第五十一話 先導者の末裔
ヨハンが射抜くようににらむ視線の先、サトクリフが軽く肩をすくめた。
「ご明察ぅ。――ひさしぶりだな、クラレンス」
にや、と笑ってみせる彼に、ヨハンはどこか脱力した様子で頭を抱えた。
アキは、サトクリフとヨハンのやりとりを眺めながら首をかしげる。
(……あれ、ヨハンとサトクリフって知りあいだったのかな……?)
まさかヨハンに魔族の知りあいがいるなんて思わなかったんだけれど……。
そのあたりを問いかけるような視線をヨハンに向けると、彼は困りきっている様子でゆるゆると首をふってみせた。
「……すみませんが、事情はあとでまとめてお話しします。いまはエリアスを助けることだけを考えましょう。――いまから、僕なりに考えたエリアスの状況を手短に説明します。よく聞いてください」
ヨハンが全員に聞こえるように声をかけて、みんなの視線がいっせいに彼に向けられる。
ヨハンの説明によると、いまエリアスの額に浮かんでいるのは『太陽の女神の紋章』といわれるもので、それは、この世界を創造したとされる創世の女神のひとり、『太陽の女神』の力が彼に顕現したことを表すものらしい。
てっきり女神様はひとりだけなのかと思い込んでいたけれど、じつのところ、創世の女神とは太陽の女神様と月の女神様のふたり組のことを指していて、この世界は、彼女たちふたりの力で世界の血脈である創造エネルギーのバランスを保つことにより、運営されていたんだそうだ。
それだけでも驚きだったのだけれど、さらに現在は、なんらかの理由によって月の女神様の存在が失われていて、太陽の女神様がたったひとりで世界を支えている不安定な状態らしい。
そして、月の女神様が担っていた力の分を補うために、太陽の女神様は自らの力を使って勇者と魔王を造りだし、勇者と魔王を戦わせることによって世界に創造エネルギーを注入する方法を行っているそうだ。
つまり、月の女神様の存在が失われることがなければ、勇者と魔王が生み出される必要はなかったということなのだろう。
(エリアスは創世の女神様に生みだされたんだと思ってたけど、正確には太陽の女神様に生みだされたってことなんだ……)
だからこそ、いま彼に顕現している力は太陽の女神様のお力そのもので、自分を造りだした絶対的なものに意識を支配されているため、彼は自我を保つことができなくなっているらしい。
ヨハンから次々と語られる新事実に頭がこんがらがりそうなのだけれど、とりあえず、いまのエリアスが置かれている状況は理解することができた。
(うん、なんとなく理屈はわかったんだけど……)
だとしたら、サトクリフはエリアスに『太陽の女神の紋章』を発現させていったいなにがしたかったのだろうか。
サトクリフがそれを行ったということは、おそらく、彼の上司にあたる魔王がそれを望んでいたということなのだろう。
ヨハンの話によれば、魔王自身も太陽の女神様から生みだされた存在であるはずだから、それがなにか関係しているのだろうか。
(――それに……)
それに、驚いたことは他にもあるのだ。
ヨハンによれば、なんと自分とナコには、この世界から失われてしまった『月の女神』様の力が宿っているらしいのだ。
まさか予想もしていなかった事実に半ば信じられないのだけれど、ヨハンがいうには、月の女神様は現在、平行世界に生まれてきた自分たちにその魂とお力を宿すことでかろうじて消滅をまぬがれている状態らしい。
とくに、自分には月の女神様のお力のみが宿っているそうなのだけれど、ナコには月の女神様のお力だけでなく魂自体が宿っているそうで、どちらかというと自分よりもナコのほうに色濃く受け継がれているそうなのだ。
なにがどうなってそういう状況になっているのかは、ヨハンからあとで説明するからと言われて省かれてしまったのだけれど、その影響があったからこそ、自分たち姉妹が今代の勇者の片腕、魔王の片腕に選ばれたのだそうだ。
(なんか、自分に月の女神様の力があったなんて思いもよらないんだけど……)
そうとはいえ、事実は事実として受け入れるとして――ざっといまの話をまとめると、太陽の女神様の力をエリアスと魔王が、月の女神様の力を自分とナコが宿しているということになる。
(そういえば、前にナコから魔王との出会いの話を聞いたときに、そんなようなことを言っていたような……?)
