第二十四話 幻の秘宝
(幻の秘宝かあ……)
そのいかにもな文言に、アキはやや苦笑いを浮かべて鼻の頭を掻いた。
幻のお宝を探し求めるなど、大冒険を予感させるような心惹かれる言葉だけれど、どこか狙いすぎという感も否めない。
(こういうのって、大概引っかけだったりするのかなあ……)
たとえばクエストの最奥までたどり着き、いよいよ宝箱を前にしていざ蓋を開けてみたら中身がからっぽだった、というようなひどい落胆が待ち受けているのだろうか。
(どちらにしろ、レオたちが宿屋で待ってくれてるし、今からクエストに行くのは無理だよね)
エリアスと顔を見合わせてからミーナに断ろうとすると、彼女がさらっと気になることを口にした。
「実はこの幻の秘宝って、どんな病気でもたちまち治せる秘薬って話なのよね」
(え……?)
アキは、はっと目を見開いてまじまじとミーナを見やる。
どんな病気でも治す秘薬と聞いて思い浮かぶのは、王国の第一王子アーノルドのことだ。
魔王の呪いで生まれながらにして人生を狂わされてしまった悲劇の王子。
もしその秘薬で彼の病気を治すことができるなら、それは魔王を連れ帰って呪いを解いてもらう方法よりも確実なのではないだろうか。
これから手鏡に魔力を溜めて、みんなで魔王城に行って魔王の説得にあたって……という長い工程を考えると、この秘宝を取りに行ったほうが明らかに手っ取り早い。
アキは、おずおずと進み出てミーナに問いかける。
「あの、ミーナさん。その秘薬って、たとえば魔法で呪われた病気とかも治せるんですか?」
「アキ」
エリアスが咎めるようにアキの肩に手を乗せる。
エリアスの気持ちとしては、魔王城への出発を控えたこの大事な時に、正体不明のクエストに挑むのは得策ではないと思っているのだろう。
けれど、長く病に苦しめられて離塔に籠っていたアーノルドのことを思うと、秘薬を使って彼の病気が治せるのなら、その可能性に賭けてみたいと思うのだ。
アキは懇願するようにエリアスを上目遣いに見る。
「エリアス、私、彼を助ける方法があるならなんでも試してみたいんです。彼が一刻も早く良くなってくれれば、エリアスも元気が出るでしょう?」
きっとエリアスは、『勇者』である自分の影響でアーノルドに不幸を背負わせてしまったことを気負っていると思うのだ。
その幻の秘薬の力でアーノルドを治すことができれば、きっとエリアスは少し気持ちが楽になると思うし、アーノルドが快方に向かえば王国にもより活気が出ると思う。
これはもしかして、願ってもいない話が舞い降りてきたのではないだろうか。
ね、とエリアスの手を両手で包み込んで聞けば、エリアスは言葉に詰まった様子で弱々しく息を吐き出した。
「それは、そのとおりだけれど……」
訳ありの様子を見せるエリアスとアキに、ミーナは目を瞬いた。
「あらら、なんだか事情があるみたいね。まあたしかに、幻の秘宝なんてあやしいことこの上ないんだけど、この依頼書、それなりの筋から手に入れたものだから依頼内容は信頼できると思うのよね! それに、信じてクエストに挑んだほうがロマンがあるじゃない?」
「いやまだ受けるって言ったわけじゃ……」
「それから、あたしのことはミーナって呼んでもらえると嬉しいわ!」
エリアスの言葉を完全にさえぎって、ミーナが満面の笑みで両手を広げる。
ミーナの勢いに押されてたじたじになっているエリアスに、アキは思わず小さく笑ってしまった。
これは、自分ももうひと押しすればエリアスの重い腰を上げることができるんじゃないだろうか。
とりあえず自己紹介しようと、アキは一歩前に出ると自分の胸に手を当てた。
「私はアキっていいます。それから彼はエリアス。よろしくお願いします、ミーナ!」
なんの気なしにアキがエリアスの名前を紹介すると、ミーナは「あら」とでも言いたげに嬉しそうに顔の前で指を合わせた。
「エリアスって今代の勇者様と同じ名前じゃない? 良い名前ね!」
ミーナの反応に、エリアスとアキはぎくりと身を固くする。
――そうだった、エリアスの名前はそう簡単に名乗っていいものではないのだ。彼は全世界に名を轟かす有名人なのだから。
