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第五十五話 帰還

 チチチチ、と小鳥のさえずる声が心地よく耳に入り込んでくる。


 閉じていたまぶたの裏に、朝を告げるやわらかい光が映りこんで、アキはふと意識をとり戻した。


 途端、光の柱の中で苦痛に耐えていたエリアスの姿が鮮やかに目によみがえって、アキははっと飛び起きる。


「――エリアス!」


 強張った表情で彼の名を叫んでみたけれど、そんな自分の目に映ったのは、あの鬼気迫る状況だったあのときとは真逆の、ひどく気の抜けるようなのどかな朝の風景だった。


 少し開けられている部屋の窓からは、おだやかな風が舞い込んでいて、綿のカーテンをふわふわとやさしく揺らしている。


 窓から射し込んでいる光もあたたかくて、外からは町の人たちが挨拶を交わす声が遠くに聞こえていた。


(……ここって、私たちが泊まってた宿屋だよね……?)


 アキはきょろきょろと周囲を見渡して、自分の思い違いでないかを確かめる。


 木造のあたたかみのある室内に、自分が寝ている寝台も木製の簡素なもので――ここは間違いなく、ナコとふたりで並んでおしゃべりをしたり、エリアスやレオたちと一緒にテーブルを囲んで休憩したあの宿屋のようだった。


(私、帰ってきたの……?)


 ――あれ、どうしてここにいるんだっけ……。


 必死に思い出そうと頭をひねるも、思いだせたのは、光の柱に飛び込んで無我夢中でエリアスに抱きついたあのときの光景までだった。


(そのあとすごく額が熱くなって、強い光で目が開けていられなくなって、それで――)


 どう思いだそうとしても、そこで記憶がとぎれている。


 どうして自分がこうして宿屋に戻っているのか、さっぱりわからない。


(……まさか、全部夢だったとか……?)


