第十八話 魔王城へ
港町の外れにひっそりと佇む宿屋の一室で、アキとナコ、エリアスとヨハン、それからヨハンの伝令魔法によって学府の支部より駆けつけたレオの五人が集まっていた。
思いがけず勢揃いとなった面子の中、アキは、ナコが一緒にいるということが未だ実感できず、落ち着かない心境のまま室内を見渡す。
いくつかの木製のベッドが置かれている小部屋には、明かり取りのために半円型の窓が作られていて、そこから昼下がりの穏やかな陽光が差し込んでいる。
部屋の中央部には簡易なダイニングテーブルが用意されており、そのテーブルを囲んで、自分とエリアスが並び、ナコとヨハンが向かいに並んで腰かけていた。レオは、近くにあるベッドの上で無造作にあぐらを掻いている。
レオは、顔を上げてまじまじとナコの顏を見つめてから、感嘆した様子で言った。
「……いきなりヨハンに呼び出されたと思ったら、意外な顔がいて驚いたぜ。お嬢さんが噂のアキの妹のナコちゃんねえ」
さすが姉妹だけあってよく似てんな、とレオはアキとナコを見比べる。
アキの隣に座っていたエリアスが頷いた。
「そうだね。こんなに早く二人が揃っているところが見られるとは思わなかった。思いがけないことも起こるものだね」
苦笑するエリアスに、ナコが、ですよね、と苦笑しながら相づちを返している。
ナコは、最初は慣れない勇者一行の面子に囲まれて緊張していた様子だったけれど、エリアスたちの和やかな雰囲気に少しずつ緊張を和らげているようだった。そもそもヨハンとは打ち解けていたし、エリアスは優しい雰囲気だし、レオも気さくな人柄だから安心してもらえたのだと思う。
ナコは静かに椅子から立ち上がると、みんなの顔を順々に見回してぺこりと頭を下げた。
「あの、突然のことでご迷惑をおかけしてごめんなさい! わたし、魔王様からお姉ちゃんが勇者様と一緒にいるって聞いてから、ずっとなんとかして会いたいなって思ってたんです。お姉ちゃんには、すごく心配かけたままだったから……。それで、思いきって魔王様に黙って魔王城を飛び出して来たんです」
それを聞いた途端、レオが「あー」と唸りながら後ろ頭をがしがしと掻いた。
「なるほど、そういう事情があって今の現状なわけね。――まあ、仮にそうだとしても、噂に名高い魔王の目を欺いて一人で飛び出してくるなんて可能なのか? そんな簡単に見逃してくれる奴じゃねぇだろ、魔王は」
レオは、ナコの真意を探るように紫色の目を細める。
魔王は、この世界で唯一、世界間を行き来できるような甚大な魔力を持つ強者なのだと、前にレオが言っていた。だから、ナコが魔王城を抜け出そうとするような不審な動きをすれば、その気配を感じ取ることなど容易いということなんだろう。
ナコは、悩んだ素振りで顎に手を当てたあと、ややあって答えが思い当たったとばかりに軽く両手を合わせた。
「えっと、もしかしたらなんですけど――」
口を開いたナコに、アキが、エリアスが、ヨハンが、レオが注目する。
「ケルちゃん、すごく優しいから、やっぱりわたしが出て行くのをわかってて行かせてくれたのかもしれないです」
片手を拳の形に握っていうナコに、アキたちは一様に首を傾げた。
「ケルちゃん?」
――誰?
