第五十二話 僕の居場所
(まさか、レオがレナードの末裔だったとは……)
ヨハンは、アキを挟んで向かい側に立っているレオの精悍な横顔をぬすみ見る。
レナードの血縁者については、『神殿』でも長らく血眼になって探していた。レナードの末裔を探し出すことができれば、彼の行方とともに所在不明になっている彼所有の聖遺物――聖短剣の在り処もわかるだろうと踏んでいたからだ。
けれど、『神殿』が総力を挙げて調査を続けてもいっこうに血縁者は見つからず、結果、『神殿』はやむなくレナードの血は途絶えたものという結論を下していた。
だから、レナードの末裔も聖短剣も、二度と見つかることはないと思っていたのに――。
(その人物が、こんな身近にいたなんて……)
灯台下暗しとはこのことだが、レオ自身もレナードの血縁者だと知らなかったのだから、実質、その事実を知っていたのは魔族だけということなのだろう。
(ということは、レオの類まれな魔法の才は、レナードの末裔だったから……?)
いや、それだけでは説明がつかない気がする。
レナード・ゲインズはイヴァン・クラレンスと並ぶ魔力を持っていたと聞いてはいるけれど、それでも普通の人間に変わりはなかったはずだ。
だから、レオの持つあの驚異的な魔力回復の速さは、レナードの血縁者という理由だけでは説明がつかない気がするのだが……。
(……とすると、レオには、まだ隠された秘密があるんじゃないだろうか)
あの魔王がレオを気にかけるような、もっとなにか、別の理由が。
「――それで、ヨハン」
悶々と考えをめぐらせていたヨハンは、こちらに視線を向けたレオの一言ではっと我に返る。
レオが、隣のアキの頭にぽんと手を乗せた。
「この聖遺物ってやつを使うにはどうしたらいいんだ? どうすれば、こいつの力になってやれる」
頭に手を乗せられたアキが、レオを見上げてどぎまぎした様子ですぐに視線をそらしている。
なんだろう、なんとなくだけれど、レオとアキの距離感が前よりも近づいている気がする……?
自分がいないあいだに、ふたりの間柄になにかあったのだろうか。
(……なんて、いまはそんなことを考えている場合ではないですね)
ヨハンは自分の思考に首を振る。
この場でエリアスを助ける方法を知っているのは自分だけなのだ。
自分の判断と指示に、この作戦のすべての成功がかかっているといっても過言ではない。
(失敗は、許されない……)
ぐ、とヨハンは聖槍を握りしめる。
いままで自分は、ずっと『神殿』からの間者という立場でしかエリアスたちと一緒にいられない己が腹立たしくて、後ろめたくて、つらくて……さびしかった。
どうしても、エリアスたちとの間に一枚壁がある気がして……。
けれど、自分がエリアスたちのために力を尽くせるいまこそ、自分も彼らの本当の仲間として一緒に戦うことを許してもらえるときがきたのではないかと思うのだ。
(そう、たとえ、自己満足だとしても――……)
――自分はずっと、エリアスたちの本当の仲間になりたかったのだから。
ヨハンは唇をかみ締めながら顔を伏せると、アキとレオに語りかけるように口を開く。
「――二人とも、僕はずっと……貴方たちが僕を必要としてくれるときがきてくれないかと、憧れていたんです。『神殿』の命令とはいえ、貴方たちの監視役としてしか一緒にいられないことが、さびしくて……。だから、いつか本当の仲間として貴方たちの役に立ちたいと、ずっとずっと、思っていました。エリアスやみなさんのいる場所に僕もいていいのだと、許してほしくて……」
こんなことを話している場合ではないのに、ぽつぽつと、こぼれ落ちるように本音がもれていく。
いつもは、つまらない意地と勇気のなさで強がって本音を隠してしまう自分だけれど、自分がみんなの役に立てるいまなら、素直に気持ちを伝えられる気がしたのだ。
前衛にいるミーナやルイス、サトクリフといった仲間たちは、本音を吐露する自分を見守るように振り返ってくれていて、エリアスもまた、まるでこちらの話に耳を傾けてくれているかのように静かに見つめている。
ヨハンは、そんなエリアスの耳にも届くように、身を乗りだして声を張った。
「だから……だからっ、エリアスを助けるために、僕の持てる力すべてで精いっぱい頑張ります! どうか僕を、信じてください!」
顔が赤くなるほど必死に言いきると、自分でもびっくりするほどに大きな声がでた。
しん、と静まり返った場内、突如レオから伸びてきた大きな手によって、ヨハンはわしゃわしゃと頭をなでられる。
「うわっ、ちょっと、レオ!? いきなりなにす――」
「あのなぁ、おまえのこと信頼してくれってそんなのあたりまえだろ! 俺たち、ずっと一緒に戦ってきたじゃねぇか! なにをいまさら遠慮してんだよ!」
「え……」
乱された髪で呆然とレオを見返すと、いつもの気さくな笑顔を浮かべているレオの隣、アキもまた見慣れた両手の拳を握る仕草でヨハンに迫る。
「レオの言うとおりですよ! ヨハン、いっつも私たちのために本気で頑張ってくれてるじゃないですか! 今回だって、レオの伝言を見てヨハンがすぐここに駆けつけてくれたから、こうしてみんなを助けることができたんです! 私たちはとっくのとうからヨハンのことを大切な仲間だと思ってたのに、むしろ私たちに距離を置いてたのはヨハンのほうじゃないですか!」
びしっ、とアキに指を差される。
(お、怒られた……?)