 いやそれはありえない、とアキは弱く首を振る。


 起きてみてわかったけれど、体が極度に疲労しているのか鉛のように重いし、なんだか頭もぼうっとしてはっきりしないのだ。


 きっとこれは、あの遺跡でヨハンたちと古代魔法を使った反動なのではないだろうか。


 自分の格好をよくよく見おろしてみれば、いつも着ているベージュ色のスーツではなく、落ちついた赤地に花模様のかわいらしい服を着せられていた。


 袖口やスカートの端には金の糸で細かい刺繍が縫いこまれていて、まるでこの世界の町の娘さんたちが着るような軽やかなドレスだ。


 腰の紐締めがゆるやかに結んであるところをみると、誰かがスーツからこの服に着替えさせてくれたのだろう。遺跡での戦いで、スーツは泥と血まみれになっていただろうから。


「……とりあえず、誰かを呼びにいかないと――」


 寝台から立ちあがろうと、床に丁寧にそろえて置いてあった自分の靴を履こうとしたそのとき――部屋の扉がそっと開かれて赤毛のミーナが顔をのぞかせた。


「アキ……?」


「ミーナ!」


 アキがぱっと顔を輝かせたその途端、ミーナは腕に抱えていた荷物をそのあたりに放り投げて、足がもつれそうになるほどの勢いで駆け寄ってきた。


「アキ、よかった! 気がついたのね……!」


 ミーナは腕を伸ばすと、アキの頭を抱きすくめるようにしてぎゅっと強く包み込んだ。


 彼女の腕の中がとてもあたたかくて、ああ本当に無事に帰ってきたんだと実感して、急激に安堵の気持ちがあふれてくる。


 アキはミーナの背に腕をまわして強く抱きしめかえした。


「ミーナ、無事でよかった……! ちゃんと帰って来られたんだよね、私たち」


 そう言葉にしただけで、泣きそうなほどに胸が熱くなってくる。


 ミーナはアキから少し体を離すと、薄茶色の瞳を潤ませながら何度も何度もうなずいた。


「ええ、ええ、みんな無事に帰って来られたのよ。エリアスも、レオも、ヨハンも、ルイスもサトクリフも、みんな……!」


 ミーナはそこで言葉を切り、アキに向けて片手を伸ばすと、その頭をやさしくなでた。


「――あなたが頑張ってくれたおかげよ。あたしたちを助けてくれて、ありがとう」


 アキは胸の奥がじわりと熱くなって、目の端に涙があふれて、それはこらえることができずにぽろぽろと掛け布の上にこぼれ落ちる。


「私っ……、こんな私でも、やっとみんなの役に立つことができたのかな。エリアスを、守ることができたのかな……!」


 ずっと無力であることを悔いているばかりの自分だったけれど、やっと、女神様に選ばれた『勇者の片腕』として仲間たちを助けることができたのだろうか。


 自分の力で、みんなを守ることができたのだろうか。


 すがるように言うアキに、ミーナはそっと手を伸ばしてもう一度アキを抱きしめると、あやすようにアキの後頭部をやさしくなでた。


「もちろんよ。今回だけじゃない、いままでだってアキはあたしたちを助けてくれたじゃない。戦う力とか、そういう目に見える力だけじゃなくて、あたしも、エリアスも、レオたちみんなも、あなたがいてくれたから精神的に支えられてきたのよ。――だって」


 そこで言葉を切って、ミーナはアキを真正面に見るといたずらに片目をつむってみせた。


「あたしも、エリアスやレオも、みんなアキのことが大好きなんだから!」


「ミーナっ……」


 止まりかけていた涙がまた堰を切ったようにあふれ出して、アキはたまらなくなって目の前のミーナに抱きつく。


 彼女の肩口に顔をうずめながら、自分が『勇者の片腕』としてみんなを助けることができたこと――そして、こうしてみんなで無事に戻って来られたことが奇跡のようにうれしくて、アキはミーナに抱きついたまま子どものように大声で泣きじゃくってしまった。




 アキが泣き止んでから、ミーナはアキの寝台の横に腰かけて、あの遺跡からいまに至るまでになにがあったのかをゆっくりと話してくれた。


 ミーナの話によると、自分とレオ、ヨハンとで詠唱した古代魔法は、無事にエリアスの太陽の女神の力を封じ込めることに成功したんだけれど、その反動でか自分たちは意識を失って倒れてしまったらしい。


 その直後、この騒動によって遺跡が崩落を始めてしまって、月系魔法を扱えるルイスとサトクリフによって大がかりな転移魔法を使い、全員一気にこの宿屋まで脱出させてくれたんだそうだ。


 転移魔法の発動の最中に魔物が大群で襲いかかってきたんだけどこのあたしが華麗に退治してやったわ、とミーナはからりと笑って力こぶを作ってみせた。


 たいしたことがなかったふうに彼女は言っているけれど、きっと、動けない自分たちを助けるために必死に力を尽くしてくれたんだと思う。


(ミーナ、ありがとう……)


 お互いを助けるためにみんなががんばったからこそ、こうしてエリアスを連れて無事に帰ってくることができたのだ。


 さらに、ミーナたちの活躍によって無事にこの宿屋に帰還した自分たちは、そのまま一晩目を覚ますことなく眠り続けていたらしい。


 そうして夜が明けたいま、とりわけ消耗の激しかったエリアスとレオ、ヨハンはいまも目を覚ましていないらしく、それぞれの部屋で昏々と眠っているそうだ。


(エリアスたち、大丈夫かな……)


 アキが不安げな表情を見せると、三人とも快方に向かっているから大丈夫、とミーナが優しく肩をさすってくれた。


「アキ、少し動けそうだったら、エリアスたちの様子を見に行ってもらえたら嬉しいわ。誰か目を覚ましているかもしれないから。エリアスもレオもヨハンも、目が覚めたときにあなたがいてくれたらすごく嬉しいと思うの」


「そう、かな。じゃあ、さっそくいまから行ってこようかな」


 そうして立ちあがろうとして、ふとアキは宿屋で留守番をしていたはずのナコのことを思いだして、彼女を様子を聞こうとミーナに問いかける。


「ねえミーナ、私の妹――ナコがここに残ってたはずなんだけど、もう会った? ヨハンとかの看病に行ってるのかな」


「……え? ナコちゃん?」


 ミーナが意外な名前が出てきたとばかりに目をまたたかせる。


 もしかして、まだナコと会っていないのだろうか……。


 自分とエリアスがミーナたちと一緒にあのクエストに挑んだ当初、この宿屋にはヨハンとレオ、ナコの三人が残っていたはずで、そのうちのヨハンとレオが自分たちを助けに来てくれたのだから、間違いなく彼女はこの宿屋にいるはずなのだ。


