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第二百二十六話 最後の告白


 魔王城の大広間から、精霊たちの侵入を食い止めるために窓から跳躍していったギルフォードとエレノアの小さくなる背中を見守っていたレオは、彼らの姿が見えなくなる前に視線を戻して、場内に残された仲間たちの状況を目視で確認する。


(とりあえず、目下俺たちがやるべきことは融合魔法の発動だ。外の精霊たちはじっちゃんと先生に任せて、俺たちはすぐさま詠唱を再開させねぇと)


 ただでさえ融合魔法は高度中の高度なのに、いまは無理やり詠唱を中断して大量の魔力を魔法陣に滞留させている状態だ。


 いつ魔法力が離散してしまうかわからないし、そうなってしまえば融合魔法が中途半端にかかっているエリスやナコ、ワッツの姉の身がどのような悪影響を受けるかわかったものではない。


 焦れるレオの視界に、まだ相当数いる精霊たちの残党が目に入る。


 まずは彼らを倒さなければ、たとえ融合魔法の詠唱を再開したとしても途中で妨害されて今よりさらに不安定な状況になりかねない。


(融合魔法の再開よりも、精霊たちの残党を倒すほうを優先するべきだよな。そうだとしても、それまでエリスたちの身が持つかどうか……)


 エリスたちの身体は、融合魔法の媒体となっている反動を受けて、相当の身体的かつ精神的な負担がかかっているはずだ。


 ひとりの身体に宿っているふたつの魂を分離させて正しい形に戻して、さらにその分離した魂を他人の身体に取り込んで融合させようというのだから、いま三人にかかっている負担は自分などには想像もできない。


 レオは、精霊たちを見据えて二刀を構えているサトクリフをちらりと見やる。


(もしかしたら、融合魔法の経験のあるじっちゃんやサトクリフは、エリスたちの身にどれだけの重圧がかかっているのか、なんとなく想像がついているのかもしれねぇが)


 レオの視線に気づいてか、サトクリフがこちらを振り仰ぐ。


「――レオ様、みなさん、オレからひとつ提案があるんですが」


 言葉を切り出したサトクリフに、名前を呼ばれたレオも、その場にいるヨハンやワッツ、ナコとエリスも目と耳を傾ける。


「融合魔法の発動と、精霊たちとの応戦をなるべく同時に進めないとならねェいま、どちらかに戦力を振るわけにはいかねェと思うんです。ギルとエレノアが抜けちまいましたが、さらに戦力を分断する必要があると思うんだよなァ」


 それは、たしかにサトクリフの言うとおりだ。


 だが、いま動けるのは自分とヨハン、サトクリフとワッツのみ。四人の戦力をさらに分断して、融合魔法の発動と精霊たちへの応戦に対応できるかどうか……。


 逡巡しているレオの背中を押すかのように、ヨハンは顎に手を当てて顔を上げた。


「ええ、やるしかないでしょうね。当初の計画では、融合魔法はレオとサトクリフ、ギルフォードとエレノア、そして僕の五人でおこなう予定でしたので、予期せぬ事態でだいぶ計画が狂ってしまっておりますが、ここで頓挫するわけにはいきませんから」


 そう、こうして悩んでいる時間さえ惜しいのだ。


 いまこうしているあいだも、ギルフォードとエレノアは屋外の精霊たちと交戦中だろうし、魔法の発動を滞留させたままのエリスたちにもどんどんと疲労が重なっているはずだ。事態は一刻を争う。迷っている暇はない。


 サトクリフが、レオの聖短剣とヨハンの聖槍に目をやる。


「このメンバーの中で、もっとも魔力が高いのはレオ様、次いでクラレンスだ。融合魔法の発動担当は、レオ様とクラレンスに担っていただくのが一番良いってことになる。それで、本来五人分だった魔力量をふたりで補うには、聖遺物の力を借りるしかねェと思うんだ」


 レオは、右手に携えていた聖短剣に視線を向ける。


(たしかに、ヨハンと俺のふたりで五人分に相当する魔力を発揮するためには、聖遺物を発動して自分の持てる魔力を最大限までぶっ放つしかねぇ。魔力のコントロールは格段に困難になるだろうから、魔力の暴走を引き起こしちまわないように気をつけねぇと)


 魔力が暴走して融合魔法が制御を失うことも、当然かなり危険だ。


 けれども、このまま手をこまねいて魔法を停滞させて離散させてしまうリスクをおかすより、聖遺物の力を借りて魔法を成功させるほうに賭けたい。


(ヨハンの言うとおり、ごちゃごちゃ考えてないでやるしかねぇ。レナード、おまえが後悔していた融合魔法だが、この世界を月の女神から守るために使わせてもらうぜ。だからどうか、俺の力になってくれ……!)


