのよね。あたし、なんの疑いもなくまっすぐに自分を受け入れてもらえたことが、すごく、嬉しくて……。あのときアキに、人を信じることの大切さを思いださせてもらった気がしたの」


 そうして体ごと後ろに向けたミーナが、腰を曲げて気恥ずかしそうに笑う。


「だからね、なんていうのかな、エリアスが勇者様でもそうじゃなくても、あたし、あなたのいるパーティにいられたら幸せだなって、ずっとアキと冒険できたら楽しいだろうな、ってそう思ったの。また勝手なんだけど、あたしもまた誰かを信じてみたい、アキなら信じられるかもしれない、って思ったのよね。だからアキは、あたしにとってとっても大切な存在なの!」


 やだー改めて言うと恥ずかしい、なんて顔を赤くしながら、ミーナは口もとに手を当ててころころと明るく笑っている。


 ……知らなかった。


 ミーナが、自分のことをそんなに信頼して大切に思ってくれていたなんて。


 自分が、大変な思いをして生きてきたミーナのことを、支えられていたなんて。


 嬉しくて嬉しくて目を潤ませるアキに、ミーナがおどけるように首を傾げる。


「で、アキとパーティが組めて嬉しくて舞い上がってたら、なんと一緒にいたエリアスが今代の勇者様だって言うじゃない? もうこれは、奇跡みたいな運命だって思ったのよね! だって、信じられる友だちと、勇者様のパーティに入るっていう夢が両方同時に手に入ったんだもの! だからね――」


 両手を広げて嬉しそうに笑んで、駆け出したミーナはジャンプするようにしてアキに抱きついた。


 わあっ、と声を上げてよろけるアキの視界の至近距離に、ミーナの幸せそうな笑顔がある。


「あたしもアキのこと、すっごくすっごく大好きよ! エリアスにだってレオにだって負けないくらいね! だから、これからもあなたのことを守らせて。あなたは、エリアスと一緒に背負わなければいけないことがたくさんある。だからあたしも、少しでもあなたの力になりたいの」


 アキの両肩に手を乗せて、ミーナは目の前で満面の笑みを浮かべる。


 アキはいよいよ涙が溢れてしまって、彼女の首に腕を回して抱きついた。


「ミーナ、ありがとう……! ミーナが一緒にいてくれたら、この先どんな大変なことがあっても、笑って乗り越えられる気がする! だから、あの、よかったら、これからもずっと友だちでいてね!」


 この世界に来て、エリアスやレオ、ヨハンが傍にいてくれたからひとりぼっちではなかったけれども、なんでも話せる女友達のミーナがいてくれると、エリアスたちの存在とはまた別の形で気持ちが軽くなる気がした。


(私こそ、ミーナと会えてよかった――……)


 勇者の旅というものは、きっと大きな危険が伴うものだと思うから、ミーナを守れるくらい自分も強くなりたいと思う。


 お互いに守って守られて支え合えるような、かけがえのない友だちになりたい。


 この世界でもお友だちができて、なんだかとても嬉しかった。


「……それでねアキ、さっそく友だちとしてちょっと報告があるんだけど――」


 ミーナがアキから体を離して、少しもじもじした様子で視線を流す。


 なんだろう?