 アキがその事情を話すと、ミーナは昨日の光景を思いだすように顎に手を当てる。


「おかしいわね……。昨日、あたしたちがここに転移してきたとき、宿の亭主さん以外には誰もいなかったと思うわ。それからも誰も帰ってきていないと思うけど……」


「そう……なの?」


 まさか、ナコは自分たちがいないときにひとりで外に出ていったのだろうか。


 なにか危険なことに巻き込まれた可能性はないだろうか。


 自分よりも長く一緒にいたレオとヨハンならば、なにか知っているだろうか。


 レオたちの様子を見にいったときに聞いてみよう――と思いたったところで、廊下を全速力で駆け走ってくるけたたましい足音が聞こえてきて、開けっぱなしだった部屋の扉から見覚えのある背格好の男性が飛び込んできた。


「アキちゃん、気がついたのか!」


 やってきたのはまさかのサトクリフその人で、彼は寝台に腰かけていたアキを目に入れるなり、こちらが度胆を抜かれるほどの勢いで床に額をこすりつけて土下座した。


「アキちゃんっ、本っ当にごめんな! 謝っても謝りきれるもんじゃねェってことはわかってんだが、オレにはもう、謝ることしか思いつかなくてよ……! 勇者殿にもアキちゃんにも、償いきれねェことをしちまった。本当に、申し訳ないっ……」


 床に伏せたまま顔を上げないサトクリフに、アキはあわてて立ちあがると、彼に駆け寄ってかたわらに膝をついた。


 伏せっている彼の肩に両手を添えて、彼の肩をそっと揺する。


「サトクリフ、大丈夫、大丈夫だから……! お願い、そんなことしないで」


 たしかに、サトクリフには思い出すだけでもぞっとするほどのひどい怪我を負わされたし、それによってエリアスの太陽の女神の力が暴発して、エリアス自身はもちろん、他の仲間たちまで危険にさらされることになってしまった。


 それが魔王のなんらかの意図に従っておこなったことだとしても、とても許されることではないと思う。


 今回のことで、エリアスはおそらく、体に負った傷以上の精神的な負い目を受けてしまっただろうから。


 けれど、その怒りをいまさらサトクリフにぶつける気はなかった。


 彼にとってもエリアスの自我の喪失は予想外のものであったようだし、そのあと、彼は自分の身をかえりみずに力を貸してくれたからだ。


 正直、サトクリフがいなかったら、太陽の女神に精神を乗っ取られたエリアスと渡り合うことも、そのあと仲間たちを遺跡から転移させることも難しかったと思う。


 すべてはサトクリフが発端ではあったのだが、いまは、彼がいてくれてよかったとさえ思っている。やはり、魔族は身体能力も魔力も人間とは段違いに優れているのだ。


 それを正直に伝えると、サトクリフは下げていた頭を上げ、感極まった様子で突然目の前のアキを抱きしめた……いや、しがみついた。


 え、と体を強張らせるアキに構わず、サトクリフはおいおいと泣きながら思いの丈を伝えてくる。


「アキちゃんっ……いや、姐御! オレ、姐御に一生ついていきやす! 一生こき使ってやってくだせえ!」


 ……へ?


 アキは一瞬なにを言われたのかわからず、サトクリフの腕の中でぽかんとしてから、はっと自分が置かれている状況に気づいて彼の体を押し返した。


「いい、いい、まにあってますから! サトクリフ、離してください!」


 一部始終を頭を抱えて見ていたミーナが、サトクリフの肩をつかんでアキから剥がしにかかる。


「あんた! エリアスのアキに手ぇ出してんじゃないわよ! まったく、魔族ってのはこんなにめんどくさい人種だったのかしら!」


 魔王といい、サトクリフといい、魔族というのは一癖も二癖もありそうというか、基本的に素直でいい人たちなのでは……という気さえしてくる。ちょっと人とは感覚がずれているというか、にぶいけれど。