けれど、さすがに目の前にいる彼がその勇者本人だとは思っていないらしく、ミーナは気にした様子もなく話を続ける。
「それで、その秘薬なんだけど、アキには悪いんだけど詳細は書いてないのよね。幻の秘薬っていうくらいだから、不治の病だろうが魔法での呪いだろうが、なんだって治してしまえると思うんだけど」
「……そんな都合の良い薬が、その依頼書に書いてある古代遺跡に放置されているものなのかな」
ミーナから依頼書を受け取り、その文言を目で追いながらエリアスが唸る。
「この世界には、まだまだ俺たちが知らない強力な作用を持った薬や魔法道具が存在するとは聞くんだけれど、そういう貴重品は滅多にお目にかかれるものじゃないんだ。だから正直、この依頼書を鵜呑みにして、正体不明のクエストを受けるなんて俺は反対だよ」
そこで言葉を切り、エリアスはアキに向き直る。彼女の両肩にそっと手を乗せて諭すように言った。
「俺は、君を危ない目に遭わせたくないんだ」
アキは口ごもってうつむいた。
彼が自分のことを心配してくれるのは嬉しいけれど、アーノルドを助けられるわずかな可能性があるこの機会を、みすみす逃すのはもったいない気がするのだ。
けれど、心配性なエリアスは頷いてくれそうもないし、かといって自分だけがミーナと一緒に行っても彼女の足を引っ張るだけだ。――どうしたものか。
エリアスと見つめ合ったまま言葉に困っていると、横からそろりとミーナが覗き込んだ。
「……あのう、つかぬことをお伺いしますが。お二人ってすごく良い雰囲気だけど、もしかして恋人同士とか?」
「へ!?」
アキとエリアスは同時にミーナに向き直る。
――こ、恋人同士……?
「ち、ちちち、違います! エリアスは、ただの仲間でっ……!」
アキは、必死に顔の前で手を振りながら弁解する。
そういえば、こんなやりとりをついさっき露天商の前でもした気がする。
そんなにエリアスと自分はその……仲睦まじそうな雰囲気に見えるのだろうか。
ちらとエリアスを見れば、彼は若者がそうするように首もとに手を当てて、照れているのかきまり悪そうな顔で視線をそらしていた。
ミーナはアキたちの反応を楽しむように唇の端を持ち上げる。
「ふうん、友達以上恋人未満ってところかしら。二人はまだ発展途上なのね。だったら、余計にこのクエストに挑むべきだわ! 一緒に冒険に出て危機を乗り越えた男女の間には、愛の絆が生まれるって相場が決まっているもの!」
「ど、どうしてそうなるの!」
完全に話が飛躍しているではないか。
言い募ろうとすると、ミーナはこちらの意見など聞いてくれる気はないらしく、いいからいいからと笑いながらひらひらと手を振った。
「まあ、細かいことはいいじゃない! 迷うくらいなら行動したほうが良いわよ。人間、守りに入ったら終わりなんだから、どんどん攻めていかなくちゃ! ――じゃあ、今すぐにでもクエストの受付カウンターに行ってくるけれど」
「待った、だからまだ行くって決まったわけじゃ……!」
嵐のように話を進めていくミーナを制止しようと、エリアスが片手を伸ばそうとする。
一瞬逡巡したアキは、軽く息を吸い込んでから、思いきってエリアスのその腕に飛びついた。
「アキ?」
ぎょっとしてエリアスが目をみはる。
アキは彼の腕に抱きついたままの状態で、その腕に力を込めた。近くにあるエリアスの顔をすがるように見上げる。
「エリアス、お願いです! アーニーの病気を治せる方法が見つかるかもしれない。今は、わずかな可能性でも賭けてみたいんです……!」
自分はひどいわがままを言っているかもしれない。
けれど、これも女神様がくださったチャンスかもしれないのだ。
ここでミーナのクエストを断っては、ずっと心残りになる気がした。
アキが一歩も引かずに腕につかまっていると、ややあって、エリアスが観念したように長く息を吐き出した。少しふてくされたように視線をそっぽに投げる。
「……なんだか、妬けるなあ」
「え?」
「君、さっきからアーニーのことばかり気にかけているじゃないか。俺はこんなに君のことを心配しているのに?」