えらい親しげだが、ナコの友達……だろうか。
アキたちが以心伝心で同じ疑問を抱く中、ナコはみんなの怪訝そうな顔に気づいて、ぽんと手を叩いた。
「あ、ごめんなさい! ケルちゃんっていうのは、魔王様の愛称なんです。本名はケルディス・ノインっていうから」
ね、と人差し指を立てて小首を傾げるナコに、アキたちはぽかんと口を開ける。
あの世界中の人々を恐慌させる魔王の圧倒的存在感と、ケルちゃんという可愛らしい呼び名がまったく似合っていない。
とてもじゃないが、あの魔王を『ケルちゃん』などとお友達よろしく呼ぶことはできそうにない。
(ナコ、いったい魔王とどんな生活を送ってたのかな……)
てっきり、魔王のもとでナコは心細い思いをしている、早く助けなきゃ、と思っていたのだが、実は意外と和気あいあいとしたアットホームな雰囲気だったのだろうか。
魔王の意外な一面に面食らったのか、レオがお腹を抱えて笑い出した。
「ははは、なんだよそれっ! 天下の魔王様をちゃん付けで呼ぶとか、さすが魔王の片腕は一味違うな」
「……魔王のイメージが一気に変わりましたね。ケルちゃん、ですか」
ヨハンも呆然と呟いている。
皆の唖然とした反応と裏腹に、ナコは嬉しそうに身を乗り出した。
「はい! みなさんにも、ぜひ魔王様のことをケルちゃんって呼んでもらって、お友達になっていただけたら嬉しいです。魔王様、きっと喜ぶと思います。だってケルちゃん、お友達が一人もいないことを気にしてたから」
「そんな本人に不名誉な情報まで教えていただけるとは……」
ヨハンもまた、なんと反応したらいいものかわからないのか、困ったように頭を押さえている。
――あの世界最強の魔王が友達がいないことを気にしていたとは……。
意外と憎めない素直そうな性格だから、もしかしたら、エリアスと魔王は戦う以外の方法で和解ができるのではないだろうか。話し合いで解決できるのではないだろうか。
そう考えて、アキは首を振る。
この世界に創造エネルギーを満たすためには、エリアスか魔王が犠牲にならなければならない仕組みなのだから、結局のところ誰かが辛い思いをすることに変わりないのだ。
だから、やはり魔王に情が移るのは良くないことなのかもしれない。
本音を言えば、ナコにもあまり魔王に肩入れしてほしくはないのだが……。
(それを言えば、私もそうなのかな……)
エリアスに好意を抱き始めている自分も、人のことは言えないのだろう。エリアスが魔王に倒されたらと思うと、彼を失うのが怖くて仕方ない。
一通り話を聞いていたエリアスは、口もとに珈琲を運びながら顔を上げた。
「なるほど。ナコの話を聞くに、魔王は君を一方的に拘束していたわけではなく、お互いに仲良く生活していたみたいだね。とすると、魔王はアキに会いに行く君を、君の意思を尊重して見逃してくれた可能性も充分にあるってことか。とすると、アキは俺と一緒にいるから、ナコが勇者と接触することもわかっていたはずだけれど……ナコが俺たちに人質に取られるとか、そういったことは考えなかったのかな」
はっとして、アキはエリアスの横顔に目を向ける。
たしかに、立場上ナコとエリアスは敵対するわけだから、魔王との戦いの切り札としてナコを捕らえる方法をとることだってできるのだ。エリアスたちにかぎって、そんな乱暴なことをするとは思えないけれど。
さらにいえば、魔王は、ナコを一人で行動させればそれだけ彼女が行く先々で危険な目に遭う可能性があることもわかっていたはずだ。
それでもナコを一人で行かせたのは、姉に会いたいという彼女の願いを叶えるため、そして姉と一緒に出会うであろう勇者やその仲間が彼女を守ってくれるだろうと信頼してくれたからなのだろうか。事実、ヨハンがナコを助けたことをきっかけに、ナコは自分と再会することができたのだから。
エリアスは珈琲をソーサーに置き、緑の目でその水面をじっと見つめた。
