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第十四話 鈍感王子

「わあ、賑やかな町ですね!」


 街並みを見て歓声を上げるアキの後方で、エリアスとレオ、ヨハンはどこか懐かしそうに町の様子を眺めていた。


 あの巨鳥との戦闘以来、アキのフィールドマップの恩恵でいっさい魔物との戦闘を行わずに済んだアキたちは、予定していたよりも早い時間で港町まで到着していた。


 女神からのお告げで、今日はこの町に一泊しなければならないと考えると、これから町でのんびり時間が過ごせそうだ。



 港町は、そこに住まう人々の喧騒で町全体が震撼するほどの大層な賑わいだった。


 長屋のように立ち並ぶ露店には、みずみずしく新鮮な果物が溢れんばかりに売り出され、隣の露店に目を移せばそこには一転して武器や防具といった金物が置かれている。


 客寄せで手を叩き続ける露天商たち、街路を駆ける子供たちの笑い声――人が人を呼び、町は活気に溢れている。


 市場の奥には遠目に埠頭が見え、船がいくつも到着しているのか、白い帆が波打つように棚引いていた。


 耳を澄ませば、カンカン、と帆船の出港を知らせる鐘の音が聞こえてくる。


 ただようさわやかな潮の香りに、ここにいるだけで気分が高揚するような町だった。


 アキは、海風になびく髪を押さえながら、エリアスたちをくるりと振り返った。


「王都も豪華絢爛で迫力がありましたけど、この町みたいにみんなの生活が直に感じられる町もいいですね!」


「この町は外国からの船がたくさん行き来しているからね、人々にとっては交易の町なんだ。この町に立ち寄っていく商人や冒険者が多いから、人や物がたくさん出揃って賑やかなんだよ」


 答えたエリアスの金の髪を、潮風がさらさらとさらってゆく。彼はくすぐったそうに前髪を掻き上げて笑った。


 そこにいるだけで彼はキラキラして見えるのだが、港町のような開放的な日の光の下にいるときは、さらに眩しく輝いて見える。


 その威力に、通り過ぎる町の女性たちが、エリアスを横目で見ては頬を染めてそそくさと去っていった。


(エリアスって、どこにいても女の子の目を引くんだもんなあ……)


 あの容姿だから当然といえば当然なのだが、どうしても嫉妬してしまう。


「まったくもう、エリアスってどこにいてもキラキラしてますよね」


「へ? どうしたの、急に」


 エリアスはわかっていなさそうに首を傾げる。


 その反応に、レオがぶはっと吹きだした。


「アキ、エリアスは勇者のジョブのみが修得できるキラキラスキルを持ってんだよ。しかも常時発動型のな」


「きっと効果範囲は無差別でしょうね」


 ヨハンが付け加えて、レオとヨハンはうんうんと神妙に頷きあっている。キラキラスキルってなにそれ。


 レオたちの冗談はさておき、エリアスはそんな感じでほぼ自然現象でモテるのだけれど、どうやら女性の視線を引くのはエリアスだけではなさそうなのだ。


 彼の傍らにいるレオやヨハンのことをちらちらと横目で見ては、恥ずかしそうに囁き合っている女の子たちもいるのである。


 すらりとした長身で切れ長の瞳をしたレオと、美少年をそのまま形にしたようなヨハンもまた、女性たちの噂の対象になるのだろう。


(それに対して、私の平凡さといったら……)


 スーツ、という特殊な防具のため多少奇異の目で見られはするのだけれど、それ以上にエリアスたちが目立つので、なんであの地味な子が彼らと一緒にいるのだろう、という風に他の女性たちから見られてしまうのだ。


 『勇者の片腕』として、もっと顔が売れていたり貫禄があったりすればよかったのかもしれないけれど、自分にはそれが皆無のため、どうしても逆の意味で目立ってしまうのである。


(私も早く、勇者パーティのメンバーにふさわしいレベルにならなくちゃな)


