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第二十三話 冒険者ギルド

 町の中央広場の端に位置する冒険者ギルドは、建物に近づいただけで館内から冒険者たちの喧噪が漏れ聞こえてくるほどの賑やかさだった。


 ギルドの建物は堅牢な煉瓦造りの佇まいをしており、まるで新参者を拒むような独特の雰囲気を醸し出している。


 まるで町を守る砦のようにも思えるそれを見上げながら、アキは感嘆の息を漏らした。


「すごい! ここが噂の冒険者ギルドなんですね!」


 ここが、世界中の冒険者が集まる場所なんだ――……と興奮から目を輝かせるアキの足もとで、エリアスが地面に屈んでなにやらごそごそと革袋を漁っている。


 アキは首を傾げると、エリアスの隣に屈み込んだ。


「エリアス、さっきからなにしてるんですか?」


「ああ、ええと、ギルドに入る前にちょっと装備を変えないといけないから、その用意」


「装備?」


 さらに首を捻ってしまうアキの傍ら、エリアスは革袋の底のほうから薄茶色の大きな布地を取り出した。おもむろにそれを広げると頭からがばりと被る。


 その状態で立ち上がった彼は、両腕を頭から被っている布に伸ばすと、それを下に引っ張って全身を覆うように羽織った。最後に布の上から革のベルトを腰に回して固定する。


 まるでてるてる坊主のように薄茶色の布を着込んでしまったため、エリアスを象徴する煌びやかな金髪も、立派な聖剣もほとんどが布で隠されてしまう。


 これでは、ひと目見てもエリアスだとわかる人はいないだろう。


「うん、これで良し、と」


 自分の変貌ぶりに満足したのか、エリアスは自分の服装を見下ろして楽しげに笑った。


 怪訝そうな顔で隣に立っているアキを見やり、エリアスは人差し指を自分の口もとに当てる。


「アキ、俺、ギルドに入るときは被り布をして変装しないといけないんだ。さっき、露天商が『この町は勇者に対して過敏な反応はしない』とは言っていたけれど、ギルド内は血気盛んな冒険者が多いからそれとはまた話が別なんだ」


「どういうこと?」


「要するに、俺が勇者だとわかると、腕試しとばかりに勝負を挑んでくる冒険者がたくさんいるんだよ。それで、前にあわや大乱闘になりそうなほど騒ぎになってしまったことがあって、それ以来ギルドに入るときは念のため変装するようにしているんだ」


 エリアスは、後頭部に手を当てながら苦笑いを浮かべた。


 なんだか、喧嘩っ早い冒険者たちに一気に襲いかかられて、それを俊敏な身のこなしでいなしているエリアスの姿が思い浮かぶ気がした。


 きっと、大乱闘のあとは、エリアスの足もとに目を回した冒険者たちの死屍累々とした山ができあがっていたことだろう。


 それを野次を飛ばしながら応援しているレオと、逆に目くじらを立てて「やりすぎです!」とエリアスを叱っているヨハンの姿も目に浮かぶようだった。


 エリアスはギルドの入口に向かって一歩足を進めてから、後方のアキをくるりと振り返る。


「よし、変装も完璧だからこれで大丈夫だと思う。アキ、ギルド内はいつも大混雑しているから、俺の傍を離れないようにね。ええと、はい」


 エリアスはにこりと可愛らしく笑むと、ためらいもなく自分の左手を差し出した。


 目の前にある大きな手と彼の笑顔を見交わして、アキは瞬く。


 ――これは、エリアスの手をとっていいということだろうか。


 おずおずと手を伸ばそうとすると、しびれを切らしたのか彼のほうからさらに腕を伸ばし、逆にアキの手をとってくるりと後ろを向いた。


「早く行こう、アキ!」


 そうして顏だけ振り返って、エリアスは少年のように笑う。


(ほんとに、いつのまにか自然に手を繋いでくれるようになったよね)


 最初はどこか人と距離を置くように接していたエリアスが、そんなことを微塵も気にかけなくなっていることが嬉しかった。


 それだけ、彼が自分のことを身近に感じてくれているのだろう。


 エリアスに手を引かれてギルドの入口へと歩みながら、アキはそんなことを思う。


 自分の手を包んでくれる大きな手と、前を歩く彼のすらっとした背中が頼もしかった。


 けっして手の届かない人だけれど、今だけは私だけの勇者様でいてほしい――アキはそう願って止まないのだった。




(ひゃあああ、すっごい賑やかっ……!)


