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第四十七話 失われた勇者

「い、痛っ、いたたた、レオ……!」


 腕に強く抱きしめていたアキが、レオの耳もとで傷の痛みに悲鳴をあげる。


 しまった、とレオはあわてて彼女を抱く腕の力をゆるめた。


 つい気持ちばかりが急いて、彼女の傷のことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。


 レオは、ごめん、と早口で謝ると、アキの首の後ろに腕を差し入れるようにして、あお向けに彼女の体を横たえる。


 アキは、まだうつろな目の焦点をレオに合わせると、すがるようにこちらを見上げた。


 不安だったのだろう、レオの顔を見るなりそのまま涙を頬に伝わせてしゃくりあげる。


 レオはそれをなだめるように、彼女の髪にそっと手を伸ばして、あやすようにすきながら言った。


「アキ、もう大丈夫だ、泣くな。とりあえず最優先事項はおまえの解毒だ。おまえ、毒に侵されてるんだよな?」


 やさしい声音で聞くと、彼女が小さくうなずいた。


 全身に毒が回りきって手遅れになる前でよかったと、レオはほっと胸をなでおろす。


「わかった。いま解毒剤を飲ませるから待ってろ」


 レオはローブの内ポケットに手を差し込むと、解毒剤の入っている透明な小瓶を取りだした。解毒作用のあるとろりとした水色の液体が、瓶の中で揺らめく。


(解毒剤、買ってきておいて正解だったな……)


 このクエストにくる前に、町の道具屋にさっと寄って必要になりそうな薬や小道具をひと通りそろえておいたのだ。


 魔法使いは、神官と違って治癒や解毒といった回復系の魔法がいっさい扱えないため、仲間が受けた傷を癒すのは薬頼みなのである。


 レオは瓶の蓋をひねって開けると、直接アキに薬を飲ませるため、入れ物をそっと彼女の口もとに近づけた。慎重に容器をかしげて、薄く開いている彼女の口の中へ少しずつ薬を流しこむ。


 アキは、異物が入り込んだからか苦しそうに眉をしかめて、その途端、薬を吐きだすために咳き込みそうになる。けれど、レオは自分の手を伸ばしてアキの口をふさいだ。


(アキ、がんばれ……! これさえ飲めば、すぐに楽になるからな)


 なにせ自分の買ってきた薬は、即効性として名高い妙薬だ。飲み込むことさえできれば、すぐに全身に効果が現れるはずだ。


 レオの願いが叶ってか、アキはレオに口を押さえられた状態で、ごくりと喉を上下させた。すると、真っ白だった彼女の表情が、みるみるうちに血色を取り戻していく。


(……よし、うまく効いてくれそうだな)


 ほっと表情をゆるめたレオが、アキの口もとから手をのけると、彼女は薬の苦みのせいか涙でにじんでいる瞳をうっすらと開けて、今度はうつろではなくしっかりと視線を定めてレオを見つめた。


 レオはアキの頭を支えたまま、上からそっと彼女の顔をのぞき込む。


「アキ、大丈夫か? 少しは楽になったか?」


 不安げに問いかけると、彼女はレオを安心させるように、弱々しいけれど必死に笑顔を浮かべてうなずいてくれた。


「うん……、ありがとう、レオ。嘘みたいに体の痛みがひいてきて……」


 もう大丈夫そう、と言い添えてほほ笑むアキに、レオはひどく安堵して、緊張が解けた途端にへなへなと体の力が抜けていく。


 アキはレオから体を離して自分の力で上体を起こすと、目の前で同じように座り込んでいるレオと目を合わせた瞬間、せき止めていた気持ちを抑えられなくなったように、力いっぱいレオに抱きついた。


「――うおあっ!? アキ、いきなりどうし――」


 狼狽してあわてふためくレオに構わず、アキは振り絞るような声で言う。


「レオ、助けにきてくれて本当にありがとう……! 私、自分ではどうすることもできなくてっ、もうだめかもって、思ってっ……、そうしたらレオが来てくれて、すごくほっとしたっ……」


