第二十二話 転移魔法
みんなでお茶とお菓子を取り囲んで座りながら、アキたちは座談に花を咲かせていた。
「そういえば、ナコはどうやって魔王城からこの町に来たの?」
魔王城がこの町に対して一体どの位置にあるのかはわからないが、エリアスたちが旅をすることでやっとたどり着けるところなのだから、一筋縄では行けないほどの距離なのだろう。
アキの問いかけに、ナコは自分のショートパンツのポケットにしまい込んでいた小さな布袋を取り出した。袋の口を結んでいたひもをほどくと、中から手のひらほどの黒い手鏡を出してテーブルの真ん中に置く。
アキを筆頭に、みんながその手鏡を覗き込んだ。
――さっきの自分の質問とこの手鏡がなにか関係するのだろうか。
ナコは、手鏡を紹介するように片手を広げた。
「実はわたし、この鏡を使って魔法城からここまで来たんです。魔王城って海に隔てられた孤島にあるみたいで、魔法の力でもないと自由に他の町まで行けないみたいで……」
レオがクッキーを口に放り込みながら頷く。
「そうらしいな。そもそもこの世界は、外側に三日月の形の大きな大陸があって、その欠けぎわの部分に、海を挟んで太陽の形に似た丸い大陸がはまり込むようにあるからな。で、魔王城っつーのは、この丸い大陸……通称『太陽の大陸』の中央部にあるって言われてんだ」
あいかわらずお菓子を頬張りながら、レオは人差し指を立て、指先に光を宿してテーブルの上にそれを滑らせた。まるでそこに紙があるかのように、月の形をした大陸が太陽の形をした大陸を包むようにある地図が、レオの光の指先によって描かれていく。
地図を描き終えると、レオは指先でとんとんと太陽の大陸を突いた。
「つまり、魔王城っつーのは絶海の孤島にあるわけだな。月の形の大陸……これは『月の大陸』って呼んでるんだが、月の大陸から太陽の大陸にたどり着く方法は、転移魔法、もしくは航路しかねぇんだ。けど、航路は気が遠くなるような日取りが必要になるから、転移魔法を使うのが一般的だな」
「一般的とはいっても、まず転移魔法を使える魔法使いがごく少数なのと、無事に太陽の大陸に入り込めたとしてもそこに出現する魔物のレベルが月の大陸の比ではないということで、よほどの命知らずでなければ太陽の大陸へ行こうとする物好きはいないんです」
へええ、とアキはヨハンの解説に頷く。ナコが同意するように身を乗り出した。
「そうなんです! だからわたし、この町に来るためにどうしても転移魔法を使わなくちゃならなくて、でもわたし、魔法なんてひとつも使えなくて……。そんなとき、ふと思い出したんです」
ナコは、テーブルに置かれている手鏡に視線を向ける。
「魔王城に連れてきてもらった日、ケルちゃんが、この手鏡を使えばどこにでも飛んでいけるんだよって言ってたなって」
「魔王が……事前に?」
確認するように訊き返すエリアスに、ナコは、両の拳を握ってあっけらかんと笑った。
「はい! だからわたし、ケルちゃんがいないときにこっそりこの手鏡を借りておいたんです。で、自分の部屋で、この鏡を持ちながら『お姉ちゃんに会いたいー』って強く願ったら、この鏡からぱぁーっと光が出て、気づいたらヨハンさんに助けてもらったあの路地にいて……」
「なるほど、比較的とんとん拍子に上手くいったわけだな」
レオの呟きに、アキたち一同はお互いの顔を見合わせる。
(事前にナコに手鏡のことを伝えとくなんて、やっぱり魔王の思惑どおりに事が進んでるんじゃないかなあ……)
この状況――ナコが自分やエリアスと合流し、全員で魔王城を目指すということを、魔王が間接的に手引きしていた可能性がある。ナコ本人は気づいていないとしても。
アキは、テーブルの上に置かれた手鏡をじっくりと覗き込んだ。
鏡の柄の部分には、蔦のような植物が何本も絡みついた細かい彫刻が彫り込まれている。蔦の間を縫うようにして、数匹の鳩がはばたくデザインが施されていた。
ずいぶんと凝ったデザインだ。けれど、さきほどエリアスと一緒に見た露店の物よりも、やや古めかしく思える古典的な彫刻をしている気がする。
ヨハンは手鏡を上から観察しながら、すっと目を細めた。
「……これは、相当古い魔法道具のようですね。今では見ない彫刻が彫られています。蔦と鳩は転移魔法のモチーフでしょうか。柄の表面に細かく呪文が刻まれていますが、これも古文で書かれているようですね」
ヨハンに言われて気づいたのだが、蔦と鳩の合間に、非常に細かい文字がぎっしりと刻み込まれていた。あまりに小さくて密集しているものだから、柄の模様なのかと思うほどだった。
