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第五話 武器と防具

 エリアスと二人でいろいろと今後のことを話し合ったそののち――。


 アキは、空き時間に少しでも王城の造りを覚えようと、一人で城内をうろうろと散策していた。けれど、右を見ても左を見ても建物の造りが似ているため、自分がどちらから歩いてきて、そしてどちらに進めばいいのかわからなくなってくるのだ。


 アキは、とうとう立ち止まって神妙に考えた。


(ううむ、これは完全に迷ったかも……!)


 自分の方向音痴ぶりに愕然としてくる。こんな状態で、異世界の旅などできるのだろうか。


 これは死活問題かもなあ、と深々と溜息をついたところで、ふと前方から見知った男性が歩いてくる姿が目に入った。すらっと高い身長に全身を覆う黒いローブ。見間違えるはずがない、さきほど神殿で分かれたレオだ。


「レオ―――! ちょうどよかった!」


 九死に一生を得た気持ちで小走りにレオに駆け寄ると、彼は寄ってきたアキを見るなり勢いよく指を差した。


「あ―――、おまえこんなところにいやがったのか! ったく、どこほっつき歩いてたんだよ。俺がどんだけおまえのこと探したと思ってんだ」


(また怒られたっ……!)


 出会ったときからお小言ばかりのレオに苦笑いで頬を掻きながら、アキはレオを覗き込む。


「べつにほっつき歩いてたわけじゃないですよ。さっきまで、ちょっとエリアスと話してて……」


「エリアス?」


 なにかを閃いたように、レオがにんまりと笑った。


「ああ、なるほど。大方、ヨハンから聞いた内容について話してきたんだろ」


 え……?


「どうしてわかるんですか?」


 魔法使いは、そんなことまで予測することができるのだろうか。


 それも魔法でわかるの、とアキが首を傾げると、レオがおかしそうに笑った。


「ああ、魔法じゃねぇよ。魔法使いは占い師じゃねぇからな。――まあ、おまえみてぇな異世界からの来訪者は、この世界に来たときに必ず、ヨハンみたいな『神官』職のやつから勇者と魔王の伝承について聞くんだよ。だから、たぶんその話に関係することなんだろうなって思ってさ」


「ふうん。そういう代々の習わしがあるってことですか?」


「そういうこと。で、どうせおまえのことだから、勇者の人生って大変ですねっ、私もエリアスの役に立ちたいですっ、とか言ったんだろ」


 レオは、ご丁寧にアキの口真似をしながら、両手の拳を握る仕草まで再現してくる。


「も、もう! べつにそんなこと、言ってないですし!」


 似たようなことを言ったような気もするけど、とごにょごにょ言い訳すると、レオがふと表情を変えて優しげに微笑んだ。


「悪ぃ悪ぃ、からかってごめんな。――それで実際、どうなんだよ。エリアスのこと心配してやったんだろ?」


「うん……。っていっても、私にできることなんて心配することしかできなくて、それもお節介だったらどうしようって、そんなことばっかり考えちゃうんですけどね。でもレオ、どうしてそこまでお見通しなんですか?」


 エリアスと話した内容から、アキが言ったことまでぴたりと当ててくるレオに、アキは思わず問いかけてしまう。


 レオは軽く肩を竦めた。


「そりゃ、俺はおまえのことならなんでもわかんの――ってのは冗談で、勇者って存在の理不尽さに疑問を持つのは、異世界から来たおまえならではの考え方なんだよ」


「え、どういうこと?」


「要するに、この世界の住民にとっては、勇者が命を賭けて魔王を倒し世界を守るって宿命を背負ってんのは当たり前なんだよ。だから、なんで勇者と魔王が定期的に生まれるのか、とか、なんで勇者は魔王を倒す必要があるのか、とか、そのへんに疑問を抱かねぇんだよな。だから、そこに同情の余地はないわけだ」


 レオが淡々と事実を述べる。


 つまり、この世界では、勇者が身を粉にして魔王と戦うのは当然のことで、その過酷さ、大変さ、辛さには誰も意識を向けてくれないということなのだろう。


(やっぱり、この世界の『勇者』に対する認識が、エリアスを孤独に追い込んでるんじゃないのかな……)