 なになに、とわくわくして促すと、ミーナは耳もとを少し赤くして両手の指を合わせる。


「あ、あのね、あのクエストのときにちょっと、アキが見てないときにいろいろあって、あたし、好きな人ができたっていうかっ……」


「ええええぇぇっ!」


 と条件反射で叫んでしまったけれど、アキには、ミーナのその『好きな人』が誰だか大体の見当がつく気がしていた。


 というか、彼女の意中の人といえば、あの人しかいないのではないだろうか。


 自分の予想が正しいとしたら、初めて聞いたよびっくり、というよりは、やっと気持ちを自覚してくれたのねミーナ、というほうが強いのだけれど――。


 噂をすればなんとやらとでも言うのか、もごもごと口ごもるミーナの次の言葉を待っていたとき、彼女の後方からひとりの男性の声がかけられた。


「アキ、ミーナ、ここにいたのか!」


 さすが吟遊詩人、と思える深い響きのある男声にアキが顔を向けたと同時、わかりやすいくらいぼんっと赤くなってミーナが肩を跳ね上げる。


 ……うん、これは、自分の予想は正しかったと思う。


「ルイス、おつかれさま! 結界の点検終わったの?」


 片手を上げて、ミーナの片想いのお相手と思われる男性――ルイスに声をかければ、彼は淡い金の髪を揺らしながらおどけたように笑った。


「ああ。まあ、ヨハンにサトクリフ、それから私というこれ以上ない精鋭で張った結界に綻びなどありえない話なのだが、見直しというものは何事においても大事だからな」


 あいかわらずのナルシストぶりではあるけれど、ルイスの場合、実力が伴っているから突っ込めないというか、妙に納得してしまう。


 ルイスがゆったりと歩み寄ってくる間も、ミーナはこちらを向いて彼に背中を見せたまま、石のように固まっている。


 ――ううむ、これは非常にわかりやすい。


「ところでミーナ、アキ、二人に折り入って頼みがあるのだが」


「ひゃあああっ! なななななによ?」


 ミーナの隣に並んだルイスが、彼女の肩に何気なくぽんと手を乗せた途端、彼女はさも驚いた様子で盛大に飛びずさった。かと思うと、今度は脱皮のような勢いでアキの後ろに隠れてしまう。


 完全に恋する乙女というか、ミーナがとても可愛らしく見えて仕方ない。


 肝心のルイスはなぜミーナに逃げられるのか見当もついていないようで、きょとんとした顔で少しだけ首を傾げる。


「どうしたミーナ、なにかあったのか?」


 鈍感なルイスの切り返しに、アキは思わず彼の脇腹をどついてしまう。


 あれだけ今までミーナに対してアピールしておいて、いざ彼女がその気になると気づかないものなのだろうか。ルイスは、意外と肝心なところで鈍いのかもしれない。


(もどかしいなあもう!)


 ミーナは、傍から見てもよくよくわかるくらい顔を赤くして、むしろ目も少し潤ませた状態でアキの後ろから顔を出した。そうして、相変わらずルイスから視線を逸らしたまま口を開く。


「べ、別になんでもないわよっ。ところでなに、あたしたちになにか用?」


 やや不自然なほどつっけんどんに接するミーナに、アキは思わず吹きだしそうになる。


 ルイスはというと、こちらの様子にますます頭に疑問符を浮かべていたけれど、小首を傾げただけでミーナの質問に答えた。


「ああ、じつは、これから冒険者の皆で何隊かチームを組んで原野の見回りに出ることになってな。それで、そのうち一つの隊のリーダーを私が務めることになったから、ミーナとアキに声をかけようと思ったのだ。二人とも、手は空いているか?」


 ルイスの話によると、今回の結界破損騒動であれだけの異常な数の魔物がこの町の周辺に集まってしまい、さらにその魔物をみんなで袋叩きにして一掃したため、その反動で魔物が異常発生する可能性や、突然変異をしてしまった強力な魔物などが予期せず出現することがあるのだそうだ。そのため、冒険者のみんなで町周辺の安全確認に出るらしい。


「ええ、今ギルドへの報告が終わったところだから空いてるわよ。それで、勇者パーティでは他に誰が参加するわけ?」


 エリアスたちも参加するのかしら、とミーナが質問すると、ルイスは緩く首を振る。


「いや、私たちのパーティから参加するのはミーナとアキ、そして私だけの予定だ。他の皆は、それぞれに事情があって参加できなくてな」


「あら、そうなの?」


 意外そうな顔をするミーナにルイスが事情を説明してくれたところによると――まずエリアスは、魔物の天敵『勇者』ゆえ原野を歩いているだけで魔物を引きつけてしまうため、冒険者たちの満場一致で参加却下になったのだそうだ。


 それからサトクリフは、魔族なのでなるべく人目につかないほうがいいだろうということになって、エリアスと一緒に宿屋でお留守番になったらしい。


(……そっか、エリアスって魔物ホイホイなのか)


 きっと見回りに参加したくて志願したであろうエリアスが、冒険者のみんなから一斉に却下を言い渡されてしょんぼりしている様子が思い浮かんだ。


 天下無敵の勇者様も、意外に不憫な扱いなのかもしれない。エリアスが冒険者のみなさんから親しまれている証拠なのだろう。


「それから、さきほど学府への報告を終えたレオにも会ったのだが――どうにも顔色が悪くてな。だから、レオにも宿屋で休んでいてもらうように伝えたのだ。……あれだけの全体魔法を単身で放ったのだから、無理もないだろうが……」


