おニューのものは必ず手に馴染ませてから
その後、難なく岩だらけの原野も抜けることができたことで、俺たちはこの飛行機のない世界での大陸から大陸への貴重な移動手段である渡し船が停泊している港に到着した。
電車のように一日に何隻も停まっては出航する、ある意味では馴染み深い場所だ。
人は少ないのかと思えばそうでもない。
「トリルはケツから乗るんだぜ、ハト」
「乗ったことあるって」
トリルとは渡し船のことだ。渡し船と言っても、手漕ぎボートというほど小さくはない。
荒れ狂う波に颯爽と立ち向かうくらい立派で、チャリンコが乗せられない電車と違って、馬や大荷物を乗せて航海してくれる文字通り、見た目通り太っ腹な帆船である。
しかし客船ではなく、どちらかというと貨物船であるからか、食事は出ないし寝泊まりは船底で雑魚寝か、甲板で凍えながら睡眠をとることになる。
幸い今の暖かい時期ならどこで寝ても命に関わることはないだろうが。
俺は集団で寝るのが嫌なので甲板で寝るだろう。アカネと乗ったときに寄り添ってきたあいつは暖かかった。
あいつは冬の寒さにはもってこいのロリだった。コタツの代わりに側に置いておきたいロリだった。
千年生きた龍はその教養から素晴らしい温もりを持っている。
なんか最近、アカネのことしか考えてない気がする…………ロリコンじゃないし。あいつこそ寂しがってるんじゃないのかと思って…………絶対あり得ないな…………。
馬を含め荷物をすべて乗せ終えた俺たちは、出港が日の入りからのため、しばらく近くの酒場で暇を潰すことにした。
街を出てからもう日も赤い。思えばなにも口にしてないかったので、今更腹が鳴る。
窓際の席を陣取り、ウェイトレスさんに食事と食後にお茶と注文してから料理が来るまでに、先程から密かに画策しておいた事項を実行に移すことにした。
「なぁ、シン。なんかお前剣を2本も持ってるけど、それって有事のとき両方とも使うつもりなのか?」
「ん?いや、これは別にな。使うのはこっちのやつだけなんだが、そうそう、こっちのはお前にやろうと思ってたものだ」
そう言って、シンは右腰に提げていた1本を俺にくれた。
マジですか。
「あざぁっす」
「お礼言えるなんて意外だな」
心外だ。俺だって礼を言うことぐらい造作もない。
なんかすげー持ちやすい剣だ。
「気に入ってくれたようだな」
シンはドヤ顔で微笑んだ。
ちょっとイラっときちゃったぞ。
それは何?試し斬りはどうぞこちらでって意味?
「まぁそれなりには。ところでシン…………話ではお姫様が大人しくなってから、その後どうなったのか聴いてないんだけど」
「そうだったか。じゃあ今話そうか。って、おおっ!旨そうだなぁっ」
変なタイミングで料理が届いた。
別に悪い気はしない。むしろ腹が減って今にも死にそうだから。
「じゃあ俺たちの旅がいいものになりますように、かんぱーいっ!ぃぃ…………」
俺はシンの乾杯を無視してまず肉にがっついた。
「かんぱーい」
おお、空腹にこれは最高すぎる。
シンはスルーされたまま、一つも手をつけずに俺の食事を見守った。
ジョッキを片手に、疲れないんだろうか?
