神様も根は短気だったりするのです
シンはせっかちだ。
準備をする時間を設け、明るくなってから出ることを考慮すると出発は次の日の明朝となった。
「ハトっ、歯ブラシがないっ!今すぐ買いにいこうっ」
修学旅行か。
シンは昨日今日出会ったばかりの俺をそんな茶番に巻き込まんとする。
なにウキウキしてんだ、気持ち悪い。
なにを血迷って…………こんなやつの口車に乗ってしまったんだろう。
昨日の俺を表に引きずって正座させたい。
仕方ないから今日の俺が代わりに正座するとするが…………。
はぁ…………。
「うしっ、忘れもんはないなっ。さぁ乗れっ、ハトっ。なに瞑想し始めてんだよ」
くそ…………10秒で立ち上がった。
場所は割れているとシンは言っていたが、別に近場というわけでもないらしく、馬を2頭借りることになった。
1頭はものすごいブロンドロン毛で、もう1頭は小綺麗に灰色の短髪で、えらくチグハグな馬を選んできたな。
…………。
ジャンケンをした。
ここは結果だけ言うと、先に3回勝った方が勝利の勝負に惜しくも俺が負けてしまい、今俺はブロンドロン毛くんの背に跨がっている。
見た目の割りに乗り心地がよかったので、ジャンケンのクダリは余計だったと思わざるを得ない。
よしよし。
そしてここは、あの大森林に遠く及ばないなりにも、少し薄暗い林を抜けている。
シンは俺の前を行き、道案内をしながらこの先に何があるかガイドしてくれているが、俺がタタリ神でも出やしないかとビクビクハラハラしていたことは内緒だ。
「で、この先は海岸でそこからは船に乗って別の大陸に移る。一応船酔いは覚悟しておけ。ほぼ一晩中揺られっぱなしだからな、天候も一定じゃないらしい」
「シン。それより、この件のお姫様のことをもっと教えてもらっていいか?」
一番有益な話題に変えてもらおう。
シンは俺が話しかけたことによって嬉しそうだった。
「いいとも。彼女は肩書き通り、とある王国のお姫様だった。王様と王妃の一人娘、長年願ってできた自分たちの子供を、不自由はさせなかったらしいぜ。幸せな時間は姫が8才になるまで続いた」
「たった8年だけか」
「だな、まったく不幸だ。姫はその時分になると教育を受けていた。その教育とは座学が主で、知識を詰め込む程度のものだったが、才能溢れる姫はすでに俺たちボンクラを追い抜くほどの知能を持っていたらしい。ついでに魔力も」
お利口だなぁ。
魔力が追い抜かれてしまうのは別に驚くことじゃない。俺たち余所者は元々持っていないもので、それに俺は小学校3年生のころにはトキに成績を抜かれてたから、地の学力に関してもなんら気にすることはない。
我が妹は優秀なのだ。
具体的にはあの酒場を赤字から黒字に変えたほど頭がいい。
兄の立つ瀬の話ではない。妹の優秀さの話だから。
英語は得意だったしなっ。
「で、姫様に不幸は降りかかったってわけか」
俺は話を急かす。
うちの家庭事情なんて実際はどうでもいいのである。
「少し違うな。彼女に降りかかったのではなく、正確には彼女自身が不幸だった。災厄だった」
「話が読めた」
「焦るな。そのときの家庭教師が姫のポテンシャルを測るために、霊獣を召喚するという試験をやったんだそうだ」
霊獣ね。
なんか話だけは聞いたことあるけども。
人知を超えた化け物。
あるいは偶像崇拝の対象である謂わば『神』をーーーーですか。
「魔法使いのエリートって考えることが壮大だ」
「ああ。霊獣自体、巷じゃただの伝説でしかないし、仮に存在していたとしても、姫の力が不十分なら召喚されない。逆に力が十分以上なら使役できるだろうという判断をしたらしい」
「妥当だな」
「このとき家庭教師に下心はなく、純粋に姫の成長を見るただの試験だった。だが、結果は予想以上のものとなってしまった」
「予想以上?」
「当初霊獣を1体、いや、片腕や指一本でも召喚できれば成功という程度だったそうだが、あろうことか姫は全部呼び出してしまった」
「全部?全身か…………」
「7体」
「あ?」
「全部で7体だ。しかもここからが酷い。霊獣はこの世に実体を持つことが叶わず、代わりに近くにあった手頃な依り代に乗り移ってしまった」
「おい、なんで神様7人もいるんだよ…………?」
それと、依り代とは?
