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第三十七話 レオの想い

(へえ、珍しいな、吟遊詩人か……)


 レオは、目の前に立つ男女二人組の格好をじっと検分する。


 装備から考えるに、男の職業は吟遊詩人、女の職業は盗賊といったところだろう。二人とも腕の立ちそうな様子だが、吟遊詩人と盗賊という、技巧に富んではいるがやや火力に欠けるパーティ編成でクエストに挑むのは無謀な気がしなくもない。


(ってことは、この二人の他にもパーティメンバーがいんのかな……?)


 いろいろと勘繰っていると、レオの名前を聞いた吟遊詩人の男が、なにかに思い当たったようにぽんと手を叩いた。


「ああ、やはり貴方が『学府』を首席で卒業し、今代勇者エリアス・リーランドの仲間として抜擢された有名な魔法使い――レオ・ゲインズ殿か。お目にかかれて光栄だ、ゲインズ殿」


 吟遊詩人の男が好意的な笑顔で手を差しだす。


 自分の経歴を知っているらしい相手に、俺も有名になったもんだなあ、とレオはしみじみと思う。


 レオも片手を出しながら笑んで、吟遊詩人と握手を交わした。


「よくご存知で。俺のことはレオでいいぜ。そういうあんたは――『吟遊詩人』だよな?」


「いかにも。私は吟遊詩人のルイス・ニール、それから彼女は……」


「『盗賊』のミーナ・ラッセルよ。初めまして!」


 赤髪の女性――ミーナが、軽く首をかしげて朗らかに笑う。


 『盗賊』という職業に似合いの、ずいぶんと明るくてかわいらしい女性だ。アキと同じくらいの年齢だろうか。


 ミーナにアキの姿を重ねて見ていると、彼女もまたレオの顔をまじまじと見つめた。


「ところで、レオはエリアスのお仲間なのよね? じつはあたしたち、エリアスとアキとパーティを組んでこのクエストに挑んでる最中なのよ。だからエリアスたちとは顔見知りなんだけど――エリアスも腰抜かすくらい超絶美形って感じだったけど、レオも負けないくらい男前ねぇ! なんだか緊張しちゃうわ!」


 ふふふ、とミーナが楽しそうにころころと笑っている。


 すかさずルイスが「外見ならば私も負けていないと思うのだが」とふてくされてミーナに叩かれているが、レオは彼女の発した一言が気になってそれどころではなかった。


(エリアスとアキとパーティを組んでこのクエストに挑んだ……?)


 ――おいおいちょっと待て。


 レオは思案するように顎に手を当てる。


(つーことは、すでに二人はエリアスたちと知り合いで、しかも一緒に行動してるってことだよな?)


 レオは、よっしゃとばかりに一人でガッツポーズを決める。


 冒険者ギルドへ向かうエリアスたちと別れたあと――宿屋に残った自分はヨハンと一緒に悪戦苦闘しながらなんとか手鏡に転移魔法用の魔力を溜め終え、ヨハンとナコを部屋に残し、単身でエリアスたちを迎えにきたところなのだ。


 なぜ一人で来たかというと、自分だけが馬鹿みたいにぴんぴん元気だったからである。


 手鏡に魔力を充填し終わったあと、ヨハンは魔力切れ寸前で普段から青白い顔がさらに生気を失っていて、とても動かせる状態ではなかったから、そんな彼を養生してもらうためにナコにも宿屋に残ってもらったのだ。


 それで、不可解なほど驚異の速度で魔力を回復した自分が、単騎でエリアスとアキを迎えにきたわけである。


 そうして、エリアスたちの足跡を追って最初に冒険者ギルドで聞き取りをしたときは、クエストに挑んだと聞いてその無鉄砲ぶりに頭を抱えたくなったが、あの底無しに人の良い二人のことだ、なにか止むに止まれぬ面倒事に巻き込まれて参加した可能性もある。そう思い至って、自分もエリアスたちを追いかけて同じクエストに行き、とっとと攻略して二人を引っ張って帰って来ようと考えていたのだ。