俺は酒を頼んでないので乾杯しようにもって感じなのだが。
シンは渋々ジョッキを置き、食べ物を口に放り込むのに忙しい俺の都合を鑑みずお伽話の後日譚を語り始めてくれた。
それによると。
「で、その姫のその後なんだがな、だいぶ長い間昏睡常態を余儀なくされたみたいで、その間召喚を誘惑した家庭教師が罪に問われて追放、あるいは処刑されたり、姫の力を恐れた生き残りどもが姫の始末を主張したり、いろいろ大変だったみたいだ」
「モゴモゴモゴモっ、ゴモゴモゴっ」
「え、なに?」
「ゴクンっ、大変だな」
「イントネーションや文字数が違った気がするが、相槌でいいのか。確かに、見方を変えれば不慮の事故や、自然災害だとも思える。しかしそれが無関係の人命に関わり、最初からやめておけば被害を出さずに済んだはず、となれば、話は別だろうさ」
なるほど。
それはいい加減で優柔不断な俺でも下す結論だろう。
教師に嫌疑がかかるのは当然だ。
「王様たちも困り果てたようだが、しかし彼らの人格と統治の仕方が幸いした。見逃せとは言わない、だがせめて命だけは助けてやってくれ、みたいな台詞一つで、国民は怒りを鎮めたらしい」
「ズズッ、それはよかったな」
「あれ?俺の分はっ?」
「自分でどうぞ」
「俺の分も頼んでなかったっけっ?!」
「それで、お姫様はどうなったんだ?」
「それが、今から行く塔に幽閉されることになった」
なるほどね。ご両親は半身をもがれる気分だったに違いない。
だがそうせざるを得なかったのは、おそらくその場では全員の命が危うい状況だったからだろう。
アンチのデモ運動で同時討ちか、逆にそれにまたムカついた霊獣に一掃されるか。
まだシンの語りから姫は霊獣から解放されたなんて言葉が出てこないわけだし、霊獣が大人しくなっただけだという解釈で合っていると思う。
つまり今、その塔とやらにいるのは。
「じゃあその塔には姫と霊獣が同棲してるってことか」
「霊獣は居候って感じもするが、その通りだ」
「ずいぶん詳しいな。もしかして、その家庭教師ってまさか…………」
「あり得ねぇ。もし俺だとしたら、俺はあの門をくぐる前からここにいたことになるぜ。それにもう姫は17、8、9はいってるだろうしな」
俺の疑いをシンは否定した。
無論、ふざけて言ってみただけである。
確か召喚した当時の姫は8歳前後。
じゃあ10年ぐらい前の話か。ちょっと待て。
「なんでそんな最近の話がおとぎ話になるんだ」
「さぁ。事実確認については、確かなリソースがあったんだよ」
「あっそ。さて、デザート」
「待てってば!俺はまだ飯を一口も食ってねぇんだってっ!」
「あ、お姉さん、ここってプリンある?」
「可愛いもん好きだな…………」
これで数日間はなにも口にせず済むだろう。数日に一回でこれなのだから大目に見て欲しい。
***
日の入りまであと少し。
ここでは時計がない。
時間は太陽か月、星の動きを見て判断する以外に特殊な装置を利用したりするが、その装置はついぞ手にするどころか目に収めたことすらない。
俺でもここに長くいるだけで会得できた技、空を見て時間をある程度把握することはここでの必須技術となる。
大陸と大陸を繋ぐ、唯一の架け橋、と言うのは大袈裟かもしれないが、船は船だ。水の上に浮く大きなもの。それに走らせることを覚えさせた程度のものである。
けどこういうのは自然、気分が高鳴るのが男心ってものだろう、とシンに突っ込まれてるのがそのオチだが。
「出港っ!」の号令と法螺貝の音と共に、トリルの船体はゆっくり港から剥がれていった。
陸と甲板には、お互い別れを惜しみながら手を振り合う連中と、それをよそに作業に熱中する連中と、俺みたいになんの取り柄もなくただ日向ぼっこに興じる連中とに分かれ、シンはずいぶんなお人好しなようで、船長らしき人物に話しかけたかと思うとクルーに交じって作業を手伝い始めるという、なんとも俺の立場を気まずくしてくれに行ってしまった。
なんでおいでおいでしてくる。俺にもやれって?やなこったっ。
俺は胡座をかいて、剣を抱いてしばらくせっせと働くおっさんらを眺めたあと、波に遊ばれるユリカゴのような揺れと満腹感が連れてきた眠気に逆らうことなく瞼を下ろした。
シンの手招きは見なかったことにして。
そして夢を見た。
彼女が振り向いたとき、頬には一筋の涙が。
なんで、泣いている?
すると彼女は俺に歩みより、手を差し伸べて————。
夢の続きはない。
船の突然の揺れが邪魔をしたからだ。
「…………恥ずい夢」
目を開けると、どうも夜中と言ってもいい時間らしい。
いつの間に…………覚えてる夢はあれだけだったのに、割と熟睡したってことか。
夜空は満天、星におおわれている。向こうでは滅多にお目にかかれない絶景かな。
0時くらいかなぁ。
甲板は見張りのクルーを除き、ほぼ全員が横たわっていた。
別に息をしてないわけがないだろうけど、夕方と比べて数人しか見当たらないのは、ほとんどが船内で寝ているからだろう。
もう眠くないので座ったまま首を捻ってストレッチをし、ついでに自慢の視力で星光に照らされた海を、特に何もない海を望んだ。
辛うじて海と空の境界線が見えだけの向こう側には依然何もない。
ダメだな。こんな雰囲気はノスタルジックになって気分が重くなる。
アカネがほしい。
どこ行っちゃったんだ…………アカネさん。
さて、暇ならば潰そう。
素振りでもするかな。新しい剣の重さに慣れておく必要があるだろうし、甲板が広々としており、陸にあがると刃を露にさせるのが当分お預けになるだろうから機会は今しかない。
甲板に残っている誰もが目を閉じているかを確認し、俺はおニューの剣を鞘から引き抜いた。
まずグルグル振り回してみる。
造りのバランスが完璧なのか、鋒がまったくブレることはなく弧を描き、続けざまに背中に回したり、キッチリ持ち直して〆(しめ)に斬ったり、斬り上げたり、斬り下ろしたりしても真っ直ぐに閃を引く。
これはいい。中々良い仕事をしますなぁ。
もちろん剣の良し悪しなど気にしたことなく使ってきたので素人の評価であるが、これはいい。
テンションが上がった俺は一旦8の字に剣を回してから、本気で斬りかかるように大袈裟な構えから横薙ぎ、右足を軸に一回転してもう一度、もう一回回ってやや斬り上げるように薙ぎ、〆に斬って、また回って薙いで、今度は1歩進んで一撃、もう1歩進んで一撃、もう1歩、もう1歩、もう1歩繰返し、剣を空に渡して俺も跳び上がると、空中で掴み、エリアルレイブを繰り出してシメに兜割りっ!
