第三十話 冒険者たち
みんなでわいわいと話をしながら小一時間ほど山を登り続けると、木々の生い茂っていた薄暗い森林を抜け、突如、一面にごろごろとした大岩の転がる開けた岩場に到着した。
頭上からの陽射しを受けて白く反射して見える岩の眩しさに、アキは思わず手を額にかざす。
この岩場は、さきほどの鬱蒼とした山道とは打って変わって、平坦な地面に大小さまざまな岩が縦横無尽に転がり、背の高い木は一切生えていない。視界をさえぎるものがないため清々しいほどに一面に空が広がり、ときおり風が吹き抜けてアキたちの衣服をはためかせた。
これ以上山道が続いていないところを見ると、ここが山頂になるのかもしれないが、一見して目的の遺跡と思われる建物は見当たらない。
岩の隙間を埋めるように背の低い草が生えているだけの殺風景な景色が、どこか空しく広がっているだけだった。
山頂をふきすさぶ風があたりの枯れ葉を巻き上げ、それから視界を庇うように前髪をかき上げながらエリアスがいう。
「……うーん、遺跡のような目立った建物は見当たらないね。少し散策してみたほうがいいかな」
「そうですねえ。遺跡って大きいイメージだからすぐに目につくかと思ったんだけど……。近くにないのかな」
額に手を添えて遠くを眺めながら言うと、エリアスが隣に並んで軽く首を傾げる。
「かもしれないね。こういった岩場にある遺跡だとしたら、古びた神殿の跡地みたいなものだと思うんだけど……」
エリアスが呟いたと同時、後方からミーナとルイスが息ひとつ上がっていない涼しげな様子で登ってきた。
緑深い森林から一気に開けた視界に、風になぶられる赤髪を手で押さえつけながら、ミーナが目を細める。
「あら、ついに目的地に到着って感じかしら! 見事になんっにもないわねえ」
ここまで空振りだといっそ清々しいわねっ、とミーナはわざとらしくあっけらかんと言い放ったのち、目に見えてがっくりと肩を落とした。
そのままアキたちを振り返ると、花がしおれるように力なく頭を下げる。
「……ごめんなさい。もしかしたら、この依頼書の内容、嘘だったのかもしれないわ……」
最初から遺跡なんてなかったのかもしれない、とうなだれるミーナの肩に、ルイスが励ますように片手を乗せる。
顔を上げたミーナを見ず、ルイスは前方に向かってすっとその長い腕を伸ばした。
「なに、諦めるのはまだ早いぞ。あそこに一際大きな岩山があるだろう。いかにも怪しいと思うのだが、ひとまず近くまで行ってみないか」
ルイスの言うとおり、平坦な尾根道の先に、こんもりと大きな巨岩が頭を突きだしている。
岩肌を剥き出しにした石山で、石を切り出して造り出されたようにも見えるそれは、人工的に作られたようにも思える。ここら一帯で目立った景色といえば、それくらいのものだった。
ルイスの提案を受けて、エリアスが、ふむ、と頷く。
「そうだね。とりあえず歩いてみないことには始まらないか。――みんな、行こう」
照りつける陽射しの下、四人はどこか散策を楽しむような心づもりで、そろって足を進めるのだった。
尾根道を伝って岩山の足もとまでやってきたアキたちは、腕をかざしてその高さを見上げて圧倒され、さらにはそれの岩壁にぽっかりと穴が開くようにして現れた洞窟に目を奪われた。
遺跡そのものはなかったけれど、ルイスの予想どおり、この洞窟、いかにも先になにかありますと言わんばかりである。
ミーナは、お宝でも発見したかようにぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねた。