 そうしてクエスト先である遺跡にやってきたところ、運の良いことにこうしてエリアスたちとパーティを組んだというミーナとルイスに出会ったわけである。


 レオは幸先のいいスタートに目の前が明るくなりながら、ミーナたちに問いかける。


「なぁ二人とも、俺、野暮用があって今までエリアスたちと別行動をしてたんだが、その用事が終わったもんで二人を迎えに来たんだよ。ちょいと急いでる事情があるもんで、早めにこのクエストを攻略してエリアスたちを連れて帰りたいんだが、肝心のエリアスとアキはどこにいるんだ?」


 一緒にパーティを組んでいるなら、その辺にいてもおかしくないのだが。


 額に手をかざして道の先を見すえてみても、どこにいても目立つエリアスたちの姿はない。あるのは道の両脇に広がる暗闇の側溝と、自分が消し炭にさせてもらった半魚人の遺骸のみである。


 なんとなく一抹の不安を感じ始めながら、レオはルイスとミーナを振り返る。


「あいつらどこにいるんだ? おまえたちより少し先に進んでるのか?」


 もしくは、エリアスとアキはなんらかの理由でまだ後方にいて、ルイスとミーナが先発隊として先に進んでいるのか。


(だとしても、ここへ来るまでにエリアスたちの姿は見かけなかったよなあ)


 頭をかくレオに、ミーナがきゅっと唇をかんで視線を伏せた。


「……じつは、エリアスたちとは……はぐれちゃったの……」


「はぐれた?」


 不穏な発言に、レオは眉根を寄せる。


 ルイスが側溝に視線を落とした。


「ああ……。さきほどこの一本道で背後から魔物に襲われて、たまたま一番後方にいたアキがひとりで迎え撃つ形になり、その拍子に足を踏み外して側溝に落下してしまったのだ」


「ええ。それで、アキを助けるためにエリアスもこの側溝に飛び込んで、エリアスとアキはこの下に……」


 ミーナが膝を床について座り込み、側溝を覗き込む。


 ――側溝に、落ちた……?


 レオもそれに倣って、ミーナの隣にかがんで同じように暗がりの穴に目を凝らした。


 一見して、ずいぶんと深そうな溝だ。妙な罠なんかが仕掛けられていないといいんだが……。


 レオは屈んだ体勢のまま、小さく宙に魔法陣を描いて指を振ってそれをかき消すと、手のひら大の光球を生み出した。腕を軽く振り上げて、その球を側溝の中に放り込む。


 ゆるやかに側溝を落下していく球は、なにかに衝突することもなくどんどんと小さくなり、やがて目視できなくなって消えていった。


 光球は地面に衝突すると弾ける仕組みになっているから、こちらで認知できる位置に底がないということだ。


(どんだけ深いんだ、この溝……)


 エリアスとアキがこの穴に落下したというが、身体能力に優れているエリアスならまだしも、冒険慣れしていない経験の浅いアキは大丈夫だっただろうか。


 背後から魔物に奇襲され、さらに体勢を崩してそのままこの先の見えない穴に落ちるなど、とても怖い思いをしたのではないだろうか。


 怪我はなかっただろうか。ちゃんと無事でいるのだろうか。


 悲鳴をあげながら落ちていくアキの姿がまざまざと思い浮かんで、レオは息を呑む。


 なんだ、なぜだろう、自分でも驚くほどに気が動転してくる。


 レオ、と笑顔で自分の名前を呼んでくれていたかわいらしい彼女に、自分がいないところでなにかあったと思うと――。


「俺が……」


 ぎり、と唇をかんで呟くと、ミーナとルイスがこちらに視線を向ける。けれど、それに気づかないほどに、自分は平常心を失っていた。


「俺がそばにいれば、あいつのことを守ってやれたのに……!」


 くやしい。肝心なときに、あいつの力になれなかったことがくやしかった。


 アキは、妹を追ってきたとはいえ、自分が召喚魔法で一方的にこの世界に呼びよせて、武器をとって魔物と戦わなければならないような危険な運命に巻き込んでしまったのだ。それなのに、文句ひとつも言わずに健気に頑張っている彼女の姿を見て、少しでも自分が支えてやりたいと思っていたのに――。