 最後はかすれるような声でつぶやいて、アキはレオの胸もとを手繰り寄せながら、ぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣きじゃくる。


 レオは自分の胸にいる彼女を見下ろすと、最初はどうしたらいいものかと両手をさまよわせていたけれど、そっとその手を彼女の背にまわした。


「……――もう大丈夫だ、大丈夫。俺がおまえを守ってやるからな」


 少しだけ腕に力を込めて、彼女の肩口でささやくように言う。

 

 彼女がエリアスを好いていることはわかっていた。自分が彼女とエリアスとの間に入り込む隙などないことも。


 それでも、こうして自分を頼って、抱きついてくれる彼女がとてもかわいらしいと――とてもいとしいと、思った。


 何度も認めないでおこうと、親友と相思相愛である彼女に対してそういう気持ちを抱いてはいけないと、自分で彼女への想いに気づかないふりをしていたけれど、それももう、限界なのかもしれない。


 エリアス不在の今、彼女にこの気持ちを伝えたらどうなるだろう――。


 そこまで考えてレオは、首をふった。


 自分は、エリアスとアキのことをずっと見守っていようと決めたのではないか。


 この危機に乗じてアキに気持ちを伝えるなど、きっと彼女を困らせるだけだ。


 ――わかってた、ことじゃねぇか……。


 自分が彼女を好きなことも、その気持ちを伝えることを自分が望んではいないことも、全部……。


 レオは自分の想いを断ち切るように、アキの肩に両手を添えると、そっと彼女の体を自分から離した。


 泣きはらした目で自分を見上げてくる彼女に、明るい笑顔を作って笑いかける。


「……アキ、次はその右肩の傷と頬の傷を治療させてもらうぜ。俺はヨハンみてぇに治癒魔法は使えねぇけど、回復薬ならたんまり買ってあるからさ」


 に、と笑うと、レオはまたローブの内ポケットをあさって、今度は緑色の液体の入った小瓶を取りだした。


 『神官』の扱う治癒魔法と同様の効果を持つ回復薬だが、彼らの魔法と違って威力は応急処置程度しかない。それでも、傷口をふさいで痛みを抑えることはできるだろうから、十分な効果があるはずだ。


「それでなんだが……、この薬って患部に直接かけないといけねぇわけなんだが――」


 そこまで言って、レオは遠慮がちにアキの右肩に視線を向けた。


 直接処方するということはつまり、彼女の肩の傷を治療するためには、彼女に上着を脱いでもらわないといけないのだ。――自分の前で。


(……さ、さすがにそれは、まずいよなあ……)

 

 異性である自分に素肌をさらすなどアキは気後れするだろうし、自分だって、想いを寄せる彼女の肌を間近で見るなど気が動転してしまいそうだ。


(どうしたもんかな……)


 臆している状況ではないのに、冷や汗をたらたらとしたたらせるレオを前に、アキはむんずと自分自身の上着に手をかけると、ためらいもなく豪快にそれを脱ぎ始めた。


 レオはぎょっとして後ずさる。


「ち、ちちちちちょっとおまえなにする気だよ……!」


「なにって、傷を治すために服を脱ぐ必要があるんですよね? だったら、お見苦しいものをお見せして申し訳ないんですけど、景気よく脱がせていただきます! こんなに怪我を負ってちゃ、なにもできないから」


