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第二十五話 弓使い

 いざクエストに行くと決まって、アキがあれやこれやとミーナと楽しく談笑していると、それを微笑ましく見守っていたエリアスが口を開いた。


「ところでミーナ、アキの職業――ジョブのことなんだけれど……」


 ああ、と振り返ったミーナに、エリアスはやや考えるような仕草をしたあと、前髪をかき上げた。


「俺のジョブは……その、剣士、なんだけれど、アキはまだ冒険者になったばかりで特定の職業に就いているわけじゃないんだ」


「あら、そうなの?」


 ミーナが赤毛を揺らして首を傾げた。


 エリアスのジョブは、正確には『剣士』ではなく『勇者』だと思うのだが、おいそれとそれを言うわけにはいかないのでさらっと伏せたのだろう。

 とはいえ、『勇者』も剣を武器にして戦う職業であるから、一概に嘘というわけでもないのかもしれない。


(そういえば、私も『勇者の秘書』っていう立場だけど、それってジョブじゃないのかな)


 『勇者の秘書』は、対外的な称号のようなもので、それは冒険者のジョブとはいえないのだろうか。 

 エリアスが『勇者』、レオが『魔法使い』、ヨハンが『神官』、そしてミーナが『盗賊』であるように、冒険者を名乗る上で、魔物と戦えるようなジョブに就く必要があるのかもしれない。


 それなら――、とミーナが口を開き、細い腕を伸ばしてギルドの奥の一区画を指差した。


「あそこにジョブカウンターがあるから、そこでジョブを決めてくる必要があるわね。じゃ、その間にあたしはクエスト登録に行ってこようかしら」


「クエスト登録?」


 首を傾げるアキに、エリアスが補足する。


「クエスト登録っていうのは、俺たちがそのクエストを受注していいかどうか、依頼カウンターで審査を受けることをいうよ。それで、審査に合格するとそのクエストの受注者に俺とアキ、ミーナの名前が登録されるんだ」


「そ! で、登録されるとあたしたちは同じチームってことになるわけなんだけど、これを冒険者用語で『パーティ』って呼ぶのよ」


 人差し指を立てて陽気に言うミーナに、アキはふんふんと頷く。


(そういえば、エリアスたちも自分たちのことを『勇者パーティ』って言ってたよね)


 それはつまり、エリアスとレオとヨハンは、エリアス率いる勇者パーティに所属しているチームメンバー、といった意味になるのだろう。


 とすると私も勇者パーティの一員ってことになるのかな、と嬉しくなってにやにやしていると、ミーナがアキの肩に手を置いた。


「ねえアキ、せっかくクエストに行くわけだし、これを機に思いきってジョブを決めちゃいましょうよ! ジョブカウンターに行けば、アキに適性のある職業を紹介してもらえるわよ!」


 言って、どん、とミーナは楽しげにアキの背中を叩く。


 痛い痛い、とミーナに笑い返しながら、アキはふと思いにふける。


(ミーナって身軽そうだし、頭の回転も速そうだし、『盗賊』ってジョブがよく似合ってるよね)


 ――私に合っている職業ってなんだろう。


 『学府』を修了しなければ就けない魔法使いや、『神殿』での修学が必要となる神官は確実に無理だが、エリアスみたいに剣を振って魔物に立ち向かえるかと言われると自信がないし、かといってミーナみたいに身のこなしが軽やかなわけでもない。


(どうしよう……)


 これは結構、ジョブを決めるのは苦戦するかもしれない。


 頭を悩ませていると、エリアスが、とんとん、アキの肩を叩いた。顔を上げれば、彼がフードから見える表情に笑顔を浮かべる。


「アキ、あそこにあるのがジョブカウンターなんだけれど、見える?」


 エリアスが指を差すほうに視線を向ければ、ギルドの片隅に、四人がけのテーブルが並列された、まるで面接会場のようなスペースが用意されていた。簡易な布のパーティションによって申し訳程度に区画が分かれている。


 そのうちいくつかの席に、これまた面接官風のかちっとした制服を着用した人と、それと向かい合うようにして冒険者と思われる防具をまとった男性が座っていた。

 ジョブを決めるための面接をしているのだろうか。


 エリアスがアキに向き直った。


「ジョブカウンターは、職業の就職や転職ができる案内所なんだ。アキのように新規で就職することもできるし、たとえば今剣士だった冒険者がジョブを格闘家に変更することもできる。いわゆる転職だね」