「……なんだかナコの話を聞いていると、魔王も一概に悪者と考えるのは間違っている気がしてくるね。『神殿』からの情報で、俺たち勇者一行や王国上層部の間では、魔王は魔物を操って人間を襲わせる悪人で、勇者と敵対して邪魔をする者っていう認識が強いんだ。今までも、魔王が勇者に倒される歴史が繰り返されてきたからね」
レオは同意しながら、思案した様子であぐらを組み直した。
「そうだな。けど、よく考えると、別に勇者と魔王のどちらが倒されても創造エネルギーの注入はできるわけだろ。なのに、なんで俺らは頑なに魔王を仇みたいに思ってんだろうな。世界を救うための英雄って意味では、勇者も魔王も同等の立場だろ?」
「たしかに……」
アキは頷いて、ぽつりと言い添えた。
「もしかして、魔王を悪人に仕立て上げるように情報が操作されている、とか……?」
上手く世間の情報を操作をすることで、魔王を悪者――世界の敵として人びとに印象づけると同時に、勇者を英雄として過剰に信奉するように仕組まれているということだろうか。
もしそうだとしたら、その情報を勇者一行や王国上層部に流しているのは、勇者と魔王の情報を牛耳っている神聖国の行政組織『神殿』である。
(ということは、『神殿』になにか思惑があって、意図的にそうしてるってことなのかな……)
隠された真実はそこにあるのだろうか。
全員の視線が、自然と神聖国出身のヨハンに向けられる。
『神殿』の中でも高位聖職者の立場にある彼ならば、なんらかの事情を知っていると踏んだのだ。
ヨハンは顔を伏せると、緩く首を横に振った。
「――それについては、お話しできません」
レオが紫色の瞳を鋭く細める。
「ま、実質それが答えだろ。『神殿』は俺たちに核となる情報を隠している」
どこか追及するような口調でいうレオに、ヨハンは逃れるように視線を逸らした。
(な、なんだろうこの空気……)
たちまち剣呑な雰囲気になる場内に、アキはレオとヨハンの顔を見ることができず、気まずくなって顔をうつむける。
エリアスもレオもヨハンも、勇者一行の仲間として息も合っているし仲もいいと思う。
けれど、彼らにもそれぞれに事情があるから、なんの気兼ねもなく付き合える仲ではないのかもしれない。
自分はまだこの世界に来たばかりで、どちらかというとまだ部外者だから詳細はわからないけれど。
アキは、ちらとヨハンの顔を盗み見る。
(ヨハンは、勇者と魔王の関係について、どんな事情を知っているのかな……)
自分たちが想像も及ばないようなことを知っているのだろうか。
だとしたら、ヨハンはどうして自分たちに真実を打ち明けてくれないのだろう。
ヨハンを口止めしている誰かがいるのか、それとも、彼自身の意思で伏せているのか……。
黙ってみんなの様子をうかがっていたナコが、遠慮がちに口を開いた。
「……あの、みなさん。ヨハンさん、さっきすごく悩んでたから、できればあの、あんまりとがめないでほしいなって思って……」
ナコの思わぬ一言に、ヨハンが驚いて顔を上げる。
「ナコ、別に僕のことなど気にしていただかなくてもいいんです。自業自得ですから」
「でもっ、それじゃみんなヨハンさんのことを誤解したままですよ! 本当はヨハンさん、エリアス様たちに秘密を作りたくないって思ってるのに」
「それは……」
ヨハンは動揺したように瞳を揺らす。
アキは隣のエリアスと顔を見合わせてから、口ごもってしまったヨハンに視線を向けた。
ヨハンが、勇者と魔王についてどんな情報を知っていて、どういった事情からそれをエリアスたちに話すことができないのかはわからない。けれど、誠実な彼のことだから、並々ならぬ理由があってそういう状況に追い込まれているのだということはわかる。
それにおそらく、エリアスたちと『神殿』との間で板挟み状態になり、一番辛い思いをしているのは彼自身なのだと思う。