 ちくしょう、と地面を拳で叩きつけるレオに、ルイスとミーナは互いの顔を見合わせ、ルイスが後方からそっとレオに声をかけた。


「レオ、落ち着いてくれ。落下の最中、エリアスの魔法道具で浮遊の力が働いたようだった。だからおそらく、二人は無事に地下に降りていると思うのだ」


「ええ。そのときたまたまアキがエリアスのマントをつけていたから、魔法道具はアキのことを守ってくれているのと思うの。エリアスなら、その加護に乗じて上手く行動してくれてるんじゃないかなって思って……。……魔物の奇襲については、察知能力に優れたあたしが気づくべきだったの。あたしが力不足だったせいで、ごめんなさいっ……」


 悔やんでも悔やみきれない様子で、ミーナが顔を歪めて頭を下げる。


 レオは慌ててミーナの肩に手を乗せた。


「悪い、おまえを責めてるわけじゃねぇんだ。……自分でもよくわかんねぇんだけど、あいつに――アキに、俺の手の届かねぇとこでなにかあったらって思うと気が気じゃねぇっていうか……」


(……なんなんだよ、これ)


 ――なんでこんなに、俺はアキのことを気にかける?


 レオは戸惑った様子で、ぐしゃりと前髪を握る。


 どうしてこんなに、あいつのことになると気が動転しちまうんだろう……。


 ルイスとミーナは再度お互いの顔を見合わせ、ミーナがそっとレオの腕を叩いた。


「レオは、アキのことをとても大切に想っているのね」


「……え?」


 ――いきなり、何を言って……。


 きょとんとするレオに、ミーナは優しく目を細めて笑いかける。


「レオは、アキのことが好きなんでしょう?」


「なっ……!」


 レオは瞬時に顔を赤らめて、ごまかすように両手で地面を叩いた。


「そ、そんなわけねぇだろっ! あんな鈍くさいやつ、好きとかっ、ありえねぇし!」


 そう、ありえるわけがない。


 なにをするにも鈍くさくて、貧弱で、お節介で、こっちに心配ばかりかけるあんな面倒くさいやつ――。


(……いや、違う、違うよな)


 レオは、自分の気持ちを受け入れるように、長々と息をはく。


 ……素直になれよ、俺。


 こんなところで自分に嘘ついてどうすんだよ。


 はじめてアキに会ったときは、正直なところ貧弱な奴を召喚しちまったと先行き不安に思ったものだが、彼女と接していくうちに、頑張り屋で他人を思いやれる優しい奴だと気づいていって、自分が召喚したのが彼女でよかったと思うようになっていったのだ。


 彼女の、この世界を知ろうとする前向きな姿勢や、『勇者の秘書』としてエリアスを支えようとする姿に好感が持てて、そしていつの間にか、自分の言うことに怒ったり笑ったりする彼女のことをかわいいなと思うようになったのだ。


 そして今回、彼女が危ない目に遭ったと聞いて、自分でもびっくりするほどに冷静でいられなかった。


 もう二度と彼女が怖い思いをしなくて済むように、自分が彼女の傍にいて、彼女を守りたいとさえ思うくらいに。


 この気持ちは、つまるところ――。


(……俺は、あいつに惚れちまったわけか)


 あああ、とレオは頭を掻き毟る。


 あの能天気なアキに惚れ込んでしまったなんて、ちょっと自分に納得できない気持ちもあるのだが、事実、自分は彼女に惹かれていたのだ、自分でも気づかないうちに。


 好きな女の子ほどからかいたくなるというが、思い返してみれば、自分は散々っぱらアキをからかっては彼女から返ってくる反応を楽しんでいたのではないだろうか。


(けど、あいつには……)


 レオの脳裏に、アキとエリアスが笑いあっている光景がよぎる。


 ……あいつには、エリアスが、いるもんな。


 わかっているのだ。エリアスとアキが、お互いに好き合っているということは。自分は、そこにずかずかと入り込むなんて野暮なことはしたくはなかった。


 それに、エリアスは自分にとって大切な友人だ。アキといることで、あいつが幸せになるならそれに越したことはない。


 レオは、自分の気持ちを押し込めるように首を左右に振ると、こちらの様子をうかがっているミーナとルイスの顔を見回した。


「ミーナのいうとおり、俺、あいつが……アキのことが、好きだったんだな。言われるまで気がつかなかったが……」


 そもそも、自分の青春時代といえる『学府』の学生のころは、成績を維持するために勉強漬けの毎日であったから、恋愛とは縁遠く過ごしていたのだ。だから、自分が異性を好きになることがあるなんて、考えたこともなかった。