「やったわやったわ! これ、絶対遺跡の入口じゃない!?」
「私には、遺跡というよりは普通の洞窟の入口に思えるのだが」
「ちょーっとルイスっ、そんな冷静な発言いらないのよ! 洞窟の奥に遺跡があるかもしれないじゃない!」
ルイスの至極まっとうな見解に、ミーナが理不尽に言い返してついでとばかりに彼の背中を思いっきり叩いている。アキはそれを横目に見ながら、いそいそと洞窟に歩み寄った。
入口は、岩山の上部からしだれのように垂れ下がっている蔦や木の根によって覆われていて、まるで入口を外部から隠すかのようになっている。
(これ、しばらく誰も来てないってことなんだろうなあ……)
そう思ったところで、後ろからミーナに肩を叩かれた。
「アーキっ、ひとりで前に出たら危ないわよ。――それにしても、ずいぶん真っ暗な洞窟ねえ。光源なんてないのかしら」
ミーナと一緒に洞窟を覗き込むと、穴の先はほの暗く、奥にいくほどにどんどん闇が深くなっている。ここから覗いただけではどれほどの深さがあるのかわからない。
「とりあえず入ってみるしかなさそうですよねえ……」
「そうねえ。ま、あたしたちのレベルなら、そうそうそこいらの魔物に負けることはないから、このまま入っても大丈夫だとは思うけど」
ミーナの呟きにアキが頷こうとしたところで、背の高いエリアスが後方からにゅっと顔を出して洞窟の中を眺めた。
「ふうん、こんな山奥に洞窟なんてあったんだね。原野にはまだまだ俺たちの知らない場所がたくさんあるんだな」
俺、けっこういろいろな場所を冒険してはきたんだけれど、とエリアスが肩をすくめると、次にルイスがやってきて洞窟内に目を凝らした。
「まあ、我々が知っている原野の姿などごく一部なのだろう。……それにしても」
ルイスは手を伸ばし、入口を塞いでいる蔦をくいくいと引っ張る。
「この洞窟、ずいぶん年季が入っていそうだな」
「それに、なんだかやたら湿っぽい空気を感じない? 湿度の高い洞窟なんじゃないかしら」
たしかにミーナの言うとおり、洞窟の奥からはひんやりとした冷たい空気が流れ込み、自分たちの鼻や肌を冷やしていく。
けれど、湿気くさいとはいっても嫌な感じではなく、さきほど越えてきた森と同様に、澄んだ涼しさを感じさせる雰囲気である。
アキは傍らのミーナを見上げた。
「やっぱり、あんまり人が立ち寄ってなさそうな感じですよね。ミーナが持ってきた依頼書、実は結構古いものとか?」
聞くと、ミーナは確かめるような様子で、お尻のポケットにしまい込んでいた依頼書を取り出した。
しげしげとそれを眺める。
「実は、この依頼書の出どころってあたしにもよくわからないのよね。なんといってもこの依頼書、町ですれ違った怪しいローブの男にもらったものだから」
「……怪しいローブの男?」
エリアスとルイスが同時にミーナを見やり、声を重ねる。
ミーナはまったく悪びれていない様子で、そう、と軽快に頷いた。
「あたし、そのときちょうど路地裏でやってる知る人ぞ知るって感じの夜市に顔を出してたんだけど、それの帰り道で、全身をローブでくるんだ見知らぬ男に声をかけられたのよ。うん、ちょうど今のエリアスみたいな格好だったわね」
ミーナに視線を向けられ、エリアスはどこかばつが悪そうに苦笑いをしてみせた。
さすがに今のエリアスの格好は不自然……というか、全身を布でぐるぐる巻きというのはやはりどこか変に見えるのだろう。
ミーナは特にそれ以上エリアスに触れることはなく、もとの話題を続ける。