ナコは、幼少期に発作が起きるほどの病をわずらっていたけれど、魔王がなんらかの魔法をかけたおかげでその症状が和らいだと言っていた。
そのときに、ナコは魔王から、自分の中に女神の力が眠っていると聞いていた、と言っていたのではなかったか。
つまり、自分たちには相当に幼いころから……いや、もしかしたら生まれたときからすでに、月の女神様の力が宿っていたということになるのではないだろうか。
とすると、そんな昔から、自分たちはこの世界に召喚されることが決まっていたのだろうか……。
ナコと魔王のエピソードも、いま思えば、魔王が彼自身に宿っている『太陽の女神』の力を使って、ナコの体調に異変を及ぼしている『月の女神』の力を抑え込んだということではないだろうか。
おそらくきっと、魔王がナコに渡した、あの赤い宝石のついた指輪の力で――。
(……それに、よくよく思い返せば私にもそれらしい変化があったよね……)
この遺跡に入ったときからたびたび発生する額の熱さや、レオに召喚してもらった武器である弓を射るときに発動する殺傷力の高い攻撃――あれもすべて、自分の中に眠る『月の女神』の力が発現したものだったのではないだろうか。
(あ、なんか断片的だった情報が少しずつつながってきたかもしれない)
いままで漠然としていた物事が、数珠つなぎのように明らかになってきた気がする。
「以上、かいつまんで説明しましたが――」
いまだ微動だにしないエリアスを警戒しながら、ヨハンが早口で言い継ぐ。
「要するに、いまのエリアスを止められるのは、『月の女神』の力を持つアキだけなんです。太陽の女神の力と月の女神の力は相反しますから、エリアスの太陽の女神の力を抑え込むことができます。つまり、アキの持つ月の女神の力を最大出力でエリアスにぶつけて、彼の『太陽の女神』の力を相殺する必要があるということです」
淡々と語るヨハンを、レオとサトクリフ、ミーナとルイス、そしてアキがかたずを呑んで見つめる。
つまり、この戦いの勝敗は、『月の女神』の力を宿す自分が握っているということなのだろう。
けれど自分は、月の女神様の力などなんとなく出始めたばかりで、自分で自由自在に扱えるわけではない。
それこそ、自分だっていつエリアスのように自我を喪失して仲間たちに攻撃を向けてしまうかもわからないのだ。
――怖いっ……。
瞬間的に、そう思う。
自分にしかできないことなのはわかってる。
エリアスを止めたい、彼を助けたいっていう気持ちもある。
(けど……)
――けど、私なんかに、上手くできるのかな。
思わず視線を落としたアキを安心させるように、傍らのヨハンがアキの肩に手を乗せた。
「アキ、不安に思うことなどなにもありませんよ。僕がサポートしますから」
「サポート……?」
「ええ。少し、見ていてください」
きき返したアキに答えるように、ヨハンは杖を両手で支えながら眼前に構えると、それで、とんっ、と軽く床をついた。
そうして、青い瞳を真剣に細めて杖の先端部を見上げる。
「――創世の女神よ。黄金の鞘を解き放ちたまえ」
ヨハンが高らかに唱えた瞬間、女神の力を現す銀の風が場内に巻き起こって、彼の杖の先端部にまるで絹の衣のように巻きついた。
冴えた銀の光は彼の杖をふちどって、やがてその光の形がヨハンの杖の形状である十字架型から、鋭利な刃物の形へと変化していく。
光が完全に散開すると、彼がしっかりと握っていた杖が、十字架型のものからひと振りの長槍に変化していた。
(杖が……槍に変わった――?)
――どういうこと……?