だからきっと、仲間である自分たちが、ヨハンを支えていかなければならないのだ。
複雑な事情を抱えた彼が、少しでも居心地のいい場所であるように。
アキは考えをまとめると、テーブルの上に置かれているナコの手に自分の手を重ねる。
「ナコ、エリアスもレオも私も、ヨハンを責めるつもりはないから大丈夫だよ。本音を言えば、いつかは知ってることを話してほしいなって思うけど、ヨハンにも事情があるんだよね」
「そうだね。ヨハンが今後どうしていくかは、自分自身の判断で決めてくれれば俺はそれで充分だから。俺たちから無理に事情を聞きだすことはしないよ。ね、レオ」
エリアスがレオを振り仰ぐと、レオは決まり悪そうに後ろ頭を掻いた。
「あー、まあな。ヨハンが『神殿』と俺たちとの間で難儀してるっつーのは、俺もよくわかってるからな」
言って、レオは姿勢を正し、ヨハンに向かって軽く頭を下げる。
「――ヨハン、悪かった。言いすぎたな」
レオの謝罪にヨハンは軽く目を見開いたのち、ほっと表情をやわらげた。
「いえ、レオのように真正面からぶつかってきてくださると、僕も冷静になれるので正直なところ助かっているんです。だから、すみませ……」
そこまで言いかけて、ヨハンは口をつぐんだ。仲間たちの顔を見回して、瞳を細めてゆるく微笑む。
「……違いました。――いつもありがとうございます、みなさん」
「え、ええっ!?」
ヨハンの見違えるような笑顔に、アキはびっくり仰天して仰け反った。
比較的無表情で眉根を寄せる顔しかしないヨハンが、まさか笑顔でお礼を言ってくれる日が来ようとは……!
アキは身を乗り出して、向かえにいるヨハンの肩に両手を置き、ぐいぐいと前後に揺する。
「ヨハン! 笑顔で『ありがとう』とかお礼を言っちゃうなんて、どうしたんですか! もしかして具合悪い!?」
「はあ? それはどういう意味ですか。僕が笑顔でお礼を言ってはいけませんか。というか、揺すらないでください!」
ヨハンにわざとらしく肩の手を振り払われる。
アキとヨハンのかけ合いを横で見ていたナコが、たまりかねた様子で小さくふきだした。
「ヨハンさん、頑張りましたね! えらいえらい!」
そう言いながら、ナコは手を伸ばしてヨハンの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
やめてください、と言いながらも、ヨハンはどこか照れくさそうに笑っている。
(あれ、ヨハンとナコ、なんだか仲良さそう……?)
ヨハンとナコの仲睦まじい様子に、アキは浮かせていた腰を下ろしながら思う。
もしかしたら、ナコの無垢な明るさが、ヨハンの閉じこもりがちな心を解き始めているかもしれない。事実、ナコといることでヨハンは少しずつ変わり始めているみたいだから。
ぱんぱん、とエリアスが手を叩いた。
「――それじゃあ、話を戻そうか。それで、ナコはこれからどうするのかな。俺たちと一緒に来てくれるってことでいいだよね?」
エリアスは、ナコの返答の窺うように首を傾げる。
そういえば、こうして無事にナコと再会できたのだから、本来ならば今すぐ二人で元の世界に帰るという方法も取れるのだ。けれど、お互いに勇者と魔王の片腕という使命を背負っているわけだから、それを放棄して身勝手に帰るわけにもいかない。
とすると、全員で魔王城に行って魔王と話をつけにいく、という流れがいいのではないだろうか。
ナコはしばらく言葉に迷っている様子で視線をさまよわせると、やがて深々と息を吐き出してから顔を上げた。自分の決意を固めるように胸に片手を当て、静かに口を開き始める。
「……実はわたし、偶然ケルちゃんとその部下の人が『勇者』と『魔王』の戦いについて大事な話をしてるのを聞いちゃったんです。もしかすると、勇者様とケルちゃん、それからお姉ちゃんとわたしは、このままいけば命を失うかもしれないって……」
「え……?」
――命を、失う……?