「で、そのローブの男ったら、いきなりあたしに近づいてきてこのクエストの依頼書を突き出したのよね。で、あたしもびっくりして突っ返そうとしたら、その男が『この依頼書はとっておきだから特別に君にあげよう』とか言って、なかば強引に押しつけてきたのよ。で、思わず受け取っちゃったってわけ」
ミーナのあっけらかんとしたいきさつを聞いて、エリアスとルイスはそろって頭を抱える。
なるほど、この依頼書は、けっこう突飛な発端で彼女の手に渡ったらしい。
ミーナは男たちがかける言葉を失っているのをすらりと無視して、話を続ける。
「まあ、さすがのあたしもこれはおかしいと思ったのよ。で、そのローブの男にいろいろ質問しようとしたんだけど、自分でもよくわからないんだけど、金縛りにあったみたいにその場で体が動かなくなっちゃって……」
「金縛り?」
エリアスが目をまたたく。
「それは、なんらかの魔法にかけられたっていうこと?」
心配げに言うエリアスに、ミーナはわからない、と首を振る。
「たぶん魔法だとは思うんだけど、ローブの男がいつ詠唱したのかもわからなかったわ。……で、依頼書を持ったまま動けなくなってるあたしに、その男が言ったの」
――港町の冒険者ギルドに行って、金の髪の剣士と、その男と一緒にいる茶色の髪の女性をパーティメンバーに加えてクエストに行け。
「まるで、男のその言葉が頭の中に直接響いたような感じだったわ。今思えば、そのときになにかの暗示にかけられたのかもしれない。で、そのあとすぐに金縛りが解けて、はっと我に返ったときには男の姿は消えてたわ」
今思い出しても身震いする、とミーナが自分の両肩を抱いて身を縮める。
「それで、そのあとは不思議と『すぐに冒険者ギルドに行かなきゃ』って気持ちに駆られて、で、その足でギルドに行ったら、掲示板の前にいるエリアスとアキの姿を見つけたのよ。すぐに、ああ、ローブの男が言っていたのはあの二人に間違いない――って思ったわ」
まるでなにかに魅入られているみたいに体がそう感じたの、とミーナは当時のことを思い出すようにいう。
やはり、そのローブの男の暗示によって、上手く誘導されたのかもしれない。
「……なるほど。その経緯を聞くに、ミーナはそのローブの男の思惑によって俺たちに声をかけ、俺たちはそれになんの疑いも持たずにこのクエストにやって来た、ということになるわけだ」
そう結論づけるエリアスに、アキたちは不安げにお互いの顔を見合わせ、そして申し合わせたように洞窟の先へと視線を向ける。
もしこの洞窟の先に遺跡があるのだとしたら、そこは、そのローブの男によってなにか策略の巡らされた罠であるかもしれない。
全員がごくりと唾を呑み込む中、ルイスが思案するように顎に拳を当てた。
「このクエストの正体を疑う前に、そのローブの男というのは一体何者なのかを知りたいところだな。ここにいる誰の知り合いでもないようだが……」
記憶を辿るように、ミーナが宙を見上げる。
「その男、顔も全身もローブで覆われてたから、あんまり印象に残ってないのよね。もしかしたら、記憶があいまいにされているのかもしれないけど……。ただひとつだけ強く思ったことがあるんだけど、その男、妙な気配がしたのよね」
「妙な気配?」
アキが訊き返し、エリアスとルイスも軽く目を見開いてミーナに注目する。
ミーナは神妙に頷いた。
「ええ。ちょっと特殊な魔力の気配を感じた……といえばいいのかしら。人間の魔力とは質が違うような気がしたのよ」
ミーナは的確な言葉を選ぶようにやや考えたのち、確証が得られていない様子で言う。
「……あたし、実際に会ったことがないからわからないんだけど、もしかしたら――……魔族の魔力っていうのは、ああいう異質に感じるものをいうのかもしれないわ」