 容姿はこれ以上変えようがないとしても、レベルなら上げられるはずだ。カンストまでは無理かもしれないけれど、せめて冒険者の平均レベルくらいまでは上げたい。


 そんなことを考えていると、とんとん、とエリアスに肩を叩かれた。


「ねえアキ、この町にはたくさんの細い川が流れてるのがわかる?」


 言われて市街地に目を向ければ、彼の言うとおり、町の家々の間を等間隔に割るようにして網目状に細い川が流れていた。


 橋の掛かっていない運河には渡し船が走り、そこには老若男女さまざまな町の人たちが乗り込み、町並みに彩りを添えている。


 エリアスは町並みの視線を向けたままで口を開いた。


「この港町は、海岸に沿うように建築された町なんだ。それで、家々の区画を割るために町内に海水を流しているんだよ。芸術的な町だよね」


 たしかに、区画を割るために細やかに流れる川は、その水面があちこちできらきらと輝きを散らしていて、ほっとする美しさがある。


(本当に綺麗な世界なんだなあ……)


 見るものすべてが新鮮で、美しく思えるのだ。


 この世界に召喚されなければ出会うことなどできなかった光景に、アキは、大変なことも多いけれどこの世界に来てよかったなあ、と思う。


 ヨハンがエリアスの隣に並び、町の広場のほうを振り仰いだ。


「エリアス、僕とレオはここで一時別行動をとらせていただきます。僕は、広場にある神殿支部に報告がありますので」


「ああ、俺も学府の支部に顔出さないといけねぇからな」


 レオがどこか面倒くさそうに後ろ頭を掻きながら言い添えた。


 聞き慣れない言葉に首を傾げたアキは、傍らのレオを見上げる。


「ねえレオ、その神殿支部? と学府の支部ってなんのこと?」


「あーそうか、おまえにはまだ説明してなかったよな」


 レオは、どう説明したらいいものかと悩むように顎に手を当てたあと、空中にその長い人差し指を伸ばした。


 彼が宙に指を滑らせると、そこをなぞるように黄色の光の線が伸びていく。彼はすらすらすらと動かし、あっという間に宙に大雑把な地図を描いていった。


「アキ、この図を使って簡単に説明すっから、ちょっと見てくれるか?」


 レオが描いた図はここの世界地図らしく、まず三日月に似た大きな大陸があり、その欠けぎわの部分に、太陽に似た丸い大陸が海を挟んではまり込んでいるものだった。


「この世界は、大きく分けて王国、神聖国、教育先進国の三つの国が存在する。他にもいくつか小国があるが、それは今回の説明では割愛するな」


 レオは指を伸ばし、三日月の大陸部分の北側を指差した。


「で、そのうち、王国を統治してんのが国王を頂に据えた『王都』に住む王族だ。俺たちが最初にいた国だな」


 王族ということは、あの温厚そうな王やアーノルド、カロリーナたちの血筋ということだろう。


 次にレオは、三日月の大陸部分の南側を指で示す。


「大陸の南側には神聖国がある。王国と並ぶ強国のひとつだ。この国は教皇が支配権を持っていて、『神殿』と呼ばれる行政組織を率いて統治している。『神殿』は、神聖国の行政を行うと同時に神官職の養成機関も兼ねてんだ。だからヨハンは、神聖国の出身なんだよな」


 そうです、とヨハンは小さく頷く。


 『神殿』と『神官』の関係については、以前アーノルドから聞いていた部分だ。ヨハンが高位聖職者であることも。


 レオは、三日月の大陸部分も中央右下に指を腹を置いた。


「最後に、この部分に教育先進国がある。研究や学術を産業の中心にしていて、魔法学についてももっとも研究が進んでいる。『学府』と呼ばれる魔法学校の学長が代々国の元首を務めていて、その『学府』は魔法使い養成機関でもある」


 そこまで言って、レオは故郷を自慢するような表情で自分を指差した。


「で、『魔法使い』の俺は、教育先進国にある『学府』の出身者ってわけだな」


 それを聞いて思い出すのが、アーノルドが言っていた、レオは『学府』の首席卒業生であるという事実だ。ヨハンもレオも、それぞれの国で立派な成績を修めてきた優秀な人たちということである。


 ヨハンが神聖国と教育先進国を手で示した。


「それで、さきほどの神殿支部と学府支部の話に戻るのですが、『神殿』と『学府』は、それぞれ町に支部を設置していて、神殿支部は『神官』の冒険者と、学府支部は『魔法使い』の冒険者と連絡を密にとるようにしているんです。世界中に散らばる同業者同士で情報を共有し、管理するという名目で」


