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第十七話 再会

「はあ、人探しも楽ではありませんね……」


 中央広場の小休憩場所にある長椅子に腰かけ、ヨハンはお手上げとばかりにぐったりと背もたれに寄りかかっていた。


 自分は、人の魔力を感じ取って気配を探し当てることは得意なのだが、エリアスのように魔力が全くない人間を見つけることは困難なのだ。

 魔力から居場所を追うことができないため、この人ごみの中を右へ左へさまよいながら本人たちを探すしかない。


 神聖国から派遣された『神官』たちが、誕生したばかりの勇者を探し当てるのに苦戦するのもこのためだった。

 魔力がまったくない人間というのは、この世界ではかなり珍しいのだ。


 それにしても疲れた、とヨハンは額の汗を拭って虚空を見上げる。

 普段から体を鍛えているレオと違い、体力の少ない自分にはなかなかにしんどい仕事であった。


(ああ、エリアスとアキのほうから僕たちを見つけてくれませんかね……)


 そんな他力本願な願いを抱いて現実逃避していたところで、ヨハンを置いてどこかへと足をのばしていたナコが小走りに戻って来た。

 ヨハンはもたれていた背を起こし、駆け寄ってくるナコに微笑みかける。


「ああ、ナコ。一体どこに行っていたんです――」


「ヨハンさん、はい!」


 問いかけたヨハンをさえぎって、ナコはなにか飲み物の入っているらしい紙の容器を差し出した。

 目を丸くして受け取れば、手に触れる容器はひんやりと冷たい。上から覗き込めば、中で橙色の液体が揺れていた。果物のジュースだろうか。


「ナコ、これは?」


「すぐそこの露店で買ってきました。ヨハンさん、疲れてそうだったから。少しでも元気になってもらえるといいなと思って」


 ナコはヨハンの隣に軽やかに座り、自分の分の飲み物を元気よく口に運び始める。


 どうやら気を遣わせてしまったらしい。


 体力に乏しい自分が男性として恥ずかしく感じられて、ヨハンは軽く頬をかいた。


「……すみません、気を遣っていただいて」


 一人で魔王城から抜け出し、さらに初対面の自分などと一緒に行動しているのだから、ナコのほうが気疲れしているはずだ。

 むしろ、自分が彼女のために飲み物を買ってくるくらいの気概が必要だったのではないだろうか。


 小さな声で謝ると、傍らのナコがヨハンに顔を向け、ふるふると首を振った。


「ヨハンさん、違いますよ。そこは、すみませんじゃなくてありがとうって言ってもらえたら嬉しいです」


「……ありがとう?」


 意外な回答に訊き返すと、ナコがいたずらっぽく笑う。


「そうですそうです。ヨハンさんって、なんだかちょっと人に壁を作って、遠慮してるように感じるんですよね。深入りさせないというか……。一言二言話して、すぐ逃げちゃう感じがするんです。って、まだ会ったばかりなんですけどね、わたしたち」


 適当なこと言ってごめんなさい、とナコが遠慮がちに謝る。


 ヨハンはナコの言葉をぽかんとして聞いてから、ふと俯いて、自分の手の中の飲み物を見つめた。


 謝られる必要はないのだ。

 ナコの言っていることは、正しいのだから。


 ヨハンは、視線を落としたまま寂しげにいう。


「そう……感じますか。その指摘は、あながち間違ってはいませんよ。自分に後ろめたいことがあるから、人に遠慮をするし、人に深入りさせないように自分の殻にこもるんです。そうすることでしか、自分自身を守れないから」