ブワッと空気が暴れた。
ウィリー刮目せよ。
少しでもお前が俺を倒せただろうか?いや、微塵にも可能性すらなかっただろう。
伊達にあの女とじゃれ合っていたわけではないのだ。
平和の象徴の鳥と思って甘く見るべからず…………っ!
ふっ…………深い意味はないけども。
ちょっと夢中になり過ぎて、危うく船に穴を開けてしまいそうになったが、しかし使いやすい。
早く切れ味を確かめたいところだ。
それから少しだけ剣を回してから刃を鞘へ納め、腰の重みを感じながら満足に思っていると、願っても、望んでもいない音が唐突に聞こえた。
「パチッパチッパチッパチッ」
焚き火でもしているのかな。なんてこともなく、ただそれが拍手だとわかるのに少し時間をもらってしまった。
一体誰に対しての拍手なんだろう?
こんなところでサーカスに興じている馬鹿は一人しかいないが。
…………わたくしに対しての拍手ですか。いやいや待て、俺はちゃんと確認した。甲板に立ち上がってる人影はなかったはずなのにっ。
今キョロキョロと見渡しても誰もいる気配はない。
オーケー。何だ。気のせいか。ふぅー。
「君すごいねー。思わず見惚れちゃったよ」
そんな声が俺に真っ直ぐ聞こえたとなると、これは素直にお客さんであることは間違いない。
やっぱ見られていましたか。いやお恥ずかしい。
俺の顔はその瞬間、真っ赤になっているはずである。
「よっこらせっ」
声の主は舵の前の手摺に腰掛けていた。
船の操作をするところなので、俺のいる場所より高いから、そこで寝ていて、偶然目を開けると俺が遊んでいたのに気がついたんだろう。
そして俺が確認を怠った原因も高さが違ったからだろう。
俺の注意深さがどれほどのもんかわかるだろう…………。
なんか親父くさい掛け声と共に俺と同じ床板に飛び降りたのち、彼?は穴があったら入りたがっている俺へまた拍手を送ってくれた。
やめて、いじめないで。
それに身軽だなぁ、こいつ。
まるで猫、あるいは鼠。
声のトーンも高い。
ノースリーブで細腕は露出してるくせに、顔はフードで隠れて見えないので性別は曖昧だった。
便宜上、少年。
すると少年は突然右手を差し出して名を名乗った。
当然だけど、敵ではないらしい。
「ショウインっていうんだ。君は?」
自信たっぷり、フードの合間から笑みが見える。
とはいえ、俺は初見の人間と握手をするほど社交的じゃないから、それを察してか、ショウインは差し出していた手を無念そうに引っ込めた。
「冷たいやつだな。名前を訊いていいかい?君は何て言うのかな?」
俺は絶対零度と比喩された男。
本当は心温かい人間だと初対面で思われる日は来るのだろうか?
来ると信じたい。
「ハトだ。あんた、ここのクルーか?」
「違うな。私は旅行だよ。君はここのクルーなのかい?」
「いや、俺も旅行だけど」
いや違った。仕事だけど。
訂正するほどのことでもないだろう。
「そっか」
そう言って、ショウインは周りをウロウロしながら、俺の全身をナメるように眺めた。
さっきのやり取りからして、ショウインとやらは只者ではないと断言しよう。
何故ならば、俺と初対面で変な顔をせずに応答をしてくれたからだ。
絶対何か企んでるもんね、こいつ。
さぁ何を狙ってくるのやら。
「どこから来たの?」
「えっとな」
「自分の故郷ぐらい覚えてるもんだけど。私はガーランから来たんだ。もう旅行も佳境でさ。次の場所を見たら帰るつもりなんだ」
「へー」
お一人様ですか?