 ルイスは、考え込んでいるような含んだ物言いをして黙り込んでしまう。


 やっぱり、あの全体魔法はレオほどの魔法使いにとっても大変な負担がかかるものなのだろうか。


 と思って、アキは何げなくルイスに問いかける。


「ねえルイス、レオが使った全体魔法って、やっぱりそんなに凄かったんですか? ルイスから見ても?」


 空や地に蠢いていた魔物を一掃するほどの月系魔法だ、魔法素人の自分から見てもとんでもなくすごいことはわかるのだけれど、魔法をたしなむ人たちにとってあの魔法がどれほど奇跡的なものなのかはわからない。


 ルイスはミーナと一度目を合わせて、自分の考えを述べるように慎重に口を開いた。


「……正直に言えば、あれは、凄い……という漠然とした言葉で片づけられるような所業ではないのだ。神がかっている、とでも言えばいいのか……いや、違うな」


 そこまで言ってルイスは首を振り、ひどく真剣な目でこちらを見つめる。


「……アキ。はっきり言ってあれは―――異常なのだ」


「異常……」


 ぞくり、と背中がひやりと冷えるような言葉だ。ルイスからは、称賛ではなく、むしろ畏怖の念が感じられる。


 ミーナもルイスと同じ気持ちらしく、なにも言わずに表情を強張らせている。


 息を呑むアキに、ルイスは静かな声音で続けた。


「アキ、あの光属性の全体魔法は、月系魔法の中でも『禁止魔法』に区分されるものなのだ」


 ――禁止魔法。


 ルイスの話によると、『禁止魔法』というのは使うことが禁じられているというわけではなく、発動に際して必要になる魔力があまりにも強大で、下手をしたら魔力が急激に枯渇して術者の命を奪うこともあるため、発動する際は、何人もの魔法使いで束になって慎重に使うことが義務づけられている魔法のことなのだそうだ。


 月系魔法にとって、必要とする魔力が多いということは殺傷能力が高いということも意味するので、術者自身の負担と周囲への影響の両方を加味して、よほどの事情がなければ使用してはならない魔法のことを『禁止魔法』と呼んでいるらしい。


「……そもそも『禁止魔法』は、禁止としている意味もないほどに扱える人間自体が少ないのだ。一般の『魔法使い』にとっては、授業で習うだけの紙の上だけのものだと思っている者さえいるくらいだからな。その伝説的な魔法を、レオはたったの一人で、しかも手慣れた様子で発動してみせたのだから……――正直、彼の力は人智を越えている」


 そこまで言って、ルイスは深刻な様子で目を細める。


「アキ、レオは何者なのだ。彼は本当に、人間……なのか?」


「え?」


 まさかそんなことを聞かれるとは思わず、間の抜けた声を出してしまう。


 そんなの、人間、に決まっているのではないだろうか。だって他に、なにが――。


「彼が、創世暦時代に活躍した革命家、レナード・ゲインズの末裔だということはわかった。私が過去に読んだ文献によれば、今の月系魔法の基礎を築いたのはそのレナードなのだから、彼の子孫であるレオが他者に比べて魔法の才に恵まれているのも理解できる。けれども、レナードはあくまで人間だったはずだから、それでレオが人間の枠を超えた魔力量を所持している理由にはならないと思うのだ。レオには、なにか重大な秘密があるのではないだろうか」


 ルイスはまた思案するように口を閉じ、アキはあいまいに頷いて視線を落とした。


 レオの生い立ちに関しては、『学府』を首席合格して勇者パーティの魔法使いに選ばれた、ということしか知らなかった。


 たしかに、幼少期はどこでどんな生活を送っていたのだろう。


 レオは、自分がレナード・ゲインズの末裔だということも知らない様子だった。ヨハンでさえ知らなかった。


 その事実を知っていたのは、聖短剣をレオに手渡したサトクリフだけだ。


 ということは、サトクリフなら、レオのことをなにか知っているのだろうか――。


 そのとき、ぱんぱん、とミーナが軽く手を叩いた。


「まあ、ここで推察していても仕方ないんじゃない? わからないかもしれないけどレオ本人に聞いてみるか、それか、このあと魔王城に行って魔王に話を聞けば案外あっさりわかるかもしれないわよ。今はとにかく、町の周りの原野を見回ることと、一刻も早くレオたちに体力を回復してもらって魔王城に向かうことじゃないかしら」