ぽかんと口をあけてヨハンの横顔と槍を交互に見やっていると、槍をしっかりと握っていたヨハンが突然つらそうに眉根を寄せて、つらさに耐えかねたようによろめいた。
「ヨハンっ!?」
「ヨハン、大丈夫か……!」
アキが手を伸ばそうとするよりも早く、近くにいたルイスが飛びだしてとっさにヨハンの体を支える。
ルイスの腕につかまりながら、ヨハンが冷や汗の浮かぶ顔をあげた。
「……すみません、今日これを扱うのは二度目なもので……少し体に堪えているようです」
ありがとうございます、とお礼を言って自力で立つヨハンから腕を離しながら、ルイスが呆けた表情で槍に目をやる。
「私の予想が正しければ、これは……創世の女神が人間に与えたとされる古代の聖遺物のひとつ――聖槍ではないか? 絶大な力を誇る代わりに、使用者の体に大きな負担をかけると聞く。この目で見るのははじめてだが……聖遺物は、実在したのだな」
驚いたのか、ヨハンはルイスの言葉を聞いて軽く目を見開く。
「よくご存知ですね。貴方の予想どおり、これは僕の祖先、イヴァン・クラレンスが創世の女神より与えられた聖槍です。この槍には太陽の女神と月の女神、両者の力が宿っているので、月の女神の力を使うアキのサポートと、そして太陽の女神の力にさいなまれているエリアスを抑え込むことができるはずです」
ヨハンは仲間たちの顔を見渡して言ったあと、アキにふっと笑いかけた。
「ですからアキ、なにも不安に思うことはありませんよ。僕がついていますから」
やさしく言うヨハンだけれど、聖槍を保ち続けることが相当な負担になっているのか、表情がひどく青白い。
体に大きな負担をかける強力な武器を使ってまで、ヨハンは私をサポートしようとしてくれてるんだ――アキはヨハンの弱々しい笑顔を見つめ返す。
それなのに、私が自分の力を信じられないでどうするのだろう。
自分にはできないなどと言い訳をして、弱音を吐いて逃げていたって、なにひとついまの状況を変えることなどできないのだから。
(――しっかりしなくちゃ! みんなが私を信じてくれてるんだから……!)
しゃんと顔をあげたアキの目に、前方にいるエリアスを真剣に見すえているヨハンの横顔と、こちらを心配げに見守るレオの顔、そして、ミーナやルイス、サトクリフがこちらを気づかうように見ている姿が飛び込んでくる。
そして、無表情だけれどもどこか悲しそうに見えるエリアスの顔も――。
(――彼を助けられるのは、私だけなんだ)
そのために、仲間たちがこうして力を貸してくれるのだ。
だから自分が、勇者の片腕として、勇者様の秘書として、その使命をまっとうするのはいまなんじゃないだろうか。
アキは目を閉じて一度長く息を吐きだすと、たしかな意思を宿して力強く目を開ける。
「みんな、私、エリアスを助けるために――精いっぱいやってみます! どうか私に、力を貸してください!」
アキは、仲間たちに向かって勢いよく頭を下げた。
いつかエリアスが、自分たちに向かって力を貸してほしいと頭を下げたことがあった。
あのときの彼は、きっと、いまの自分みたいな気持ちだったのだろうと思う。
自分の肩に成功がかかっているけれども、自分の力だけではきっと達成できない、仲間がいなきゃできない。
だからみんな、不甲斐ない自分のためにどうか力を貸してください、って――。
(それに、きっと彼は私たちの助けを待ってくれてるはず……!)
いまの自我を喪失しているエリアスからは彼自身の言葉は聞けないけれど、きっととても苦しんでいるはずなのだ。
自分の力のせいで仲間たちを傷つけるなんてこと、誰よりもやさしい彼にとって、きっと泣き叫びたいほどにつらいことだと思うから。
レオやヨハン、ミーナたちと笑いあっていたエリアスの姿を思い出して、アキは唇をぎゅっと唇をかみしめる。
立派な勇者であろうと強がっていたエリアスが、少しずつみんなとうちとけて、本来の飾らない彼を見せてくれるようになって――自分とも両想いになってくれて、君が好きだよって、笑ってくれた。
これから、勇者じゃなくエリアスらしく生きていってほしいって、私が少しでもその力になれたらって思ってたのに。
――こんなことになって、また、エリアスを追いつめることになってしまうなんて……。
しかも、その引き金を引いてしまったのは自分だ。
自分の未熟さがくやしくて、みんなに頭を下げたまま顔を持ち上げられないでいると、近くにいたヨハンがそんなアキの肩にそっと手を乗せた。
「もちろん、ここにいるみんなが全力で貴方を支えますよ。僕たちの力でエリアスを助けましょう。貴方ひとりでなにもかもがんばろうなんて、そんな寂しいことを考えないでください」
ヨハンがこちらの顔をのぞき込みながら勝ち気に笑ってみせる。
あまり見せることのない彼のいたずらっぽい笑顔に、彼が気づかってくれていることがわかって、アキは胸がいっぱいになる思いで彼の手を握った。
「ありがとう、ヨハン……! ヨハンっていつもやさしいですよね」
本当は、ヨハンにもその言葉を――いつだって全力で貴方を支えるという言葉をそのまま返したいのだけれど、とアキはひそかに思う。