 すべては、自業自得なのだ。


 エリアスたちを騙し、『神殿』の命令に逆らえない立場でいる間は、きっと自分を変えることはできないのだろう。

 自分は、他人に対しても、自分自身に対しても臆病なのだ。なにか行動を起こして、今の環境が崩れてしまうことを、恐れているのだから。


 ナコもまた、手元の飲み物を見つめながら、ぽつりと口を開く。


「――でも、いつもそうやって人と接していたら、ヨハンさん、辛いですよね」


「……え?」


「だってそれじゃ、誰にも本当の自分の気持ちを打ち明けられないじゃないですか。ずっと自分の中に溜めこんでたら、どんどん重くなって、いつか潰れちゃうかもしれません」


 ヨハンは目を瞬いた。

 自分が抱え続けていた苦悩を、ナコが的確に代弁してくれた気がしたからだ。


 本当の自分の気持ちを誰にも伝えることができない。その通りだった。


 自分の内側に溜め込んで耐えるフリをしながら、誰にも自分の苦労などわかってもらえないのだと、どこか拗ねていたのかも部分もあったのかもしれない。


 エリアスとレオに自分の気持ちを打ち明けられたら、どんなに楽になるだろうか。

 『神殿』の命令になど従いたくない、自分はエリアスたちの本当の仲間になりたいのだと。


 器の大きい彼らなら、そんな情けない自分を受け入れてくれるかもしれない。

 もしかしたら、彼らはヨハン自身が言い出すのを待ってくれているのかもしれないのだ。――けれど。


 そのためには、まだ自分には勇気が足りなかった。

 自分が『神殿』を裏切ることで、『神殿』の魔の矛先が今よりも激化してエリアスたちに向けられることになるだろうから。


 そういった数々の事情から、ナコに自分が内気でいる理由は伝えられないけれど、それでも彼女に自分の気持ちを見抜いてもらえたことが嬉しかった。

 それだけで、ずっと閉じこもっていた心が救われた気がした。


 ヨハンは、きちんとナコを見つめ、感謝の気持ちを込めて目もとをほころばせる。


「ええと、ありがとう、でしたっけ」


 ヨハンの唐突な一言に、ナコがきょとんとする。


 そんな彼女に、ヨハンはぎこちないながらも心からの笑顔を向けた。


「――ありがとう、ナコ。貴方のおかげで、気持ちが少し……軽くなりました」


 アキやナコには、人の心を勇気づける力があるのだろうか。ふと、そんなことを思う。


 エリアスもまた、アキが傍にいることで、こうやって救われているのだろう。


 ナコがまじまじとこちらを見つめてくるので、ヨハンは急激に恥ずかしさが込み上げ、慌てて彼女から顔をそらそうとした。

 けれど、こちらに向かって腕を伸ばしたナコに、ぐいっと強引に首を戻される。


 ヨハンは目を白黒させた。


「痛っ! ナコ?」


「ふふ、ヨハンさん、良かったです! やっぱりありがとうって言ってもらえると嬉しいです!」


 えへへ、と目の前でナコが可愛らしく微笑む。

 その無邪気な笑顔は、こちらまで自然に微笑んでしまうほどだった。

 

(こんなに笑えたのは、久しぶりですね……)


 ヨハンは遠い日を思い返す。


 まだ『神殿』から勇者の監視役としての役目を請け負わず、普通の幼馴染としてエリアスと過ごしていた頃は、彼と心から笑い合いながら日々を過ごしていた。

 あの頃は、お互いの立場にも役目にも縛られていなかったから。


 自分とエリアスは、あんなにも仲の良い友人同士だったのに――。


(いつの間に僕は、エリアスに対して壁を作るようになったんだろう……)