ルイスがおもしろそうに唇を持ち上げた。
「ほう? そのローブの男は魔族であったと。とするとこのクエストは、魔族がお膳立てしたものだということだな」
「ちょっと、すぐ結論づけないでよ。ただのあたしの勘なんだから」
「『盗賊』の勘はよく当たるはずだが」
ルイスにおどけて切り返され、ミーナは、もうっ、と口を尖らせている。
アキはエリアスの袖を引いた。
「エリアス、魔族って魔王の関係者――とかですか?」
初めて聞く種族の名前だ。この世界には、人間以外にも人種がいるということだろうか。
エリアスの説明によると、魔族とは、魔王を中心に形成される人間と相対する一族のことをいうらしい。
この世界にはびこっている魔物と名称こそ似ているが、まったく別個のものを指し、魔物は一般的に獣や鳥の形をした個体が多くあまり知性は高くないが、魔族は人型であり、知性は人間と同等もしくはそれ以上、魔力に関しては人間とは比べ物にならないほど突き抜けて高いそうだ。
魔族とは、人間にとって畏怖の存在であるらしい。
「ただ、魔族は手で数えられるほどの人数しかいないと聞くからね。遭遇する可能性は極めて低いと思うけれど」
ぽつりと言ったエリアスに、ルイスが目をまたたく。
「それはそうかもしれないが、エリアス、貴殿は今代の『勇者』だろう。魔王と敵対する勇者に対し、今回のように魔族がなんらかの方法で接触してくるのは、よくあることなのではないか?」
何気なく言ったルイスの言葉に、エリアスとアキは瞬間的に石のように固まり、それとは逆にミーナが大きく目を見開く。
「――え? 今代の、勇者って……?」
「それは、言葉どおりの意味だが――……」
そこまで言って、ミーナの予想外の反応に、今度はルイスがみるみる顔を青ざめさせる。
「……まさか、まだ彼女にエリアスのことを言っていなかったのか……?」
「そ、そう。言う機会を逃した……というか……」
エリアスがまごまごと言い訳をする中、ミーナは半ば混乱した様子でみんなの顔を見比べた。
「ち、ちょっとちょっと待ってよ! エリアスって、まさか今代勇者の、あの――エリアス・リーランド様だったの!?」
ミーナは両手を口に当て、興奮したようにその場を飛び跳ねる。
「うそ、うそ、すごいわ! こんな身近で勇者様にお会いできるなんてっ……!」
いよいよ涙ぐんで、ミーナは声を震わせた。
こういうとき、エリアスはこの世界の人たちにとってとても偉大な存在で、特別な人なのだなということを思い知るのだ。
誰もが身近で会えるだけで感動し、涙するほどの選ばれた英雄。
彼はそれを鼻にかける人ではないから、そうであることをいつも忘れてしまうけれど。
ミーナはたまり兼ねた様子で、どう反応したらいいものかとたじたじになっているエリアスににじり寄る。
「なるほど、だからエリアス様はそのローブを被ってたってわけですね! あの、よかったら、お顔を拝見したいんですけど――」
手をわきわきしながら詰め寄るミーナに、エリアスは逃げ腰でじりじりと後退する。
けれど『盗賊』のミーナは目にも留まらぬ速さでエリアスが被っている布に手をかけると、えいっ、とばかりにそれを勢いよく引きはがした。
途端にさらりと零れ落ちるエリアスの金の髪と、息を呑むほどに美しい緑色の双眸。
露わになったエリアスの外貌に、ミーナは時が止まったように固まり、言葉も忘れて呆然と立ち尽くした。
ルイスもまた、初めて目に入れるエリアスの整った顔立ちに、あんぐりと口を開ける。
「……これはまた、噂以上に絶世の美男子だな。これでさらに勇者とは、非の打ちどころがないとはまさにこのことか。なあ、ミーナ?」
