鬼ごっこの景品は
それから俺たちの大立回りが繰り広げられる。
結局はつまり、ただの鬼ごっこでしかなかったが、俺が高を括っていたのが災いし、夜明け頃までそれをショウインから取り戻すのに手こずってしまったのは不甲斐ない限りだった。
ショウインは見かけ通りすばしっこく、しかも身体が小さいので、俺の脇をすり抜けられたらおしまいだ。
何度か剣を抜いて脅そうかと思ったが、とうとう決心したと同時に、ショウインをヤードの先まで追い詰めたことで、幸い野蛮人じみたことをせずには済んだ。
「さぁっ!大人しくそいつを返せよっ…………」
「なに勝ったつもりでいるんだよ。と言いたいとこだが、確かに調子に乗り過ぎたね。降参だよ」
ショウインは両手をあげた。その右手には例のものがある。
だがそれは、全くと言っていいほど、渡そうとする素振りとは格段に違っていた。
「おい…………」
まるで近づいたら落とそうとしているかのような立ち振る舞いだ。
するとショウインはそれを手から滑り落とすという暴挙に動いたのだった。
「悪い悪い」
けれど鎖がある。鎖で落とさずに済んだ、というよりは、鎖で落とさず済ましてやったみたいなものだけど。
やっぱりぶっ飛ばして奪い返すべきか…………。
「冗談だよ。ほらっ」
ようやく観念したショウインは、おざなりにそれを俺に投げて返してくれた。
まったく…………悪ふざけどころじゃない。
ぞんざい、といっても狙いが良かったので俺は右手でそれを掴むことができたけど、本当に万が一のときは、どういう覚悟でいるつもりだったんだろうか?
ムカつく。
「ちょっとやり過ぎちゃったよね。許してほしい。その、追いかけてくるのがそろそろ怖かったから…………」
「チッ…………」
「こわっ…………」
別に最初はそれほど怒っていたわけでもない。
だけど本当ならこれに触られるだけでも嫌なのに…………いつまで経っても逃げてばかりいたから。
「ごめんごめん。本当に反省してるから。この通り」
そう言って、ショウインは足場の悪いところで器用にお辞儀をした。
逆に腹立つ。悠々自適人めがっ。
「もう朝だね。港に着くまで暇つぶしにとも思ってたんだけど。私はいつもこうして友達と遊んでいたんだ。それはもう、どのくらい前だったかな…………その時、私は逃げるのが一番得意で」
「…………」
いや。
いやいや。
急に感傷に浸られても困る。
俺、そこまで社交辞令等を弁えていたりしないから、そんな時にかけてやる言葉が見つからない。
要するにどういうことなのか。
いや…………聞く前に降りよう。
お疲れ様〜。
「みんな魔王の軍勢に殺られた。あの時、逃げるのが、隠れるのが一番上手かった私だけが生き延びた」
遅かった。
いや、ケチつけるつもりじゃないけど、最近こんな勧誘が多いから、ついつい嫌な気分になってしまうのです。
「君の力を私に貸してくれないか?」
そう懇願してきたショウインは、フードで深く覆っていた顔を露にさせた。
その素顔は、性格通りと言える。
人懐っこそうな、イタズラ好きそうな顔だ。髪は後ろ手に結われてて、頬に塗られたワンポイントのペイント以外は素っぴんなのに、かなり顔立ちがいい。
女の子みたい。女の子だそうです。
ちっこいはずだ。男でこの身長はないだろう。
で、さっきのは一体何のテストだったとか言うのか…………。
「私より強い者が必要なんだ…………私はこんなことしかできないから…………でもさっき言った通り、私を追い詰めたのは君だけだった。私は魔王が憎い。力が及ばずとも、やつに報いを受けさせたい。君に危険なことを頼むようだけど、できれば目前まで力を貸してほしいんだ…………」
彼女はまた深く頭を下げた。かなり不安定なヤードの上だというのに、やっぱりバランス良い。
…………ぬぅ。
…………助けてあげたいのは山々なんだが。
いや嘘だ。
そうしてやる理由なんてない。
「買い被り過ぎだろ」
さっきので俺が有能とか言える義理か。
俺が凄かったわけじゃない。
…………あまり言いたくないけど、その程度だったってことなんじゃないだろうか。
焦り過ぎていないだろうか、この子。
「頼む…………」
「…………」
彼女は今までに何度絶望したことだろう。
かたや俺は、天空の永遠の支配者にして仙人ーーーー白龍のアカネの力を借りながら11年程度、遊んで飛び回っていた。
こいつは、その月日以上の時間をただ友達の仇をとる為だけに勤しんできたとか。
強いて言うなら俺にも1年の兵役時代があったけど、不幸の重さなんて、人それぞれだけどな。
手を貸してやろうか。
俺の良心がまだ生きてる内に。
「もちろんタダでとは言わない。もし運良く魔王を倒すことができて、生き残ることができたら私は何でもする。私を好きなように扱ってくれてもいい、だからーーーー」
「あー、うん。わかったわかった…………」
「…………じゃあっ!」
「行かないよ。メンドくさい」
少女は語気を荒げ、期待を込めてその可憐な顔をあげた。
俺の咄嗟に出た口癖が先だったが。
だがしかし、ショウインのテンションに慄いて期待に応えてやろうという気が起きるはずがない。
本気でメンドくさい。
「お前は魔王の強さとか知らないだろ。聞けばマジでヤバイらしいぞ。そんな人倒しに行くとか、命賭けるとかあり得ないだろ、普通」
ショウインは再びうつむいた。唇を噛み締めているのかもしれない、微かに肩が震えている。
「確かに赤の他人に命を賭けろだなんて、私のエゴだとわかってる。だけどもう他人に…………自分に甘くしてられる余裕がないんだっ!逃げて生き延びて、後ろ指を指されるのが怖いだけかもしれない。そうやって、自己満足に浸ってるだけかもしれないっ。でも…………でもだよっ………………死んだ連中の中で生き残ったら…………他に何をすればよかったんだっ…………」
ゔぇぇ…………泣かないでくれ。
こんな場所で膝を落としてしまわれては敵わないと俺は身構えたが、彼女はまだ気迫を保ってる。
なら納得だ。そんなにも、こいつは強く、逞しい。
だけど俺には関係ない。
「大体な…………ショウインだっけ。今まで何人に断られてきたのか知らないけど」
魔王と戦った人間を知ってる。
魔王との戦いも知ってる。
世界の標的とされてしまった存在がいる。
こいつの思いがそれと比べて小さいなんて言わないけど。
「————けど。お前は力が足りないからって他人を使うことにしたんだ。そんな逆に迷惑な覚悟が迷惑だ。道具にされてたまるか。変なテストで俺が選ばれてもちょっと複雑だし、悪いけどどうしてもって言うなら、これからも頑張って勧誘続ければいいけど、俺は関係ない。わかったな」
俺はヤードから飛び降りた。こんな高さは数にも入らなかったけど、甲板を割らないようにするのは神経を使う。
音もなく着地することができた俺は、空を見上げてあの小さい女勇者を眺める。
小さい。
ともかく仲間さえ見つからなければ、無茶をするような子ではないだろう。
なんていうか、その。
頑張ってね。
二度寝でもしましょうかね。
9時から先に針が動かない懐中時計に、傷が入ってないかどうかだけ確かめてから、さっきの夢のことも忘れて、もう一度夢の中へ。
…………逆恨みされてないか心配で眠れない。