ここは普通、「ヨハン、大丈夫だよ」とか優しい言葉をかけてもらえるシチュエーションだと思うのだが、どうして自分が謝らないといけない雰囲気に……!
鼻息荒くヨハンに向かって人差し指を伸ばしているアキの後方で、レオがぶはっと大きくふきだした。
「こいつって、いつもほんっとに言いたい放題だよな! 俺もさっき怒られたばっかなんだよ」
「わ、私、怒ってなんかっ……!」
「なに言ってんだよっ。さっき思いっきり俺のこと――」
「わあああ!? ちょっと、それいま言うことじゃないでしょう!」
レオとアキのあいかわらずのやりとりをきょとんと眺めながら、ヨハンはどこかほっとして表情をほころばせた。
実際、彼女の言うとおりかもしれないのだ。
エリアスたちは、もうとっくの前から自分を仲間だと認めてくれていたのに、肝心な自分自身が、彼らと距離を置いていたのかもしれない。
――僕が、自分が許せなくて、素直になれなかったから――……。
だから彼らは、ヨハンが本音を言うのを、ずっと待ってくれていたのかもしれないのだ。
(……エリアスたちには、全部お見通しだったのかもしれないですね)
みんながそんな自分を許して待っていてくれたことが、すごく、うれしい。
ヨハンはぎゅっと聖槍を握りしめる。
エリアスを助けて、彼らの本当の仲間として自分の持てる力を尽くそう。
――僕が、エリアスを助けるんだ……!
「みなさん、よろしいですか」
ヨハンが真剣な顔でみんなを見まわすと、仲間たちが表情を引き締める。
「アキが月の女神の力を扱う手順として、まずはレオの聖遺物の力の開放が必要です。レオ、僕のあとに続いて聖短剣の力を開放する古代魔法を唱えてもらえますか」
レオは一流の魔法使いだから、聖遺物を開放するための古代魔法は難易度が高いとはいえ、練習なしのぶっつけ本番で唱えられるだろう。
思ったとおり、レオはヨハンの言葉にひるんだ様子もなく、ヨハンが聖槍を前につき出すと、レオもそれにならって聖短剣の切っ先を前方に向けた。
それを横目に見て、さすがはレオ、と唇を持ち上げたヨハンは、気をおちつけるために短く息を吐きだすと、凛とした声で詠唱をつむぎ始める。
「――創世の女神よ」
「創世の女神よ!」
ヨハンの詠唱を追うようにして、レオのよく通る頼もしい声が続く。
神経を研ぎ澄ませて聖遺物に集中している自分たちに挟まれて、アキが固唾を呑んでふたりを見守っている。
これから一番がんばらなければならないのは彼女なのに、いつだって自分たちのことを気づかってくれる彼女は、本当にやさしい人だと思う。
――アキのためにも、この作戦、かならず上手くいかせなければ……!
もうこれ以上、エリアスのことで、彼女が傷つかなくてすむように。
祈るように手を組み合わせているアキをとおして、レオの横顔をちらと見やると、ヨハンの視線に気づいた彼もまたこちらに目をあわせて、に、と力強く唇を持ちあげた。
その笑みからは、この緊張の瞬間を楽しんでいる節さえ見受けられる。
(……はじめて聖遺物を開放するというのに、あの余裕っぷりはさすがですね)
レナード・ゲインズの血縁者というのもうなずける。
自分はずっと、レオのことを自称天才魔法使いとからかってきたのだけれど、自称などではなく、本当にこの世に右に出る者はいない天才魔法使いの血を引いていたわけだ。
その彼が勇者の魔法使いに選ばれるのは――やはり、必然だったのかもしれない。
ヨハンとレオはお互いにどちらともなくうなずきあうと、タイミングをあわせるように、大きく息を吸ってふたりそろって前方を見すえた。
そうして、ふたりで朗々とした声で聖遺物開放呪文を言い放つ。
「――黄金の鞘を、解き放ちたまえ!」
途端、レオが前方に突きだしていた聖短剣の鞘に一気に細やかな亀裂が走り、その間からあふれんばかりの銀の光がもれだした。
そうして硝子が砕け散るように鞘が飛び散りると、輝くばかりに美しい刀身を持った聖短剣が姿を現す。
(これが、レナードの聖短剣――……!)