ルイスの問いかけに、ミーナはぶるぶると震えながら再度目を潤ませた。
「か、か、かっこいいなんてもんじゃないわよ! あたしが小さい頃から憧れてた勇者様――素敵よ、素敵すぎるわよ! しかもあたしが勇者様のパーティに加わっているなんて、これは夢!?」
エリアスは困った様子で首の後ろに手を当て、助けを求めるようにアキを見やる。
まっすぐに向けられる称賛に戸惑ってしまうところも、エリアスのいいところ、可愛いところだと思う。
アキは一歩前に出ると、ミーナの両手をそっと握る。
「ミーナ、そんなに褒めてもらえるとエリアスが恥ずかしいみたい。エリアス、照れ屋さんだから」
ね、とエリアスを振り返ると、彼はアキの言葉にこそ照れた様子でそっぽを向いた。
「……べつに照れ屋とかじゃ、ないけれど」
「照れてるじゃないですか!」
「照れてない!」
子どもみたいにむすっとして言い返すエリアスに、どうしてそうやってすぐ意地張るの、と言い返していると、そのやりとりを見ていたミーナとルイスがそろって吹きだした。
「なるほど、よくわかったわ! エリアスは『勇者様』でもあるけれど、あたしの知ってるエリアスとも同じ人なのよね!」
「ならば、今までどおり変わらずに接しさせてもらうのが良いのではないか? かしこまって接していては、エリアスも気が張るだろう」
「っていうか、ルイスはエリアスが『勇者様』だってこと知ってたのよね!? あたしだけ仲間はずれで、ひどいじゃないっ」
「それは悪かった」
適当に謝ってミーナの頭をなでるルイスに、ミーナは「心がこもってない!」と憤慨している。
その様子に、アキはエリアスと顔を見合わせ、思わずぷっと吹きだして笑ってしまった。
(ルイスとミーナって、ほんとお似合い……!)
今度、お互いにお互いのことをどう思っているのか聞いてみたいくらいである。
なに笑ってるのよ、と照れた様子で口を尖らせたミーナは、はっと思いだしたように手を叩いた。
「ね、ってことは、今代の『勇者の片腕』ってアキなの? あの噂の勇者様の秘書?」
ルイスの手を払いのけながらいうミーナに、アキはきょとんとしてから、申し訳なさそうに後ろ頭をかいた。
「う、うん、実はそうなんだけど、まだ全然、エリアスの役には立ってなくて……」
思えば、自分が『勇者様の秘書』として行っている業務といえば、旅の日誌をつけることくらいである。
今回『弓使い』になったことで、戦闘面でも微力ながらエリアスの役に立てるといいのだが。
アキがしょんぼりと小さくなると、エリアスはアキの両肩に手を置いて慌てて首を振った。
「そんなことはないよ。アキはよく頑張ってくれてる。君が一緒にいてくれるだけで、俺、どこまでも頑張れる気がするんだ」
(だ、だからっ……!)
そういう恥ずかしい台詞を直球で言わないでください、といつも言っているのに、どうしてエリアスってこうなのだろう。
嬉しいんだけど、それと同じくらいに恥ずかしい。
気恥ずかしさから、そうですか、と蚊の鳴くような声で答えて俯くと、ミーナとルイスがにやにやと笑んだ。
「なるほどねえ。うちの名物カップルは、なんと今代勇者様とその片腕という、今世紀最強のカップルだったってわけね!」
「二人を見守る我々の責任は重大だぞ。下手をしたら世界を滅ぼしかねんからな」
「あ、それエリアスがフラれた場合でしょ?」
ものすごく好き勝手に発言しているミーナとルイスに、アキはエリアスの顔がまともに見られなくて赤い顔を隠すようにうつむく。
(ああもうっ、ほんっと恥ずかしい……!)