不穏な一言に、アキを筆頭にエリアスとレオも不意打ちをくらった心境で目を丸くする。
ヨハンだけは黙って視線を伏せているようだった。
しんと静まり返る場内で、ナコが神妙な表情で続ける。
「だから、ケルちゃんと勇者様で力を合わせてなんとかできないかと思って、わたし、後先考えずに飛び出して来ちゃったんです。勇者の片腕にはお姉ちゃんが選ばれたから、きっとわたしの話を聞いてくれると思って……」
「ナコ、それはどういう意味? 勇者と魔王が協力すれば、その悲劇的な未来を回避できるっていうこと?」
エリアスの問いかけに、ナコは力なく首を振る。
「えっと、ごめんなさい、わたしも詳しくはわからないんですが、ケルちゃんたちが話してるのを聞いた感じだと、今回の第二十七回目の勇者様と魔王様の戦いはいつもと事情が違うから、勇者と魔王のどちらかが生き残ってどちらかが倒されるっていう結末にはならないらしいんです」
「いつもと、違う……」
呆けたアキの呟きが、静かな室内にぽつりと響く。
いつもと事情が違うとは、それは一体どういうことなのだろう。
自分やナコ、エリアスや魔王が無事では済まないということは、つまり勇者と魔王のどちらかが生き残ってどちらかが倒されるわけではなく、今回は全員が犠牲になる可能性があるということだろうか。
レオが小さく唸る。
「なんだか突拍子もねぇ話だな。ナコ、本当なのか、それ?」
「たぶん……。わたしも、はっきりケルちゃんから聞いたわけじゃないんですが……」
ナコが尻すぼみに答えたそのとき、だんまりを決め込んでいたヨハンが薄く口を開いた。
「――それについては、肯定します」
「ヨハン?」
思わずヨハンの名を呼ぶアキに、彼はわずかに微笑む。
「本当は『神殿』の最重要機密事項なので詳細はお話しできませんが、今回のエリアスとケルディスの戦いは歴代のものとはまったく事情が違います。ですから僕は、ナコの提案に従って魔王に会いに行くことに賛成します」
「――待てよ、ヨハン。勇者と魔王が協力体制を目指すって、俺たちとしてはそれで事態が好転するなら問題ねぇが、勇者と魔王の戦いを推奨している『神殿』様の意向に沿ってんのかよ?」
レオのもっともな指摘に、ヨハンは思案顔で顎に手を当てた。
「エリアスがケルディスに会いに行く部分は意向に沿っていますが、二人が協力体制を敷くことについては沿っていません。以前もお伝えしたとおり、『神殿』は女神の意思に従う組織です。ですから僕は、『神殿』を通じて女神に関する詳しい情報を把握しています。そしてその女神は、とある事情でエリアスとケルディス、アキとナコを一堂に会したいのです。そのため、女神はアキの手帳を使ってエリアスを魔王の許に導こうとしていましたよね」
「うん。女神様が次の目的地を指定してくださって……」
もごもごと答えるアキに、ヨハンは淡々と頷いた。
「そうです。ですが、その指示に従って魔王の許に行っていたら、エリアスはなんの事情も知らないままケルディスと戦うことになり、さらに女神の計略によってその場で全員が犠牲になっていた可能性があります」
ヨハンが言いきった言葉に、全員が表情を強張らせる。
アキは背筋がぞくりと冷えて身震いした。内ポケットに入っている手帳は、なにも反応を示さない。
自分は今まで盲目に女神を信じてきたけれど、実は女神こそ得体の知れない存在だということなのだろうか。女神様は自分たちの最大の味方で、そして魔王こそ自分たちの最大の敵だとばかり思っていた。けれど、実はそういう図式ではないのだろうか。
(いったい誰が味方で、誰が敵なんだろう……)
レオはあぐらを掻いていた姿勢を解き、床に足をついた。編み上げのブーツの紐を締めながらヨハンに問いかける。
「――ヨハン、そこまでしゃべって平気なのか? 今の話だって『神殿』の機密中の機密だろ」