 ギルド内は、エリアスと会話をすることすらままならないほどに騒々しい雰囲気だった。


 冒険者たちでごった返している館内は、彼らの笑い声や怒鳴り声といった喧騒によって耳を塞ぎたくなるほどだ。


 室内は木製の長机が等間隔に並べられ、手前から奥に向かって長い板のように伸びていた。


 その長机を囲うように老若男女の冒険者たちがひしめき、彼らの目の前にある卓上には大小さまざまな料理が並べられている。


 ここから見えるだけでも、スープやら肉料理やら魚料理、サラダなどが食い散らかされており、料理の香ばしい匂いが混同してギルド内を充満していた。ギルドでは自由に食事をしていいのだろう。


 室内にいる冒険者たちの格好を見比べると、剣士の厳つい鎧を着た大柄の者たちもいれば、ほっそりとして知的な雰囲気を醸し出しているローブの魔法使い、その中にあっても目立つ祭服を着た神官たち、それから盗賊のような軽装をしてカードゲームらしきものをしている人たち、はては格闘家なのか上半身半裸の者もいる。


(目、目のやり場に困る……!)


 驚いて上半身裸の人たちから視線を逸らしたアキに、エリアスが小さくふき出した。


「騒がしくて驚いた? ギルドって賑やかだろう?」


「は、はい。賑やかというか、なんだかお祭りみたいですね!」


 みんなでお酒を飲んでおいしい料理を食べてばか騒ぎ、といった雰囲気である。

 気さくで明るく、ざっくばらんとした冒険者たちの性格の気質がうかがえるようだった。


 アキも自然と笑顔になりながら、冒険者たちから目線を変えてギルドの内部を観察する。

 そこでふと、アキは壁沿いに鎮座している巨大な掲示板に目が行く。木製のそれは、天井も高く奥行きもある広いギルド内においても、一際異様な存在感を放っていた。


 掲示板の前には冒険者たちがたむろしており、遠目からでよくは見えないが、どうやら掲示されている小さな紙を懸命に眺めているようだ。


 手元に紙を書き写している冒険者もいれば、紙ごと景気よく破いて持ち去っていく者もいる。


(あれってなにしてるんだろう?)


 もしかして、エリアスの言っていた一般人から冒険者への依頼書が掲示されているのだろうか。


 アキはエリアスと繋いだままの手を軽く引っ張って、なに、と少し屈んだ彼に自分の顔を寄せる。


 驚いた彼がぎょっとして少し顏を赤くしたと同時、アキは室内の喧騒に負けないようにエリアスの耳もとに口を寄せた。


「エリアス! あの掲示板って! なんですか!?」


「え、掲示板?」


 エリアスは緑の目を瞬かせてから、アキが指を差す前方の掲示板を仰ぎ見る。納得したように頷いた。


「ああ、あれが前に言った、民間人からの依頼が載っている掲示板だよ。俺たちは依頼のことをクエストって呼んでいるけれど」


(クエストかあ……)


 なんだか本当にゲームみたい、という言葉を飲み込んで、アキもエリアスと並んで掲示板に目線を向ける。


「たしか、冒険者のみんなって、あのクエストを受けて成功報酬をもらって生活してるんですよね?」


「そう。依頼って、強力な魔物の退治依頼から、いなくなった猫の捜索まであって見るだけでも面白いよ。せっかくだし少し見ていく?」


 うん、と頷いたアキの手を引いて、エリアスはひしめく冒険者たちの間を縫うようにして掲示板の前まで連れていってくれる。


 近くまで来るとよりそびえ立つように感じるそれを見上げ、アキは圧倒されて知らず知らずのうちにぽかんと口を開けていた。


 コルクボードに似た様相をした掲示板には、依頼のタイトルと内容が書かれた小さな紙が画びょうで所狭しを貼りつけられている。


 ところどころ冒険者によって剥がされて持っていかれているため、等間隔に貼られている紙が虫食いのようになっていた。


「へえ、依頼っていっぱいあるんですね」


 冒険者にしか解決できない問題がたくさんあるということなのだろうか。


 顎に手を当てて前のめりになり、依頼内容を興味深げに目で追っていたエリアスがアキに顔を向けた。


「そうだね。誰も受けない依頼や、受けたはいいけれど達成できなかった依頼は依頼書がずっと貼られたままになっているから、自然と溜まっていくのかもしれないね」


「依頼が達成できないってこともあるの?」


「当然。わかりやすいところでいうと、たとえば依頼書に手配されていた魔物を倒せずに敗走したときとかは、任務失敗ってことになる」


 なるほど、そうなると依頼が達成できなかったということで掲示板に依頼書が貼りだされたままになり、別の冒険者がその依頼を受けることになるのだろう。


 任務失敗にならないように、あまり背伸びをせずに自分の実力に合ったクエストを選ぶのがよさそうだが、エリアスいわく、やはり難しい依頼ほど成功報酬が高いらしい。


 だから、無謀とわかっていても難易度の高い依頼に挑戦して、大怪我を負ってしまう冒険者が後を絶たないという。


 アキは、試しに手近になった依頼書の概要を覗き込んでみた。


 そこには、『討伐依頼』、『護衛依頼』、『情報収集依頼』など、まずは大まかな仕事の区分が記載されており、さらに依頼書の下に目を滑らせてみると、受注の条件欄が設けられていて冒険者のジョブやスキルが羅列されている。