 いつの間に、彼との間に距離を築いてしまったのだろう。


 ――僕は、自分勝手な都合で、エリアスを傷つけ続けてきたんじゃないだろうか……。


「あ、ヨハンさん、あれ……!」


 ナコに肩を叩かれ、ヨハンは回想していた頭を現実に引き戻された。


 ナコが立ち上がって指を差す先、前方から見慣れた二人組が駆け寄ってくる。


 どこにいても目立つ金髪に長身の男性に、茶色の髪の一風変わった格好の女性。あれは――。


「エリアス、アキ!」


 ヨハンが腰を持ち上げて名を叫ぶと、駆け寄ってきた男女二人組――エリアスとアキが、目の前まで小走りに寄ってきて足を止めた。


 軽く息を整えながら、エリアスはヨハンに笑いかける。


「ヨハン、無事に合流できて良かった。さっきまでアキと買い物をしていたんだけれど、ヨハンの姿が見えたから、急いで走ってきたんだけれど――」


 そこまで言いかけて、エリアスはヨハンの隣に立つナコに目をやった。

 誰だろう、と言いたげに目を瞬いている。


 ナコはといえば、感極まって言葉にできない様子で、目を潤ませながらアキのことを凝視していた。

 アキもまた、まさか、といった表情で口元に手を当て、その場に凍りついたように固まっている。


 アキの尋常ではない反応に、エリアスは心配になって彼女の肩にそっと触れた。


「アキ、どうかした?」


「う、う、嘘っ……!」


 アキは無意識にエリアスの裾をつかみながら、信じられないものを見つめるようにナコを捉える。

 目が赤くなるほどに潤んでいた。


 アキは、確認するように目の前のナコに問いかける。


「ナコ、だよね……?」


 途端、ナコは両手をはちきれんばかりに広げて足を踏み出し、驚いて動けないでいるアキに飛びついた。


「――お姉ちゃん! 会いたかったっ……!」


 すぐさまアキもナコの背中に腕を回し、二人はお互いに涙を滲ませながら固く抱き合う。


「え、これは、どういうこと?」


 まったく状況がわからず、抱き合うアキとナコをおろおろと見つめたまま混乱しているエリアスに、ヨハンはこっそりと耳打ちする。


「彼女はアキの妹の小西ナコさんです。さきほど、偶然彼女が素行の悪い男たちに絡まれていたところを助けまして。……どうやら、アキに会うために一人で魔王城を抜け出してきたようなんです」


「一人で?」


 その事実を聞き、エリアスはぱちぱちと目を瞬かせる。


 やはり、自分と同じでエリアスもそこに注目したのだろう。

 『魔王の片腕』が、ひとりで魔王城を抜け出して逃げてくるなど、前代未聞なのだ。


 エリアスはアキとナコを交互に見比べると、面白おかしそうに吹き出した。


「なるほど! 妹さんも、アキに似てずいぶん猪突猛進……いや、勇敢なお嬢さんなんだね」


 急いで言い直しているが、だいぶ苦しい。


 それを聞いたアキが、ナコの体を離してから片眉を跳ね上げてエリアスを睨みつけた。


「エリアス、それどういう意味ですか! 私が無鉄砲だとでも言いたいんですか!」


「よかった、自分でわかっているなら俺も安心だよ」


「だからそれどういう意味!」


 アキがエリアスの背中を両手でばんっと叩き、エリアスが楽しそうに笑っている。

 二人の仲睦まじいやりとりを見て、ナコはくすりと小さく笑った。


「お姉ちゃん、楽しそう! その方が勇者エリアス様? たしか、金色の髪に緑色の目をしているはずだって魔王様が言っていたから」


 アキはエリアスの腕を引っ張り、ナコに紹介する。


「うん。一応、彼が伝説に名高い勇者様なの」


「一応……」


 ぽつりと突っ込むエリアスをアキはすらりと無視し、ナコもまた気づいていない様子で楽しげに両手を合わせる。


「そうなんだ! 勇者様、すっごく格好良い人なんだね! 優しそうだし、お姉ちゃんのこと大事にしてくれそう」


「な、ど、どうしてそうなるの!」


 アキは真っ赤に顔を染めて声を荒げる。


 意味がわからずに首を傾げているエリアスを見て、ヨハンは苦笑した。

 エリアスにこのあたりの恋愛の機微をわからせるのは難しそうだ。


 アキは苦労するかもしれない、そんなことを思っていると、アキは照れ隠しのためか、すかさずナコに詰め寄るように彼女の両手をつかんだ。


「それよりもナコ! お姉ちゃん、ずっと心配してたんだからね! あの日、ナコが正体不明の魔王にさらわれそうになって、私が必死に止めたのにナコはあの魔王について行っちゃって……。お姉ちゃん、もう訳がわからなくてっ……!」


 当時の光景を思い出しているのか、アキはナコに勢い込みながら辛そうに眉根を寄せる。


 ナコが魔王にさらわれたときの状況は、アキからざっと聞いていたが、詳細までは教えてもらっていなかった。


 アキの口振りからするに、ナコは、アキの制止を振りきって魔王と一緒にこの世界に来たようだ。


 とすると、彼女は同意の上で魔王についてきたのだろうか。


 ならば、魔王とナコは、ひとりで魔王城を抜け出してくるような関係なのか……?