自分たち勇者一行と『神殿』との間で、たったひとりで悩んで苦しんでいる彼をずっと見てきたから……。
(いつかヨハンも、ひとりでがんばらずに私たちを頼ってくれるかな……)
その思いを伝えるように、ヨハンをつかむ手に力を込めると、聡い彼にはこちらの意図が伝わったらしく、どこかせつなげだけれどもうれしそうにほほ笑んでくれた。
そうしてヨハンはさっと顔をあげると、仲間たち全員の顔を見まわす。
「――それでは、具体的な作戦を説明します。よく聞いてください」
手早くヨハンが説明してくれた作戦は、とてもわかりやすいものだった。
まず、エリアスの太陽の紋章を鎮めるためには、アキとヨハンで、月の女神様の力を引き出す創世暦時代の古代魔法を唱える必要があること。
それから、その詠唱を開始すればエリアスは危機を感じてアキ以外の仲間に攻撃をしかけるだろうから、それをレオとミーナ、ルイス、サトクリフの四人で阻止してもらう必要があること、ということだった。
つまり、自分とヨハンが魔法を発動するまで、みんなにエリアスを止めてもらわなければならないのだ。
とするとイメージとしては、ヨハンと自分が後衛、それ以外のみんなが前衛といった立ち位置になるのだと思う。
さらに前衛のみんなの得意分野を考えると、ミーナとサトクリフが物理攻撃、レオとルイスが魔法攻撃といった分担になるのだろう。
素人考えたけれど、バランスがとれたパーティ編成な気がする。
(もう、みんなでエリアスと戦うしかないんだよね……)
できれば、彼と剣を交えずに正気に戻す方法があればよかった。
けれど、もうそんな甘いことを言っていられる状況ではないのだ。
エリアスは、こちらの話し合いが終わるのを待つかのように、聖剣を抜き身で持ったまま微動だにしない。まるで、彼自身の自我が私たちの助けを待っているかのように。
ヨハンが、これで自分の話は全部伝えたとばかりに、聖槍で一度地面をつく。
「――作戦は以上です。全員、前衛と後衛にわかれて立ち位置についてください。みなさん全員の力が必要不可欠です。誰一人欠けても成功しません。どうか、全力でお願いしま――……」
「ちょっと待ってくれ!」
全員が気を引き締めて、自分に見合った配置へ向けて足を踏み出そうとした瞬間、サトクリフがそれをさえぎるように声をあげる。
出鼻をくじかれたヨハンが、どこか憤然とした様子でサトクリフに鋭い目を向けた。
「サトクリフ! こんなときにいったいなに―――」
「作戦に入る前に、これを……これをレオ様に渡してぇんだ! いまこそ、レオ様に使っていただくときだと思うから」
サトクリフが、アキたちの目の前で創世記を呼び出したときと同じ仕草で、ぴんと指を鳴らす。
すると、まるで銀の刺繍がほどこされたかのように豪奢な鞘を持つ、美しいひと振りの短剣が彼の手のうちに現れた。
大振りの刃を持つ短剣は、鞘も柄もすべて銀細工で作られていて、そこに刻まれている植物のつるに似た模様はヨハンの聖槍に酷似している。
(なんて、立派な剣―――……)
素人の自分から見ても、短剣の重厚な造りから、そんじょそこらの武器屋に売っているような代物ではない名のある名剣だということがわかる。
それに、どことなくだけれどエリアスの聖剣とも雰囲気が似ている気がする。
ヨハンの聖槍、そしてエリアスと聖剣とゆかりのあるものなのだろうか。
サトクリフの短剣を目に留めたヨハンが、よほど驚いたのかその青い瞳を大きくみはった。
「――それはまさか、レナードの短剣……ですか?」
「レナードの、短剣?」
訊き返したアキに、ヨハンが神妙にうなずく。
「ええ。僕の持っている聖槍と同じ、女神が人間に与えた聖遺物のひとつです。僕の祖先であるイヴァン・クラレンスは、当時レナードという名の幼馴染の少年と親友同士だったとされていて、イヴァンとレナードは、創世暦時代の世界の統治を担った先導者だったといわれています。そして、ふたりの高い志が評価され、イヴァンが聖槍を、レナードが聖短剣を女神から授かったと聞いているのですが――」
記憶を思い起こすようにヨハンがひといきで言い、サトクリフの持つ短剣を真剣なまなざしで見つめる。
「――ですが、長らく聖短剣は所在不明とされていて、『神殿』も血眼で在り処を探していたのです。……なるほど、魔族が隠し持っていたのですね」
どおりで見つからないわけです、とヨハンが短く息をはきだすと、サトクリフが片眉を跳ねあげた。
「おいおいクラレンス、隠し持っていたとは心外な。オレたち魔族が、この聖短剣を『神殿』のやつらに利用されないように守ってたんだよ。聖遺物は使用者が限られているとはいえ、脅威の力を秘めてることに変わりはねぇからなァ」
「……まあ、たしかに『神殿』の企みについては否定できませんが……。――その話は別として、ひとまず聖短剣を貴方が所持している理由はわかりました。ですが、どうしてそれを、レオに……?」
たしかに、ヨハンはイヴァンの血筋だから聖槍を使いこなせるとして、どうしてレオにレナードの聖短剣を渡すのだろう……?
