この者にろくな終わり方を
何故だ…………どうしてこうなった…………?
確か俺は、男と男の真剣勝負に栄えある勝利を修め、そして戦利品である、あのなんか良さげな剣の割引権を勝ち取ったはずなんだ。
でも割引権かよ…………タダにしろよケチンボ…………それは良しとして。
だが、今や俺の側にあるべきそれはない。
勝ったのに、買えなかった。
想像してほしい。
テンションMAXでほしい商品をレジに置いたとき、ポケットに手を突っ込むとそこに財布がないことを…………財布じゃないけど、もう引換券と思って叩きつけようと、あのジジイに目にもの見せてやろうとしたあの紙切れがどこにもなかったのだ。
落とした…………アカネにもらった時に素直にポケットに入れていれば。
不条理だ。この世界はまったくもって、不条理極まりない。
人がせっかく楽しみにしていた、勝利後あの6分にも満たない時間を返せ。
いや、どうせなら金返せ。
こんな俺を弄んで何が楽しい?
不幸を面白がって何が楽しい?
最近こんなことしか起きない。厄年かなぁ。
どうしてこうなった。
俺はジョッキを片手に頭を抱えた。
――――餞別じゃ、受けとれ。
そう言ったアカネの顔を思い出す。
直後にこれでは、会わせる顔がない。
はぁー…………。
「ご傷心だなぁ」
そうそうご傷心。でもかすり傷ですが何か。
「お前がハトだな」
ハトって?
童謡で豆鉄砲を当てられるあの哀れな鳥肉のことですか?
それと俺とをどう間違うんですか。
「おいおい、元気出してくれよ。あとなんか反応してくれ」
なんら間違っていません、まさしく俺のことです。
「俺になんか用か?」
「やった当たりだぜ。人違いかと思ってヒヤヒヤした」
ウィリーじゃないな。あれはもっとドスの効いた逞しい声をしていたはずだ。
こっちは声に若干の老いと気だるさを感じる。
くたびれてるというか、でもポジティブな感じがする。
「親父、ビールくれ」
もっと言えばリア充極めし余裕を感じる。
謎の男は俺には断りもなく一つ空けた隣の席へ腰掛けた。
ヒヤヒヤしたって言ってたのに冷えたビールなんて飲んだら風邪ひくかも。
まだ冷蔵技術が発達してないこの世界だと、夏はぬるく冬はキンキンの飲み物しか飲めないけど。
俺がそんなとやかく言う筋合いはないが。
ちなみにここは妹の店ではない。
だから男にナンパされてる兄の様子を見せずに済んだ。
よかった…………。
よく見ると、彼の顔にはリア充にあるまじき無精ヒゲが生えていた。
しかしそれでも若さを受けるのは、彼が割と整った顔立ちをしているからだろう。
…………ケッ!
男はマスターから並々泡立ったビールジョッキを受け取った。
泡だけはいい感じ…………おのれ。
「ありがとう。ずいぶんな手練れらしいな、ハト」
そう言って男はジョッキに口をつける。
よもやウィリーとの喧嘩がもう巷で話題になりつつあるらしい。
あるらしいけど。
ほっといてよ。忘れさせてよっ。
「そうでもないけど。あんた、誰…………ですか?」
「んぐ?ぷはっ、これは失礼した。だが俺には名前がいくつかあるんだ。どれにしようかな」
おや、これは信用なりませんね。
名前が多くいるほどの業者さんとなると、それはお詐欺師さんに決まっとりゃしまへんか?
よう見はりんか。俺が金持っとーように見える?
あの紙幣どこ行ったよマジで…………。
謎の男は俺の胸中などいざ知らず、うっとおしそうな長い髪を払って名を名乗った。
「最近はよくシンって呼ばれるな」
「じゃあそれで」
「シンだ。よろしくな、ハト」
そう言って、シンは手を差し出してきた。
「ああ………………まぁいいや」
シンは気まずそうに手を退く。
俺がその手を握らなかったからだ。
こういう輩の相手はあまりしたくない。
NEET時代での訪問販売業者と相手する時はこれが効果的だった気がする。
綺麗なお姉さんなら話は別だけど。
綺麗なお姉さんなら逆にしどろもどろになって恐らく怪訝な顔をされて帰られただろうけど。
だからそういった対処法など心得ている。
「なんの用…………ですか?」
「別に敬語じゃなくても構わないぞ。ま、仕事の依頼だ」
仕事…………。
仕事。
約一年ぶりに聞いた単語である。
「悪いけど間に合ってる」
「なにっ、稼ぎがありそうには見えないんだが…………」
こいつ………… 一発ぶん殴ってやろうか。
図星だとも。ズバリ当たってしまったが、なーっ!
「なら仕方ない。バイト先に直接お前をスカウトしていいか訊いてくる」
「…………」
「バイト先訊いていいか?」
「帰っていいか?」
「冷たいなっ」
「今は別に切羽詰まってない。それ以外の用がないならもう…………」
「あっそ。じゃあこれが飲み終わるまで我慢してくれ」
意外とすんなり受け入れてくれたな。ホッとした。
まだシンとやらのジョッキには半分ほどビールが残っていたけれど、こっちのコーヒーはまだ熱々だ。
冷める前に飲み干すより、そちらが飲み終わるのを待った方が堅実だろう。
こないだ舌を火傷しそうになったばかりだ。
「しかしお前の立ち回りが見事だと思って、お前の実力を見込んでどうしても頼みたいんだが、どうしたもんか」
まだ話が終わってなかったのか…………。
なんだか直接、決闘を見られていた風らしい。
「ウィリーに頼めばいいんじゃないか?あいつなら報酬次第でそれなりに動いてくれると思うけど」
「ウィリー?ああ、相手の…………傭兵だな。いや、だが、あれはダメだ」
「なんでだ?」
「引き受けてくれたら教える」
「帰る」
「待ってくれって…………っ!」
はーなーせーよーっ!