「へええ。冒険者の職業って、一回これって決めても変更できるんですね」


 ならば最初からそんなに悩む必要もないのだろうか、と思っていると、ミーナが小さく唸った。


「そうねえ、気軽に変更はできるけれど、変更した場合、レベルはそのままだけどスキルは一から習得しないといけなくなるから、頻繁に変更するのはオススメできないわね」


 スキルっていうのはジョブ固有でそれに付随するものだから、とミーナが解説してくれる。

 なるほど、そうだとしたら、ジョブというものは広く浅くやるよりは一つのものを極めたほうが早道なのかもしれない。


 エリアスがミーナに顔を向けた。


「それじゃあミーナ、これから俺たちはジョブカウンターに行ってアキの職業を決めてくるよ。君はクエストの登録をお願いしてもいいかな?」


「はいはーい、お任せあれ! アキ、しっかりばっちり自分に合った職業を選んできてね!」


「うん、ありがとう」


 ミーナは弾むように頷くと、軽やかに手を振って立ち去っていった。


 正直、突然ミーナに話しかけられたときは驚いたが、これから彼女と一緒に冒険できると思うとうきうきと心が弾んでくるようだった。

 今まで女の子の冒険者と旅をしたことがなかったから、賑やかで楽しそうだ。


 道中もミーナとおしゃべりしながら行ったら楽しそうだな、とアキが忍び笑いをすると、エリアスがくすりと小さく笑う。


「アキ、楽しそうだね。まだミーナとは一時的にパーティを組んだだけだけれど、彼女が仲間になってくれてよかった?」


「はい! エリアスとレオ、ヨハンとの旅も楽しかったんですけど、やっぱり女の子がいてくれると、女友達ができたみたいで気が楽っていうか」


「そっか。それなら、場合によっては彼女を俺たちの勇者パーティに誘ってもいいかもしれないね。俺が見た感じ、彼女、かなり腕が立つと思うよ」


 エリアスはミーナが立ち去った方向を見、すっと目を細める。


 エリアスは、いつの間に彼女の実力を推し測っていたのだろう。

 彼ほどの実力者になると、その人を前にしただけで、ある程度力量の検討がつくのだろうか。


「まあ、それはおいおいだね。――アキ、とりあえずジョブカウンターに行って手続きを済ませてこようか」


 うん、と元気よく頷けば、エリアスがなんの気なしに腕を伸ばしてアキの手をつかみ、それを引きながら歩き始めた。


 当然のように手を引いてくれることが嬉しくて、アキはひとりでにやにや笑いながらエリアスの背中に寄り添う。


「ねえエリアス、さっきミーナにクエスト登録をお願いしてましたけど、あれって、『私たちがその依頼を受けてます』ってことを依頼者さんや他の冒険者さんに伝えるためにやるんですか?」


「それもあるけれど、依頼カウンターでクエスト登録をしておくと、俺たちの所在をギルドが把握してくれることになるんだ。クエストに出発するときと帰還するときは、必ずギルドに報告しなければならないからね」


 うんうん、と聞いているアキに、エリアスが続ける。


「そうすると、仮にクエスト中に俺たちの行方がわからなくなった場合に、ギルドがいろいろな連絡手段を試してくれたり、場合によっては別の冒険者パーティが捜索に来てくれたりするんだ」


「へええ。冒険者ギルドって、いろいろな管理が徹底されてますよね」


 信頼できる組織なんだろうなあ、と呟けば、エリアスが口の端を持ち上げて笑った。


「そうだね。それもこれも、一番は冒険者の生命の安全を守るためだから」


 この世界は、魔物という驚異から人命を守るために様々な工夫をしながら成り立ってきたのだろう。


 おそらくこの冒険者ギルドも、魔物から一般人や冒険者を守るために立ち上げられ、多くの人々に支えられて運営を続けてきたのだ。だから、冒険者にとっては自分の帰る家のような場所であり、守り神でもあるのかもしれない。

 ギルドの賑やかさは、冒険者たちからこの場所が愛されている証拠なのだろう。


「それにしても、アキの職業はなにがいいだろうね」


 ジョブカウンターに向かって歩きながら、エリアスが思案する。


「君は近接武器を持って前に出て戦うスタイルよりは、遠距離から攻撃できるジョブがいいかもしれないね。近接武器を使うジョブは、威力の高い攻撃を与えられるぶん、魔物に接近しなければならないから怪我を負いやすいんだ。君をそんな危ない目に遭わせるわけにはいかない」


 ぎゅ、とアキの手をつかむ自分の手に力を込めて、エリアスは至極真剣な横顔で言う。


(嬉しい……嬉しいんだけど、最近ちょっと過保護な気がする……?)