 エリアスを止めることもミーナとルイスを助けることもできない――と、アキはくやしげに唇をかみしめる。


 もしかしたら彼女は、その場にいあわせたのにエリアスたちのことを助けられなかった自分のふがいなさを悔いているのかもしれない。


 アキは、言葉どおりまずスーツの上着を脱ぐと、次にその下に着ていた白いシャツのボタンを上からひとつひとつはずしていく。


 レオは、内心動揺しながらも、そんなことであたふたしている場合ではないことを思い出して、じっと黙ってアキの手もとから視線をそらしていた。


「――レオ、お待たせしました、できました!」


 衣擦れの音を耳に入れながら顔をふせていたレオは、アキのその声かけに、おそるおそる彼女のほうへと視線を向けた。


 彼女は、シャツをはだけて右肩をあらわにしていて、そこに無残につけられた傷口からは、とめどなく血がにじみ出しては彼女の腕を伝って床にしたたり落ちている。


 解毒のほうに気をとられてしまっていたが、傷のほうもなかなかに深刻だ。これは、うろたえている場合などではなく、いっこくも早く処置をしたほうがいいかもしれない。


「アキ、悪いな。ちょっと傷口を見せてくれ」


 レオはアキに断りを入れてから、座り込んでいる彼女のすぐ近くまで寄って、その右肩の傷口をしげしげとのぞき込む。


 なにか刃物で突き入れられたような刺傷だ。流血は多いけれど、彼女に危害を加えた人物が手加減でもしたのか、思っていたよりも傷口は深くはない。


(これなら、回復薬だけでもだいぶ良くなりそうだな)


 レオは小瓶の蓋を開けると、肩口の傷と頬の傷に慎重に回復薬を垂らていく。


 アキは、液体が触れると痛そうに顔をしかめていたけれど、自分のスカートをぎゅっと握って必死に痛みに耐えているようだった。


 薬が触れた部分が淡く光り輝いたかと思うと、あっというまに傷口がふさがっていき、痛みもひいていくのかアキのこわばった表情もまたやわらいでいく。


 肩口と頬の傷をふさぎ終わると、レオは空になった小瓶をローブにしまって、額の汗をぬぐった。


「よし、これで大丈夫だな。アキ、調子はどうだ?」


 うかがうように聞くと、アキはすでにごそごそと元気よく上着をはおりながら笑った。


「大丈夫です。レオのおかげですごく良くなりました! 私の世界ではあんまり怪我を負うことってなかったんですが、刃物で刺されるとあんっなに痛いんですね!」


「ああ、そういやおまえの世界って、剣や魔法みてぇな魔物と戦うための技術は存在しねぇんだっけか」


 ということは、この世界ほど命の脅威にさらされることもなく、また、身を守る必要もないということなのだろう。


 そういう世界で生きてみてぇもんだなあ、なんて頭の片隅で思っていると、まだ顔色は青いけれどもすっかり元気を取り戻したアキが、レオのほうへ身を乗りだした。


「レオ、私、伝えたいことがたくさんあるんです! レオたちがきてくれる前にエリアスや私になにがあったのか、手短にお話しするので聞いてもらえますか?」


「ああ。思い出せる範囲で大丈夫だから、簡単に教えてくれ。――この状況を打破できるのは、いまは俺たちしかいない。当面、俺らふたりの力でエリアスを止めて、ミーナやルイスを助けだすしかない」


 ――ヨハンが俺の救援信号に気づいて駆けつけてくれるまでは……。


 レオはその可能性に賭けながら、力強くうなずくアキと、力を合わせるように軽くお互いの拳を打ち合わせる。


(はじめて、エリアスが俺らのパーティから抜けたんだな……)


 こんな事態になってはじめて、自分たちがいかに彼に頼りきっていたかということに気づかされていた。


 自分はずっと、心のどこかでエリアスの強さに甘えている部分があったのだ。


 あいつならなにが起きても負けることはない、あいつがいればなにがあっても助けてくれる、あいつは『勇者』なんだから――と。


 けれどそれは、無意識のうちにエリアスにすべての責任を押しつけて、彼に負担をかけていたのかもしれない。


(あいつが敵にまわって、はじめてそんなことに気づくなんてな)


 仲間としていたらない自分に腹が立った。自分が、あいつにとって誰よりも頼れる仲間でありたいと、ずっとそう思っていたのに。


(……ごめんな、エリアス)


 おまえにばかり、たくさんのことを背負わせちまって……。


(――だから、今度は)


 レオは拳を握って顔をあげる。


 ――今度は俺が、おまえを助ける番だ。


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