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第九話 絡み合う事情

 アキは、王子と名乗った男――アーノルドを前にして、彼の美しい顏を見返したまま呆然としていた。


(……ええと、この国の、王子様……?)


 この国は国王を頂に据える王国であるから、王子や王女がいて当然なのだが――だとしても、なぜこのような離れの塔に王族がいるのだろう。


 しかも王子ともなれば、現国王の後を継いで次期国王となる王位継承権を持っているのではないだろうか。


 それだけの御仁が、どうしてこのような……まるで監禁されているようなところにいるのだろう。


 半ば信じられない気持ちで二の句が継げずにいると、アーノルドが綺麗な面立ちを緩め、おどけたように苦笑した。


「そうか。いきなり王子だなどと言われても、信じられないかもしれないな」


 アーノルドは、見た目は女性的で柔らかい雰囲気ながらも、口調は意外にも男性らしい硬いものだった。その上品な言葉遣いだけをとっても、彼が高貴な生まれであることを裏づけるかのようだった。


 アキは、アーノルドの優しげな様子に少し緊張を和らげながらも、失礼な態度をとってしまったのではないかと、彼にいる寝台に歩み寄ってぺこりと頭を下げる。


「……すみません、言い訳になってしまうかもしれないんですが、私、まだこちらの世界に来たばかりで、よくよくこの世界やこの国の事情がわかっていないんです。仲間のレオにも、もっと自分の置かれている状況に自覚を持てって怒られちゃって……」


「レオ?」


 アーノルドはアキの言葉の一部に反応を示す。


「レオとは、レオ・ゲインズのことか? 彼はとても優秀な魔法使いだから、貴方の状況をよく理解しているのかもしれないな。たしか彼は学府を首席で卒業していたはずだから、知識も実力も指折りだろう。頼りになる良い仲間を持ったのだね」


 アーノルドはレオのことを手放しで褒めているが、アキは首を傾げるしかなかった。


「学府……ですか?」


「知らないのか?」


 アーノルドは紺色の瞳で瞬き、そしてはたと気づいたように笑んだ。


「ああ、申し訳ない、貴方はまだこの世界について多くを知らないのだったな。――では簡単に説明させてもらうと、この世界では、魔法使いや神官といった魔法を取り扱うジョブに就くためには、魔法使いは『学府』と呼ばれる魔法学校を卒業しなければならないし、神官は『神殿』と呼ばれる選ばれた血筋の者しか入ることのできない神学校で幼少期から鍛錬を積まなければならないんだ」


 うなづくアキに、アーノルドが続ける。


「……魔法というものは、使いようによっては人びとの脅威となる強い力を持っているからね。それを扱うには相応の資格が必要だといえば、わかりやすいだろうか」


 アーノルドは、アキにわかりやすいように言葉を選んで説明してくれる。

 彼の気遣いに感謝しながら、アキは話題に上がっているレオのことを思い浮かべた。


 たしかに自分の目の前で召喚魔法や浮遊魔法を自由自在に操ってみせたレオは、人間離れした力を持っているように思えたのは事実だった。


 魔法を知らない自分にとっては、あの力があればなんでもできるのではないかと思えてしまうほどだ。


 そう考えると、魔法と共存しているこの世界で、魔法の力を正しく使うために魔法学校や神学校で専門の教育を受けるというのは必要不可欠のことのように思えた。


 アキが納得してこくこくと頷いていると、アーノルドが嬉しげに微笑んだ。


「ありがとう。なかなか話し相手がいないものだから、貴方が僕の話を真剣に聞いてくれて嬉しい。よければ、そこの椅子に座ってもらえないだろうか。『学府』のことをもう少し話そう」


 アーノルドが目で促すままに、アキは寝台の脇にあった豪奢な布張りの椅子に腰かける。彼は久しぶりに人と接するのか、どこか浮き足立っている様子で話し始めた。


「『学府』は魔法使いになるための教育機関なのだけれど、それだけではなく、かの学校はこの世界でもっとも高い水準の学問を学ぶところなんだ。だから、入学試験も最難関で、毎年たくさんの入学希望者がいるけれど、合格できる人数は一握りだ。高い倍率を勝ち抜いて『学府』に入るためには、幼少期からの途方もない努力と才能を必要とする」