今度絶対ミーナとルイスのこともからかってやろうっ、とアキは心に誓う。
ルイスはまだ笑いを噛みころしている様子で、ぱんぱんと手を叩いた。
「なにはともあれ、勇者エリアスにその片腕のアキ、盗賊のミーナと吟遊詩人の私――。この面子がそろったのもなにかの宿縁だろう。このクエストへの挑戦、我々が思っているよりも大きな意味があるのかもしれないな。挑むのか、エリアス?」
返事などわかっているふうのルイスに、エリアスは当然とばかりに頷いてみせる。
「もちろん。みんなには後で詳しく話すけれど、実は、魔王が俺に対して和解を持ちかけてきているんだ。だから、魔族と思われる男が用意したこのクエストには、魔王のなんらかの意図が含まれているのかもしれない」
魔王からの和解、という言葉に、ミーナとルイスは驚いた様子で顔を見合わせる。
二人とも聞きたいことはたくさんあるだろうけれど、あとで話すというエリアスの意思を尊重してか、特にそれに言及することはなかった。
「このクエストが魔王から俺への挑戦状なのだとしたら、ここで引いたら勇者の誇りを傷つけるというものだと思うんだ」
そこでエリアスは言葉を切り、一度息を吐いてから、みんなの顔を見回した。
「今回のクエスト、もしかしたらとても危険な冒険になるかもしれない。けれど、俺はみんなについてきてほしい」
自分の気持ちをはっきりと口にするエリアスに、アキは胸を打たれるようで、思わず目を潤ませて拳を胸もとに寄せた。
いままでのエリアスは、『勇者』としての自分の宿命が周囲の人に迷惑をかけないようにと、必死に取り繕って、自分の素直な気持ちを押し込めるところがあった。多少のわがまますら言うこともなかった。
なのに今は、なにも遠慮することなく、仲間に頼ろうとしてくれているのだ。
それがとても嬉しくて、アキは万感の思いでエリアスの手をとった。
「もちろんです! どこまでも一緒に行きますよ、エリアス!」
一瞬驚いた様子のエリアスは、決意を秘めたアキの顔を見て、ありがとう、と目を細めて微笑む。
「あたしだって、エリアスが邪魔だって言っても地の果てまでついていくわよ! アキのことだってしっかり守ってみせるんだから!」
ミーナが腰に手を当てて明るく笑み、ルイスは自分の胸に手を当てて、エリアスに向かって恭しく頭を下げた。
「私もだ。吟遊詩人として、勇者と旅ができることを誇りに思う。どうか、私の力をエリアスのために役立ててほしい」
危険を顧みずに名乗り出た三人に、エリアスは感謝の気持ちを込めて、深々と頭を垂れた。
「ありがとう、みんな。――……みんなが俺の仲間でいてくれて、よかった」
最後のほうは震える声で言ったエリアスは、あふれでる感情を抑えるように、目もとに腕を持っていく。
「あらちょっとエリアス! もー泣かないでよっ! こっちまでもらい泣きしちゃうじゃない!」
エリアスにつられてミーナがにじんだ涙をぬぐう中、アキもまた胸がいっぱいになって視界が涙で歪む。
「もうっ、エリアスってほんっと泣き虫なんだから! 泣き虫勇者様!」
「アキに言われたくない!」
言い返してくるエリアスに、アキは足を踏み出すと、泣き笑いの顔で彼に抱きついた。
危なげなく受け止めてくれる彼に腕を回して、ぎゅっと強く抱きしめる。
私の大切な、大好きな勇者様。
誰よりも強くて、優しくて、意地っ張りで、泣き虫な勇者様。
勇者の片腕としてこの世界に召喚されて、彼と出会えたことは、本当に運命だったのだと思う。
まだ未熟な自分だけれど、大変な使命を背負いながらも気丈に戦っていかなければならない彼を、一番近くで支えていけたらと思う。
彼のことが、大好きだから。
誰よりも、大切に想っているから。
たとえこの想いが、けっして届かないものなのだとしても――。
「――さあみんな、行こう!」
ローブを脱ぎ去ったエリアスが、いつもの純白のマントをひるがえし、先頭を切って洞窟へと足を踏み入れる。
その背中をとても頼もしく、そして愛しく想いながら――。
アキもまた、仲間たちと一緒に、力強く足を踏み出すのだった。