 たとえば、討伐依頼だったら『レベル三十以上』ときっぱりと条件がついていたり、情報収集依頼だったら『ジョブ:盗賊歓迎(なお諜報スキル必須)』と書き添えてある。


 冒険者の職業に明るくない自分はなんのことだか正確にはわからないが、おそらく、なんでもかんでも好きな依頼を受けていいわけではなさそうである。


「見た感じ、クエストを受けるにしてもいろいろ条件を満たさないといけないんですね」


 依頼書を眺めながら鼻の頭にしわを寄せたアキに、エリアスは小声で笑う。


「まあね。依頼の条件が細かく決められているのは、成功率を上げるっていう意味もあるけれど、一番はクエストを受ける冒険者の命を守るためなんだ。きちんと条件を決めておかないと、依頼の基準に満たない冒険者が受注してしまって、予期しない事態が起きて冒険者の命が危険にさらされてしまうかもしれないからね」


「なるほど。たとえば、私みたいな駆け出しの冒険者が、いきなり強敵の魔物と遭遇するクエストを受けちゃったら一大事ですもんね」


「そういうこと。条件っていうのは、依頼者の利益を守りつつ冒険者を保護することも目的とされているんだ。それに、クエストを受注するには冒険者ギルドの受付――依頼カウンターに行って審査を通さないといけないんだけれど、そこで明らかに条件に合っていないと判断されれば、クエストを受注できない仕組みになっているんだよ」


 へえ、と感心してアキは何度も相づちを打つ。


(冒険者ギルドって、冒険者さんたちのことしっかり守ってくれてるんだなあ)


 冒険者たちに信頼されて好かれているからこそ、こうしてギルドには世界中からたくさんの冒険者たちが集まり、そして冒険者を志す若者たちが後を絶たないのだろう。


 私にも受けられそうな依頼はあるかな、とアキが依頼書を物色しはじめたとき、背後から聞き慣れない女性の声がかけられた。


「ねえ、ちょっとそこのお二人さん、いいかしら?」


 何事、とエリアスと視線を見交わしてから振り返れば、軽装をした小柄な女性が、こちらに向かって笑顔で片手を上げながら歩み寄ってきた。


 歳のころはエリアスよりも少し上か同じくらいだろうか。

 少し吊りあがった勝ち気そうな薄茶の瞳に、肩で切りそろえられた赤髪が目に鮮やかだ。

 可愛らしさのある美人さんである。


 なにより目を惹くのは、彼女が肩と腹周りを露出した大胆なチューブトップの上衣を着ており、下衣はほっそりと引き締まった足が覗くショートパンツだったことだ。なかなかに目立つ衣装だけれど、快活そうな彼女には逆によく似合っていた。


 見覚えのない顏にエリアスは警戒するように目を細め、心持ちアキを背に庇う。


「――俺たちになにか?」


 低い声で問いかけるエリアスに、赤髪の女性はひるんだふうもなく歩み寄り、親しげに片目をつむってみせた。


「初めまして。あたし、『盗賊』のジョブをやってるミーナよ! 突然で申し訳ないんだけど、あたし、一緒に探索クエストの依頼に行ってくれる冒険者を探してるの。あなたたち、よかったらあたしとパーティを組んでみない?」


 ミーナと名乗った赤髪の女性は、見た目どおり明るくてさっぱりとした性格をしているようだった。

 これは自分の直感でしかないけれど、エリアスを『勇者』だとわかっていて、なにかを企んで話しかけてきた感じではなさそうである。


 エリアスも同じことを思ったのか、さきほどまでのぴりぴりとした警戒を解き、少し体の力を抜いたようだった。こちらの反応を待ってにこにこしているミーナに、エリアスは顎に手を当てて問いかける。


「探索クエスト?」


「そ! ちょっとこれ見てくれない?」


 言うが早いか、ミーナはショートパンツのお尻のポケットから四つ折りにされた依頼書を取り出した。

 それをエリアスとアキの目の前にひらりと下げると、その表面を片手でぱんぱんと叩きながらからりと笑う。


「実はこれ、かなりレアなクエストなんだけど、ちょーっと難易度が高そうだから誰を誘おうか迷ってたのよね。そしたら、ちょうどあなたたちが掲示板を見てて、クエストを探してそうだったから声かけてみようかなって思って」


 エリアスは眉間にしわを寄せる。


「レアなクエストねえ……。そういうあおり文句がついている依頼って、大概ろくなものがないじゃないか」


 エリアスはぼやくと、うさん臭いものでも見るようにミーナがぶら下げている依頼書を覗き込んだ。

 彼の横から覗き込む形でアキも依頼書の内容を目で追いかけてみる。


『古代遺跡探索依頼。幻の秘宝を探せ。依頼難度:高』


 やや黄ばんだ年季を感じさせる依頼書には、かすれて読みにくくなった文字でそう書かれていた。

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