 なるほど、とアキは頷いた。

 それでさきほど、ヨハンは神殿支部に、レオは学府支部に顔を出さなければならないと言っていたのだろう。


 特にレオとヨハンは勇者パーティのメンバーであるから、それぞれの支部からきちんと報告に上がるように言われているのかもしれない。


 アキは、今教えてもらったことざっと手帳にまとめる。


 そうすると――。



【主な都市と地域区分】


1.王国…王都に住む世襲制の王族が統治している君主国。エリアスたちの活動拠点。


2.神聖国…行政組織兼神学校の『神殿』の総代表者である教皇が統治している君主国。ヨハンの出身地。


3.教育先進国…行政組織兼魔法学校である『学府』の学長が統治している君主国。レオの出身地。



 ……こんな感じだろうか。


 まだまだ覚えることはたくさんありそうだ、とアキが頭を抱えていると、エリアスが軽く肩を叩いた。


「アキ、焦らないで少しずつ覚えていけばいいと思うよ。――そうだな、他に俺から伝えられることがあるとすれば――……」


 エリアスがレオの図に指を伸ばす。


「それぞれの国には特色があるんだけれど、まず王国は王都を中心に広大な領土を保持していて、政治的な色合いが強い国なんだ。対して神聖国は、宗教的な色合いが強くて国民の結束力が高いから、王国よりも領土は少ないけれど、王国と張る権力を持っているのが特徴かな」


「なるほど。王国と神聖国がこの世界では大国なんですよね」


 たしかアーノルドがそう言っていたなあ、とアキは彼の言葉を思い出す。


 エリアスは、よく知っているね、と頷いた。


「それで、最後の教育先進国は学問や研究に卓越しているからか、そちらに力を入れるあまり権力には興味がないのが特色なんだ。他国からは『変わり者』の集まっている国として見られることもある」


 ちら、とエリアスはレオに視線を投げる。レオが嫌そうな顔をした。


「なんでそこでこっち見んだよアス! 俺がその『変わり者』だとでも?」


 アス、とレオがエリアスのことを相性で呼ぶ傍ら、すかさずヨハンの切れのいい突っ込みが入った。


「自覚があるなら話は早いですね。とはいえ、教育先進国は知識人の集まりですから、その『変わり者』たちに本気を出されたら王国も神聖国も敵わないかもしれません。彼らは最新の魔法技術を持っているわけですから、実はもっとも強国なのは教育先進国なのかもしれませんよ」


 たしかに、とエリアスとレオが深々と頷いている。


 教育先進国は技術レベルは高いけれど、そこで暮らす研究者や学者たちは、権力や領土の拡大よりも研究開発の発展に心血を注ぐのだろう。

 だからこそ、この世界は力関係の釣り合いが取れているのかもしれない。


 レオは、手を振ってさささっと宙の図を掻き消した。


「話が長くなっちまったな。んじゃ、俺はこれから学府の港町支部に、ヨハンは神殿の港町支部に顔出しに行ってくるわ。支部には新しい情報も入って来るし、顔見知りがいたりもするからな。なにか目新しい情報があったら聞いてくるわ」


 レオは、じゃあな、と後ろ手にひらひらと手を振り、ヨハンは軽く頭を下げて町の雑踏へと消えていく。


 レオとヨハンの背中を見送ってから、エリアスはアキに向き直った。


「それじゃあ、俺たちは旅に必要な物資の買い出しに行こうか。食べ物とか、傷薬とか、揃えなければいけないものはたくさんあるからね」


 エリアスはそこで言葉を切って、人の波でごった返している街並みを無言で見つめた。


(エリアス、どうしたんだろう……?)


 どういうルートで買い出しに行くかシミュレートでもしているんだろうか。


 アキが思案していると、エリアスはアキに向き直り、どこか照れた素振りでおそるおそる自分の左手を差し出した。


「ええと、とても混んでいるから、よかったら……手とか繋いだほうがはぐれなくていいのかな」


「へ……?」


 アキは、言われた言葉がすぐに飲み込めなくて素っ頓狂な声を上げる。


 ――今、エリアスに、手を繋ごうかって言われたような……? げ、幻聴!?