「7体がたった一人に取り憑き、制御が利かなくなったところで国を潰し始めた。家庭教師は頭を抱えただろうな」
質問は受け流されちゃったらしい。
けど、確かに家庭教師もそこまで予想してはいなかっただろう。
自分が手塩にかけて育てた教え子の成長を見たいが為に、取り返しのつかないことをしてしまった。
それが慢心だったのか、不慮の事故でしかないのか、それはこの話を聞き語る人間毎によるのだろう。
誰が悪いかの話に盛り上がるところだ。
「へー…………」
「霊獣はあまりあるその厄災を余すことなく撒き散らし、広大で逞しい一国を滅ぼしかけた、そうだ」
ドンマイ。
「リアクション小さいな。女子にモテるだろ?お前」
残念ながら、そんなことは人生で一瞬もない。
俺は心で思っていながら感情やらが顔に出にくい性格だからか、よくクールだと思われている。
クールだとモテるらしい。
モテるの?
クールだと果たしてモテるのか議論の余地があるが。
「じゃあ滅ぼしかけたってことは、首の皮一枚繋がったわけだ」
「うむ、霊獣はとうとう王様と王妃に鋭利な爪をかけようとしたとき、突然なにか躊躇うような素振りを見せると、もがき、苦しみ、ついには大人しくなった。そしてその禍々しい姿がみるみる内に可憐な少女に変わったそうだ」
「少女、ねぇ」
「その大厄災、自分たちの命を取ろうとしたのがなんと実の娘だったってオチ、笑えるか?」
笑っちゃダメなんだろうな。
「姫様の話は大体これだけだ。よく言う、お伽話ってやつだが、この話が真実かもしれない。そして俺たちは、その信じる必要もない馬鹿げたものにすがっている。これは滑稽だろ?」
なんか笑えって言われた気がするけど。
そもそも、その話はいつが発端だ?
お伽話や教訓としてよく言い伝えられているんだろうか。
「どうした黙りこくって?まだ旅は始まったばかりなのに、お伽話だけで怖気付いたのか?」
「バカにすんなよ…………」
「してない。いや…………冗談だからそんな怖い顔で見るなよ」
俺の眼孔にシンが怖気付いたらしい。別に睨んだわけではないんだが。
「そろそろ林を抜けるぞ」
「そうか」
まるでワクワクしない。
恐らく、ここが今やっと旅の始まりであり、俺とシンの物語の始発点となるのだ。
そのお姫様を救って、元の世界に帰る。
俺たちは向こうへ帰る算段を整えるために馬を歩かせた。
けど実際のところ。
俺は帰りたいと微塵にも思っていなかった。
向こうに帰ったところで、俺にはすることがない。
仕事もない。
趣味もない。
仲間や友達は言うまでもなく。
縋るものは何一つない。
逆に俺はこの世界を気に入っているのに。
アカネや、以前世話になった連中がまだここにいたからであり、向こうとは違う温かみがあるこの世界が俺は大好きだ。
でもどうしてそれが矛盾するようにシンの仕事に付き合っているのか。
なんで今そんなことを考えてるんだろう。
シンの言う通り、俺はこの旅に怖気付いているのかもしれない。
怖くなったのか。
一体何に?
心当たりがあるとすればどうだろうか?
本当はもうここから逃げ出したいんじゃないか、俺は。
みんなを殺したこの世界。
この世界に感謝していると同時に俺は、この世界の冷酷さを怖がってるんじゃないのかよ。