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挿話 エピローグ

 遠くで、さわさわと葉擦れの音がする。


 さわやかでやさしい風が、ミーナの頬をそっとなでた。


 それにそっと起こされたかのように、ミーナは朦朧としていた意識を取り戻した。


「―――!」


 はっと目を開けて飛び起きると、ミーナの周囲にはあの遺跡に入る直前のごつごつした岩場と、そしてその岩場を取り囲うように深い森林が広がっていた。


 見覚えのある風景を目をぱちぱちしながら何度も見返して、ミーナはここがどこだかわかって、目に涙が盛りあがってくる。


 ――帰ってきた……!


 帰ってこられたんだわ、あたしたち……!


 自分たちは、無事に遺跡を脱出して入り口に戻ってこられたのだ。


 ルイスとサトクリフが、転移魔法を成功させてくれたのだ……!


(ありがとう、がんばってくれてありがとう、ルイス―――……!)


 自分の想い人――と自覚した――であるルイスはどこにいるのだろうか、無事だろうかときょろきょろしようとしたそのとき、自分のすぐ近くで、う、とうめき声が聞こえた。


 はっとして声のしたほうを見やると、まるで何者からもミーナを庇うように、ルイスがミーナの体の上に片腕を乗せた体勢で横たわっていた。


「ルイス!」


 彼の手をぎゅっと握って、ミーナは空いているほうの手で彼の体を揺さぶる。


 しっかりして、目を覚まして……!


 かたく目を閉じていたルイスだったけれど、ミーナの必死な声かけが届いたのか、小さくうめきながらうっすらとその碧色の双眸を開ける。


「ミーナ……?」


「ルイス! 気がついたのね! 大丈夫!? どこか痛いところはない!?」


「あ、ああ、大丈夫だ、ありがとう。それで、ここは――」


 ルイスは、少し体が痛むのか顔をしかめながら起き上がり、そうして周囲の景色を見渡して目を見開いた。


「ここは――……!」


「帰ってきたのよルイス! あたしたち、無事に遺跡を脱出できたの! ルイスたちががんばってくれたおかげよ! 本当に、ありが――」


 言っているうちに涙がぽろぽろとこぼれ落ちてしまって、それを手で押さえようとしたところで、腕を伸ばしたルイスに彼の胸のなかに抱きこまれる。


 ――――っ!


「ル、ルイ、ルイスっ!?」


「ミーナ、よかった、君が無事で――……!」


 抱き寄せられて、耳もとで絞りだすように言われたかすれた声に、ミーナはまた鼻がつんとして涙が出そうになる。


 あたし、彼がこんなにも震えるくらい、心配をかけちゃったんだわ……。


 あのときは、迫りくる魔物の軍勢を足止めできるのは自分しかいないと思って、必死で――……本当に、捨て身で挑むつもりだった。


 たとえばここで命果てることになっても、ルイスやエリアスたちを守ることができたなら、それで本望だと思っていたのだ。


 でも、ルイスが――彼が、合図をしたら絶対に自分のところに戻ってこいと、あたしを信じていると言ってくれたから、絶対に負けられない、生きてルイスたちと遺跡を脱出するんだって強い気持ちになれて、こうして戻ってくることができたんだ。


 本当に、本当に、あなたのことが大好きよ、ルイス――……!


 まだ、それを言葉にする勇気はないけれど、ミーナは自分のこの気持ちが伝わればいいなと思いながら、そっと彼の背中に腕を伸ばして抱きしめ返した。


「あ――――ッ、ひっでェ目にあったぜ! オレ様、もう魔力すっからかんなんですけど!」


 ルイスと熱い抱擁を交わして、彼のあたたかい腕のなかで余韻に浸っていたそのとき――完全に雰囲気をぶち壊すような大声がミーナたちの耳に入った。


 びく、と震えたミーナとルイスは、自分たちが勢いで抱きあっていたことに気づいて、おたがいに真っ赤になって慌てて体を離す。


 そうだったわ、あいつがいたこと忘れてたわ……!