エリアスは、どこか頬を膨らませて拗ねたようにしている。
その少年めいた仕草に、アキは最初面食らって、次に思わず小さく吹き出した。
エリアス本人は無意識かもしれないが、アーノルドに嫉妬してくれているのだろう。
(最近、エリアスはいろんな表情を見せてくれるようになったよね)
最初出会った頃の、他人行儀の笑顔だった彼とは比べものにならないほどに表情豊かだ。彼が素直な感情を自分に向けてくれることが嬉しかった。
アキはエリアスから腕をほどくと、いたずらっぽく微笑んで顔の前で両手の指を合わせた。
「ごめんねエリアス、心配してくれてすごく嬉しい。じゃあ、わがままな私のために一緒にクエストに行ってくれますか?」
「……わかったよ。君がそこまで言うなら」
エリアスの中で答えは決まっていたらしく、アキの頭をぽんぽんと軽く撫でる。
「けれど、俺たちは時間があるわけじゃないんだから、ここまでだと思ったらすぐに引き返すからね」
「わかってる」
答えて、アキは嬉しそうに笑った。
エリアスが一緒に来てくれれば、どんなクエストだってあっという間に終わらせられる気がする。
とはいえ、勢いで自分の思うままにわがままを通してしまったが、実際、アキ自身はまったく戦う力を持っていないのだ。
だから、必然的にエリアスとミーナに守ってもらう形になってしまう。
自分で頼んでおきながら、肝心のクエストでは彼らの足を引っ張ってしまうとは、正直なところいたたまれない思いだった。
(私にも、戦う力があったらいいのにな……)
女神様の手帳のおかげで魔物の探知能力はあるけれども、それはあくまで仲間をサポートする力であって、自分が魔物と戦うための力ではない。
エリアスのように武器を扱ったり、レオやヨハンのように魔法を扱える力が必要なのだ。
自分の無力さを感じて視線を落とすアキの顔を、エリアスが覗き込んだ。
「アキ、クエストに行く前に一つだけ約束してほしいことがあるんだ。いいかな?」
「なに?」
「うん、クエストにも原野と同じように魔物が出現するんだ。特に、今回挑む古代遺跡みたいに古いものには強力な魔物が潜んでいることも多い。だから、遺跡では絶対に俺のそばを離れないこと。いいね? 俺が全力で君を守るから」
「う、うん、約束します」
アキは胸元に拳を引き寄せ、ごくりと唾を飲み込んだ。
魔物の脅威から勇者様に専属で守ってもらえるなど、そんな贅沢なことはない。
けれど、本音を言えば、エリアスに守ってもらうだけではなく自分で戦える力が欲しいのだ。
せめて、自分の身を自分で守れるくらいには。
そんなもやもやを抱えつつ、アキは顔を上げて、それを悟られないようにエリアスに笑ってみせた。
「ありがとう、エリアス。アーニーのために、幻の秘薬、絶対見つけましょうね!」
「そうだね。――正直なところ、俺もクエストって久しぶりだからわくわくするんだよね」
エリアスが、どこか目を輝かせて声を弾ませる。
その楽しげに様子を見て、アキはぴんと閃いた。
(もしかして、実はエリアスもクエストに行きたかったとか?)
レベルカンストのエリアスたちは、今となっては魔物討伐を引き受けてこれ以上レベルを上げる必要もないし、おそらく王様からの金銭の支給もあるだろうから、クエストを受注するのはご無沙汰だったのかもしれない。
けれど、いかにもにこにことしたエリアスの様子を見るに、そこはやはり男の子、冒険や幻の宝には心が躍るのだろう。
(こういう可愛い勇者様の側面って、きっと私だけが知ってる部分なのかな)
だとしたら、ちょっとだけ優越感がある。エリアスには、自分にしか見せてくれない表情がたくさんあるのだ。
「アキ、クエストっていうのはね」と堰を切ったように意気揚々と説明する彼に相づちを打っていると、ミーナがそろりと横から覗き込んできた。
「ねえ、あたしさっきから完全に蚊帳の外なんだけど、やっぱり二人は付き合ってるのよね……?」
どう見てもそうとしか……と呟くミーナに、アキは顔を赤くして声を張り上げた。
「――だ、だから、違うってば!」