 ミーナとサトクリフのおかげで、場内は久しぶりに、ぎゃあぎゃあとした明るいにぎやかさを取り戻す。


 ミーナに頭をはたかれて、その場に正座させられているサトクリフを見て、アキはいつのまにか声をたてて笑っていた――……。




「――そういえば姐御、さっきナコちゃんの姿が見当たらないって言ってただろ?」


 ひととおり笑いがおさまったあと、サトクリフが、床で無造作にあぐらをかきながらおもむろに言う。


「オレ様が魔族の勘を働かせたところによると、この宿屋、わずかだが魔王サマの魔力が残ってんだ。だからたぶん、なんらかの理由があって、魔王サマがナコちゃんを魔王城に連れ帰ったんじゃねェかって思うだよなァ」


「魔王が? いったいどうして……」


 目を見開くアキに、サトクリフはどこか心配するようなそぶりで眉根を寄せる。


「そこまではわっかんねェけど、魔王サマ、自分からナコちゃんを自由にして、港町にいるアキちゃんに会わせに行かせたみてェだったんだよ。で、それをわざわざ迎えに来たってんだから、魔王サマにとってもナコちゃんにとっても、よっぽどのことがあったんじゃねェかなァ」


 つまり、この宿屋で魔王がナコを助けに来なければならないほどの危険なことがあったということだろうか。


(……それとも、別の理由でナコは魔王と一緒に魔王城に帰ったのかな……)


 自分たちのもとを離れて……。


 サトクリフは沈んでいる様子のアキを横目に見てから、元気づけるように、に、と口の端を持ちあげた。


「まあそう心配すんなって! オレ様、勇者殿たちの意識が戻ったらいったん魔王城に戻るからよ、そんときにナコちゃんがいるかどうか確かめてみるぜ」


「ありがとう、サトクリフ。あなたがいてくれてよかった」


 ほっとほほ笑んで言えば、サトクリフは目をぱちぱちとまたたいたあと、きまり悪そうな顔で視線をそらした。気恥ずかしそうな表情で後ろ頭をかく。


「……なんか、姐御って底なしにいい奴っつーか、素直でまっすぐなんだな。姐御、オレのこと大嫌いになったっておかしくねェはずなのに、いてくれてよかったなんて……そんな、ほんと……」


 言葉にならないのか、サトクリフはそこで口ごもったあと、どこか照れたように優しくはにかんだ。


「オレ、どうして勇者殿やレオ様が姐御に惚れるのか、わかった気がするぜ。人を嫌うことを知らねェ、姐御のその優しさに、きっと一緒にいてほっとするんだろうなァ」


 サトクリフは宙を見上げながら言って、よし、と両膝を手で立ちあがった。


「オレも、姐御のそういうとこ、好きだぜ。罪滅ぼしってわけじゃねェけど、オレも姐御の力になりてェんだ。だから、困ったことがあったらオレ様のことも頼ってくれよな」


 へへ、と気恥ずかしそうにほほ笑んだサトクリフが、寝台に腰かけていたアキをちょいちょいと手招きする。


 なに、とアキが首をかしげながら彼に歩み寄ると、彼がおもむろに、ぴんっと指を鳴らした。


 途端、彼の手の周囲に光の粒子が舞って、それが彼の手のうちに収束すると――遺跡のときに見せられた赤表紙の古びた本が彼の手もとに現れた。


(『創世記』の写本―――……!)


 息を呑むアキに、サトクリフは『創世記』を無造作にアキの目の前に差しだす。


「姐御、これ、魔王サマから勇者殿に渡すように頼まれてた例の本だ。もう知ってるとは思うが、これの原本は『神殿』にあって、ほんの一握りの高位聖職者しか閲覧できねェことになってる。なにせ、この本には『神殿』が長きにわたって秘匿としてきたこの世界の真の歴史が書かれてるからなァ」


 サトクリフはふいに真剣に目を細める。


「こいつには、『神殿』にとって外部に漏れるとかなりやべェ事実が赤裸々に書かれてんだ。……あのころは、ほんとにいろいろあったからなァ……」


 どこか寂しげに笑うサトクリフは、まるでこの『創世記』に書かれている創世暦時代の光景を思い浮かべてでもいるようだった。


 魔族は人間よりもかなり長命だと聞く。


 もしかして、彼は創世暦時代のなにかを知っているのだろうか……?


 アキが問いかけるような視線をサトクリフに向けると、彼はそれをさえぎるようにして、アキの手もとに『創世記』を預けた。


(わ、重いっ……!)