 だからこそ、エリアスもまた孤独に耐えようとして、自分の殻に閉じこもってしまうのではないだろうか……。


 レオは、エリアスのことを真剣に思っているアキをちらと横目に見て、優しげに目を細めた。


「……そんな背景があるからさ、エリアスの大変さに気づいてあげられんのは、異世界から来たおまえにしかできねぇことなんだよ。だから、おまえが傍にいてくれて、あいつ感謝してると思うぜ。やっと自分のことを理解してくれる人が現れたってな」


「そう……なのかな。私、少しでもエリアスの力になれてるのかな」


「そりゃあもちろん。あいつの役に立とうとか、そんな大層なことは考えなくていい、おまえはエリアスの隣にいてやるだけでいいんだよ。でもって、たまにあいつが弱音を吐きそうになったら、引っぱたいてくれりゃあいい」


 わざと平手打ちの真似をするレオに、アキは思わず声を上げて笑った。


 エリアスを平手打ちしたらどうなるだろう、と想像して、彼のきょとんとした顏が思い浮かんだからだ。


 いたずらっこのように笑っているレオを見返しながら、アキは思う。


 そういうレオこそ、エリアスのことを一番心配して、気にかけているのだろう。彼は照れ屋さんだから、自分の優しい面を冗談で誤魔化してしまうけれど。


「――そうだ、アキ」


 思い出したように、レオがぽんと手を叩く。


「これから少し時間をもらえねぇか? おまえに渡したいものがあるんだよ」


「え、もしかしてプレゼント……とかですか!?」


 期待して目を輝かせれば、レオが自信満々に凄みのある笑みを浮かべた。


「おうよ! とびっきりのプレゼントを用意してやったから、しかと受け取ってくれよな」




 レオに案内されるままに二階の廊下を奥へ奥へと進んでいくと、ほどなくして一際豪奢な扉の前で立ち止まった。観音開きの鉄製の扉で、ずいぶんと頑丈な錠前が掛かっている。


 もしかしたら、城内でも重要な部屋なのかもしれない……?


 アキは、自分の一歩前に立って扉とにらめっこしているレオのローブを引っ張る。


「レオ、この部屋って?」


「宝物庫。つっても、べつにお宝が目的で来たわけじゃねぇぜ。これから旅に出るにあたって、おまえにも身を守るための武器と防具が必要になるだろ? だから、この部屋で俺が召喚魔法を使って、それを通じて女神からおまえ専用の武器防具を授けてもらうんだよ。それが、勇者一行の魔法使いの仕事の一つだからな」


 顔だけ軽く振り返って言うレオに、アキは思わず、え、と声を上げる。


 さきほどレオが言っていたプレゼントというのは、自分のために武器と防具を用意してくれるということだったのだろうか。


「ありがとうございます! 武器と防具って、なんだかすごくゲームっぽいですね!」


 何気なく言うと、レオが唸りながら前髪を掻き上げた。くるりとこちらを振り返ったと思うと、人差し指で軽く額を小突かれる。


「まあ、気持ちはわからなくもねぇが、ここは仮想世界じゃねぇんだぞ? 現実なんだっつー意識を持ってもらわねぇと。危なっかしくて仕方ねぇよ」


 はっとして、アキは叱られた子どものように肩をすぼめた。


 そうだった、この世界のことをゲームに喩えるなんて失礼だった。ここは紛れもない現実の世界なのに。


「ご、ごめんなさい、軽率でした……。私、まだ実感が湧いてないのかな」


「そんなことはねぇと思うけど、まあ、初めて異世界に来たわけだし、まだどこか浮かれてんのかもしれねぇな。旅が始まればまた意識も変わるだろうよ」


 叱って悪かったな、と付け加えて、レオがアキの頭をぽんぽんとあやすように叩く。


 レオって本当に優しいなあ、とアキは思う。


 今のように、彼が間違っていると思ったことを言えばきちんと諌めてくれるのも、彼がアキのことを気遣ってくれているからなのだろう。


 レオは再度扉に向き直ると、太ももに括りつけてあった小型の革製の鞄から、使い古されてぼろぼろになっている小さな本を取り出した。表紙に大きく魔法陣の絵が描かれているから、魔法使いの使う魔導書のようなものなのだろうか。


 レオはそれを左手で開いて持ち、宝物庫の扉に右の手のひらをぴたりと添えると、小声で一言呟いた。


「――解錠」


 途端、扉に添えた彼の手のひらを中心に小さな魔法陣が展開し、扉に刻み込まれたかと思うと、扉に沁み込むように魔法陣が消失した。それと同時に、宝物庫の扉が色が抜けるように透明になってゆき、やがて扉自体が消えてなくなってしまった。


(え、え、なにが起こったの!?)