 ぽかんと口を開けて、アキはアーノルドの言葉を聞いていた。


 彼の言うとおりだとすると、『学府』を出て魔法使いになったのであろうレオは、やはりとても頭のいい人だったのだ。


 レオのことを見直していたアキに、アーノルドがさらに追い打ちをかけた。


「それに加えて、レオ・ゲインズは『学府』を首席で卒業したと聞いている。つまり、強者ぞろいの『学府』の中で、もっとも優秀な成績を残して卒業したらしいのだ。そう考えると、彼の力量は相当なものだと思うよ。だからこそエリアスの仲間に選ばれたのだと思うけれど」


 まるで自分のことのように自慢げに話すアーノルドを前に、アキは信じられないものを見るように閉口するしかなかった。


 王子であるアーノルドにその名を知られるほどの輝かしい経歴を持つレオに、正直開いた口が塞がらなかったのだ。


(ううむ、人は見かけによらないなあ……)


 普段粗野で大雑把な素行の目立つレオからは信じられない話である。


 レオに対して大変失礼な感想を抱きながら、アキはしみじみと考え込んでしまう。

 そんな彼女の心中を察してか、アーノルドがおかしそうに小さく笑った。


「意外だったかい? 彼は自分の経歴をひけらかすような人ではないから、この話を本人にすると照れてしまうかもしれないね。そういった気どらないところが、彼のいいところなのだろうね」


 そうおだやかに言ったのち、アーノルドはふと表情を曇らせた。誰に言うわけでもなく、ぽつりと呟く。


「……そして、こんな僕も、意外かもしれないけれど一応本物の王子なんだ。実質、偽物と変わらないかもしれないが」


 含んだアーノルドの物言いに、不穏なものを感じてアキは問いかける。


「それは、どういうことですか?」


「……僕は、王子として機能していないということだよ」


 消え入りそうなほどの声で呟いて、アーノルドはためらいがちに自分がまとっている夜具をめくり上げ、その細い手首をアキの前にさらしてみせた。


 アキは椅子から腰を浮かし、王子の腕を上からおそるおそる覗き込む。途端、息をのんだ。アーノルドの手首から二の腕にかけて、複数の魔法陣らしき入れ墨が禍々しいほどに刻み込まれていたのだ。


「アーノルド様、これは――」


 アーノルドが暗いまなざしをアキに向けた。


「……うん。これが、僕がこの国の王子として機能していない理由なんだ。僕は生まれつき魔王の呪いにかかっていて、手足が不自由なんだよ」


「魔王の、呪い……?」


 アキは、ナコを連れ去っていったあの魔王のことを必然的に思い出す。

 この魔法陣は、彼がアーノルドになんらかの呪いをかけた痕だというのだろうか。


 アーノルドはさらに、力の入らない腕を震わせながら、自分の身体から夜具をすべて取り払った。そうして露わになった彼の細い両足首にも、手首以上に複雑怪奇な模様がびっしりと描き込まれている。それは、彼の足首から脛、さらには薄い絹の衣服の内までまんべんなく刻み込まれているようだった。


(なんて、ひどいっ……)


 アキは思わず顔を青くして、両手を口もとに当てる。

 魔王の呪いとは、これほどまでにおぞましいものなのだろうか。


 アーノルドは自分の両手両足を見つめ、力なく笑った。


「見るに堪えないものだろう? 僕は、この呪いのせいで思うように手足を動かせないんだ。まるで自分のものではないかのように、ろくに力が入らない。だから、生まれてこのかた、僕はこの塔から満足に出られたことがないんだ」


 アーノルドは、言葉をなくしているアキを見上げた。


「勇者一行の仲間に、ヨハン・クラレンスという神官がいるのは知っているか?」


 唐突な質問に、アキは瞬いた。


「はい。ヨハンには、勇者と魔王のことや、この世界の仕組みのことをいろいろ教えてもらって……」


「そうだったか。彼もまた『神殿』での専門教育を終えた神官だから、魔法についても歴史についても造詣が深いからね。だから僕も、この呪いの正体についてヨハンに尋ねてみたことがあるんだ。なぜ魔王は、僕にこのようなむごい仕打ちをしたのかと」