 大きな奇声をあげたのはサトクリフで、いま意識を取り戻したらしい彼は、全身があちこち痛むのか眉根を寄せながら肩をまわしていた。


「おー、おまえらも無事だったか。おまえらががんばってくれたおかげで、なんとかオレらだけであの場を乗りきれたみてェだな。――さて、と」


 サトクリフはミーナたちに笑いかけてから、擦り傷だらけの体でよろよろと立ちあがって、かたわらで気を失ったまま横たわっているエリアスたちのそばへ膝をついた。


 エリアス、アキ、レオ、ヨハン――それぞれの体や息の状態を確認して、サトクリフはほっと胸に手を当てる。


「……ふむ。みんな気を失っちゃあいるが、命に別状はなさそうだぜ。勇者殿の太陽の女神の紋章もおさまってるようだし、これで気がつけば正気に戻ってるだろ」


 よかった――……あたしたち、誰も失うことなくみんなを助けることができたんだわ。


 これであたしも勇者パーティの一員として少しは役に立てたかしら、とミーナは頬をゆるめる。


 ルイスは立ちあがると、サトクリフに歩み寄った。


「そろそろ日が暮れてしまうな……。あの洞窟に入っていったい何日経ったものやら日にちの感覚がないのだが――ともかく、夜になるまえに、エリアスたちを連れて全員で無事に町に戻らねばなるまい。とはいえ、私にはもう町までの転移魔法を唱えるほどの余力が残っていないのだ……」


 情けなくてすまない……、とうなだれるルイスに、サトクリフは首をふる。


「いや、正直オレ様もまったく魔力が残ってねェ。ここでエリアスたちの気がつくまで待つか、もしくはオレらのうちふたりがここに残ってエリアスたちを魔物から守って、もうひとりが山を下りて町に救援を呼びに行くかなんだが――」


「それなら、あたしが行くわ!」


 ミーナは、間髪入れずにぱっと手をあげる。


「しかしミーナ、君だってもう戦う余力はあるまい。道中で魔物と遭遇したら危険だ」


 心配げに声を大きくするルイスに、ミーナは首をふってから明るい笑顔を向ける。


「ありがとう、ルイス。でも、平気よ。あたしはあんたたちみたいに転移魔法を使って歩くのも精いっぱいなほど弱ってはいないし、それに、一番すばやく山を下りられるのは『盗賊』であるあたしよ! あたしの足は誰よりも速いって知ってるでしょ?」


「しかし……」


 それでもなおルイスはなにか言おうとしたけれど――目を輝かせて笑んでいるミーナを前にして、表情をゆるめてふっと笑んだ。


「……そうだった、君は強情だから一度こうと決めたらてこでも動かないのだったな。――ならば、君を信じて待っているよ。そのかわり、必ず私のところに帰ってきてくれ」


「わーかってるわよ、約束、でしょ?」


 まるであの洞窟から脱出したときのやりとりを繰り返すみたいで、ミーナは片目をつむって返事をしてみせた。


 ――大丈夫、いわれなくてもいつだってあんたのところに帰るわ。


 大好きな、あんたのところに――……。


 ルイスと向きあって、おたがいいたずら気に笑いあったところで――岩場を下ったところにある森林から、がらがらとなにかを引く音と、複数の足音が聞こえてきた。


「お――――い、だれかいるか――――!」


 …………っ!?


 誰かくる―――と、ミーナたちが警戒してたがいの顔を見やるなか、さらに別の人物の声がかけられた。


「勇者様―――! 勇者エリアス様―――! ミーナ・ラッセル――――! 誰かいるかぁ―――! いたら返事をしてくれ――――っ!」


 あたしの名前―――っ!


 ミーナは目を見開いて、次第に近づいてくる声と足音の方向へ顔を向ける。


 これはもしかして、たぶんきっと――――……!


 たしかな予感にルイスとサトクリフの顔を見やると、彼らも勘づいたのか、嬉しそうに頬を紅潮させながら、行け、とばかりにうなずいた。


 間違いない、みんなが、来てくれたんだわ―――……!