 アキのぽかんとした反応に、エリアスは大幅に焦って顔の前で片手を振った。


「あ、いや、思いついただけで嫌だったらかまわないんだけど……! 俺、あまり女性と二人きりで歩いたことがないから、気が利かなくて……」


 エリアスが手を引こうとして、アキはとっさに両手を伸ばして彼の左手をむんずとつかんでいた。


 今度は、逆にエリアスがぎょっとした表情を浮かべる。


 ここで彼の手をつかまなければ、きっともう、こんな嬉しいチャンスはやって来ない気がした。


 本当は恥ずかしくてたまらないのだけれど、好きな人と手を繋ぎたい、自分のその気持ちに素直になりたいと思ったのだ。このチャンスを逃したら、きっとあとで後悔すると思ったから。


「アキ、あの……」


 とても緊張した様子だけれど、それでもけっして手を離すことなく、エリアスはアキに手を握られるままになっている。


 エリアスは繋がれた手を見つめて、幸せそうに、嬉しそうに目を細めた。


「――……ありがとう」


 エリアスはアキの手をいったん離して、すぐにその右手を自分の左手で包み込むように握り返した。

 

 彼の大きくて男性らしい手と、繋がれた手を通して伝わる互いの体温に、アキは心臓が跳ね上がる。触れている部分がくすぐったくて仕方なかった。


 恥ずかしくて顔を真っ赤にしていると、エリアスも同じ気持ちらしく、耳もとまで赤くした表情で視線をそらしている。


 自分で言いだしてくれたくせに照れるんだ、とアキはエリアスの可愛らしさにくすくすと笑ってしまった。


 エリアスが罰が悪そうにこちらをちらりと見る。


「……アキ、どうして笑うの」


「だって、エリアスが可愛くて。そういうところ好きだなあ」


 言って、アキははっと固まる。


 今自分は、とんでもないことを口走ったのではないだろうか。


 エリアスも、え、とアキのことを見返してから、なにかを考えるようにぽつりと呟いた。


「好き……」


「ああああ、違う、エリアス、違うんです! 今のは言葉のあやというかっ……! 仲間として好き、そう、そういう意味です!」


「あ、ああ、そういうことか。俺も、仲間として君のこと、とても好きだよ。……たぶん、君に負けないくらい」


「そ、そう。ありがとう……」


 そうして、アキとエリアスは手を繋いだまま無言で向き合い、お互いの顔が見られなくてなんとなく視線を落とす。


 彼のいろいろな面を知るたびに、どんどんと彼のことを好きになっていく気がした。

 けれど、けっしてこの気持ちを彼に伝えるわけにはいかないのだ。


 自分が気持ちを伝えたら、『勇者』である彼を困らせてしまうことになるから。


(だから、こうやって傍にいられるだけで幸せだって思わなくちゃ)


 それ以上の関係を、望んではいけないのだ。


 エリアスはアキと繋いでる手にきゅっと力を込めて、町の市街地へと顔を向けた。


「それじゃあアキ、さっそく行こう。今日はたくさん買い物をしなくてはならないから、頑張って回ろうね」


「うん。ところでエリアス、なに買うかわかってるんですよね?」


 なんとなくだけれど、こういう備品や物資を買い揃えるのはレオやヨハンの役目だったんじゃないだろうか。エリアスよりも、あの二人のほうがしっかりしていそうだから。


 案の定、エリアスの横顔がぎくりと固まった。


「え。わ、わかっているに決まってるじゃないか。いつもレオとヨハンが買っていたものを真似して買えばいい……はずだから」


「やっぱりわかってないじゃないですか!」


 だめだこりゃ、とアキは頭を抱える。


 これは、エリアスに頼らずに自分の頭で考えて揃えなければならなそうだ。


 前途多難だけれど、エリアスとあーだこーだ言いながら買い物にでかけるのも楽しそうだ。なんだかデートみたいで。


 ――って、デート!?


 なにげなく浮かんだ自分の考えに、ぼっと顔を赤くする。


 ――違う違う、これはデートなんかじゃなくって、そう、旅の準備!


 勇者パーティの仲間として必要だから二人で出かけるだけ。


 そう自分に暗示をかけるのだが、一度デートのようだと思った手前、どきどきと胸が高鳴ってしまう。

 『勇者様』を独占してデートできるなど、役得すぎるのではないだろうか。


 緩んでしまう頬を抑えようと必死に表情を引き締めていると、手を繋いだまま一歩足を踏み出したエリアスに、一瞬息が止まるほどのものすごい力で腕を引っ張られた。


 そのあまりの馬鹿力に、アキは、びんっと腕を引かれて強かにエリアスの背中に鼻をぶつける。


「――ぶっ! い、痛っ!?」


 なにが起きた、一体なにが起きたのだろう。


 とりあえずものすごく鼻が痛い。そして両目が涙目になる。


 そんな殺生な……!