 手に持った古びた赤表紙の本の重さに、アキは驚いて目をむく。


 サトクリフは軽々と持っていたが、『創世記』は両手でしっかりと支えなければ落としてしまいそうなほどに重厚なのだ。


 本の四隅には銀製の美しい細工が施してあって、その表紙には、なんとエリアスと自分の額に現れていた太陽と月の紋章が描かれていた。


 やはり、自分たちのこの紋章の力は創世暦時代と深くかかわりのあるものなのだ。


(この本に、世界の真実が書かれてるんだよね……)


 おそらく、ナコが言っていた、勇者と魔王、そして自分たち片腕に託されている真の使命のことも――。


 一部始終を見守っていたミーナが、遠慮がちに『創世記』に目を向けた。


「……ねえ、よかったらあたしも見ていいかしら」


「ああ、かまわねェよ。あんたはこれからも姐御たちを支えてくれそうだからな」


 どうぞどうぞ、と軽く言うサトクリフを尻目に、アキは、おそるおそる『創世記』の表紙を開いてミーナと一緒に覗き込む。


 途端に目に飛び込んでくる、小さい文字でびっしりと敷き詰められた謎めいた文字群。


 いつも目にしている文字とは異なる、絵文字のような象形文字だった。どことなくレオが魔法陣に描いていたものに似ている気がする。


 ミーナが小さくうなった。


「……これ、創世暦時代の古代語で書かれてるみたいね。あの遺跡の外壁に書いてあったり、レオやヨハンたちが魔法を唱えるときに魔法陣と一緒に描く文字と同じものよ」


「そっか……。じゃあ、専門知識がないと読めないのかな。ミーナは読める?」


 ミーナは軽く肩をすくめた。


「ある程度はね。『盗賊』として、触りだけは勉強しておいたから。けど、この量を読み解くのは一生かかっても無理ね。専門家が必要だわ」


 言って、ミーナは思いついたように、ぽんと手を叩いた。


「専門家といえば、うちのパーティに適任者がいるじゃない! 彼なら、この量でもなんなく読めるんじゃないかしら」


 嬉しそうに両の指を合わせて笑うミーナに、アキは、あの遺跡の外壁の文字をすらすらと読んでいた彼のことを思いだして両手を叩いた。


「ああ、それってルイスのことだよね! 彼って博識そうだから、古代文字の解読も得意かもしれない。それに、彼なら創世暦時代の史実の知識もありそうだから、この『創世記』を上手く読み解いてしてくれるかもしれないね。――ねえ、サトクリフ」


「なんでしょう、姐御?」


「この『創世記』、よかったら私たちの仲間の吟遊詩人――ルイスに翻訳をお願いしてもいいですか?」


 ルイスも勇者一行の仲間だし問題ないかな、と思いながら確認すると、サトクリフはやや考えるように顎に手を当ててから、結論を得てうなずいた。


「あいつ……ルイス・ニールって呼んどきゃいいのか。――いいぜ、あいつになら見せても問題ねェだろう。ついでに、手を貸すなら最後まで徹底的に手を貸せよって伝えといてくれねェか」


「なにそれ、どういう意味?」


 サトクリフの含んだ物言いにミーナが問い返すと、彼はそれ以上言う気はないというように軽く肩をすくめた。


(……サトクリフ、ルイスのことなにか知ってるのかな)


 たしかにルイスは、吟遊詩人であり貴族の三男坊、という情報はあるものの、魔法使いでも一握りしか唱えられないという転移魔法を成功させてみせたり、学者のように知識が深かったり、謎めいている部分がたくさんある。


(ルイスって、ほんとに普通の吟遊詩人なのかなあ……)


 いつか、頃合いを見てルイスと腹を割って話してみる必要があるかもしれない。


「姐御、とりあえずのところは、早く勇者殿やレオ様の顔を見に行ってやってくんねェか。姐御が行ってくれれば活力になるってもんだろうからなァ」


 アキはうなずいてから、ああそれなら、と両腕で抱えていた『創世記』をミーナに差しだした。


「ミーナ、これ、ルイスに渡してもらってもいい? 早めのほうがいいと思うから」


 ミーナは快くそれを受けとると、任せといて、と片目をつむってみせた。


 そうして、軽く手を振るミーナとサトクリフに見守られながら――アキは、はやる気持ちのままに早足でエリアスの部屋へと向かう。


 やっと自分たちのところに帰ってきてくれた彼との再会に、胸を躍らせながら――……。


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