(レオとレナード、とくになにか接点がありそうではないんだけど……)
アキたちだけでなく当のレオも首をかしげる中、サトクリフがすっと目を細める。
「――レナードの本名を知っているか、クラレンス」
「え? レナードの本名ですか……? たしか、上流階級の出身だったイヴァンにはクラレンスという姓がありましたが、貧民出身だったレナードには姓はなかったと聞いていますが……」
戸惑っているヨハンをよそに、サトクリフはきょとんとしているレオに歩み寄ると、携えていた聖短剣を恭しく両手で捧げ持って、彼の足もとに片膝をついた。
「クラレンスの言うとおり、表向きはレナードに姓はなかったんだが、彼はのちにイヴァンから身分を保障されて姓を授かったんだよ。レナード自身があまり人前で名のらなかったから、公にはなってねぇけどなァ。――で、その姓が『ゲインズ』っつーんだ」
「え……?」
アキは思わずレオに視線を向ける。
たしかレオの本名は、レオ・ゲインズ、だったよね……?
サトクリフが、屈んで聖短剣を捧げ持ったまま、にやりと唇を持ちあげた。
「もうお察しだと思うが、レナードの本名はレナード・ゲインズ、レオ様と同じ姓なんだよ。つまり、レオ様は創世暦時代にイヴァン・クラレンスとともに世界を牽引した、レナード・ゲインズの末裔でいらっしゃるんだ」
「……――レオが、レナードの子孫……?」
ヨハンが、信じられないとばかりにぽかんと口を開けてレオを見やる。
レオ自身も、なにがなんだかわからないといった様子でヨハンとサトクリフを見つめ返した。
「つまり、どういうことなんだよ? 俺は、いったい――……」
サトクリフやヨハンのただならぬ空気に息をつめるレオに、サトクリフがうながすように聖短剣を持ったまま顔をあげた。
「レオ様、とりあえず状況が差し迫っているので、詳しい話はあとでさせてください。いまは、この危機を脱するためにこの聖短剣を受けとってもらえますか。この聖遺物は、レナード・ゲインズの末裔である貴方にしか扱えないものなんです」
「そんなこと、急に言われても、俺は――」
「……この聖短剣は、『神殿』に奪われないように、オレたち魔族が代々隠し守り続けてきたんです。いつか、来たるべきときにレナード・ゲインズの正統なる血筋の者に託せるように。そしていまこそ、この聖短剣の力を使うときです。これを使って、クラレンスとアキちゃんと一緒に勇者殿を助けてください」
サトクリフに差しだされた短剣を、圧倒されるように凝視しながら、レオは二の句を継げずにつばを呑みこんだ。
アキは、レオとサトクリフのやりとりをじっと見守ることしかできない。
(レオは、レナードさんの末裔だからあの聖短剣が扱えるってことだよね……?)