 天下の『勇者様』にそう言ってもらえるのはとても嬉しいのだが、自分だってエリアスやレオ、ヨハンの足を引っ張らないくらいに強くなりたいのだ。


 欲を言えば、エリアスを守れるくらいになりたい……とひそかに思っている。

 レベルカンストの『勇者様』を守ろうなんて、背伸びしすぎかもしれないが。


 『勇者』という単語で思い当たったアキは、顔を上げる。


「そういえば、エリアスのジョブって『勇者』なんですよね?」


 エリアスが少し振り返った。


「そうだよ。『勇者』は称号ではないからね。剣士の上級職みたいなイメージかな。就けるのは俺しかいないけれど」


 『勇者』というジョブは、たとえ他の誰がどんなに就きたいと願ってもエリアスにしか務めることはできないのだ。


 だから、エリアスは期待と羨望の眼差しをその身に受けると同時に、すべての責任が両肩にのしかかってくることになるのだろう。


 そう考えると、英雄とは、世界を守るために体よく祀り上げられた犠牲者のような気がしてくるのだが……。


 そんなことを考えていたら知らずのうちに足を止めてしまい、繋いでいた手がぴんと引っ張られたことに気づいたエリアスが振り返る。


「アキ、どうかした? もしかして疲れた?」


「あ、ううん、そうじゃなくて……」


 ゆるく首を振って、うつむく。


 エリアスがその身に背負っているものが大きいのならば、それを支えるのが『勇者の片腕』である自分の役目だ。

 だからこそ、エリアスに守られているばかりではなく、自分が彼を守れるくらいに強くならなければならない。

 本当に自分なんかで戦えるようになるのかな、などと怖気づいている場合ではないのだ。


 よし、と気合を入れたアキは、両の手を拳に握ってエリアスを見上げる。


「エリアス、私、エリアスを支えられるように絶対強くなってみせますね! だって私、勇者様の秘書ですから」


 レオやヨハンのように、いつかエリアスが背中を預けてくれるくらい強くなりたいと思う。戦うことだけじゃなく、できれば心も、彼が頼ってくれるような距離になれたら――。


 エリアスが、ふっと優しく笑って呟く。


「……アキは、もう充分強いじゃないか」


「え?」


「俺のほうがよっぽど弱くて、何度君に救ってもらったか」


 エリアスはそっとアキの手を両手で取り、フードから覗く緑の目をおだやかに細めた。


「いつも俺に力をくれてありがとう。お礼しか言えないけれど、これからもよろしくね」


 少年のような、可愛らしい笑顔でエリアスは笑む。

 アキは、うん、と頷いて、エリアスの手を握り返しながら思う。


 彼が『勇者』としての殻にこもらず、いつまでも今みたいな彼本来の表情を浮かべることができるように、自分が彼の心の拠り所になれたらいいのに。

 ずっと彼のそばにいることが、できたらいいのに。


 どんなに強く願っても、叶わないことだけれど。


 アキは、握った手をそのままに、自分の想いを隠すようにして微笑んだ。


「うん。私こそ、これからもよろしくね、エリアス」




 ギルドの一区画に設けられているジョブカウンターは、申し訳程度の簡易な布の仕切りによっていくつかの面談室に区切られており、その入口にある長机のカウンターで受付を済ませる仕組みになっていた。