 ヨハンの話によると、勇者であるエリアスがこの国に生まれた際、魔王は、この場所が勇者の本拠地となって彼の支えになることを恐れたのだそうだ。


 豊かな国で生まれ育つということは、勇者により多くの力を与えることになるだろうからと。


 たしかに、日々魔物との戦いに明け暮れなければならないエリアスにとって、安心して暮らせる場所があるというのは、それだけで彼の支えになるということはわかる。


 四六時中危険にさらされていたのでは、エリアスがいくら人並み外れた強さを持っていたとしても、いつか消耗して倒れてしまうだろうから。


 けれど、勇者と敵対する魔王としては、勇者の精神的にも体力的にも支えとなる拠点を崩しておきたかったのだろう。


「……だから魔王は、この国を弱体化させる方法を考え、いずれ国を導く為政者となる王子を欠陥品にする手段をとったのだそうだ。国を統治する者に力がなければ、国もまた自然と弱っていくものだから」


 アーノルドは、静かに怒りを含ませた声で言う。


「ヨハンが言うに、魔王は、もともと病弱だった母上が僕を身ごもったときに、母と胎児である僕に悪い魔法をかけたのだそうだ。生まれてくる僕の四肢が不自由になるように。やがて国王の座を継ぐ王子が満足に自分で立てもしない身体ならば、国を導くことも、ましてや国を豊かに保って勇者を支えることなどできやしないと踏んだのだろう」


 どこか饒舌に話すアーノルドからは、魔王の理不尽なやり方への静かな怒りが感じられた。


 アキとしても、反抗する力のない母親やアーノルドに外から攻撃を仕掛けるなど、卑怯な方法だと思う――けれど。


(あの魔王が、そんな卑劣なことをするのかな……)


 魔王に肩入れするわけではないが、妹を攫っていったときに対面した魔王は、良くも悪くも正々堂々としたやり方を好みそうな人柄であった。あまりにも事実を素直に述べるものだから、初め、こちらが魔王の言っていることを信じられなくて失笑してしまったほどである。


 そんな一本気で……悪だくみなどとは到底無縁そうな彼が、エリアスへの牽制として、事実第三者である王族に呪いをかけるような卑怯な手立てをするだろうか。


 正直なところ腑に落ちないのだが、勇者と魔王や世界の成り立ちについて詳しいヨハンが言ったのならば信憑性もあるのかもしれない。


「……こんな身体では、僕は満足に王座に腰かけることもできないんだ。こんな出来損ないの僕が生まれてきて、父上はさぞ僕を恨んでいるだろうな」


 アーノルドは、弱りきった表情で、塔の出窓から申し訳程度に見える外の景色に目を向けた。


「いったい僕は、なんのために生まれてきたのだろう」


 そこまで言って、アーノルドははっとしてアキの顔を見やった。饒舌に話していた自分にびっくりした様子で、アキに苦笑いを向ける。


「すまない。だれかに話を聞いてもらえることがあまりなかったものだから、余計なことまで話してしまった。……忘れてくれ」


 アキはアーノルドのはかなげな表情を見返して、首を振った。


 彼がつねに、今にも消え失せてしまいそうなくらい弱々しいのは、彼が自分の出生に絶望して生きる意味を見いだせないでいるからなのかもしれない。


 おそらく彼の周りにいる皆が、彼の呪いに同情するばかりで、腫れ物に触るように彼をいたわることしかできなかったのだろう。


 だから彼は、たったひとりでこの塔にこもり、人目に触れないように、そして自分も人から逃げるように暮らしていたのかもしれない。


(――でも)


 アキは、ぐっと拳を握りしめて胸に寄せる。


 そんな不幸を背負って生まれてきてしまったとしても、彼は王子なのだ。いずれこの国を背負う責務がある。


 そして、この国は世界を守るために戦うエリアスの依り代であり、いつか戦いを終えた彼が帰ってくる場所でもあるのだ。


 アキは、エリアスの『勇者』として戦っていゆく決意と覚悟を知っただけに、アーノルドにも、自分のさだめを受け入れてなお立ち上がってほしかった。


 エリアスは世界を守る英雄だけれど、国を守る英雄はいずれ国王になる彼なのだ。


(この世界を守るためには、きっとエリアスが頑張るだけじゃだめ、この世界の基盤である国を守るアーノルド様にも頑張ってもらわなくちゃ)