創世暦時代の知識に通じているサトクリフとヨハンは、大方の事情がわかっているようだけれど、彼ら以外は置いてけぼりだ。
そもそも、革命家レナード・ゲインズというのは何者なのだろう。ヨハンはひどく驚いていたようだったけれど、自分には、イヴァン・クラレンスの親友で創世暦時代に活躍した人のひとり、という程度しかわからない。
戸惑いながらも、サトクリフが差しだしている短剣に指先を伸ばしかけていたレオが、ふとこちらへ顔を向ける。
「レオ……?」
「正直俺になにができるのかよくわかんねぇんだけど、この短剣があれば、俺でもアキとヨハンの力になれるんだよな? で、あいつを……エリアスを助けられるんだよな?」
確認するように訊くレオに、短剣を捧げ持ったままのサトクリフが強くうなずく。
事情についてはわからないことだらけだけれど、聖短剣――つまり聖遺物をレオが使えるようになってくれれば、彼にも、これから自分がヨハンとともに発動する古代魔法に加勢してもらえるということなのだ。
ヨハンだけではなく、魔法に長けたレオも力を貸してくれるなんてこんなに心強いことはない。
ヨハンが、彼自身の聖槍を見あげながら静かに口を開く。
「……そうですか、レオがレナードの末裔だったとは……。正直、その血は途絶えたと思っていたのですが、クラレンスの血とともに脈々と受け継がれていたのですね。その血筋の存在が公になっていないということは、おそらく貴方たち魔族がレナード・ゲインズの子孫の存在をひた隠しにしてきたからでしょう、『聖短剣』とともにね」
そういうこと、と肯定するように、サトクリフが肩をすくめてみせる。
ヨハンはそれ以上追及する気はないのか、サトクリフから視線をはずしてレオを見やった。
「レオ、どうやら僕たちは、どうあっても知りあう運命だったのかもしれませんね」
「そりゃどういう意味だよ?」
いぶかしげに眉をひそめるレオに、ヨハンが多少照れたように咳払いをする。
「……つまり、レナードとイヴァンは、かつてまだ人びとの統制のとれていなかった創世暦時代の世界をまとめあげて、人びとの頂点に立って彼らを先導した偉大な革命家だったのです。そのあたりの歴史については、『創世記』を持っている『神殿』や魔族以外は知り得ないことなのですが……ともかく、彼らの末裔である僕たちが、世界の命運を背負った勇者の――エリアスの仲間としてこうして集うのは、そういった運命に定められていたようだとは思いませんか」
真面目な台詞のわりになにを照れているのか、早口でまくしたてるヨハンに、レオが彼の真意を察して後ろ頭をかきながら言う。
「あーつまりなんだ、おまえが言いたいのは、おまえと俺もイヴァンとレナードみたいに親友になれるんじゃねぇかっていう、そういうことか……?」
「……そっ、そうは言ってませんけど、僕が言いたいのは、親友だった彼らのように僕らも息をあわせて聖遺物の力を引き出せるのでは、ということです。いいからさっさと聖短剣を受けとってください。エリアスだっていつまでも待ってくれるわけではありませんよ」
(ふふふ、ヨハン、嬉しそうだなあ)
ヨハンは照れてごまかしているけれど、きっと図星なんだと思う。
彼は、レオとお互いの祖先が親友同士だったということがわかって、きっとレオと深いつながりができたように思えてうれしかったんだと思うのだ。
レオは、照れ隠しにそっぽを向いているヨハンをほほ笑んで見やってから、サトクリフが差し出していたレナードの短剣を受けとろうと腕を伸ばした。
銀で作られた短剣の柄をその長い指でぐっと力強くつかむと、やっと持ち主の手に戻った喜びを表すかのように、短剣が一瞬銀色の光で縁取られたように見えた。
「重いな……」
――これが、レナードが背負っていた力なんだな……。
そうつぶやいたレオは、短剣のあんばいを確かめるためか一度軽く振ってから、それを片手にたずさえてアキとヨハンのもとへと駆け寄った。
そうして、ちょうどヨハンと反対側の位置に立って、アキを間にはさむ陣形をとる。
古代魔法を発動するために、ヨハンとレオで左右からアキをサポートしてくれる気なのだろう。
右手側にはヨハン、左手側にはレオ。
左右にあるふたりの端正な横顔が、とても凛々しい。
(レオとヨハンに囲まれてることが、こんなにも心強いことだったなんて……)
ふたりがいてくれるから、きっと古代魔法を成功させられる、きっとエリアスを助けられる――そう信じることができて、胸がわき立つような思いだった。
隣のレオを見あげると、彼は紫の瞳でこちらを見返して力強い笑顔を向けてくれた。
「よし、これで俺もおまえの力になれそうだな! アキ、頼むぜ。俺たちの力をあわせて、あいつを助けてやろう」
レオの視線の先にはエリアスの姿がある。
こちらの準備が整ったことをさとったのか、エリアスはすっと聖剣を持ちあげると、腰を低く落として臨戦態勢をとった。
後衛を担うアキとレオとヨハンの三人を庇うように、サトクリフとミーナとルイスがエリアスの前に立ちはだかる。
前方には頼りになる仲間たちの背中があって、そして、自分の右手にはヨハンが、左手にはレオがいてくれる。
――私は、一人じゃない。
みんなが一緒にいてくれる。
みんなが、力を貸してくれる。
(エリアス、私たち、こんなにもたくさんのみんながそばにいてくれるんだよ)
アキはエリアスの緑の瞳を見返してから、祈るように目を閉じる。
――だからお願い。どうか、私たちのところに、帰ってきて――……!