 レオは聖短剣を静かに眼前に構える。気づけばヨハンも、レオと背中合わせに立ち、同じように聖槍を地に突き立てて構えていた。


 ヨハンが、後方のレオをちらりと振り返る。


「やりましょう、レオ。貴方と僕なら、必ずやり遂げられます。こんなところでつまずいては、エリアスに顔向けできませんからね」


 ふっと笑うヨハンに、レオもにやりと笑う。


「そうだな。囚われのお姫様になってるあいつのことを、とっとと助けに行ってやらねぇといけないからな。本当にあいつは、いつまで経っても世話が焼けるよな」


「ええ。あの人は、僕たちがいないとどうしようもない人なんですよ。きっとひとりで強がって寂しい思いをしているでしょうから、早く助けに行ってあげましょう」


 ヨハンの口調からは、エリアスへの優しさだけが伝わってくるようだった。


 みんな、仲間としてエリアスのことが大切で、そして同時に心配しているのだ。


 自分たちがいないと、彼はどんどんと殻にこもってしまうから。


 サトクリフが、背中合わせに立つレオとヨハンに顔を向ける。


「レオ様、クラレンス、オレとワッツで精霊たちの残党を引き受けるんで、その隙に、ふたりは融合魔法を決めちまってくだせェ。――行くぞ、ワッツ!」


 言うが早いが、サトクリフが指を鳴らして黒い狼を数匹呼び出したかと思うと、それを従えて一気に精霊たちに間合いを詰めていく。


 それを横目に見ながら、ワッツも自前の武器であるボウガンを持ち、空中に浮遊している精霊たちを次々と撃ち落としていった。


(サトクリフもワッツも強い。精霊たちは、ふたりに任せておけば大丈夫だ。俺は、融合魔法の成功に集中しねぇと――)


 サトクリフたちから視線を中央に戻すと、ナコに宿っているエリスと目が合った。


 その場に膝をついている彼女は、じっとワッツの姉の手を握っている。


 少しでも彼女の身体に負担がかからないように、安心させるように体温を伝えているのだろう。


 レオと目が合うと、エリスは小さくうなずいた。


「レオ、こちらの準備は万端よ。すぐに融合魔法の詠唱を再開してもらって大丈夫。魔力の一時停滞によって、ナコやワッツのお姉様にかかる負担は、私の魔力のほうでなんとか守っているわ。でも、そのぶん私自身の魔力がいつまで持つかわからない。一刻も早く、私たちの魂を導いてほしいの」


 融合魔法の再開は、エリスの存在の消滅を意味する。


 それによって、彼女はワッツの姉として生まれ変わるのだから。


 レオはそんなエリスの覚悟を受け取って、唇の端を持ち上げた。


「エリス、そんなに心配しなくてもきっちりとやり遂げてやるぜ。なにせ俺は、おまえの『女神の守り人』とやらなんだろ。おまえの付き人をもっと信頼してくれてもいいじゃねぇか」


 いつかエリスのふたりきりで神郷から飛ばされたときに、エリスに言われたことを思い出して言うと、エリスが少しびっくりしたあとに寂しそうに笑んだ。


「あら、あのときのことを覚えていてくれたのね……。そうね、あなたを私の守り人に任命したのよね。あのときは、これからずっとあなたに守ってもらうんだからなんて、思いあがったことを思っていたものだけど」


「エリス……?」


 何が言いたいのかと訝しげな顔をするレオに、エリスがこれで最後とばかりに、泣き笑いの顔をレオに向けた。


「レオ、きっとこれが最後かもしれないから、心残りがないように伝えておくわ。――私、あなたのことが好きだったの。私が創世の女神だろうとなんだろうと、あなたが飾らない態度で接してくれて、もうひとりのエリスを裏切ってひとりになってしまった私は、とても嬉しかったしあなたの存在に救われたのよ。お礼を言うわ」


「へ、おまえなに言ってっ……」


 思いもかけないことを言われたからか、レオはしどろもどろになりながらも、好意を告げられる言葉に思わず顔が熱くなってくる。


 ま、待て待て待て、いま言うことか、それ!?


 い、いや、俺だってアキに告白したときのタイミングは切羽詰まった状況だったし、俺も大概人のこと言えねぇか!?


 まさかのエリスの発言に頭が混乱していろいろ用でもないことを考えていると、そんなレオの狼狽した姿を見てかエリスが小さく笑った。


「やだ、なに柄にもなく赤くなってるのよ。レオ、あなたって意外と純情なのね。私が一世一代の勇気を出してあなたに気持ちを伝えたのだから、あなたの男らしい格好いいところを最後に私に見せてちょうだい。融合魔法、必ず成功させるのよ」


 エリスがつんと顎を上げると、レオがげんなりと肩を落とす。


「……おまえ、俺に告白しておいてなんでそんなに上からなんだよ。その高飛車なところもおまえの美点と言えなくもねぇが、俺のことがす……好きなら、もっと俺のことを大事にしろよな。ったく、こんなタイミングで言うんじゃねぇよ。返事はどうすんだよ。それに、まあ、おまえもわかっているとは思うが、俺にはもう好いているやつが――」


 ぐしゃぐしゃと頭を掻くレオに、エリスは少し寂し気にふっと笑んだ。


「返事なんて必要ないのよ。私はもう、今の私でなくなって生まれ変わるのだから。それに、あなたに断られるのことはわかっているもの。あなたには想い人がいるのだものね。――今までありがとう、レオ、そしてみんな。新しく生まれ変わった私のことも、どうか、よろしくお願いするわね」


 エリスの別れの予感させる言葉に、みんなが悲しげに口をつぐむ。


 サトクリフとワッツも、精霊たちに応戦しながらも、最後になるエリスの姿を目に留めようと視線を向けていた。


 レオは、聖短剣を天に向けて顔の前に構える。


「エリス、おまえのことは忘れねぇ。必ず融合魔法を成功させて生まれ変わらせてやるから、安心して俺たちに身を任せろ。そんで晴れて生まれ変わった暁には、この世界を守るために身を粉にして一緒に戦ってもらうからな!」


「望むところよ! それじゃあ、さっさと始めてちょうだい。――……元気でね、レオ」


 さようなら、みんな――……!


 再開される融合魔法の光に溶け込んでいくエリスの口もとが、そう告げた気がした。




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