 エリアスとアキがカウンターの前に進み出ると、受付係の女性がエリアスに笑顔を向ける。


「こんにちは。本日のご用件をお伺いできますか?」


 エリアスが隣のアキを手で示す。


「今日は、彼女のジョブの選択をお願いしたいのですが。今回初めてなので、ジョブ変更ではなく新規でお願いします」


「かしこまりました。では、こちらの面談室へどうぞ」


 ささっと受付表にペンを走らせた受付係は、エリアスとアキに後についてくるように促しながら、ひとつの面談室に案内する。


 そこには、木製の四人がけのテーブルと椅子が用意されており、上座に大きなビン底眼鏡に小粒の目をした面接官が腰かけていた。年のころは自分たちと変わらないくらいだろうか。


 面接官は、アキの姿を見るなり、頭から爪先までを検分するように眺めた。


「貴方が今回の依頼者ですね。お二人とも、こちらの席へどうぞ」


 面接官に出て示され、アキとエリアスは彼の真向いに並んで腰かける。

 面接官は、さきほどの受付係から回されたのであろう資料に真剣に目を落としていた。


(なんか、会社の就職面接を受けてる気分……)


 一体なにを聞かれるのだろうか。志望動機?


 アキとエリアスが席に着いたことを確認した面接官は、ぐいと眼鏡を押し上げた。


「まず確認しますが、前衛と後衛はどちらがご希望ですか。受付表によると、魔法は使えないそうですね。となると、必然的に魔法使いや神官といった専門職は外されますが」


「あ、ええと……」


 矢継ぎ早に言われて、アキはたじたじになって口ごもる。


 おそらく前衛が近接武器のジョブ、後衛が遠距離武器や魔法系のジョブを指していると思うから、さきほどのエリアスとの打ち合わせどおり、後衛と答えればいいのだろうか。


 判断ができずに助けを求めるようにエリアスを見上げた瞬間、胸ポケットにしまい込んでいた手帳がわずかに振動した。


(女神様……?)


 もしかして、自分のジョブの選択に関して、なにか女神様からお告げがあるのだろうか。


 アキは、面接官に「ちょっとお待ちください」と一言断ったあと、面接官からは見えないように机の下で手帳を取り出す。


 すると、それを待っていたかのように手帳のページがひとりでにめくれていき、開かれた見開きページに『弓使い』の文字が書き込まれていった。


「弓使い……」


「……なるほど、それが女神の意見なんだね」


 ぽつりと呟いたアキに、横目で手帳を覗き込んでいたエリアスが納得したように頷いた。


「――面接官、彼女には『弓使い』が向いていると思いますが、いかがでしょう」


 顔を上げたエリアスに、面接官は思案顔で顎に片手を当てる。


「ふむ、弓使いですか。敵に一定の距離を保ちながら攻撃できるので、初心者の冒険者に向いている職業ですね。最初のジョブとして適正でしょう。よろしいかと思います。それでは、『弓使い』で決定でよろしいですか、お嬢さん?」


 面接官が、手元の書類に素早く羽根ペンを走らせながらアキをちらと見上げる。


 アキはこくこくと頷いた。女神様のお告げなのだから、自分に判断の余地はないのだ。


 わかりました、とペンを置いた面接官が、アキの額にすっと右腕を伸ばした。指先がわずかに額に触れる。そのひやりとした指先に、アキはびくりと震えた。


 面接官が眼鏡の奥の目を真剣に細める。


「動かないでくださいね、すぐに終わりますから」


 言って、面接官は冷静な声音で呪文を唱え始める。


「――創世の女神よ、この者の冒険が栄えあるものとなるよう、新たな力を与え賜え。彼女に『弓使い』の称号を与える」


 流暢に言い終えたと同時、一瞬面接官の指先から光が弾け、それを合図にしてアキの身体に新たな力ともいうべき温かい血流が頭から足先へと下っていった。


 今まで感じたことのなような、力のみなぎる感覚に、アキは驚いて自分の両手を見つめる。

 けれど、特に今までと変わったところはない。


 ――これで本当に、『弓使い』になれたのだろうか。


 面接官が、がたりと椅子を引いた。


「はい、無事に終わりましたよ。お疲れさまでした」


 拍子抜けするくらい淡泊に終わりを告げ、面接官は書類を掻き集めて立ち上がる。


 エリアスも、ありがとうございます、と答えて椅子を引いた。


「アキ、大丈夫。ちゃんと『弓使い』になっているよ。面接官の方にお礼を言って」


 立ち上がったエリアスに促され、アキも慌てて席を立って、去ろうとしていた面接官に頭を下げる。


「あ、あの、ありがとうございました!」


「いえ。『弓使い』のアキさんの冒険が幸あるものになるよう祈っていますよ」


 面接官はわずかに微笑んで、さっそうと次の面接室へと移っていった。

 無表情が多かった面接官がふいに微笑んでくれたことが嬉しくて、アキはもう一度、小さい声でありがとうございますとお礼を言う。


 去っていく面接官の背中を目で追っていると、エリアスが軽く肩を叩いた。


「アキ、行こうか。これで晴れて君も『冒険者』の仲間入りだね。おめでとう」


(そっか、私これで本当に、念願の冒険者になったんだ……!)