「みんな―――っ! こっちよ! ミーナ・ラッセルよ!」


「ミーナっ!? おい、あっちから声が聞こえたぞ!」


 ミーナが口もとに手をやって拡声器のようにして声を張ると、それに気づいたらしい人たちがいっせいに駆けだしたのか、がさがさと木々が騒がしく音をたてる。


 そうして、森林の合間から何人もの男女の集団が――そう、冒険者の仲間たちが姿を現したのだ。


 みんな、一度は冒険者ギルドで見かけたことのある仲間たちで、みんな一様に食糧や水が入っていると思われる荷物を担いでいた。


 さらには、こんな狭い山道で大変だっただろうに、小型の馬車まで連れている。


「み、みんなっ……! みんな、来てくれたのね……!」


 口もとに手を当てて涙ぐむミーナに、冒険者のみんなが頼もしいほどににかっと笑う。


「ったりめぇだ! ギルドの受付嬢から、ミーナたちがクエストに行ったきり戻ってこねぇから救援に向かってほしいって要請があってな、それで詳しく聞いてみりゃあ、お忍びで勇者エリアス様と片腕のアキ様が同行してるっていうじゃねぇか! こりゃ一大事だっつーんで、みんなで思いつく荷物抱えて走ってきたわけよ!」


「いるのは冒険者だけじゃねぇぞ!」


 次いで、馬車の御者をやっていた筋肉むきむきのたくましい男性が声を張りあげる。


「おれぁ町の宝飾店の店主でな! 勇者殿とその彼女さんが、うちの店で腕輪を買ってくださったんだよ! そしたら、そのおふたりが行方不明だって聞いて、いてもたってもいられなくてこうして馬車を出してはせ参じてもらったぜ!」


 すごい、普通の町の人たちまで助けにきてくれたのね……!


 エリアス、聞こえているかしら。


 みんなが、あなたのためにこうして駆けつけてくれているわ!


 みんなで声をかけあって、勇者様をみんなで助けにいこうって。


 やっぱりエリアスは、あたしたちこの世界みんなの最高の勇者様なんだわ――……!


「みんな、助けにきてくれてありがとう――……!」


 みんなのやさしさがうれしくて、あたたかくて、胸がいっぱいになってしまったミーナは、その場でぽろぽろと泣きだしてしまう。


 そんなミーナを、かたわらのルイスがそっと肩を抱き寄せて、ミーナはついに彼にしがみついてわんわんと声をあげて泣いてしまった。



 そうしてミーナたちは、店主が用意した馬車の荷台にエリアスたちを乗せて、冒険者のみんなに守られながら山を下りることになる。


 大所帯で町に到着した自分たちを、すでに話を聞いて部屋を準備してくれていた宿屋のご主人があたたかく迎えてくれて――。


 あたしたちは、本当にひさしぶりに、やわらかい寝床で体を休めることになったんだ――……。




 ――多くの試練と、多くの謎があきらかになった今回の冒険。


 エリアスに秘められた太陽の女神の力、アキの持つ月の女神の力、そしてこの一連の試練を仕掛けた魔王の思惑――。


 まだわからないことだらけの自分たちには、きっとこの先も、多くの出来事が待ち受けているのだろう。



 けれど大丈夫。


 きっと自分たちなら――勇者エリアスの率いる最強の勇者パーティのあたしたちなら、なにがあっても乗り越えていける。


 だってあたしたちは、みんなで力をあわせれば無敵なんだから!



 エリアス、アキ、レオ、ヨハン、サトクリフ、そしてルイス―――。


 自分には、こんなにも大切な仲間たちが、かけがえのない人たちができたのだ。


 これからも、この世界を守るために、彼らと一緒に誰よりも勇敢に戦っていこう。


 そうして戦い抜いた先に、あたしたちは、なにを見るのだろう―――……。



 まだ見ぬ未来へ、大切な仲間たちと歩んでいくために――エリアスたちの冒険は、遠い光の先へと続いていく―――……。




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