ナイス度胸ですね。
実際、俺なんかが独りぼっちで世界を歩いていたら発狂して道半ばで息絶える。
ショウインは未だに俺をマジマジと見つめていた。
そんなに見られると恥ずかしいです。
「見た目より動きがいいんだね。サーカス出身?」
失礼なっ!俺がただアクロバティック方面に熱を入れてただけなのに曲芸師呼ばわりかっ!
ハタから見ればそうだったかもしれないが、やっぱそう見えましたかっ!
特に理由もなくボッチで演武を披露する奇行なんてパフォーマンスに見えなきゃおかしいだろう…………。
特に訂正することでもなかった気がして、言い風な印象を持たせることができたらしい。
「ハトくんはこれからどこに?」
「えっとな」
「さっきから同じ返ししかしてこないんだね…………」
そうですか?
へー、も使ってた気がするんだが。
「初対面だし。別に詮索される…………し合う仲じゃない」
「ごもっとも。じゃあこの出会いをさらに良いものにする為に、お互いをもっと語り合おうじゃないか」
「別にいい」
「即答かい…………最近の若者はコミュニケーションがなってないよ、まったく」
「そういうお前はいくつだよ…………」
「私は少し前に20を過ぎたばかりだけど」
「奇遇だな。俺も20くらいだと思う」
ほとんどタメだった。見た目ガキの癖に、アカネという前例があるだけにあまり驚きはしないが。
背低いのな、こいつ。
「じゃ、同じ生まれ年同士、好物から話していこうか」
明後日にしませんか?もう付き合っていられない。
どうせ何か企んでいるのはもうわかりきったことなのだ。
なにを企んでるのか知らないが、足さばきが妙に様になってる。
音を鳴らさないようにしているというか、若干、相手の認識を遅らせる動きというか。
甘いな。そんな動きしてきた奴らに悉く嵌められた俺は、もうそんな手には食わないというやつだぜ。
俺は感覚を研ぎ澄ませ、ショウインの動きに警戒した。
身軽過ぎる。さっきの着地といい、堅気のガキではないことは確かだから。
「その剣、とても良さそうだね」
やはり剣か。
俺もこれの価値を今さっき見出したところだ。
この手の込んだ造りは、絶対高い剣に決まってるもんね。
「まるでまだ使ってないみたいでピカピカだ。使わないようにしてるのかい?」
「おニューなんだ。さっきのは重さに慣れる為の素振りだったんだよ」
「感心だ。さぞ気に入ったことだろう」
「…………お前、この剣のことを知ってるのか?」
「さぁ、なんでそう思ったんだい?」
「いや、なんか口振りから、この剣の真の所有者か、精霊みたいで」
「うーむ」
おや?心当たりが?
ていうか、もしそうなら、俺はずいぶん生意気な剣と、今後、行動を共にすることになる。
ちょっと嫌だ。
後でこの剣をシンに返そう。
「残念ながら、心当たりがない。私はその剣に一目惚れしてしまっただけだよ。ハトくん」
ホッとした。
やった。シンに返さなくて済んだ。
「ま、私は言ってみれば、コソ泥だ。剣は冗談で本命はこっち」
そう告白したショウインの手には、何やらキラめくものが握られていた。
うーん。
「…………それはダメだ」
洒落にならない。
果たしてそれが、この世界において役に立たないけれど、珍しいものだったにせよ。
「おや、怒ってるのかな?もしかして大切な人の形見とか?」
「そんなもんだ。今すぐ返せ。じゃなけりゃこいつの試し斬りに付き合ってもらうことになる…………」
「怖い怖い。でも不用心だよ。泥棒は嘘つきから始まるんだから。私の言葉だけでなく、自分が昼間にどんな仕草をして、どんな癖をした後に、何をどこにしまったのか。大事なら人の目に入るよう見せびらかしてはならないよ?」
余計なお世話を。
昼にうっかり取り出してたのを見られてたのか。
習慣になってるもんで気がつかなかったけど、だからこれの存在を知っていたと。
更に、もしかすると、俺が寝ている間に盗られててもおかしくない…………自分から名乗り出てくるなんて実はアホなの?
もうそれはどうでもいい。
ショウインの手に握られているガラクタ。それが他者の手の中にあるだけで腹が立った。
何より、お前はそれの重みを知らない…………。
「どうしても返してほしいなら、盗ってみなよ。これはテストみたいなものだけど、もし万が一、私に追いつけなければーーーー」
交渉は無意味らしい。否、彼にとってはこれが交渉なのだろう。
力比べとは茶番にもほどがあるが、大概にしろよ。
俺は即座に腕を伸ばし、それを取り戻しにかかった。