 両者が手を取り合ってそれぞれの役目を全うすることで、世界は守られていくものだと思う。


 誰かが、それをアーノルドに言わなければならないのだ。逃げてばかりの彼を、叱らなければならないのだ。


 彼に同情するばかりでは、彼はますます後ろ向きになるばかりで、事態はいっこうに改善しないのだから。


(きっとそれもまた、異世界から来た私の役目なのかもしれない――)


 アキはそう自分を奮い立たせると、おもむろに椅子を立ち上がり、アーノルドの呪いの魔法陣が描き込まれた両手をつかんだ。


 冷たくて華奢な彼の手が、彼の弱りきった生命力を感じさせるようで、アキは自分の熱を伝えるように握る手に力を込めた。


「アーノルド様、私なんかが申し上げるのもおこがましいかもしれないのですが、エリアスたちがこの世界を守る立場にあるように、王子様もまた、この国を守る立場にあると私は思っています。だから、ご自分のことを出来損ないだなんて言って、自分のお役目から目を背けないで欲しいんです」


 エリアスが、『勇者』として背負ったさだめに真っ向から向き合っていたように。


 瞳を揺らしているアーノルドに畳みかけるように、アキは言葉を続ける。


「いずれこの国の王様になるアーノルド様にしか、ここに帰る場所を持つエリアスや、この国で生きる人たちの未来を支えられないと思います。だから、魔王の呪いに悲観的になって、こんな塔にこもって逃げてばかりいないで、エリアスたちと一緒に戦ってほしいんです!」


 いつしか声に力が入り、アキは、弱音ばかり吐いているアーノルドを叱りつける気持ちになっていた。


 この国に暮らす誰もが、高い身分にあるアーノルドを叱ることができないのなら、それに縛られない自分が言うべきなのだ。


(これが彼にとって、いい影響になるのか、それとももっと追いつめてしまうことになるのかわからないけれど――)


 アキはそこで一度言葉を切って、アーノルドの手を握る指先に力を込めた。


 動揺している彼の紺色の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、彼の手を額に当てて、懇願するように頭を下げる。


「魔王を倒したあと、エリアスたちが笑顔で帰ってこられる場所を守ってくださるのは王子様なんです。それができるのは王子様として生まれたアーノルド様だけで、だからそのために魔王の呪いなんかに負けずに精一杯生きてほしい。――私たちに力を貸してください、アーノルド様!」


 アーノルドが、魔王の呪いに屈しないで前を向き、この国を守っていってくれるならば、きっとそれはエリアスの励みにもなるはずだ。


 同じようにさだめに立ち向かっていく人がいるのいうのは、それだけで心強いものである。

 

 自分など生まれてこなければよかったと思い続けてきたアーノルドにとっても、自分を必要としてくれるアキの言葉はとても嬉しいものだった。


 また、自分を真正面から遠慮なく叱ってくれたのも、彼女が初めてだった。皆は自分に優しくしてくれるが、それはどこか傷ものに触れないようにするよそよそしさがあって、自分にとってはそれが逆に辛くてたまらなかったのだ。同情などせず、普通に接してほしかったのだ。


 だから自分は、周囲の人間から逃げるようにこの離れの塔にこもっていたのかもしれないと、今改めて思った。自分は不幸だということに甘んじていたのだ。


 そう気づいた途端、アーノルドは自分の情けなさを恥じて、重ねられているアキの手にできうる限りの力をこめて握り返した。


「アキ、ありがとう。貴方は、すごいんだな。貴方がくれる言葉ひとつひとつが嬉しくて、生きる希望が湧いてくるようだ。今までの僕は、呪いにかかっているという境遇に甘えて自分の立場から逃げているだけだったんだな」


 アーノルドは自分の両の手のひらを見つめる。


「……自分でも、どこかわかっていたのかもしれない。拗ねてみせることで誰かに僕のことを見てほしかったのかもしれない。子どもっぽい、わがままな自分が恥ずかしいかぎりだ」