「そうですね。ですが、どのみちナコと一緒にみなさんがケルディスに会いに行けば、いずれ知る事実ですからさほど問題ありません。それに……」
ヨハンは顔を上げて、照れ臭そうに頬を掻きながら、可愛らしく笑んだ。
「やはり僕は、『神殿』よりも女神よりもエリアスたちの味方でいたいんです。どうしても『神殿』への恐怖が勝って、完全に事情をご説明できないのは辛いのですが、それでも、僕はみなさんと一緒にいたいんです。――だからどうか、僕も一緒に魔王の許に連れていってください」
立ち上がったヨハンが、エリアスに向かって深々と頭を下げる。
エリアスは慌てて席を立った。
「ヨハン、やめてくれ、頭なんか下げないでほしい。ヨハンは俺たちの仲間だろう? 事情が話せないのは、お互いに立場があるから仕方がないことだと俺は思うよ。だから、それを理由にして君を仲間外れになんかしないよ」
「ですが、もしナコがこうして会いに来てくれていなかったら、僕はエリアスたちに話をするきっかけをもらえないまま、エリアスやアキを危険にさらしていたかもしれません。……いいえ、見殺しにしていたかもしれません」
「そんなことないですよ」
ナコがきっぱりと否定する。
「ヨハンさん、ずっと一人で悩んでいたでしょ? だからきっと、エリアス様やお姉ちゃんが大変な目に遭う前に、絶対ヨハンさんは事情を話していたと思うんです。ヨハンさん、みんなのこと大好きですもんね」
ヨハンは面食らったような顔をし、すぐに気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「べ、べつにみなさんのことが好きかどうかは――って、わ!」
「そうかそうか、ヨハンは俺たちのことが大好きなのか! 相変わらず素直じゃねぇなぁ」
レオがヨハンのもとまで歩み寄り、その頭に腕を回してがしがしと掻き回す。
レオにがっちり掴まれた体勢で、ヨハンは抗議するように、けれどどこか嬉しそうに彼を睨み上げた。
「だ、だから、いつも子ども扱いしないでくださいって言っているでしょう!」
「なんだよ、ちんちくりんのくせに」
「背はこれから伸びる予定なんです!」
一転して和やかな雰囲気になる場内で、ナコがまじまじとレオの顔を見つめる。その視線に気づいたレオが首を傾げた。
「ナコ、どうした?」
「あの、えっと……。突然なんですけど、レオさんってなんだかケルちゃんに顔立ちが似てませんか?」
「へ?」
ナコの突拍子もない一言に、レオはもちろん、アキやエリアス、ヨハンも目を見開く。
――レオが、魔王に似ている……?
レオは自分を指差しながら再度ナコに問いかけた。
「俺が、魔王に?」
「はい。えっと、なんとなくなんですけど」
「まさか。俺は魔王とはなんの接点もねぇよ」
冗談きついぜ、と笑い飛ばすレオの横顔を、アキは真剣に眺めてみる。
ナコが攫われたときに魔王の顔を見たことには見たけれど、あのときは必死だったから細かい顔立ちまでは覚えていなかった。異様に美形だったことは記憶にあるけれど、レオに似ていると言われればそうだったような、いや、まったく印象が違ったような……。
エリアスが軽く手を叩いた。
「――まあ、その話は今ここで討論しても仕方ないよ。とりあえず、まずはみんなで魔王城に行こう。そして、今回の勇者と魔王の戦い、そして女神の意向を知って、場合によっては魔王と力を合わせよう」
話をまとめる彼に、全員が心して頷く。
歴代の勇者と魔王の戦いとは違う道を歩む可能性を秘めた、今回の旅路。
正直、ナコの言っていた命を失うかもしれないという予測は気になるけれど……。エリアスやレオやヨハンが一緒に戦ってくれるのだから、誰が敵に回ろうとも、きっと負けることはないとアキは思う。
仲間と自分の力を信じて、最後まで戦い抜かなければ。
エリアスが前方を手で示した。
「それじゃあ、行こう。魔王城へ――」