 やはり状況がわからない……と頭を抱えるヨハンの傍ら、アキの両手をぎゅっと握ったナコは、姉に謝罪するように視線を伏せた。


「……お姉ちゃん、心配かけて本当にごめんなさい。わたし、実はずっと小さい頃に魔王様と会ったことがあって、その時に、いつかわたしを迎えに来てくれるって約束をしていて……」


「――へ?」


 アキが動きを止める。ヨハンとエリアスもまた、目を丸くしてナコに注目した。


「どういうこと? ナコが魔王と知り合いだったなんて、そんな話、今まで一度も――」


 表情を凍りつかせるアキの口もとを、エリアスが軽く手で覆う。


「アキ、待った。その話はもう少しひと目ないところでしたほうがいい。場所を変えよう。学府の支部にいるレオも呼んでね」


 エリアスはヨハンに向き直る。


「ヨハン、レオに伝令を頼めるか? さっき、アキと一緒に町の外れにある宿屋を予約しておいたから、そこに集合って伝えてほしいんだけれど」


「わかりました。至急来るように、と書き添えますので」


 ヨハンは頷くと、懐から小さな紙きれを破って取り出し、そこへペンを走らせてレオへのメッセージを書き込んだ。


 背の杖を抜いて、それで地面を軽く突く。すると、一匹の青い蝶が現れ、ヨハンのメモ用紙を体に溶け込ませて空へと舞っていった。


 一定距離にいる指定した相手へと伝言を飛ばせる伝令魔法で、太陽系魔法と月系魔法で共通で使えるものである。


 青い蝶が飛び去るのを目で追ったあと、アキはそっとナコの手を取り、両手で包み込んだ。


「……ナコ、さっきは言いすぎちゃってごめんね。今までいろいろあったけど、ナコが無事で本当に良かったって思ってる。気づけばこんな遠くまで追いかけて来ちゃったんだけどね」


 自分でもびっくり、とアキは少し決まり悪げに、けれどどこか楽しそうに微笑んだ。


 ナコは、自分が姉を大変な運命に巻き込んでしまったことを再度思って、申し訳なさそうに顔を伏せる。


「お姉ちゃん、本当にごめんなさい。わたし、ほんとに勝手なことばっかりして……」


 アキはゆるく首を振った。


「ううん。最初はナコを追いかけて無我夢中でここに来たんだけど、実際、この世界でいろいろな人に会って、楽しいこともたくさんあったんだ。だから、一概に大変なことばっかりでもなかったの。だから、ある意味ナコに感謝しなくちゃ。私をこの世界に連れてきてくれて、ありがとう――」


 ナコの手を自分の胸元に添えてお礼を伝えるアキを、エリアスとヨハンは穏やかに見つめた。


 異世界から彗星のごとく現れた彼女は、持ち前の明るさと素直さでエリアスたちに馴染み、勇者一行のパーティに彩りを添えてくれた。


 むしろこの世界に来てくれてありがとうとお礼を言うのは自分たちのほうかもしれない――とヨハンは思う。


 エリアスがマントをひるがえして前を向き、ヨハンたちを振り返った。


「それじゃあ、宿屋へ行こうか。休憩しながらナコに話を聞かせてもらおう」


「はい、勇者様!」


 元気よく頷いて、ナコはエリアスに駆け寄ってその隣に並ぶ。


 並んで歩くエリアスとナコの背中を見守りながら、アキとヨハンも顔を見交わして、一緒に足を踏み出すのだった。

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