 さきほどレオは「解錠」と言っていた。つまり、この扉は魔法で開く仕組みになっているのだろうか。


 アキは思わず小さく拍手をする。


「すごい、すごい、宝物庫の扉って魔法で開くんですね!」


 レオが得意げに振り返る。


「俺の場合はな。宝物庫の扉は、それぞれの特技で開くようになってるんだよ」


 ふうん、とアキが答えるのを待たずに、レオはためらいもなくずんずんと室内に足を踏み入れていく。


 それぞれの特技で開くということは、たとえばエリアスの場合は、剣を使うのだろうか。


(……どうやって?)


 エリアスが剣で扉を叩き割っている姿を想像してしまい、アキは唸りながら慌ててレオの背中を追うのだった。




 宝物庫の中は、目が眩むほどに煌びやかな宝石類や、宝飾された大剣等が所狭しと保管されている、まさに宝の山のような場所だった。


 一生お目にかかることのなさそうな金銀財宝に囲まれ、あまりの眩しさにアキはぽかんと口を開ける。


「す、す、すごい……! 豪華絢爛ですね!」


「まあな。ここには城の資産がほとんど保管されてんだよ。俺は勇者一行の一員だから特別に入室が許可されてんだぜ」


 ふふん、と鼻を鳴らすレオをすらりと無視しながら、アキは棚に並べられた宝石群を眺める。


「ということは、エリアスとヨハンも自由に出入りできるってことですよね?」


「当然。ただ、あいつらも金目のもんに興味ねぇから、下手したら入ったことすらねぇだろうな」


 答えたレオもまた財宝には興味の欠片もないのか、わき目も振らずにすたすたと部屋の奥地へ進んでいく。


「あ、レオ、待って待って!」


 必死にレオの背中を追って早足で歩いていくと、宝物庫の奥にさらに小さな木製の扉があり、レオが再度解錠の魔法を唱えると、それもまた扉ごと掻き消えた。


 背の高いレオが身を屈めてその小さな扉をくぐると、そこは、壁が円形に凹むように奥まっている空間で、だだっ広い石畳の床だけが無遠慮に広がっていた。


 宝石の立ち並んだ棚もなければ、テーブルも椅子もなに一つ置かれていない。


 一体なにに使う部屋なんだろう、とアキが戸口で立ち止まっていると、部屋の中央部まで進んだレオが振り返る。


「おーい、なにぼさっとしてんだよ。今からおまえの武器と防具を召喚するから、こっち来い」


 手招きするレオに、アキはきょろきょろと辺りを見回す。


「えっと――」


 このなにもない部屋で、一体どうやって自分の武器と防具を召喚してくれるのだろう。


 うーん、と唸りながら、アキはレオに視線を投げる。


「……ねぇレオ、こんななにもないとこでどうやって武器と防具を呼び出すんですか?」


「はあ?」


 レオは片眉を跳ね上げる。


「なにもなくはねぇだろ。来たる日のために俺が至極丁寧に描いておいた魔法陣があるだろうが、ここに!」


 失礼極まりねぇなおまえ、とレオが地団駄を踏みながら、わざとらしく床を指差す。


 アキが疑いの目を向けたままレオの指差すところを見ると、たしかに、石畳の床一面に、円が幾重にも連なった複雑怪奇な魔法陣が描き込まれていた。薄い灰色の線で描かれていたから、光の加減で見えにくかったのかもしれない。