その神々しいばかりの高貴な剣に、ヨハンは目を奪われる。
『神殿』の文献にすらその姿が記載されていなかった、女神が人間に与えたこの世でもっとも気高い短剣。
本当に、この目でお目にかかれることなどないと思っていたのに――。
聖短剣の発する銀の光で顔を照らされているレオが、驚いた様子で刀身を見つめている。
その横顔を見ながら、ヨハンは思う。
創世暦時代にイヴァン・クラレンスと並んで戦ったレナード・ゲインズも、いまのレオのような外見だったのだろうか。
二人が肩を並べている姿は、自分とレオが並んでいる姿と、似ていたのだろうか、と。
過去の英雄たちの姿に思いを馳せていると、レオが突如苦しそうに眉根を寄せ、倒れるように前にふらついた。
「レオっ、大丈夫っ!?」
アキがとっさに手を伸ばしてレオの体を支える。
レオは、悪ぃ、とつぶやきながらアキから体を離すと、額に冷や汗の浮かぶ顏でヨハンを見あげた。
「……や、べぇな、なんなんだよ、これっ……。持ってるだけで、どんどん力がっ……」
――吸いとられていく。
そうしぼり出すような声で言いながら、レオが額の汗をぬぐう。
そう、聖遺物は、その力を開放するだけで使用するしないに関わらず装備者の力を吸いとるのだ。
まるで、女神の武器を使用する対価としてその力を女神に納めているかのように。
はじめて聖遺物を発動するレオには、とくに大きな負担がかかっているのだろう。
けれども、その聖短剣を扱えるのはこの世でレオただひとりなのだ。慣れないうちは体を打ちのめされるようにつらいだろうけれど、なんとか使いこなしてもらうしかない。
「レオ、はじめはしんどいと思いますが耐えてください! 貴方ほどのレベルがあれば聖遺物もなんなく使いこなせるはずです。だって、自称天才魔法使いなんでしょう?」
最後をからかうように言えば、レオがわざとらしくいやそうな顏をしてから、うれしそうに満面の笑顔を浮かべた。
「だから、自称はいらねぇっていつも言ってんだろ!」
「わかってますよ。僕にとって、貴方ほど信頼できる魔法使いはいませんから」
ふ、とレオを勇気づけるようにほほ笑みかけてから、ヨハンはアキの肩に手を乗せる。
「アキ、よろしいですか。次は貴方に僕たちの力を送ります。ふたりとも、僕のあとに続いてゆっくり古代魔法を詠唱してください!」
言えば、はいっ、わかった、とアキとレオから緊張した応答が返ってくる。
――ここからが本番だ。かならず、成功させてみせる……!
ヨハンたちが古代魔法の詠唱に入るのを悟ってか、エリアスがじり、と足を踏みだす。
それを感じとったミーナとルイス、サトクリフが、それぞれに武器を構えてアキたちをかばうようにエリアスの前に立ちはだかった。
サトクリフが軽く指を弾くと、彼に付き従うように五匹ほどの黒い狼が現れて、エリアスの周囲を取り囲む。魔族特有の魔獣を召喚する能力を使ってくれたのだろう。
(……魔族が味方というのも、不思議ですが、頼もしいですね)
体力も魔力も抜きんでて優れているのが魔族の特徴だ。これほど頼りになる仲間はいない。それに、自分が見たところ、吟遊詩人のルイスと盗賊のミーナも相当にレベルが高そうだ。
(エリアスとアキは、どこであれだけの精鋭を見つけてきたんでしょうか……)
類は友を呼ぶというし、エリアスの周りには、自然と能力のある者たちが集まるのかもしれない。
偶然か必然かはわからないが、イヴァン・クラレンスの血筋の自分と、レナード・ゲインズの血筋のレオが、エリアスのもっとも近くにいる仲間になっていたように。
レオは、冷や汗を浮かべながらも歯を食いしばって聖短剣を垂直に構えて、アキは月の女神の紋章を発動させようと、自分の額に両手を添えるようにそっと構える。
ヨハンはアキとレオと目をあわせてから、前方のエリアスへと顔を向けた。
「アキ、レオ、大丈夫です。自分たちの力を、そして僕を信じてください」
言って、ヨハンは祈るようにそっと目を閉じる。
自分は、ずっとエリアスたちの本当の仲間になりたかった。
『神殿』から送られた、エリアスたちを監視するための間者としてではなく。
だから、みんなに許してほしかったのだ。
ずっと、エリアスやアキやレオと、一緒にいていいのだと……。
(僕の居場所は、『神殿』なんかじゃない)
エリアスたちの隣、それが自分が本当にいたいと思える心地のいい居場所なのだ。
だから、この手でエリアスの自我を取り戻し、自分の居場所を守ってみせる……!
「――さあ、エリアスに見せつけてやりましょう。僕たち仲間の力を!」
いつもなら恥ずかしくて言えない台詞も、まるで息をするように自然と口から出る。
凛として顔をあげたヨハンに、仲間たちから、おう、といっせいにかけ声が返ってきた。
(――大丈夫……)
仲間のみんながいてくれるのだから、かならず上手くいく。
『神殿』の間者ではなく、みんなの仲間として一緒に力をあわせて戦えることが、こんなにも、うれしいなんて――……。
みんなのおかげで、やっと本当の自分になれたような――そんな、気がした。




