第二十七話 君を守る
新顔のルイスを目にするなり、ミーナは上機嫌に笑んで腰に片手を当てた。
「あらあら、まーた美男子が増えてるじゃない! ……へえ、珍しい。あなた、吟遊詩人なのね」
ルイスの背格好を眺め、ミーナは感心したように呟いた。
「お隣いいかしら?」とミーナがルイスに断ると、ルイスはおどけて首を傾げる。
「もちろん。貴方のような美しい女性ならば大歓迎だ」
「うっわ、なんか癖のありそうな男ね……! さっすが吟遊詩人ってところかしら」
「褒め言葉と取っておこう」
ミーナの半眼で放たれた嫌みもなんのそので、ルイスはくっくっと楽しそうに笑っている。
ミーナは露骨に嫌そうな顏をしてみせた。
「まったく、これだから『吟遊詩人』って変人が多いって言われるのよね」
「曲者が多いと評判の『盗賊』も人のことは言えないと思うが?」
にやりと、唇を持ち上げて言い返すルイスに、ミーナが「ああいえばこういうんだから!」と頬を膨らませている。
二人のテンポの合ったやりとりに、アキは思わず小さくふき出した。
(ミーナとルイスって、けっこう気が合うのかも!)
喧嘩するほどなんとやら、というものである。
アキは手もとの飲み物を両手で一口飲んでから、真向いに座っているミーナを上目づかいに見た。
「ところでミーナ、やっぱり吟遊詩人って珍しいの?」
エリアスもミーナも、ルイスを見たときに同じ反応をしていたから、おそらく相当に見つけにくい職業なのかもしれない。
ミーナは悩むように顎に手を当てた。
「まあ、珍しいわね。なんてったって、『吟遊詩人』になるには音楽系のスキルが必要だから。このご時世、教養として音楽を学べるのなんて、どっかの裕福な商人のご子息ご息女か、もしくは貴族のお坊ちゃまとお嬢さまだけなのよ。さらにその中で冒険者になろうって人しか『吟遊詩人』にならないんだから、実際ほとんど見かけないわよね」
「なるほどねえ」
納得してから改めてルイスを見てみると、たしかに、彼の上品な見た目であるとか、物腰のよさであるとか、ちょっとした所作から彼がきちんと教育を受けてきたのだろうなということを窺わせる。
「じゃあ、ルイスも良い家の生まれなんですか?」
ルイスは淡い金の髪をさらりとかき上げた。
「お察しのとおり、私は貴族階級にあたる伯爵家の生まれなんだ。三男坊なのだけれどね。家督を継ぐことはないから、こうして冒険者として好き勝手やらせてもらっているわけさ」
「なによそれ、ただの放蕩息子じゃない」
すかさず切り返すミーナに、ルイスは心外だと楽しげに笑む。
「語弊があるな。私は諸国を漫遊して見識を広めているのだよ、陽気に歌を唄いながらね」
「――だから、それどう考えても遊んでるだけじゃないっ!」
呆れて声を荒げるミーナに、ルイスは肩を震わせて笑った。
どうやらルイスは、彼女がいちいち自分の言動につっこんでくれるのが嬉しくて仕方ないらしい。
二人の仲のよいやりとりに、アキはエリアスと顔を見合わせて、小さくふきだしてしまった。
道化師のようなタイプのルイスには、ミーナのようなしっかり者の女性が合うのかもしれない。
もう、みんなしてなによっ、と憤慨したミーナは、気を取り直すようにテーブルに頬杖をついた。
「ところでアキ、なんの職業にしたの? やっぱり遠距離攻撃系かしら?」
「ああ、私、エリアスと相談して『弓使い』になりました。ていっても、どうやって戦うのか全然検討がつかないんですよね。こう、矢を弓に番えて、びゅんって魔物に向かって放つ感じなのかなあ」
ゲームや映画、漫画で見たものを見よう見まねで真似してみれば、隣のエリアスがたまりかねたように盛大にふきだした。
「な、なんで笑うの?」
ひどいっ、と頬を膨らませれば、エリアスが、ごめんごめん、と笑いを含んだ声で答える。
「いや、その手つきで矢を放つのは、ちゃんと飛ぶようになるまで大変だろうなあと思って」
「うっ……、だ、だって弓とか持ったことないですし」
自分は、この世界に来るまではいたって普通の地味で平凡なOLだったのだ。武器を持ったこともなければ、それを使って魔物と戦ったことなど皆無である。
(弓道とか、習っておけばまた違ったのかもしれないけど……)
大学まで文化部に所属していた自分は、運動神経もあまりいいほうではなかったので、どうにも先が思いやられる感じがした。
エリアスが手を伸ばし、ぽんとアキの頭にそれを乗せる。
「そうだよね。今度、きちんと戦闘訓練をしたほうがいいかもしれない。これからは、少し時間をとって俺と弓の練習をしようか」
「え? エリアス、剣だけじゃなくて弓も使えるんですか?」
てっきり剣術一辺倒かと思っていたのだが、そうでもないらしい。
エリアスは、なんのことでもないように頷く。
「使えるよ。弓だけじゃなくて、短剣、槍、斧、投げナイフ……とかひと通りね。剣が一番得意だけれど」
そうしなければならなかったから、とエリアスがどこか寂しげな笑顔でいう。