 アキは室内へと足を進め、しゃがみこんで魔法陣に注目すると、それぞれの円の内側には絵文字に似た象形文字がぎちぎちに描き込まれていた。


「な、言ったとおりだろ? これ、おまえのために俺が夜な夜な仕上げた超大作なんだからな。心して受け賜われよ」


「もう、それ自分で言わなきゃかっこいいのに。……あ、そうか、さっき神殿で別の用事があるって言ってたけど、これの準備をしてくれてたんですか?」


「そ。で、準備が整ったからおまえのこと探してたんだよ」


 答えて、レオは自慢の魔法陣を見せるように両手を広げた。


「アキ、さっそく始めるから、おまえはこの魔法陣の中央に立ってくれ。力を抜いて、楽にしててくれよな」


「う、うん……」


 頷いたはいいが、魔法陣の中心に立つというのは、なにかが起こりそうでなんとなく怖い。


 尻込みしていると、レオが半眼になって後ろ頭を掻いた。


「そんなに怖がんなよ。なぜ俺を信用しない」


「……レオの人徳のなせる業じゃないでしょうか」


「おまえな」


 レオはすたすたとアキに歩み寄ると、仕方ねぇな、と一言いってからアキの腰と膝の後ろに腕を差し入れ、ひょいとその身体を抱き上げた。


 急激に高くなる視界に、アキは突然なにが起きたのかと目を白黒させる。


「ひ、ひゃああっ! ななななにするの、レオ!」


 驚いて自分を抱き上げている張本人に顔を向けると、至近距離にレオの整った顔立ちがある。

 それにさらに気が動転して、アキは彼の腕の中でじたばたと手足を動かした。


「だああ、暴れんな! 落ちるぞ!」


「そ、そ、そんなこと言われてもっ、これはさすがに恥ずかしいっていうか……!」


 魔法使いという職業柄、レオは細身かと思っていたのだが、意外と力強くて胸板も厚い男らしい体つきなのだ。


 レオの逞しさにどぎまぎして暴れていると、レオはアキの体を取り落とさないように腕に力を込めた。


「おまえが怖くねぇようにさくっと終わらせるから、少しだけ我慢してくれよ。俺が召喚する武器と防具だ。きっと最高の贈り物になると思うぜ」


 へへ、と照れ臭そうに、けれども楽しそうに笑うレオに、アキは一瞬目を奪われてから嬉しそうに破顏した。


(――そうだ、レオは、私のために武器と防具を呼び出してくれるんだもんね)


 それなのに怖がっていては、力を貸してくれる彼に失礼というものだろう。


 そう思い直したアキが、そうですねっ、とレオの言葉に笑いかけると、レオもうんうんと何度も頷いて笑い返してくれた。


 そうしてレオはアキを抱えたまま魔法陣の中央部まで進むと、彼女に陣の真ん中に立ってもらい、自身は魔法陣から一定距離を離れた場所に立った。魔導書を取り出して左手の上に広げると、両足を開いて召喚魔法を唱える体勢をとる。


 アキは魔法陣の中にぽつりと立ちながら、魔導書に視線を落としているレオを不安げに見つめる。


(なにが起きるんだろう……。レオがやってくれるんだから、絶対大丈夫だと思うんだけど……)


 それでも、魔法に慣れていない自分には、これから未知のことが起きるのではないかとどうしても怖いのだ。


 そんなアキの心中に気づいたのか、レオが魔導書からふと顔を上げた。アキと目が合うと、彼は小さく「大丈夫」と口を動かして軽く笑んでから、右手の人差し指をこちらに向けて伸ばした。左手に持った魔導書を伏せるように胸に当てる。


 そうして、彼がすっと真剣に目を細めた途端、彼の周囲にある空気が瞬間的に緊張感を持ったように感じた。


 アキがその迫力に気圧されて息を呑んだと同時、レオが勇ましい声で詠唱を始める。


「――朝も夜も守っておくれ、剣のごとく、盾のごとく。降り注ぐ火の粉も届きはしない、それらはすべて、ここにある」


 彼の祝詞が終わると、アキの足もとにある魔法陣がまるで水を流し込んだように徐々に光を放ち、それが陣すべてに行き渡った途端、光が吹き出すような輝きを発した。


 一気に視界を埋め尽くす光の洪水に、アキは驚いてレオのほうを見やる。


 すると、離れた場所で詠唱を続けているレオの周りからも、ふわりと光の渦が立ち昇っていた。


 光の奔流に包まれてゆるやかにローブをなびかせた彼の姿に、アキは光の眩しさなど気にならないほどに目を奪われる。


「レオ、綺麗……」


 無意識のうちにそう呟いていた。

 目を閉じ、一心に魔法を唱えている彼は、普段の大雑把な素行など想像もできないほどに荘厳で美しいのだ。


 祝詞を言い終わったと同時に、レオが紫色の瞳をうっすらと開ける。そうして、彼を見つめていたアキと目が合うと、レオは光に照らされた表情で自信満々に唇を持ち上げ、大きく頷いてみせた。