「呪文か。ちょっと見せてもらえるか」
転移魔法といえばレオの得意とするところで、レオは手鏡を手に取ると、柄の部分に刻まれた呪文を目で追った。ふんふん、と理解した様子で数回頷く。
「なるほど、これは転移魔法の詠唱呪文だな。高難度の魔法はいまだに古文が使われてることが多いからな。――ただこれ」
レオは、手鏡の表面と裏面を交互に見比べる。目を据えて、深々とため息をはいた。
「魔力が切れてないか?」
「え?」
目を瞬かせる全員を尻目に、レオはナコを見やる。
「おいナコ、おまえこの鏡を使って転移魔法を発動したんだよな?」
「は、はい」
「だとしたら、この鏡には片道分の魔力しか込められてなかったな。おまえが使っちまった分で魔力がすっからかんになって、俺たちが魔王城まで行く分がねぇぞ」
「うそ、本当!?」
衝撃の事実発覚にアキが悲鳴のような声を上げると、レオがひょいと肩を竦めた。
「間違いねぇだろうな。とすると、この手鏡にもう一回魔力を込めて転移魔法を発動するしかねぇか」
「その手鏡を使う必要があるんだ?」
レオの手もとにある鏡を指差すエリアスに、レオは、そう、と歯を見せて笑ってみせる。
「転移魔法っつーのは、魔法使いにとっては超難度の大技なんだ。天才魔法使いと名高い俺でも、魔法道具の助けなしじゃ発動できねえ」
「え、天才魔法使いは自称だとしても、レオほどのレベルでも魔法道具とか駆使して発動する感じなんですか?」
「おいアキ、さりげなく一言多いぞ」
レオがいやそうな顔でアキにつっこんでから、椅子の背もたれにもたれかかった。
「まあ、発動ができねぇっつーよりは、正確には発動はできたとしても失敗する可能性が高いんだ。んで、失敗するとどうなるかっつーと、おまえらを次元の狭間みてぇな場所に永久に取り残しちまうかもしれねぇんだよな」
「永久に!?」
さっと顔を青くするアキに、レオは神妙な面持ちで頷く。
「そうだ。そうなったら最後、おまえたちはこの世界に戻ってくることはできなくなるし、この世界からは誰もおまえたちを見つけられなくなる。つまり、永久に行方不明になって、どこかもいつかもわからない場所を永遠にさまよい続けることになるわけだな」
レオはさらっと言ったが、それは、下手をしたら命を失うよりもつらい状況になるのではないのだろうか。
生きることも死ぬことも選択できないまま、未来永劫の時を生きなければならないのだから。
(転移魔法ってそんなに危ない魔法だったんだ……)
アキは、自分がこの世界にやってきたときのことを思いだす。
自分も時空を越えてここにやってきたわけだから、その転移魔法の力を使ったことになるのだろう。
無事にこの世界までやって来られたのは、その魔法を最強の魔力を持つ魔王が発動したため、そして自分がこの世界にやって来たことを察知したレオが手助けしてくれたからなのだろう。
ヨハンが優雅に紅茶を口に運びながらいう。
「そうですね、転移魔法というのは、普通は手練れの魔法使いが数人がかりで発動するものですから、非常に難儀な魔法なんです。それを一人で連発できる魔王が特殊なだけなんですよ。とはいっても、レオも魔法道具があれば単独で唱えられるわけですから、充分超人ですけどね」
「なんだよ、おまえに褒められると気色悪ぃな」
わざと身震いしてみせるレオに、ヨハンが顔を赤くして憤慨した。
「気色悪いとは何事ですか! 人の賛辞は素直に受け取ってください」
アキはエリアスとナコと顔を見合わせ、レオとヨハンの仲の良いやりとりにふきだすようにして笑った。
口では喧嘩ばかりの二人だけれど、内心ではお互いに尊敬しあっているのだろう。
二人とも素直じゃないから、なかなかお互いを認め合うようなことは言わないけれど。
とりあえず――、とヨハンが手鏡を手で示す。
「まずは、レオと僕の魔力をこの魔法道具に溜め込むところから始めなければいけません。転移魔法を発動できるまで魔力を溜めるのは至難の業ですが、やるしかないでしょう」
「ああ。少なく見積もっても明日の朝まではかかるだろうな。超特急で溜めたとしても」
ヨハンとレオがお互いに視線を合わせて頷きあっている。
魔法の申し子のような二人の力をもってしても、一筋縄で補填できるものではないらしい。
「しっかし、魔王のやつもけちだよなあ。往復分の魔力くらい入れといてくれてもばちは当たらねぇだろ」
「同感です。ナコが帰れなくなったらどうするつもりだったんでしょう」