 自分でも相当に驚いたのか、ぎょっとした様子でエリアスがこちらを振り返った。


「アキ!? ご、ごめん……!」


 力加減を間違えました、とエリアスが大変申し訳なさそうに頭を下げる。


 アキは鼻を押さえながら、もう、とエリアスの鼻先に人差し指を突きつけた。


「エリアス!」


「は、はい!」


「女性と手を繋いだときは、極力優しく引いてください。特にエリアスは運動神経が人並み以上ですから、ちょっと力を入れただけで普通の人の全力になります」


「お、おっしゃるとおりです……」


 エリアスはしょんぼりとうなだれて、アキに叱られるままになっている。


 アキは腕を組んで仁王立ちになると、半眼でエリアスを見つめた。


「エリアス、ごめんなさいは?」


「ごめんなさい……」


 どこまでもしょぼくれているエリアスが可愛くて、アキは耐えかねたように声をあげて笑いだした。


 世界中から『勇者様』と呼ばれて尊敬と畏怖の対象になっていたとしても、実際の彼は、素直で純朴で、たまに間の抜けている普通の好青年なのだ。


 お腹を抱えて笑うアキを、エリアスは憮然とした表情で見つめている。


 その子どものような態度がさらにアキの笑いを誘った。


「エリアスってほんっと可愛いですよね! エリアスがみんなに愛されるの、わかる気がします」


 きっと皆も、優しくて強くて頼りになるけれどどこか危なっかしい『勇者様』に構わずにはいられないのだろう。

 女性にとっては、母性本能をくすぐられる面があるのかもしれない。


 アキが、笑いすぎで浮かんだ涙をぬぐっていると、エリアスがやけに神妙な面持ちでアキの言葉を繰り返した。


「可愛い……」


「どうかしましたか?」


 なにか気になることでもあったのだろうか。


 エリアスが顔を上げ、至極真面目な顔で言った。


「いや、君には、可愛いよりは格好良いと思われたい。どうしたらそう思ってもらえるんだろう」


「え……」


 ――そ、それを私に聞くの……!


 鈍感ここに極まれり、という感じである。


 彼は自分の言ったことの意味がわかっているのだろうか。

 聞きようによっては告白にも聞こえる台詞である。


(でもきっと、エリアスはわかってない。絶対!)


 それは断言できる。

 だから、彼の一挙一動に振り回されてはいけないのだ。


(平常心、平常心……)


 動揺を落ち着けているアキの心中などつゆ知らずのエリアスは、「よし、もう一度」とアキの手をそっと握って前を歩き出した。


 二、三歩進んで、今度は大丈夫かと、おそるおそるアキを振り返る。


「アキ、力加減ってこのくらいでいいのかな?」


「いいですいいです、いい感じです」


 おどけて答えながら、アキは繋がれた手が引かれるままに彼の少し後ろを歩いていく。


 広場へと伸びる通り沿いを歩きながら、アキは隣のエリアスを見上げた。


「ねぇエリアス、まずどこから行くんですか?」


 買い物とはいっても、買い揃えるものがたくさんあるから、多くの店を回らなければいけないのではないだろうか。


 エリアスは空いている手を顎に当てる。


「うん。今思いつくのは、道具屋と、あと今日の宿屋を予約しなければいけないよね。あと、それを済ませたら冒険者ギルドにも行ってみようと思って」


「冒険者ギルド?」


「そう。冒険者が集まる情報交換所のような場所だよ。喫茶店や酒場のような雰囲気なんだ。ギルドでは、民間人からの様々な依頼を受けることができる。それで、依頼を成功させればそれに見合った着手金や成功報酬を得られるんだ。冒険者は依頼の報酬で生活しているんだよ」


「ふうん。お仕事紹介所みたいな感じなんですね」


 エリアスやレオ、ヨハンも、三人で冒険者ギルドに行って依頼を受けてはレベルを上げていたのだろうか。

 駆け出しの冒険者の頃の三人がどんな様子だったのか、覗いてみたい気がした。


(私にも、なにか受けられそうな依頼はあるかなぁ)


 簡単なものがあれば経験してみられればいいのだけれど。


 ギルドに行ったらエリアスに相談してみよう――そう思いながら、アキはエリアスと共に町を歩いていくのだった。

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