しつこいのは嫌いだ。
シンは悲しそうな顔をしたが、そんな顔されても俺の心変わりは露ほどもない。むしろさらに後ろを向いた感じ。
俺の鉄の意志を舐めるんじゃあない。
「はぁーあ……………………お前何だったら引き受けてくれるんだ…………」
本当にしつこいやつ。
どこに勝算を感じてそんな取引的なのを持ってきたんだ。
内緒話は乗らない。
俺は公式の新キャラシルエットに何の期待もせず楽しめる男。
これ以上、公式にとって嫌な顧客もいまい。
その応用で世界最強の詐欺にすら遭わない自信があるんだからなっ!
ハッ!
え、少し前にガセでえらい秘境まで宝探しに行かされただろって?
何のことだっけなぁ。
「ああ、飲み終わっちまった。じゃあ俺は大人しく引き下がることにしようか」
そしてシンはあっさりとジョッキを置いて席を離れた。
マジか…………俺が、勝った…………。
やったよ。やっと向こうから動いてくれた。
いつもは俺から逃げるところを、今回ばかり何らかの意気込みが無駄にならなかったっ!
俺はもう…………強いっ!
これで世間も怖くないっ!
「じゃあな、ハト」
「ああ。できればその名前忘れてくれ」
ふっ。こんなセリフが言えるほどに勝ち誇ってみせるぜ。
これが勝者ってやつよ。
「せっかく出会ったのに、もったいねぇ」
…………気持ち悪い。
一体何だったっていうんだ、この男…………。
なんで俺をいい気分のままでいさせてくれないの…………。
俺の気分が誰得かって話だが。
「じゃあ、これで。あーにしても」
やっと、シンは一歩を踏み出したかと思うと、何かを思いついたように立ち止まって振り返った。
いい加減にして欲しい。何を勿体つけている。
俺の不屈の精神はアカネという天敵以外に崩されるわけがない。
俺こそが最強の盾なのだ。
貫きたければ最強の矛を用意してくることだな。
アカネさんを連れてこい。アカネの飛び蹴りを放て愚か者め。
…………今俺って、さっき別れたばかりのアカネさんを切望してる?
シンはジッと俺を見た。
「それにしてもハト。ここの酒は弱すぎていかんな」
…………。
今、こいつは気になることを言った。
「…………あんたも」
「同じ境遇の者同士、できれば仲良くしたかったもんだぜ」
「なんで俺に仕事を頼む。他にも同じ境遇のやつが大勢いただろ?」
やられた。
これで俺は、あいつの見え見えの罠に嵌まったということだ。
ただやはり、なぜ俺なのかが気になった。
どこのどいつでもいい。俺よりも、よっぽど優秀な連中の方が仕事も捗るだろうに。
「にぃ」
シンは不敵な笑みを漏らした。
無性に腹が立つ。
「親父、腹へったわ。なんか軽いもんくれ」
シンが席に戻って居座り始めたということは、契約成立しちゃったらしい。
ふっ。
訪問販売業者に座布団敷いちゃったようなもんだな。
俺、自宅警備員ですら仕事する自信なくなっちゃったんだけど…………そんな俺に仕事ですか。
「この仕事は俺たち向こうにもんにとっちゃあ、またとないチャンスでもあるんだ」
「…………チャンス?」
「そう。まずは内容から説明していこうか」
「待て。まだ引き受けるって言ってないから」
「安心しろ。報酬は弾むし魔王様絡みじゃない。言ってしまえばお迎えだな。とある場所に、とある王国の姫が囚われている」
「この話はなかったことに。じゃあな」
「待ってっ!話だけでも聞いてけっ!」
だあぁっメンドくさいっ!囚われの姫系クエストはレベルが高いと、相場は決まってんだよっ!
ゲームとかあんまり多くしたことなかったけどそれだけはわかるっ!
ドラゴンとか出てくるからっ!
火吹くのっ!毒吐くのっ!踏み潰されるのっ!
「ゴホンッ。まぁ単純にその姫を連れて帰るだけだ。場所はもう確認済み、それに姫を護衛してる魔物なんてものもいねぇから、こんな楽な仕事はねぇぜ?」
それ囚われてるって言えるのか?缶詰状態と変わらないし。作家さんだし。
さしずめ俺たちは新人編集者って感じだろうか。
何を催促しに行けっていうの。編集さんも作家さんもどんな仕事してるのか、まだ全然知らないのに。
…………腐向けじゃないよね?
「なんでその姫と俺たちが関係ある?」
結局、俺は話聞いてるし。
「それだ。実はな、その姫はある力が備わってる。その力を借りれば俺たちは、」
その次の言葉が、魅力的だったわけじゃない。
少しばかりシンの話術が巧みだったとか、あったわけでもない。
俺が単純にお姫様の顔がどんな感じか興味をそそられたことは否めず、じゃあ可愛い子だと期待して報酬もごっそりいただこうなどと、欲をかいただけだ。
その結末を例えば知っていれば。
「元の世界に帰れるかもしれないんだ」
この話を俺は受けるべきじゃなかった。