それは、『勇者』としてすべての武器を使いこなさなければいけなかったから、厳しい訓練を積んでそうしてきた、ということなのだろう。
エリアスだって、ただで強くなったわけじゃない。
たくさん辛い思いや苦しい思いをして、誰にも負けない強さを手に入れたのだ。
そのエリアスを守れるくらい強くなろうというのだから、自分だって弱音を吐いている場合ではない。
よし、とアキは気合いを入れると、エリアスを仰ぎ見る。
「わかりました! エリアスにとって不肖の弟子になるかもしれないけど、精一杯がんばります! よろしくお願いします、師匠!」
「師匠……。アキに言われると、なんだか複雑な気分なんだけれど……」
「なんで!?」
思わず言い返すと、君とはそういう関係でなくてもっとこう普通の……とエリアスはもごもごと口ごもっている。
ルイスとミーナが、たまりかねたようにふき出した。
「君たちは本当に仲がいいな」
「そうそう、付き合ってないのが信じられないわよねぇ。――でね、あたし、どうしてエリアスがアキを弓使いにしたのか、その意図がわかったのよ!」
「どういうこと?」
エリアスが怪訝そうに訊き返す。
ミーナがにんまりと唇を持ち上げた。
「だからあ、エリアスはアキのことが大切で大切で仕方ないんでしょう? だって、弓使いなら魔物に直接近づかなくて済むし、いざとなれば前衛職のエリアスがアキのことを守れるもの!」
「そっ……」
そういう意図もあったのかな、とアキはみるみるうちに顔を赤くして、そのままテーブルに突っ伏す。
てっきり、エリアスは女神様のご神託に従って弓使いを選んだとばかり思っていたのだが、実はそんな小躍りしたくなるような理由もあったのだろうか。
(いや、でも……)
きっとどこか鈍いというか、ずれているエリアスのことだから、そんな深い理由まで考えていない気も……。
そろりと隣のエリアスを上目遣いに見ると、彼は至極大真面目な顔でミーナに向かって言い放った。
「そんなの当たりまえだろう。――彼女のことは俺が守る。そう誓ったんだから」
堂々と宣言される恥ずかしい台詞に、ミーナはアキと同じようにテーブルに伏し、それと同時にルイスは声を上げて笑いだした。
――恥ずかしい。本当に恥ずかしい。
勇者様は、なにごとであっても常に直球ストレートに表現してくれるらしい。
だからつい、エリアスも自分を好いてくれてるのかな……と誤解してしまいがちなのだが、きっと彼は『勇者の片腕』だから守ってくれると言っているだけなのだろう。
(勘違いしちゃだめ……。勘違いしちゃだめ……)
呪文のように繰り返し自分に言い聞かせる。
叶わない恋なのだから、なにかを期待してはだめなのだ。
この気持ちは片思いのままで、秘めておかなければならない。
(それに――)
彼の傍にいられるだけで幸せだと、そう思おうと決めたばかりなのだから。
「ねえ、アキが『弓使い』っていうことは……」
ミーナがアキたちをぐるりと見回す。
「エリアスが剣士でしょ、アキが弓使い、あたしが盗賊よね。とすると、あたしたちのパーティって物理攻撃特化なのよね。だから、補助系の魔法が使える吟遊詩人がパーティに入ってくれるとありがたいんだけど――……」
ちら、ミーナが隣のルイスに目線を流す。
(そっか。今って魔法職の人たちがいないんだ……)
今までは、最高レベルの『魔法使い』であるレオと『神官』のヨハンという贅沢な面々が一緒だったから、魔法面も充分なくらいカバーできていたのだが、今は二人ともパーティから離脱しているのだ。
これからクエストで魔物との戦いが控えていると考えると、魔法を使用できるメンバーがパーティにいないというのは心許ないのだろう。
ルイスは、願ったり叶ったりとばかりに、ぽんと手を叩いた。
「――うむ、では、私もそのクエストに同行させてもらえないだろうか。エリアスに私の腕前が希望に沿うかどうか判断してもらう良い機会かもしれない」
「うん、俺としてもルイスに一緒に来てもらえたらありがたい。『吟遊詩人』とパーティを組むのは初めてだから楽しみだな。良い出会いがあって嬉しいよ」
「光栄だ」
エリアスが手を差し出し、ルイスがそれに自分の手を添えて握手を交わす。
「じゃあ決まりね!」
ミーナが小気味よく手を叩いて立ち上がった。
「この探索クエスト、あたしたち4人で必ず攻略してみせましょう!」
「うんうん! 私、『弓使い』のデビュー戦、頑張りますね!」
「その意気よ、アキ!」
アキは、テーブル越しにミーナと手を合わせて飛び跳ねる。
頑張らなくちゃと気負う面もあるけれど、それ以上に、新しい仲間であるミーナやルイスと冒険できることが楽しみだった。
それに、こっそり身分を隠している勇者様も一緒にいて来てくれるのだから、百人力だ。
賑やかなアキとミーナを眩しそうに見つめ、エリアスは楽しげに呟いた。
「うちのパーティは女性陣が主導権を握りそうだね、ルイス」
それを受け、ルイスはふっと笑って小さく肩を竦める。
「そうだな。彼女たちにならば、尻に敷かれても悪くはあるまい。――今回も、楽しい旅になりそうだな」