「そうだな。すまない、話し込んでしまったな」


 悪かった、と笑うルイスに、ミーナが、あんたはいっつも考えてばっかりで先に進まないんだから、と背中を叩いている。


 行動派のミーナと思慮深いルイスのコンビは、本当にお似合いだと思う。


 ここはミーナの言うとおりで、レオのことは、あれこれ詮索せずに魔王に話を聞いてみるのが一番早いのかもしれない。


「それでルイス、エリアスとサトクリフとレオが宿屋でお留守番ってことはわかったんだけれど、ヨハンはどうなの?」


 ミーナが話を変えるように聞き、ルイスは軽く首を振る。


「いや、彼はおそらく、教会での報告が日が落ちるころまでかかるだろうから不参加だ。女神の結界の管轄は『神殿』の業務のうちだから、これからの対策も話し合わねばならないだろうからな。彼は、下手をしたら皆が寝静まった頃に帰ってくるかもしれないな」


「そっか……、みんな、休む暇もないって感じですよね」


 ヨハンだって広範囲の結界魔法を唱えたばかりでぐったりだと思うのだが、そうも言っていられないのかもしれない。それを言えば、同じくその結界魔法に携わったルイスだって相当に消耗していると思うのだが、これから一隊を率いて原野の見回りに出なければならないのだ。みんな引っ張りだこである。


「なるほどねえ。じゃ、エリアスたちの分も、あたしたちがめいっぱい頑張らないといけないわね!」


 片目をつむってはりきるミーナに、アキは頷きながらも思案するように顎に手を当てた。


 今回の原野見回り大作戦、エリアスやサトクリフ、レオ、ヨハンが参加しないということは、これで自分も参加しなければ、ミーナはルイスと二人で行動できるということになるのではないだろうか。他に何人のチームメイトが参加するかはわからないが、ミーナたちが一緒にいられることには違いない。


 先に宿屋に戻ったレオの体調も心配だし、ここは自分も先に宿屋に戻るのもアリなのではないだろうか。ミーナの友人として、ここは一肌脱いでお膳立てするのもいいかもしれない。――よし!


「あ―――――!」


 アキは、わざとらしく思いだしたふりをしながら、ぽんと手を叩く。


 突然大声を上げたアキに、ミーナとルイスがぎょっとした顏で振り返った。


「ちょっとアキ、いきなりどうしたのよ?」


「あ、あのね、私、エリアスに買い物頼まれてたの思いだしたっていうか……!」


「買い物?」


 ルイスは首を傾げ、ミーナと顔を見合わせる。


「ああ、もしかしてレオの魔力回復薬でも頼まれていたのか? あの薬は即効性だから、魔力が枯渇したときに起きる特有の倦怠感を緩和できるかもしれないからな」


 ルイスがなんだか小難しいことを言いながらも納得してくれたので、アキは、そうそうそれそれ、と言わんばかりに何度も首を縦に振る。


 さてさて、ここは邪魔者は退散させてもらって、ミーナに頑張ってもらわなければ!


「じゃ、私ちょっと道具屋さんに寄って薬買ってから、宿屋に届けてくるね! それじゃあミーナ――」


 言うが早いが、アキはミーナの背後に回ると、どんっとその背中を押した。不意打ちのせいで前につんのめったミーナは、勢いのままにルイスの胸元に飛び込んでしまう。


「わっ! ちょっとアキ! さっきからなんなのよもう!」


 真っ赤な顔をして振り返ったミーナに、アキは口元に手を当てて含んだように笑ってみせた。にやにやと笑いながら、止めとばかりにいたずらっぽく言う。


「ミーナ、いろいろ頑張ってね! 応援してるから!」


 それだけで、ミーナにはアキがなんやかんや理由をつけて彼女たちを二人きりにしようとしていることがわかったのだろう。ミーナは顔を赤くして恨めしそうにアキを睨みつけた。こちらから見たら、そんな仕草をしても可愛いだけなのだけれど。


 ミーナがなにか言おうとする前に、アキは、ごめんルイスあとよろしくね、と矢継ぎ早に伝えて手を振り、足早にその場を立ち去った。




(ミーナとルイス、ずっとお似合いだと思ってたんだよね)