 レオは、アキへの想いをあきらめたふうに笑って、自分の頬をかいてみせる。


「けどさ、アキはエリアスのことが好きだろ? たぶん、エリアスもな。だから、俺は自分の気持ちを知ったからといって、別にどうこうする気はねぇんだ。俺は、エリアスとアキが幸せになってくれれば、それが一番だからな」


 自分の気持ちを自覚したと思ったらいきなり失恋してんじゃねぇか、と自分につっこみたい状況なのだが、こればかりは仕方ない。親友と同じ人を好きになってしまうことも、あるだろうから。


 膝を叩いて立ち上がって、ミーナたちに向かって明るく笑ってみせると、ルイスがほほ笑みを浮かべながら肩をすくめた。


「難儀なものだな、恋愛というものは」


「……ずいぶん実感のこもった言い方だな、ルイス」


「私も片思いの真っ最中なのでね」


 ルイスが含んだように言い、隣に立って服装を整えているミーナを意味深に見やる。


 その視線を受けて、ミーナは一瞬ぎくりと固まると、ルイスを睨み上げながら思いっきり彼を足を踏みつけた。


「ちょっと、馬鹿言ってないで早くエリアスとアキと合流しましょう! ――レオ、あなたとあたしたち、エリアスとアキを捜すっていう目的は同じだから、よかったらあたしたちと一緒に来てもらってもいいかしら?」


 レオが仲間になってくれたら百人力よ、とミーナが拳を握る。


 レオは二つ返事でうなずいた。


「ああ、もちろんだ。僭越ながら、お役に立ってみせるぜ。失恋で傷心っていうステータス異常にかかってるけどな」


 冗談まじりに自分の胸を叩いてみせると、ルイスがおかしそうに笑った。


「傷心状態を回復する魔法はあるまいよ。そればかりは自然治癒に任せるしかないな。まあ、冗談はさておき、世界に名を馳せる天才魔法使い殿とパーティが組めるとは楽しみだな。私たちも負けないように力を尽くそう、ミーナ」


 ミーナに笑いかけるルイスに、彼女が力強くうなずいている。


(……エリアス、いい仲間を見つけたな)


 やはり、彼の周りには不思議と人格者が集まってくるのだろう。二人に正式に勇者パーティに加入してもらった暁には、ぜひヨハンにも会ってもらいたいと思う。とくにヨハンは早めに『吟遊詩人』を仲間に入れるべきだと口うるさく言っていたから、きっと喜んでくれるだろう。


 ミーナが腰のポーチから地図を取り出す。


「レオ、ちょっといいかしら。あたしたちが今いるのがここなんだけど……」


 指で地図を示すミーナに歩み寄り、レオは彼女の手もとにあるそれを覗き込む。


「ああ、なるほど。じゃあ、この一本道をひたすら北に進むのが最短ルートっぽいな」


 レオは地図から顔を上げて、道の先を見すえる。


 ミーナにルイス、そして自分という冒険者レベルの高い面子ならば、魔力の消費を気にしたりせずに、遭遇した魔物を全力で片っ端からなぎ倒しつつ、速さ重視で最終地点を目指したほうがよさそうだ。


 俺たちが魔物をたくさん倒しておいたほうが、エリアスとアキの安全も守られるしな。


(――エリアス、アキ、無事でいてくれよ)


 レオは、心の中で祈るように思う。


 二人のことを思い浮かべると、なんだか、長らく彼らの顔を見ていないなあという気がしてくる。今までずっと一緒に旅をしてきて、こんなに長い間別行動をしたことがなかったからそう感じるのだろうか。


(早く二人に会いてぇなあ……)


 自分の親友の勇者様と、自分が好きになった女の子――。自分の気持ちには気づいたけれど、それを彼女に伝えるつもりはなかった。自分は、二人がいつまでも幸せでいられるように、離れないように、見守る立場でいいのだ。


 レオは気合いを入れるように両頬を叩くと、ルイスとミーナの肩を叩いて拳を上げた。


「よし、エリアスとアキとの再会を目指して頑張ろうぜ!」


 振り上げたレオの拳に、ミーナとルイスがそれぞれの拳を軽く打ち合わせた。


「――おう!」

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