頬杖をつくレオにヨハンが深々と頷き、エリアスがまあまあと手を広げた。
「もしかしたら、魔王城への転移くらい自分たちの力でやってみせろ、っていう魔王の意図があるのかもしれない。大事なナコを俺たちに任せてくれたんだから、光栄なことじゃないか」
前向きな意見を述べるエリアスに、ナコがしゅんと頭を下げた。
「ごめんなさい……。わたし、考えなしに使ってきちゃったんですね……」
途端、レオがこつんと手の甲でナコの頭を軽く小突いた。
「ばかナコ、そんなこと一言も言ってねぇだろ。転移魔法の魔力なんてまた溜めりゃいい話だ。それよりも、勇気を出してアキに会いに来てくれてありがとうな」
勝ち気そうに笑うレオに、ナコはじわりと目を潤ませたあと、嬉しそうな笑顔で頬を膨らませた。
「ばかってひどい、レオさん!」
「よしよし、その意気だ」
レオは立ち上がると、はおっていたローブを乱雑に脱いで椅子の背に放り投げた。筋肉を解すように片腕をぐるぐると回す。
「とりあえず、俺らは怒涛の勢いでこの魔法道具に魔力をぶっ込めばいいわけだな。ヨハン、俺たち魔法組の腕の見せ所じゃねぇか?」
「そのようですね。伊達にレベルカンストの神官と魔法使いではないということを魔王に見せつけてやりましょう。――それでエリアス、これからの流れなのですが」
ヨハンがエリアスに視線を向ける。
「エリアスは、アキと一緒にどこかで時間を潰してきていただけますか。さきほどもご説明したとおり、手鏡に魔力を溜めるのに一晩はかかる見込みです。ここは僕とレオとナコが残れば大丈夫ですから、お二人には情報収集などの別の仕事を頼みたいんです」
レオが同意する。
「そうだな。鏡の持ち主のナコには念のため俺たちと一緒にいてもらったほうがいいだろうからな。だから、そこの魔力ゼロの勇者エリアスと駆け出し冒険者のアキは、ここにいてもやることがねぇからどっかでデートでもして来いよ」
レオがわざとらしくこちらを追い出すように手を振る。
アキとエリアスはなんとなく互いに目を合わせ、気恥ずかしくなって二人して同時に視線をあさってに逸らした。
「じ、じ、じゃあ、私たちはデート……とかじゃなくて、買い忘れた物がないかもう一度お店を見て来ましょうか、エリアス!」
「そ、そうだね。念には念をというから、見落としがないかもう一度市場に行ってこようか。それに俺、冒険者ギルドにも寄りたいと思ってて――」
エリアスが言いかけて、ヨハンがぽんと手を叩いた。
「ああ、それはいいですね。冒険者ギルドになにか魔王側の動きなどの情報が入っているかもしれないので、聞き込みをお願いします」
「あ、冒険者ギルドって、冒険者のみなさんが一般の方からの依頼を受けるところでしたっけ?」
さきほどエリアスに説明してもらったことを思いだし、アキはエリアスに問いかける。
そういえば、露店を見たあとに冒険者ギルドに寄る予定だったのだが、ナコとの再会があってそれどころではなくなってしまっていた。
この空き時間に見に行ってしまうのがちょうどいいだろう。
「そう。冒険者ギルドは大きな町には必ず一つあるんだけれど、そこには仕事の依頼を探しに来た冒険者たちが世界中から集まるんだ。だから、世界の情勢を知るにはギルドに行くのが一番手っ取り早いんだよ」
エリアスに解説に、アキは、なるほど、と真剣に頷く。
「情報収集にはもってこいってことなんですね。じゃあ、レオたちが魔力を溜めるのを頑張ってくれている間、私とエリアスは聞き込み調査を頑張ります!」
「……どうにもおまえとエリアスだと空回りしそうで心配なんだが」
半眼になるレオに、ヨハンもしみじみと首を縦に振る。
「同感です」
「二人とも、それどういう意味!」
アキが声を張り上げてナコが笑ったところで、エリアスが立ち上がり、レオとヨハンに軽く頭を下げた。
「レオ、ヨハン、いつも面倒をかけてごめんね。転移魔法のこと、よろしくお願いします」
「だーから、おまえは俺らに謝りすぎだっつーの。魔法系のことは俺らに任せときゃいいんだよ、そのための仲間だろ。な、ヨハン?」
いたずらに笑うレオに、ヨハンもにこりと笑顔を浮かべる。
「ええ、適材適所ですよ。その代わり、身になる情報をよろしくお願いしますね」
レオとヨハンに励まされたエリアスは、ありがとう、と二人に向かって明るく笑んだ。
レオは満足そうに頷くと、エリアスとアキに向かって気前よく手を振る。
「――よし、後のことは俺たちに任せときな。おまえらはゆっくり二人の時間を楽しんで来いよな」