 え、なに、という表情でアキがレオの顔を見返したと同時、アキを包んでいた光が揺らぎ、それは彼女の右手と左手の上へと収束していく。


 アキが慌てて自分の右手と左手を差し出して集積する光を見つめていると、左右の手それぞれの手のひらにわずかな重みを感じた。光を伝って、なにかが自分の手に乗せられたのだろうか。


 ほどなくして手のひらに集まっていた光が消失し、アキは覗き込むようにして自分の左右の手に目をやった。


 するとそこには、右の手のひらに銀細工のペンが、左の手のひらに焦げ茶色の革の手帳が置かれている。


(あれ、もしかしてこれって――……)


 アキはぱちくりとそれらを見つめる。


 さきほどレオは、自分用の武器と防具を召喚してくれると言っていた。

 そうして唱えてくれた召喚魔法の力で、このペンと手帳が現れたということは――……。


 アキはあんぐりと口を開ける。


「も、もしかして、このペンと手帳が私の武器ですか!?」


 武器というからには、剣だとか杖だとかそういった類のものを想像していたのだが、まさかの――ペンと手帳!?


 顎を落としながら何気なく自分の格好を見下ろせば、それはこの世界に来たときに着ていたスーツとなにも変わらないものだけれども、わずかに先ほどの光をまとって輝きを放っているような気もした。召喚魔法を唱えてもらう前とは違って、身につけているだけでどこか力が湧いてくるような。


 つまり、自分にとってはこのスーツがレオに召喚してもらった防具の効果を得ているということなのだろう。


 ――ペンに、手帳に、スーツ。


 アキは、あまりにもあまりにもな武器と防具に、ふるふると震える。


 ――これは、どう見ても『秘書』の装備そのものではないだろうか。


 硬直しているアキを尻目に、彼女の武器と防具を目の当たりにして一瞬言葉を失っていたレオは、弾かれたように腹を抱えて笑いだした。


「ぶっ、はははっ! アキ、なんなんだよその武器と防具! ほんっとおまえって前代未聞だな! 勇者様の秘書、なるほどその職業にぴったりの服装だな」


「わ、わ、笑いごとじゃないですよ! この武器と防具でどうやって魔王と戦えっていうんですか……!」


 剣で魔王に立ち向かえるわけでもなく、魔法で魔王を吹っ飛ばせるわけでもなく!

 防具も魔王に攻撃されたらひとたまりもなさそうである。


 レオはついに腹を押さえながらうずくまる。


「は、腹痛ぇ……! ま、まあよくわかんねぇけど、女神がその武器と防具を寄こしたんなら、真っ当に攻撃力も防御力もあるんだろうよ。それに、そのペンがありゃ、旅の記録をつけるときに俺らとの言語の壁を感じずに済むんじゃねぇの」


 レオの言うとおり、ペンの効果なのかなんなのか、感覚的にこの世界の文字情報が理解できているように思えた。


 なんらかの女神様のお力が働いているのかもしれない。


 なんともいえない表情でペンと手帳、そして自分のスーツを見下ろしているアキに、レオはくっくっと軽く笑いながら歩み寄ってくる。


 そうして、まだ笑いを堪えているような素振りでアキの頭に手を乗せた。


「どうやら、女神も秘書のおまえにぴったりの装備を考えてくれたみてぇだな。旅に出んのが楽しみすぎるな、アキ」


「にやにや笑って……! 絶対楽しんでるでしょう!」


「そんなこと――なきしもあらずだけど?」


「もう!」


 アキが頬を膨らませると、レオはこちらの顔を覗き込んで、意外なほど優しく微笑んだ。


「まあ、おまえらしい武器と防具でいいんじゃねぇの。おまえの力、期待してるからな」

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