 そう言って、アーノルドはアキを見て照れ臭そうに微笑んだ。彼が見せる、初めての生き生きとした表情だったかもしれない。


 アーノルドはアキの手を離し、塔の出窓から覗く王城の景色に目をやった。


「たとえ四肢が不自由だろうとも、この国のために王子としてできることはたくさんあるはずだ。この国の未来は、僕が背負って立つものなのだから」


 アーノルドは、まるで自分に言い聞かせるようにとつとつと言葉を紡いだ。


「王族して生まれた責任を果たさなければ。それは、僕にしかできないことなんだ。僕が生まれてきた意味は、そこにある」


 紺色の瞳に生気を戻し、アーノルドはどこか挑戦的に笑う。今まではかなく優しい印象のアーノルドであったが、彼本来の性格は、実は勝ち気なのかもしれない。


 アーノルドの変化にアキもまた嬉しくなって、彼の顔を覗き込んで笑いかけた。


「アーノルド様、ありがとうございます! これでまた、エリアスに心強い仲間が増えました」


「なるほど、エリアスか。貴方は本当に彼のことが好きなのだな」


「へ?」


 予想外のことを言われて、アキは目を丸くする。アーノルドはいたずらに笑った。


「いや、貴方は僕を変えてくれたとても素晴らしい女性だから、こんな僕でもよければ、貴方のお相手に立候補しようと思っていたんだ。けれど、これは入り込む隙はなさそうだな」


「お、お相手……?」


 言葉の意味することに気づいてアキが顔を赤らめたと同時、けたたたましく塔の階段を駆け上がる音が二人の耳に入ってきた。


 アキとアーノルドが何事かと顔を合わせたとき、部屋の扉が勢いよく開かれ、金の髪に純白のマントをたなびかせたエリアスが駆け込んできた。


「アキ! こんなところにいたのか! いつのまにか君がいなくなっていたから、俺、びっくりして……! どうしてなにも言わずに俺のそばを離れたんだ」


 血相を変えて飛び込んできたエリアスは、思わず立ち上がったアキの腕をつかみ、軽く自分のほうに引き寄せた。


 よろけたアキは、言われのないお叱りを受けて、むっと頬を膨らませる。


「そんなこといったって、エリアスがお城の侍女のみなさんに囲まれて楽しそうにしてたから、声をかけるのも悪いかと思ってひとりでここまで来ただけです。ちょっと、所用があったもので……」


 まだ女神の手帳のことをエリアスに話していないせいで、説明がまわりくどいことになってしまう。


 けれど、エリアスは所用については特になにも思わなかったのか、むしろアキの態度に首を傾げていた。


「アキ、もしかしてなにか怒っている……? 俺、なにかまずいことをしたかな」


「しいていえば、エリアスがにぶいことが問題なのじゃないか。一緒にいるアキの気持ちも考えないとな」


「どういうこと?」


「――アーノルド様! 変なこと言わないでください!」


 余計なことを言うアーノルドを赤い顏で軽く睨みつけてから、アキはエリアスとアーノルドをかわるがわる眺めた。


 なんだか二人とも気兼ねのないやりとりをしているが、勇者と王子は親しい仲なのだろうか。


 それを聞けば、エリアスはときどきアーノルドのいるこの塔を訪れて、彼の話し相手になっている友人同士らしい。エリアスが城の外――とりわけ原野でしてきた冒険譚をアーノルドに話すことが日課になっているとのことだった。


 アーノルドは一度咳払いをすると、改まった表情で寝台からエリアスを見上げる。


「エリアス、ひとつ報告があるのだけれど、さきほど彼女と話して、僕は今までの情けない自分を悔い改めようと思うんだ」


「……というと?」


 きょとんとして問いかけるエリアスに、アーノルドは挑戦するようにすごみのある笑みを浮かべた。


「君たちとともに、この世界を守るために戦うと約束したんだ。この国を守るのは、王族である僕の使命だからね」


 王子の変わりように驚きを隠せないエリアスを前に、アーノルドは二人に誓うように胸に手を当てて言った。


「――ともに戦おう。君たちが帰る場所は、この僕が守ってみせる」

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