 ミーナはやっと恋心を自覚してくれたようだけど、ルイスのほうは彼女のことをどう思っているのだろうか。


 そういえばルイスの本心っていっつもよくわからないよなあ、などとお節介なことを考えながら、アキはひとまず町はずれの宿屋に戻って来る。


「たっだいまー!」


 からんからーん、と元気いっぱいに宿屋の扉を開け放ってドアベルの鐘音を鳴らせば、ふんわりと匂ってくるお料理の香ばしい匂い。


 宿屋のマスターや雇い入れの料理人が、今日の宿泊客に出す夕食でも仕度してくれているのだろうか。


 匂いにつられるように、ロビーに併設されているキッチンカウンターに向かえば、そこでは、思わず目を丸くするような光景が繰り広げられていた。


「ああ、アキ、おかえり。たくさん作ってみたんだけれど、どうかな」


「姐御――――! おかえりなさい!」


 そこには、ぽん、とオムレツと思わしき料理を器用にフライパンの上でひっくり返している今代勇者様――エリアスと、宿のマスターにお借りしたのかピンクのフリフリエプロンをしなやかな身体に身に着け、すさまじい勢いで野菜を千切りしている泣く子も黙る魔族――サトクリフの姿があった。


 ――こ、これはいったい何事……!


 ぽかんとしながらキッチンの二人に歩み寄れば、近くにあるダイニングテーブルには、天板に乗りきらんばかりの料理が所狭しと並べられていた。


 ざっと目で捉えられるだけでも、丸々とした鶏肉の香草焼きに、燻製のチーズ、焼いた鮭の上からたっぷりとシチューをかけた料理、シロップで煮詰めた甘いりんご、蜂蜜のかけられた一口菓子など、見ているだけでお腹が鳴りそうなプロ級の料理が鎮座している。


「す、すごい……」


 これは、エリアスとサトクリフの二人で作ったのだろうか。二人のまさかの料理男子っぷりに、たらたらと冷や汗が落ちていく。


 自分は料理があまり得意ではない……というか正直なところ苦手分野のため、自分よりも彼らのほうが料理が上手というのはどうなんだろう。女性としてなかなかの危機感である。


(――……料理、練習しよう)


 それこそ、料理レベルカンストを思わせるエリアスに追いつくのは、戦闘レベルで追いつくのと同じくらい途方もないかもしれないが。


 料理を見つめたまま呆然としているアキに、エリアスが歩み寄り、飲み物のカップがひとつ乗った銀のお盆を差し出した。


「アキ、帰って来て早々で申し訳ないんだけれど、これ、レオに届けてもらってもいいかな。二階で休んでいると思うから」


「うん、わかった。……レオ、大丈夫そう?」


 言われてカップの中を覗きこめば、ミルクが入っているのか優しいキャラメル色をした紅茶が、ときおり光を反射しながらゆらゆらと揺れている。ほのかに上がっている湯気が、体がほんのり温まりそうでおいしそうだった。


「大丈夫だとは思うけれど、ちょっと寝てくる、って二階に行ったきり降りてこないんだ。もしかしたら熟睡しているかもしれないから、そのときは起こさないで戻って来てくれる?」


 了解、とエリアスからお盆を受け取ると、彼は頷いてすぐにサトクリフの横へと戻っていく。


 そしてもくもくと調理を再開するエリアスに、アキはできあがっている料理を見回して声をかける。


「それにしても、たくさん料理作ったね! これ、今日のお夕飯とか?」


「そうそう。今日の夜は、町の防衛戦成功を祝してみんなで祝勝会をやろうって話になってねェ。勇者殿とオレ様は手が空いてるんで料理担当なんですぜ、姐御! 姐御も、レオ様の様子見てきたらこっち手伝ってくださいよ」


「えっ!? う、うん、時間あったら、手伝うね……」


 とサトクリフに曖昧に笑って誤魔化してから、アキはそそくさと二階への階段を昇っていく。


 料理、手伝いたい気持ちは山ほどあるんだけれど、自分が手伝うと、消し炭だらけになってしまう気が……。


 そして、エリアスに幻滅でもされたらどうしよう……。


(や、やっぱり料理手伝うのはやめよう。適材適所って言うし)


 ひとりで言い訳を思い浮かべながら、アキは楽しくなりそうな今晩のことを思う。


 今日の港町防衛戦の大成功をお祝いして、夜はみんなで晩餐だ。今のメンバーでわいわいごはんが食べられるなんて、今まで一度もなかったから楽しみである。


 そのためにも、レオには夜までになんとか元気になってもらって、ヨハンにも早めに帰って来てもらえたら嬉しい。


 アキはレオの部屋の前に立ち、空いているほうの手でそっと扉をノックする。


「――レオ、起きてる?」

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