 エリアスの言葉のおかげで、なんだか急に実感がわいてくる。


 これで自分も、エリアスやレオやヨハン、ミーナと一緒に魔物と戦えるのだ。


(けど私、本当に魔物と戦えるようになるのかなあ……)


 実際に原野で魔物を目にしたときは、恐怖で足が竦む思いだった。

 『弓使い』として戦う力をもらったとはいえ、自分はそれを使って魔物に立ち向かうことができるのだろうか。怖くて動けないのではないだろうか。


 ――勇気がほしい。


 何者にも立ち向かっていけるような勇気があれば、きっとエリアスを、みんなを守ることができるのに。


 そんなことを悶々と考えながらギルドの中心部へ戻ってくると、ふとエリアスが壁際を指差した。


「アキ、あそこを見てごらん。『吟遊詩人』がいるよ。珍しいね」


「吟遊詩人?」


 エリアスが横顔を向ける先、ギルドの片隅にあるバーカウンターの一角で見目麗しい青年がギターに似た弦楽器を奏でていた。菜の花のような黄色の髪に、伏せ目がちの碧い瞳をしている。


 線の細いずいぶんと小奇麗な容姿だった。成人男性の落ち着いた外見だが、女性的な優雅さも兼ねそろえている。


 どこか郷愁を思わせる物寂しげな旋律に合わせて、青年の涼やかな歌声が乗っていた。楽器演奏もさることながら、歌声もよく通るテノールだ。


 アキは、ほうっと見惚れながら呟いた。


「……すごい、綺麗な歌声ですね」


「そうだね。さすが『吟遊詩人』の演奏は別格だ。アキ、吟遊詩人も冒険者のジョブの一つなんだけれど、絶対数が少ないからなかなかお目にかかれないんだよ」


 わくわくと目を輝かせているエリアスに、アキは小さくふきだした。

 エリアスの体中から「演奏を聴いていきたい」というオーラがあふれ出ている。


「じゃあ、せっかくのご縁ですし、ちょっとだけ聴いて行きませんか? ミーナもまだみたいだから」


 きょろきょろと周囲を見渡してみたところ、ミーナの姿は見当たらない。まだクエスト登録が終わっていないのかもしれない。


 『盗賊』の彼女は気配を察するのが上手そうだから、自分たちがギルドのどこにいてもすぐに発見してくれるだろう。


 アキがそう結論づけたところで、エリアスが今にも尻尾を振りそうな勢いで嬉しそうに笑った。


「本当? ありがとう、アキ! じゃあさっそく聴きに行こう!」


 言うが早いが、エリアスは目を吟遊詩人のもとへ早足で向かっていく。


「エリアス! ちょっと待ってってば!」


 思いついたらすぐ行動なんだから、とアキは苦笑いしながら、エリアスの背中を追うのだった。




 満席に近いバーカウンターまでやって来たアキたちは、ちょうど空いていた端の席にそっと腰かけた。


 吟遊詩人の周りには、お酒の入ったグラスを傾ける冒険者たちが集まり、皆騒ぐわけでもなく静かに演奏に聴き入っている。

 もしかしたら皆、音楽によって想起させられる故郷の風景に、思いを馳せているのかもしれない。


 新しくやってきたアキたちに気づいて、ウエイターが飲み物を注文しにやってくる。

 気づいたエリアスが、丸テーブルに置いてあったメニュー表にさっと目を通し、飲みやすい果物のジュースを二つ頼んでくれた。


 アキはそれにお礼を言いながら、演奏を続けている吟遊詩人を遠目に見つめる。


 一瞬、吟遊詩人の青い眼が、自分たちを捉えた気がした。

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